落ちこぼれ魔剣使いの英雄譚 ~魔術が使えず無能の烙印を押されましたが、【魔術破壊】で世界最強へ成り上がる~

「あなたは?」
「俺は赤階級冒険者のリーズ、実はちょうどもう一人パーティメンバーを探していてさ」

 そう言い、リーズは後ろの冒険者を指さす。
 そこには大男一人、少女一人が立っており、ぺこりと会釈する。

「パーティメンバーって言うと……何か大物でも狙っているんですか?」
「"多層洞窟"は知ってるだろ? あそこの中層にジェネラルオークが居着いてるらしくてさ。その討伐依頼が出ているんだけど、受注条件が赤階級4人以上、または蒼階級2人以上ってなってるんだ」
「あぁ、それで一人足りないと」
「そういうこと」
「でもなんで俺に?」

 すると、リーズはこそっと俺に近寄る。

「君、"魔断の剣士"だろ?」
「! 噂ってそんな広まってるんだ……」
「はは、まあね。君の力なら絶対俺達上手くいくと思うんだ! どうだろう、ずっとパーティ組もうって訳じゃないよ、君だって討伐依頼をやりたいと思ってたんじゃないか?」

 俺はカスミと顔を合わせる。

「あっと、そっちの女の子はパーティだった?」
「いや、カスミは違うよ」
「そうか。ほら、騎士団とやりあったって噂だろ? そんな力の持ち主なら是非とも一緒に任務をやりたいなと思ってさ」
「その噂は――」
「いや、いいよ本当のところは。そういう噂が流れるって時点でそれなりの実力だっていうのはわかってるからさ。真偽はどちらでもいいんだ。実は僕俺たち、前衛が俺一人で少し攻撃力に欠けていてね、是非魔剣士である君に協力をお願いしたいというか……」

 ああなる程。俺を魔術が斬れる魔剣士だと思っているのか。
 困ったな、魔術が使えないって言ったら嫌な顔されそうだな……。

 でも騙すわけにはいかないし……。

 俺は恐る恐るリーズに告げる。

「実は俺、魔術使えないんだ」
「え!?」
「だから魔剣士じゃないって訳。剣術しか使えない。申し訳ないんだけど……」

 一瞬の間。
 しかし、リーズは思っていなかった反応を見せる。

「凄い、剣術だけであの騎士団とやりあったのか!?」
「え、えっとまあ……」
「凄い才能だよ!」
「え?」
「俺たちはサポート魔術師二人と攻撃魔術の俺の三人パーティなんだ、もう一人が前衛として剣士として戦ってくれる……しかも魔術を斬れるときた! 俺は全然問題ないと思う!」

 リーズは目を輝かせてそう力説する。

 まさか、魔術を使えない俺をこんなに認めてくれる男がいるとは。

 つい先日、同じようにパーティを組まないかといってきた奴が居た。
 でも俺が魔術を使えないというとゴミでも見るような目で去っていた。

 俺はまたそういう反応をされると覚悟していたんだが……。

「いいんじゃない、ホロウ」
「かな」
「うん、念願の骨のある魔物とも戦えるし、願ったり叶ったりじゃない?」

 そうだ、今まで手を出せなかったパーティ前提の上位依頼。
 このチャンスを逃すわけにはいかない。それに、そのままの俺を受け入れてくれるパーティだ、まさにぴったりじゃないか……!

「そうだな……一歩踏み出す時かもしれない」

 俺はリーズに向き直る。

「えっと……じゃあ少しの間かも知れないけど、よろしくお願いしてもいい……かな?」
「もちろん!」
「やったあ!」
「ナイスリーズ!」

 後ろの二人と合わせて、三人は俺の加入に大喜びしている。
 なんだかこっちまで嬉しくなってくるな。

「それじゃあ、軽く自己紹介といこう。"不夜城"でいいかな?」

◇ ◇ ◇

 酒場"不夜城"。
 多くの冒険者や、その他夜まで働く人たちが集まる酒場。

 特に依頼帰りの冒険者は殆どが利用する安くてそこそこ美味い酒場だ。

「じゃあ、次の依頼だけだが、ホロウの助っ人加入に乾杯!!」
「「「かんぱーい!」」」

 俺たちは飲み物(俺以外はお酒)をごくりと飲み込む。

「えーっと、俺が一応リーダーのリーズ・イグナイト。使う魔術は"炎魔術"だ」

 黒髪の好青年。歳はカレンさんたちと同じくらいだろうか。

「リーズの炎は敵味方関係なく燃やし尽くすけどね」
「お、おい新入りの前でそんなこと言うなよシア!」
「ふふ。――えっと私はシア・ホワイト。後衛で回復魔術を使うわ」
「シアの回復は結構しみるぞ」
「うるさいな!」

 シアはリーズにケリを入れる。
 シアさんは赤髪のボブヘア。活発そうな見た目だ。

 そして、最後の長身の茶髪の男性。

「俺はオッズ・ウェル。前衛――といいたいところだが、この見た目で使う魔術は探索魔術だ。戦闘ではあんまり役に立たない、申し訳ないけど……」
「何言ってるの、オッズの探索でいっつも助かってるじゃん」
「そうだぜ、オッズ。オッズが居なきゃ何度死んでたことか……」
「で、最後新入り! 自己紹介お願いできるか?」
「は、はい!」

 俺は言われて立ち上がる。

 三人が、キラキラした目で俺を見る。

「えーっと……ホロウ・ヴァーミリアです。魔術は使えないけど……剣の腕なら誰にも負けません!」
「おお、大きく出たな!」
「ひゅーひゅー! かっこいいよホロウ君!」
「期待できる新人だな!」

