俺の問いかけに、リーズの反応はない。
俺は目の前の光景が信じられなかった。
よく見るとオークの死体の間に倒れているのはシアとオッズだった。
遠目から見てもわかってしまう。もう、彼女たちは動かない。
「何が……どうなって……!」
突然の出来事に、俺は眩暈がする。
唖然として、ただただ身体が硬直する。
「っ……!」
『ホロウ、しっかり……!』
カスミの声が頭に響く。
しかし、それに構えるだけの心の余裕がない。まるで現実ではないような、足元が揺れているような感覚。
さっきまであんなに元気に……みんなでジェネラルオークを倒そうって話をしていた仲間だったのに。
三人の顔がフラッシュバックする。
シア、オッズ、リーズ……。
あの家を出て、少し落ち着けると思った居場所だった。自分を必要としてくれて、そして俺も皆が必要だった。
これからだった。なのに。
「ふふ、貴方が来たならもういらないわね」
そう言うと、女性はリーズを投げ捨て地面に刀を突き立てる。
瞬間。刀を中心に地面を這うように黒い影が急速に広がる。
『!! ホロウ、離れて!』
俺は訳も分からずカスミの言葉に従って咄嗟に後ろに飛びのく。
その黒い影は俺の数メートル前まで広がると、次の瞬間。
じゅぅ!! っという不気味な音を立て、目の前に転がっていたオークの死体が黒い影の中に落ちていく。
いや、これは――。
「溶けてる……!?」
「ふふ、ぐじゅぐじゅに一体になれるなんて素敵だと思わない?」
女性は刀を頬に当て、光悦とした表情で笑う。
「溶け……っ!? シア! オッズ!」
俺は慌てて周囲を見回す。
だが気付いた時はすでに遅く、さっきまでその場に横たわっていたシアとオッズは、目を向けた瞬間にその黒い液体の中へと飲み込まれていった。
「くっ……みんな……!」
訳が分からない。
なんでこんなことが起こるのか。そして今何が起こっているのか。
わかっていることは、いまシアとオッズが居なくなってしまったということだけだ。
「お前……何が……何が目的なんだよ……!!」
俺は震える手を抑え込むようにカスミを強く握り、キッと女性を睨む。
すると、女性は苛立つでもなく恐れるでもなく、また光悦とした顔でほほ笑むと、刀をこちらへ向ける。
「それよ、それ」
「え……?」
女性は言う。
「あなたの魔剣」
魔剣……カスミが目的?
その時、セシリアの言葉を思い出す。
『魔剣は……説明は省くけどとにかく危険なの。世界に九本しかない伝説の武器。今も血眼で探している人が世界中に沢山いるわ』
俺はサーっと血の気が引いていくのを感じる。
ということは、もしかすると。
リーズやシア、オッズを巻き込んでしまったのは――。
『――ホロウ、落ち着いて』
思考を止めるように、カスミの声が脳内に響く。
「う、うん……」
俺は完全に混乱していた。
カスミの声もぼんやりとしか聞こえず、心ここにあらずだ。
動悸が激しい。
「ふふ、リドウェルに居るって言ってたのに全然会えないからもう居ないのかと思っていたけれど……会えてよかったわ。私はリディア。あなたと同じ魔剣使い」
リディアは黒い影の上をカツカツと音を立てながら歩く。
正確には、その影がリディアを避けるようにスペースを開けていた。
「妖刀カスミ……私が貰っていくわ」
「なんでそんな……!」
「何でって、貴方知らないの?」
リディアはキョトンとした顔で首をかしげる。
「呆れた。いい? 九本の魔剣が揃うと、とーっても素敵なことが起こるの。だから、私は魔剣を集めている。この世界だって統べることが出来るわ」
リディアは楽しそうに語る。
世界を統べるだなんて、俺にはどうでもいい話だ。
「あなたが姿を現さないから、関係ない多くの人が溶けていっちゃった」
「っ!」
「まあ、美しい光景だったけれどね」
淡々とリディアは語る。
やっぱり俺のせいで……。
魔剣を持った俺が居なければ、こんなことにはならなかった。
俺が居なければ、リーズたちは今頃ジェネラルオークの討伐に浮かれ、いつもの酒場で盛り上がっていたかもしれない。
魔剣は危険な物だって忠告されていたのに。
自分の危機感の無さと、弱さに嫌気がさす。
『ホロウ……ホロウ! しっかり!』
「…………」
『ホロウ!』
カスミの声も良く聞こえない。
茫然と、ただ地面を見つめている。
「あら、やる気なし? 呆気ないわね。抵抗もしないのかしら」
「…………」
「――そう。まあいいわ」
そう言って、リディアは刀を掲げる。
緑と紫に光る禍々しい魔剣。妖刀。
「じゃあ、ぐじゅぐじゅに溶けて――――」
「“ファイアアロー”!!」
「!?」
瞬間、後方から飛んできた炎の矢が、リディアの背後を襲う。
リディアは咄嗟に振り返ると、魔剣でそれを弾き返す。
矢は真上へ飛ばされ天井に当たると爆発し、パラパラと岩の欠片が降り注ぐ。
何が……。
「……へえ、まだ生きていたの。意外としぶといわね」
「はは……我ながら、何で生きてるんだって感じだけどな……」
「リーズ……!」
そこには、死にそうな顔で笑うリーズが居た。
良かった、死んでなかった……!