 全員の拍手の中、俺はぺこぺこと頭を下げ座る。

 こうして俺たちはいろんな話をして盛り上がった。

 今までリーズたちが達成してきた依頼の話や、ムカつく依頼者の話。
 とにかくいろんな話をした。

 久しぶりに他愛のない話をして、俺の心は満たされていた。

 彼らとなら依頼もきっとうまくいく。
 そんな気がした。
「ホロウ、そっち行ったぞ!」

 洞窟にリーズの声が響く。

「任せて!」
「リーズ、回復するからこっち!」

 前衛でタンクの役目を果たしていたリーズが後退し、入れ替わるように俺は前へ出る。

 後方では、シアのヒールがリーズの傷をいやす。

「ホロウ、左と右に一匹ずつ隠れてる! 不意打ちに気を付けて!」

 探索役のオッズが、普段の大人し目な声とは裏腹に叫ぶ。

「ありがとう!」

 前方のオークが、威嚇のように大声を上げその右手に持つ棍棒を高く振り上げる。

 身長は俺の約三倍……!
 ――でもやれる!

 俺は振り下ろされた棍棒を最小限の動きで横に避けると、一気に地面を蹴る。
 瞬間、脇道に隠れていた二体のオークが両脇から一斉に飛び出してくる。

 オッズの報告通りだ。

 左のオークは俺を捕まえようと低空で飛び込む。
 右のオークは、逃げ道を塞ぐように身体を大きく広げながら近づき、その棍棒を振り下ろす。

 そして、ついさっき通り抜けた後方のオークも既に体制を立て直し、反転して俺の背後を狙っている。

「ホロウ!! 無理するな!」

 回復中のリーズの声が響く。

 確かに包囲された危機的状況。だが、俺ならやれる。期待に応えて見せる……!

『やってやりましょ!』
「あぁ!」

 俺は右から振り下ろされる棍棒をカスミで受け止める。
 ズシンと芯に来る、強力な打撃。

 でも、剣聖の剣程の威力はない。

 俺は受け止めたそれをそのまま刃の上を滑らせ、流れるように力をいなす。

「グォォォ……!?」

 オークは思わぬ受け流しに体制を崩し、回転するようにして俺の左側へと流れていく。

 丁度そこへ飛び込んできた左手側のオークの頭が、転んで倒れこむオークの右肩に激突し低い唸り声を上げる。

 二体の動きが完全に止まった。
 俺はすかさず二匹のオークの首を斬り落とす。断末魔の叫びも許さない一刀両断。

 魔術での攻撃は、一瞬では終わらない。
 一撃で破壊できるような威力の魔術というのは稀で、セシリアの水魔術のように相手に当たってから窒息させたり、あるいは何発も繰り返し与えてから倒すのが殆どだ。

 その点、剣士というのは一瞬の戦いだ。
 その刃が相手の首に届くか、あるいは相手の牙が俺の首に食い込むか。

 だから、常に気が抜けない。
 常に最前線で自分の身体を張り続ける。

 ――けど。

「最後は任せておけ、ホロウ!!」

 回復を終えたリーズが、勢いよく飛び出してくる。
 手から放たれた火球が、俺の背後に残っていた最後の一体のオークの後頭部を直撃し、オークは苛立った様子で振り返る。

「リーズ、任せたよ!」
「見とけよ、ホロウ!」

 リーズは片手を前にかざし、魔術を発動する。

「"ファイアウォール"!!」

 右手から飛び出した炎の壁。
 それはオークとリーズの間に横たわり、完璧にリーズの姿を隠す。

「ウゴォォァアア!!」

 一瞬、リーズを見失いオークの動きが止まる。

 そのわずかな隙を見逃さず、リーズは完全にオークの死角から飛び出しその手のショートソードを振りかぶる。

「がら空き!! じゃあな、オーク!」

 動きが止まったオークに対し、リーズの振りかぶったショートソードが半月状の軌跡を描き脳天から振り下ろされる。

「グウゥゥ!!」

 頭から血を流し、オークは僅かに態勢をよろめかせる。

「もう一発!」

 リーズは剣をオークの肩に突き刺す。

「フレイムバースト!!」

 瞬間、剣が一気に燃え上がり、それがオークの肩から一気に引火する。

「グオオオアオアオアアアアア!!!!」

 胸より上が一気に燃え上がり、オークは顔の炎を消そうと掻きむしる。
 しかし、その炎は一気にオークの顔面を焦がし、熱は喉を焼き尽くす。

 少しして、ドシン! っと激しい音と砂埃を巻き上げ、オークは前のめりに倒れこむ。

 プスプスと黒い煙が立ち上る。動く気配はない。

「――よっしゃあ!」

 リーズは嬉しそうにガッツポーズをすると、剣をしまう。

「やるじゃん」

 後ろからシアが現れ、リーズとハイタッチを交わす。

「やったな、シア。いやあ、ホロウもサンキュー! まさか一人で二体も片付けてくれるなんて!」

 リーズは嬉しそうにこちらへと寄ってくる。
 シアも片手を上げ、俺はそれにこたえるようにハイタッチする。

「そうかな? リーズが弱らせてくれてたからだよ」
「やっぱり?」
「調子乗らないで」

 ガン! っとシアの蹴りがリーズの脛を襲う。

「ぐっ!!」

 リーズは痛そうに足を抑える。

「今日の討伐数的にホロウ君の方が上じゃない? リーダー交代した方がいいんじゃないの~?」

 とシアはニヤニヤした顔で座り込むリーズを煽る。

「う、うるさいな、俺のパーティなんだから俺がリーダーなんだよ! なあホロウ!?」
ここを空白にする

 リーズの目は涙目だ。
 余程足が痛いのか、リーダーを止めたくないのか……。

「あはは、もちろんだよ。さすがに俺にはリーダーは無理だよ」
「ほら!」
「はいはい、ホロウ君は優しくて良かったね」

 二人は仲良さそうにお互いを小突き合う。

「――さっ、素材回収して街に戻ろう!」

◇ ◇ ◇

「いやあ、予想以上だよ!」

 リーズは嬉しそうに笑みを浮かべ酒を一気に飲む。

「まさかホロウがこんなに強いなんて!」

 そう言ってリーズはがっつりと俺に肩を組んでくる。
 完全に酔っ払いである。

「そうそう! 後ろで見ててもかっこいい~って思っちゃったよ! ね!?」
「あぁ、本当凄い剣士だよ」

 シアとオッズも、興奮気味にこちらを見る。

「そ、そうかな……」

 予想以上に褒められてる……なんか恥ずかしいな。
 と俺はぽりぽりと頬を掻く。

 こんなに良くしてくれるなんて思ってなかった。

「でしょ! ホロウは凄いんだから!」

 相変わらずのホロウの代わりに、カスミが立ち上がり胸を張る。

 それにリーズたちも盛り上がり、よっ! っと声を上げる。

「違いないね! ジェネラルオークとの戦闘に向けて前準備としてオーク狩りの依頼をと思って受けた依頼だったけど、正直俺はここまで上手くいくとは思ってなかったよ」
「うんうん、前は二体同時討伐が限度だったわよね」
「へえ、そうだったんだ」

 野生の魔物は飼われている魔物とはレベルが違う。オーク一体でもあの試験時のサイクロプスと同等以上の力があった。

 個体差のあるオークを二体同時……前衛が一人だけのパーティなら善戦出来ている方なのかもしれない。

「俺達四人なら絶対に上手くいく! そう思わないか!?」

 リーズは俺の肩に回す腕に力を入れ、ぐっと顔を寄せてくる。

「うん、俺もそんな気がしてきたよ」
「だよな! ジェネラルオークも圧勝できそうだ!」
「ちょっと、油断して逃げ帰るのだけはいやだからね」
「はは、リーズは勢いは良いけどたまに無鉄砲だからね」

 オッズとシアが悪戯っぽく笑う。

「おいおい、勘弁してくれよ!」

 三人は同じ村出身だという。
 俺の様に小さい頃から修行していたそうだ。だから連携も凄いし、信頼関係も凄い。

 最初は俺なんて入れて大丈夫かと思っていたけど、三人とも良くしてくれる。
 それに、連携もそれなりに上手くいった。こういう経験もたまには良いな。

 魔術が使えないから誰とも一緒には戦えないかと思っていたけど、勘違いだったみたいだ。

「――さて、親睦も大分深まってきたし、次は本番行くか! まずは今日の依頼達成を祝って祝杯だあ!」
「さて、準備はいいか?」

 リーズはギルド前に集まるパーティメンバーに向かってそう問いかける。

「当たり前よ、この日を待っていたわ!」

 とシア。

「リーズについていけば間違いないから」

 とオッズ。

 そして三人ともが俺を見る。

「期待してるぜルーキー! 俺達のパーティの最後のピースだ」

 そう言い、リーズはニカッと笑う。

「そうよ、みんな期待してるんだから。というか、ホロウ君ならやれる!」
「そうだよ、正直リーズより安心でき――」

 とオッズが口走ったところで、リーズのツッコミが入る。

「う、うるせえ! いいか、今回はいつもと違う依頼なんだからな、気合入れろよ!」
「わかってるわよ、これの為のメンバー増強だしね」
「その通り! ここ数日で俺たちは即席パーティではなく真のパーティになれた! オークの討伐も順調だし、連携も申し分ない!」

 確かに、ここ最近の快進撃は凄かった。
 俺たちは前衛2人、後衛2人という完璧なバランスで陣形を組み、ダンジョンを深くまで探索していた。

 ヘルハウンドやオークにはもう殆ど手こずらないようになってきた。
 まだ数が多いとごちゃつくけど、以前ほどじゃない。周りの赤階級と比べても頭一つ抜けているだろう。

『そうね、良いパーティに入れたわね』
「やっぱりそう思う?」
『ええ。仲間ってやっぱり大事だからね。一人で強くなるのも良いけど、仲間と背中合わせで戦う経験っていうのは貴重なものよ』

 いつもよりどこか懐かしむような口調のカスミ。
 いつかの記憶なのだろうか。

「いけるか、ホロウ?」

 リーズがそう問いかける。

「もちろん! 俺なんかを入れてくれてありがとう。絶対役に立ってみせるよ」
「その意気だぜ! それでこそ前衛、いい心がけだ!」
「まあなんかあったら回復してあげるから任せて。安心して骨の一本や二本折れてもいいわよ」
「ちょ、ちょっとシアの回復魔術じゃ骨は治らないんじゃ……」
「あはは、ホロウ君も私にツッコめるようになったわね」