「ホロウ……しっかりしろよ」
「えっ?」
いつもより弱々しい、リーズの死にそうな声。
「俺たちは冒険者……いつ死んでも後悔のないように生きてる……たまたま今日だっただけさ」
「…………」
「だからよ……自分のせいだなんて思うんじゃねえ……!」
苦しそうに、リーズは黒い影に横たわりながら声を発し続ける。
何かが溶けるような音が鳴り続けているが、リーズはその中で必死に意識を保ち続けていた。
「しゃんとしろよ……!」
「リーズ……」
「……ここ数週間は今までで一番楽しかったぜ……お前のおかげでな」
それはこっちのセリフだった。
魔術の使えない剣士。そんなものを置いてくれる冒険者パーティなんて本来ありえない。
それでも信じてくれた。それが何よりもうれしかった。
「俺も、俺の方こそ楽しかったよ……リーズ……! だから余計に――」
「だったら……そんな女にやられるんじゃねえ……! ジェネラルオークを倒した男だろ……? 俺達の分も……頼んだぜ。お前ならできるだろ、ホロウ?」
リーズの瞳が、じっと俺を見つめる。
俺は、ただ静かに頷いた。
リーズは安心したように目を閉じると、僅かに微笑む。
そして、そのまま黒い影に飲み込まれ、溶けていく。
詰まっていた何かが解き放たれるように。
横たわっていたリーズは、跡形もなく消えていく。
「…………」
「あらあら、美しい友情ね」
静かにそのやり取りを聞いていたリディアは、パチパチと手を叩く。
「それがまた溶けて消えてなくなるというのも……ゾクゾクするわね。この瞬間の為に人を溶かしていると言っても良いわ」
リディアは身体をくねらる。
「さてと。じゃあ、溶けて死んでもらいましょうか。まあ、戦う気力もなさそう――」
すると、リディアは俺の目を見て肩を竦める。
「さっきまであんな死んだような目をしていたのに。男の子ってすぐ成長するのね」
「俺はお前を許さない」
俺はカスミを構える。
強くあるしかない。今はただ、リーズの想いを無下にしない為に、戦う。
「やろう、カスミ」
『ホロウ……! さすが私の剣士様。いいわ、魔剣としての格の違いを見せてあげるわ』
俺は目の前の光景が信じられなかった。
よく見るとオークの死体の間に倒れているのはシアとオッズだった。
遠目から見てもわかってしまう。もう、彼女たちは動かない。
「何が……どうなって……!」
突然の出来事に、俺は眩暈がする。
唖然として、ただただ身体が硬直する。
「っ……!」
『ホロウ、しっかり……!』
カスミの声が頭に響く。
しかし、それに構えるだけの心の余裕がない。まるで現実ではないような、足元が揺れているような感覚。
さっきまであんなに元気に……みんなでジェネラルオークを倒そうって話をしていた仲間だったのに。
三人の顔がフラッシュバックする。
シア、オッズ、リーズ……。
あの家を出て、少し落ち着けると思った居場所だった。自分を必要としてくれて、そして俺も皆が必要だった。
これからだった。なのに。
「ふふ、貴方が来たならもういらないわね」
そう言うと、女性はリーズを投げ捨て地面に刀を突き立てる。
瞬間。刀を中心に地面を這うように黒い影が急速に広がる。
『!! ホロウ、離れて!』
俺は訳も分からずカスミの言葉に従って咄嗟に後ろに飛びのく。
その黒い影は俺の数メートル前まで広がると、次の瞬間。
じゅぅ!! っという不気味な音を立て、目の前に転がっていたオークの死体が黒い影の中に落ちていく。
いや、これは――。
「溶けてる……!?」
「ふふ、ぐじゅぐじゅに一体になれるなんて素敵だと思わない?」
女性は刀を頬に当て、光悦とした表情で笑う。
「溶け……っ!? シア! オッズ!」
俺は慌てて周囲を見回す。
だが気付いた時はすでに遅く、さっきまでその場に横たわっていたシアとオッズは、目を向けた瞬間にその黒い液体の中へと飲み込まれていった。
「くっ……みんな……!」
訳が分からない。
なんでこんなことが起こるのか。そして今何が起こっているのか。
わかっていることは、いまシアとオッズが居なくなってしまったということだけだ。
「お前……何が……何が目的なんだよ……!!」
俺は震える手を抑え込むようにカスミを強く握り、キッと女性を睨む。
すると、女性は苛立つでもなく恐れるでもなく、また光悦とした顔でほほ笑むと、刀をこちらへ向ける。
「それよ、それ」
「え……?」
女性は言う。
「あなたの魔剣」
魔剣……カスミが目的?