 とみんなが一斉に笑う。

「え、えっと……」
「それだけ仲が深まったって事! 別に馬鹿にしてる訳じゃないわよ」
「そうそう、やっぱもう俺たちは仲間だぜ」
「うん……! ありがとう、がんばろう!」
「この任務が無事終わったら、宴をしようぜ。報酬もすげえからな!」

 こうして俺たちは決起集会をした後、準備を整える。
 とうとう、俺達が最初から狙っていた任務に向かうことになる。

◇ ◇ ◇

 リドウェル近郊の巨大迷宮(ダンジョン)"多層洞窟"。

 その名の通り、多層に連なる洞窟が続いており、その階層は全部で8個ある。

 俺たちは上層にいるヘルハウンドや中層に居るオークをひたすら狩り、徐々に下層へと突き進む。

 既に中層までは事前に来ており(というかこの依頼の為に他の依頼で来ておいたと言ったほうが正しい)、その探索はスムーズに進んだ。

 今回のターゲットはジェネラルオーク。
 このダンジョンのオークを束ねる凶悪な魔物。赤階級四人以上の高難易度任務だ。

 ただ、ジェネラルオーク自体はさほど珍しいものではない。ようはボス猿みたいなもので、各群れに一体はいる魔物なのだ。

『ジェネラルオークは単体での戦闘力はそれほど高くないわ。一番厄介なのは常にオークの群れの中心にいること。その物量で、ソロの冒険者じゃ手を出すのは命取りなの』

 と、カスミは探索中ジェネラルオークについての講義をしてくれる。

「じゃあ、連携が取れないときついってこと?」
『そういうこと。今までリーズたちとやってきたオークはあくまで単体の群れ。けれど、ジェネラルオークは違う。奴が指示を出し、オークが動く。動き方が今までより何段階も統率されれていると思った方がいいわ』

 なるほど……。それがジェネラルオークがパーティでの討伐推奨な理由か。
 確かにソロだと骨が折れそうだ。

 だけど、きっとこのパーティならやれる。
 俺はこの人たちがもう好きになっていた。

 アラン兄さんや、シオンさんにカレンさん。キルルカさんや、セシリア。
 今まで助けてくれたり、一緒に協力したり、良くしてくれる人たちは沢山現れた。
 こんな俺にも、そういう人たちがたくさんできた。

 そして、リーズやシア、オッズも俺のことを尊重し、そして頼ってくれる。
 これがパーティなんだ。

「おらあああ!!」

 リーズが先陣を切り、オークを燃やしていく。
 それをすかさずオッズやシアのサポートにより、援護していく。

「ホロウ! スイッチ行けるか!」

 俺はカスミを握り、ニィっと口角を上げる。

「もちろん! 任せて!」

 俺は一気に跳躍し、オークへ刀を滑らせる。
 真ん中からパックリと切り裂かれたオークが、左右に分かれる。

「さっすが……!」
「次来る! 気を付けて!」
「もちろん!」

◇ ◇ ◇

「ふぅ……そろそろか」

 迫りくるオークの群れを何度か退け、いよいよ最深部――第八層へと到達した。

 今までの階層と明らかに雰囲気が違う。

 ぬめっとした洞窟の岩肌が、手に持った松明の光を反射して怪しく光る。

 ゆっくりと奥へと進んでいき、そして。

「止まれ」

 リーズが右手を伸ばして後続の俺達を止める。

「……居たぞ」
 多層洞窟第八層。

 その深部にて、俺達は息を潜める。

 ぴちゃりとぴちゃりと、どこからか水滴の落ちる音が聞こえる。
 それに交じり、喉の奥を鳴らしたような低くくぐもった唸り声が聞こえてくる。

 この岩の奥に、今回のターゲットがいる。

「あれだ」

 奥を覗き込むリーズが真剣なまなざしで言う。

 そこには、他のオークの1.5倍はありそうなオークが立っていた。
 その周りには五体のオークが鎮座している。

「あれが……」

 ジェネラルオーク。
 オークを束ねる者。

 身体にはつぎはぎした鎧を身に纏い、手には巨大な斧を携えている。

「武器を持っているね……他のオークより立派な……」
「オーク達が狩りに出かけて、手に入れてきた品をあのジェネラルオークに献上しているんだ。恐らく、冒険者たちの遺品だろうな」
「遺品……」

 途端に、ジェネラルオークの恐ろしさが身体を伝ってくる。
 つまり、意図的にその武器を、防具を用いているんだ。

 今まで戦ってきた魔物とはまた違う。
 ある程度の思考能力を有した魔物。

 ジェネラルオークは、ぎょろっとした巨大な目で辺りを見回している。
 恐らく俺たちが来たこと自体は何となくは把握しているのだろう。匂いなのか音なのかはわからないけど。

『緊張してきた?』

 カスミはいつもの調子ではなしかけてくる。

『当たり前だよ。サイクロプスのときは平気だったけど……なんというか、個のジェネラルオークには圧を感じる』
『当然ね。あれは本物の魔物だもの』
『本物……?』
『そう。生死を掛けた戦いを何度も潜り抜けて、生き残ってきたオーク。試験のために用意されたり、ヘルハウンドやオークのようにすぐ死ぬ存在でもない。経験を積んだ魔物よ』

 経験を積んだ魔物……。
 そうだ、単純な話だ。魔物だって生きているんだ。単純だけど、忘れていたことだ。

 つまりあのジェネラルオークは、百戦錬磨の怪物ということだ。

『ふふふ』
『な、なんだよカスミ』
『いや、昔のホロウを思い出してね。最初私と一緒に大きな魔物を倒した時もそんな感じだったなと思って』
『そ、そりゃそうだよ! 俺には魔術も使えないし……』
『でも、代わりにホロウにはすんごい強い剣の才能と、私が居るわ』

 今は刀の姿で見えない。
 けれど、俺の目にははっきりと胸を張りふふっと笑みを浮かべるカスミの姿が見えた。

 カスミはいつだって俺を信じてくれる。

『――そうだね、ありがとう。俺は最強の剣士を目指してるんだ。経験を積んでいるのはこっちだっていっしょさ!』
『その通り!』

 覚悟は決まった。

「――ホロウ、やる気満々みたいだな」

 リーズが俺の方を向いて意外そうに言う。

「もちろん。今までの成果を見せる時がきた。みんなを絶対に勝利に導くよ」
「な、何格好つけてるのよ。わたしだってそのつもりよ」
「はは、何さっきまで下向いてちょっと震えてたくせによ」
「なっ!」

 シアは恥ずかしそうに少し頬を赤らめる。バンとリーズを叩く。

「痛っ! おい、バレるだろ!」
「ご、ごめんつい……」
「この調子なら問題なさそうだ」

 俺たちはお互いに顔を見合わせる。

「さて、ジェネラルオーク狩りといこう」

 リーズは真剣な顔つきになると、作戦を説明する。

「ジェネラルオークは奥に一体。その周りにオークが五体居る。いままでのオークだったら正直そこまで手こずらないが、ジェネラルオークの側近と見るべきだろうな」
「個体差としては他のオークより強いってこと?」
「多分な。それに、彼らは恐らくジェネラルオークの指示に忠実に従う兵士だ。今まで以上の連携プレイを見せてくるだろう」
「厄介ね……」
「だから、敢えてその連携を逆手に取る」

 リーズはにやっと笑みを浮かべる。

「ホロウ」

 リーズは俺を見る。

「ジェネラルオーク、やれるか?」
「もちろん」
「いい返事だ。今回の美味しいところはくれてやるぜ」

 そう言いながら、リーズは地面に絵をかいていく。

「オッズ、あの脇道の先に魔物はいるか」
「ちょっと待ってね」

 オッズは索敵魔術を使い、ぐぐっと敵の反応を探る。

「――居ないね」
「よし。いいか、まずシアとオッズはジェネラルオークの前に飛び出す。そうすると、多分奴の指示で一体か二体、俺達に向かってくるだろう。それを引き連れて、あの小部屋に入る。釣りするって訳だ。二人なら少しの間時間を稼げるだろ?」
「もちろん」
「なるほど、ジェネラルオークから引き離せば、連携は機能しない!」
「その通り!」

 上手いこと考えるなあ、リーズ!

「その後、今度は俺が飛び出す。残りのオークは三体。これを引き連れて、俺は小部屋へと合流する。これで、ジェネラルオークは一体だけになる」
「そこで俺が戦う……ってことか」
「その通り。もちろん、オークを五体片づけたら合流する。それまで耐えてくれってことだ」

 確かに、これならいけるかもしれない。
 やっかいなのは周りのオークとの連携。それを引き離して別々で戦うなら、やり易さは段違いだ。

「任せてよ。ただ、リーズが戻ってきた頃にはジェネラルオークはもう倒れてるかもしれないけどね」
「ふっ……はは! 生意気言いやがって!」

 そう言って、リーズはわしわしと俺の頭を撫でる。

「な、なんだよー!」
「へへ、頼もしいって話だ。期待してるぜ」
「うん!」

『いいメンバーね。これなら、全然想定――』

 と、一瞬カスミの言葉が途絶える。

『カスミ……?』
『う、ううん。気のせいかな……』
『大丈夫?』
『うん。今はジェネラルオークに集中しましょう』

 そうして、俺達のジェネラルオーク討伐が始まろうとしていた。
 ガン! っと、拳大の岩石がウロウロと歩くオークの頭部を直撃する。

 だが、その皮膚には傷は殆どついていない。
 しかし、不意の攻撃に、オークの視線がぎろりとシアの方へと向く。

「きた……!!」

 オークの注意が、オッズたちに向く。
 オッズは振り返ると、シアと目配せし一緒に駆け出す。

「グオアアアアアア!!」

 オークの叫び声が洞窟に響く。
 飛び出した二人に完全にオークの意識が集中している。

 他のオークたちも、その鋭い眼光をシアとオッズに向ける。

 後ろのジェネラルオークはシアたちを視界に捉えると、低く唸る。
 それが合図だったんだろう。瞬間、ジェネラルオークの周りを徘徊していたオークが二体、シアたちを追いかけるように動き出す。