その時、セシリアの言葉を思い出す。
『魔剣は……説明は省くけどとにかく危険なの。世界に九本しかない伝説の武器。今も血眼で探している人が世界中に沢山いるわ』
俺はサーっと血の気が引いていくのを感じる。
ということは、もしかすると。
リーズやシア、オッズを巻き込んでしまったのは――。
『――ホロウ、落ち着いて』
思考を止めるように、カスミの声が脳内に響く。
「う、うん……」
俺は完全に混乱していた。
カスミの声もぼんやりとしか聞こえず、心ここにあらずだ。
動悸が激しい。
「ふふ、リドウェルに居るって言ってたのに全然会えないからもう居ないのかと思っていたけれど……会えてよかったわ。私はリディア。あなたと同じ魔剣使い」
リディアは黒い影の上をカツカツと音を立てながら歩く。
正確には、その影がリディアを避けるようにスペースを開けていた。
「妖刀カスミ……私が貰っていくわ」
「なんでそんな……!」
「何でって、貴方知らないの?」
リディアはキョトンとした顔で首をかしげる。
「呆れた。いい? 九本の魔剣が揃うと、とーっても素敵なことが起こるの。だから、私は魔剣を集めている。この世界だって統べることが出来るわ」
リディアは楽しそうに語る。
世界を統べるだなんて、俺にはどうでもいい話だ。
「あなたが姿を現さないから、関係ない多くの人が溶けていっちゃった」
「っ!」
「まあ、美しい光景だったけれどね」
淡々とリディアは語る。
やっぱり俺のせいで……。
魔剣を持った俺が居なければ、こんなことにはならなかった。
俺が居なければ、リーズたちは今頃ジェネラルオークの討伐に浮かれ、いつもの酒場で盛り上がっていたかもしれない。
魔剣は危険な物だって忠告されていたのに。
自分の危機感の無さと、弱さに嫌気がさす。
『ホロウ……ホロウ! しっかり!』
「…………」
『ホロウ!』
カスミの声も良く聞こえない。
茫然と、ただ地面を見つめている。
「あら、やる気なし? 呆気ないわね。抵抗もしないのかしら」
「…………」
「――そう。まあいいわ」
そう言って、リディアは刀を掲げる。
緑と紫に光る禍々しい魔剣。妖刀。
「じゃあ、ぐじゅぐじゅに溶けて――――」
「“ファイアアロー”!!」
「!?」
瞬間、後方から飛んできた炎の矢が、リディアの背後を襲う。
リディアは咄嗟に振り返ると、魔剣でそれを弾き返す。
矢は真上へ飛ばされ天井に当たると爆発し、パラパラと岩の欠片が降り注ぐ。
何が……。
「……へえ、まだ生きていたの。意外としぶといわね」
「はは……我ながら、何で生きてるんだって感じだけどな……」
「リーズ……!」
そこには、死にそうな顔で笑うリーズが居た。
良かった、死んでなかった……!
「ホロウ……しっかりしろよ」
「えっ?」
いつもより弱々しい、リーズの死にそうな声。
「俺たちは冒険者……いつ死んでも後悔のないように生きてる……たまたま今日だっただけさ」
「…………」
「だからよ……自分のせいだなんて思うんじゃねえ……!」
苦しそうに、リーズは黒い影に横たわりながら声を発し続ける。
何かが溶けるような音が鳴り続けているが、リーズはその中で必死に意識を保ち続けていた。
「しゃんとしろよ……!」
「リーズ……」
「……ここ数週間は今までで一番楽しかったぜ……お前のおかげでな」
それはこっちのセリフだった。
魔術の使えない剣士。そんなものを置いてくれる冒険者パーティなんて本来ありえない。
それでも信じてくれた。それが何よりもうれしかった。
「俺も、俺の方こそ楽しかったよ……リーズ……! だから余計に――」
「だったら……そんな女にやられるんじゃねえ……! ジェネラルオークを倒した男だろ……? 俺達の分も……頼んだぜ。お前ならできるだろ、ホロウ?」
リーズの瞳が、じっと俺を見つめる。
俺は、ただ静かに頷いた。
リーズは安心したように目を閉じると、僅かに微笑む。
そして、そのまま黒い影に飲み込まれ、溶けていく。
詰まっていた何かが解き放たれるように。
横たわっていたリーズは、跡形もなく消えていく。
「…………」
「あらあら、美しい友情ね」
静かにそのやり取りを聞いていたリディアは、パチパチと手を叩く。
「それがまた溶けて消えてなくなるというのも……ゾクゾクするわね。この瞬間の為に人を溶かしていると言っても良いわ」
リディアは身体をくねらる。
「さてと。じゃあ、溶けて死んでもらいましょうか。まあ、戦う気力もなさそう――」
すると、リディアは俺の目を見て肩を竦める。
「さっきまであんな死んだような目をしていたのに。男の子ってすぐ成長するのね」
「俺はお前を許さない」
俺はカスミを構える。
強くあるしかない。今はただ、リーズの想いを無下にしない為に、戦う。
「やろう、カスミ」
『ホロウ……! さすが私の剣士様。いいわ、魔剣としての格の違いを見せてあげるわ』