「つ、釣れてる! 釣れてるわ!」

 シアは後ろを振り返りながら言う。

「任務を遂行しよう……!」

 2人はオークからつかず離れずの距離を保ちながら走り、小部屋に入っていく。

 そこは袋小路。オークたちも恐らく理解している。
 だからこそ、焦らず追い詰めるように追いかける。

 そうして、オークとオッズたちの背中が小部屋へと消えていく。

「うまくやってくれよ2人とも……!」

 リーズはそちらを見つめながらそう呟く。
 オークとはいえジェネラルオークの守衛みたいなものだ。油断できる相手じゃない。

 でも、これで予定通りジェネラルオークの周りには3体だけになった。

「いい感じだね」
「あぁ。あとは俺が残りを――」

「グオオオオオアアアアアアアア!!!」

 瞬間、ジェネラルオークの耳をつん裂くような叫び声。
 地面が揺れ、肌が震える。

「完全に戦闘体制に移行しやがった……!」

 リーズの表情が僅かに険しくなる。

 ジェネラルオークの周りの3体は、さっきよりも距離を近づける。
 いつでも連携をとれるように、オーク達はゆっくりと陣形を取り始める。

 さすがと言うべきか、本能でオーク達は警備体制を強化した。

『凄いわね……。このジェネラルオーク、なかなかやるわよ』
『そうみたいだね……。さすがはこのダンジョンでずっと生き残ってきた魔物だけはあるね』

 リーズはゆっくりとこちらを振り返る。

 リーズはじっと俺の目を見ると、ゆっくりと頷く。

 始めるつもりだ。

 当初の予定では、シアたち同様中距離からの攻撃で注意を向け、小部屋へと連れて行くつもりだった。

 でも、オーク達の警戒態勢はそう簡単にそれをさせてくれなそうだ。
 三体のオークは等間隔に並び、ジェネラルオークを守るように固めている。

 もし中距離からの攻撃でオークを釣ろうとすると、恐らくジェネラルオークも一緒に向かってしまう。

 下手をすると一気にリーズに攻撃が行って……。

 だが、リーズの顔は僅かに恐怖に染まってはいたが、どこか自信ありげだった。
 俺ならできる。そう、顔が訴えていた。

 俺は、リーズを信じて頷き返す。
 きっとリーズならやってくれる。

「いくぜ……!」
「信じてるよ……!」

 リーズは一気にオーク達の前に飛び出す。
 瞬間、さっきまでとは比べ物にならない速さでオーク達がリーズに反応する。

 八つの目が、リーズに向けられる。

 しかし、一気には詰めない。
 リーズと間合いを取るように、オーク達が横に展開する。

「まだだ……まだ、まだ……」

 リーズはオーク達の様子を見ながら、自分の立ち位置も調整する。
 そして、オーク達が横一列に並び一歩前に出た瞬間。

「今だ! おらぁ!!」

 リーズの横なぎに振った剣の先から、轟轟と燃え上がる炎の岩が放たれる。

 それは洞窟の低めの天井にぶち当たると、激しい音を立て勢いよく崩れ出す。

 そして地面に落ちた燃える岩石は、メラメラと炎を立ち昇らせ、オークとジェネラルオークの間に炎の壁を作り上げる。

 分断に成功した……!

 リーズは走り出す。
 それを追うように、ジェネラルオークから分断されたオーク達が走り出す。

「悪い、一体釣れてない! でももう行くしかねえ、まかせた!!」

 そう叫び、リーズはオーク二体を引き連れて小部屋へと向かっていく。

 その場に残されたのは、炎の壁の前にいるオークと、その奥に居るジェネラルオーク。そして、俺。

『いつでも準備オーケイよ』
「ああ、やってやろう!」

 俺は刀を腰に入れたまま、オークの前に姿を現す。
 オークは俺に気付き、すぐさま飛び出してくる。

 リーズの炎による攻撃で完全に興奮状態だ。統率は取れていない。
 浮いた駒は、簡単に打てる。

「――ふっ!!」

 俺は居合いで刀を引き抜くと、飛び込んできたオークの身体に刃を滑らす。

 一瞬にしてオークの頭は真っ二つに割かれ、地面に倒れこむ。

「これで一対一だね、ジェネラルオーク……!」

 燃え上がっていた炎は既に落ち着き始め、燻ぶる炎の壁は既に視界を取り戻していた。

 その壁の奥から、赤い眼を光らせたジェネラルオークが苛立たし気に喉の奥を低く鳴らしながらこちらへ歩いてくる。

「グルァアアアア……」
「さあ、はじめよう!」
 ジェネラルオークは、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
 俺は、刀をしっかりと握り直す。

「……っ!」

 今までに感じたことのない圧。
 これが、ジェネラルオーク……!

 ただの魔物じゃない。この迷宮(ダンジョン)で多くの敵を返り討ちにしてきた、百戦錬磨の魔物だ。

『そうよ、ホロウ。いい? 相手は戦い慣れているわ。生まれ持った能力だけだった今までの魔物とは訳が違うわ』
「うん、そうみたいだ。落ち着いて戦う……!」
『その意気よ! やっちゃえホロウ!』

 元気よく背中を押された感じがして、俺はぐっと気合を入れなおす。

 ジェネラルオークは、ゆっくりと近づいてきながらもこちらの出方を伺っている。
 だったら、まずは挨拶代わり――!

「“三閃”!」

 ジェネラルオークを覆い囲むように、三本の剣閃が襲い掛かる。
 これなら確実にダメージは入る! 

 ――しかし。

「グオアアアアアア!!」

 ジェネラルオークは地面を思い切り斧で抉ると、岩や土を思い切りこちらに投げつけてくる。

「なっ!?」

 岩は俺の斬撃にぶつかると、その勢いを殺す。
 勢いの落ちた三閃はジェネラルオークの皮膚に弾かれると、その隙に一気にジェネラルオークが身体を入れてくる。

「こいつ……!」

 予想以上に戦い慣れてる……!!

 そうだ、今まで討伐してきた魔物たち。確かに強かったけど、人間と戦うときのような駆け引きのようなものはなかった。

 でも、こいつには思考がある……! 戦闘の概念が……!

『ホロウ、気を付けて……!』
「うん……!」

 迂闊な攻撃はできない。きっと、今までのように攻撃するとこいつには受け止められてしまう。

 どうする――

「グアアアアア!!」

 瞬間、俺の攻撃が止まったことを見逃さず、ジェネラルオークは一気に俺に突撃してくる。

 振りかぶった巨大な斧が、思い切り振り下ろされる。

「ふっ!」

 俺は刀を横に構え、振り下ろされた斧を受け止める。
 ドシンっ! と重い衝撃が手、肩、腰、脚へと電撃のように一気に流れる。

「ぐっ……こいつ……パワーが……!」

 攻撃が重く、地面に脚が埋まりそうになる。
 素のパワーは俺以上だ……!

 さすがにこれを無尽蔵に打ち込まれると、一気に破壊される。
 守りは不利だ……!

 だが、ひるんだ俺を見逃さず、ジェネラルオークは斧を握っていた片方の手を離すと、思い切り振りかぶる。

 ――平手打ち――!

「ッ!」

 俺は咄嗟に雪羅を抜くと、ジェネラルオークの脇腹に向けて振る。

 ジェネラルオークは俺の攻撃を察知すると、攻撃の手を緩め距離をとる。

 俺の振りぬいた雪羅が、空を切る。

 こいつ……剣士との戦いにも慣れている。
 遠距離攻撃の可能性が低いことを読んでるんだ。このまま戦いを続ければ、俺が魔術を使えないことまで察してしまうかもしれない。そうなれば、俺が圧倒的に不利だ。

『相手にとって不足はないわね、ホロウ』

 いつも通りのカスミの声が頭に響く。
 この声が聞こえると、落ち着ける。

「……そうだね。確かに今まで戦ってきた相手より明らかに素の力が高い。間違いなく強敵だよ」
『ええ。でも、思い出して私との特訓を。純粋な剣での勝負。それなら、ホロウが負けるわけないわ!!』

 カスミのどや顔が頭に浮かぶ。
 俺は静かに頷く。

「任せといてよ……!」

 俺はカスミを構えると、スッと全身の力を抜く。
 落ち着けば、勝てる相手だ。

 少しの膠着状態。
 遠く、小部屋の方から魔術の放たれる音と、オークの叫び声が聞こえる。

 そして。

「グオオアアアアア!!」

 痺れを切らしたジェネラルオークがこちらに駆け出す。
 恐らく、奥のオークの叫び声から状況を察したのだろう。リーズたちが押してるんだ。

「来い!」

 ジェネラルオークはさっきと同じように土砂の弾幕を張る。
 襲い掛かる岩や土を、俺は完全に見切って全て叩き切る。

 その一瞬の視界の隙から、ジェネラルオークは一気にこちらに飛び掛かる。

「ふっ……!」

 それを僅かな動きで避けると、開いた首元に刀を滑らせる。
 だが、ジェネラルオークもそれを斧で受け止める。

 そこから、一気に俺の連撃が始まる。

 パワーで負けているなら、スピードで勝つ!
 その重い斧ならついてこれないだろ!

 斧と刀が弾ける甲高い音が迷宮(ダンジョン)に響き渡る。

 徐々に刀がジェネラルオークの皮膚にかすり始める。
 重い斧では俺の刀のスピードについてこれない。

 しかし、きっと今までもそれだけの攻撃をしてきた剣士はいたはずだ。
 だが、ジェネラルオークの皮膚は鋼のように固い。傷をつけることは難しい。

 ――けど。

「グ――ウオオオオアアアアア!!!」

 ジェネラルオークの悲鳴。
 皮膚からは、赤黒い血が流れる。

「カスミなら傷をつけられる!!」

 ラストスパートだ……!
「はあああ!!」

 斧と刀がぶつかり合い、激しい火花が散る。

「グゥゥ……グアアアアア!!」

 ジェネラルオークも、負けじと覇気を出し攻撃に全力を注ぐ。

 一対一なら、俺達は負けない……!

 拮抗しているかに見える戦い。
 しかし、徐々にジェネラルオークの身体には切り傷が増え始める。

 体力と精神力をどんどん消耗し、ジェネラルオークの叫び声も必然的に増えてくる。

「グアアアアアア!!!」
「!」

 長期戦を嫌ったジェネラルオークが、思い切り斧を振り上げる。
 一撃必殺、この一撃で一気に勝負を決める気だ。

 その隙を、ホロウは見逃さなかった。

 すぐさま低姿勢をとると、横一線に薙ぎ払う。

 俺の放った斬撃はジェネラルオークの脚を切り裂き、ジェネラルオークは一気に態勢を崩す。

「――――ッ!!」

 前のめりに倒れこむジェネラルオーク。

 俺は一気に地面を蹴り上げると、一気に跳躍する。

「もらった――っ!!」

 倒れこむジェネラルオークの頭が、お辞儀をするように落ちる。

 俺はその落ちた視線の外から、差し出される首に空中で回転しながら渾身の一撃をお見舞いする。

 切り傷しか付けられなかったジェネラルオークの皮膚に、刃が通る。

「グオアアアアアアアアア!!!!」

 激しい咆哮。

 最後の断末魔の叫び。

 そのまま首は斬り落とされ、ジェネラルオークは力なく地面に倒れこんだ。

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 俺は地面に着地すると、茫然と立ち尽くし、肩で息をする。

 頬を伝う汗をぬぐい、俺は手に握ったカスミを見つめる。

『ナイス、ホロウ!! 私は信じてたわよ!!』

 黄色い歓声が、脳内に走る。

 その声に、俺は思わず笑みが零れる。

「終わった……!」

 俺はくたくた~っと力が抜けると、両手を後ろに着いて地面に座る。

 すると、ドロンっとカスミが人型に戻り、抱き着いてくる。

「わっ!」
「お疲れ様! いや~ホロウならやれると思ってたわ!」

 カスミは嬉しそうにニコニコとしている。

「はは、カスミのおかげだよ」
「ううん、ずっとホロウが頑張って剣を磨いてきたからよ」
「じゃあ、二人の力ってことで」
「そうね。ジェネラルオークはなかなか強敵だったわね」

 カスミはジェネラルオークの死体を見ながら言う。

「そうだね。本物の野生の魔物はなかなか手ごわいね」
「ふふ、でも結果だけ見ればホロウの圧勝よ! 命のやり取りって、経験が物を言うからね」
「そっか……」

 これくらいの運動は普段からカスミとの訓練でしている。それでもこの疲労感があるのは、精神を極限まで切り詰め集中していたからこそなんだろうなあ。

 結構テンパってたのかもしれない。

「まあでも、一度乗り越えたんだから次からはもっとうまく行けるわよ! ジェネラルオークに無傷何て、普通はありえないんだから!」

 カスミはキラキラとした目で嬉しそうに言う。

 もっと精進する必要がある。
 ヴァレンタインさんとも俺の剣は互角だった。剣の実力には自信があるんだ、後は経験を積むだけだ。

「うん……がんばろう!」
「その意気よ!」
「……よし、リーズたちの所に行こう。もうオークの声がしてないから終わったのかもしれないけど。もしまだ戦ってるなら早く助けないと」
「あら、優しいねホロウは。オークくらいあの人たちだけでも大丈夫だと思うけど」
「油断は厳禁、だろ?」

 俺の言葉に、カスミは確かにそうねと肩を竦め、すぐさま刀に戻る。

 俺は駆け足でリーズたちの向かった小部屋へと向かう。
 今ならオークにも負ける気はしない。

 少しして、小部屋が見えてくる。

「あ、あそこ――」

 瞬間、何か変な感覚を覚える。
 何故か額から、ツーっと汗が垂れる。

「……?」

 俺はその汗を拭う。
 そして、嫌な悪寒が身体を走る。重々しい空気感。
 小部屋に近づくほど、それはどんどんと大きくなっているように感じた。

「……カスミ」
『……ええ、私も感じてるわ。これは……《《あの夜》》みたいな……』

 リドウェルでヴァレンタインに追われたあの夜。
 路地で死体を見たときのような、何かが居るという感覚。

 空間が変わった様子はないから、人払いの魔術ではない。
 純粋に、この先から感じるプレッシャー。

『それに……ジェネラルオーク戦の前に感じたあの感じ……もしかして、これが……』

 カスミからも緊張感が伝わってくる。
 俺は無意識に、ごくりと唾を飲み込む。

 見たくない。進みたくない。何かが変わってしまいそうなそんな予感が、小部屋の入口から漂っていた。

 けれど、だとしたら尚更行くしかない。
 カタカタと、カスミが揺れる。――いや、カスミを握る俺の手に力が入り過ぎているのだ。

「……行くよ」
『……えぇ』

 俺は恐る恐る岩に手をつきながら、ゆっくりと小部屋の中を見る。

 地面にはオークの死体が転がっている。
 そして、その中央に立っていたのは一人の女性だった。

 それは、リーズやシアではなかった。

 後ろ姿の銀色の髪を女だけが、ただ一人この部屋で佇んでいる。
 その左手には、俺と同じ武器、刀が握られている。

 女はこちらの気配に気が付くと、ゆっくりと振り返る。

 その顔は綺麗で、そして返り血を浴びて頬が赤く染まっていた。
 その血を拭いながら、女性は笑みを浮かべる。

「遅かったわねえ。やっと会えたわ」

 女性は、妖艶な声色でそう俺達に聞こえるように言う。

 誰だ、この人は……。

 混乱で、俺の視野は狭まっていた。
 転がっている死体はオークだけじゃなく……。

 その女性の右手には、誰かが掴まれていた。
 一瞬誰だか分らなかったが、その黒髪とローブ姿で気付く。

 あぁ、彼は――。

「リーズ……!!」
 俺の問いかけに、リーズの反応はない。

 俺は目の前の光景が信じられなかった。

 よく見るとオークの死体の間に倒れているのはシアとオッズだった。
 遠目から見てもわかってしまう。もう、彼女たちは動かない。

「何が……どうなって……!」

 突然の出来事に、俺は眩暈がする。
 唖然として、ただただ身体が硬直する。

「っ……!」
『ホロウ、しっかり……!』

 カスミの声が頭に響く。
 しかし、それに構えるだけの心の余裕がない。まるで現実ではないような、足元が揺れているような感覚。

 さっきまであんなに元気に……みんなでジェネラルオークを倒そうって話をしていた仲間だったのに。

 三人の顔がフラッシュバックする。
 シア、オッズ、リーズ……。

 あの家を出て、少し落ち着けると思った居場所だった。自分を必要としてくれて、そして俺も皆が必要だった。

 これからだった。なのに。

「ふふ、貴方が来たならもういらないわね」

 そう言うと、女性はリーズを投げ捨て地面に刀を突き立てる。

 瞬間。刀を中心に地面を這うように黒い影が急速に広がる。

『!! ホロウ、離れて!』

 俺は訳も分からずカスミの言葉に従って咄嗟に後ろに飛びのく。

 その黒い影は俺の数メートル前まで広がると、次の瞬間。

 じゅぅ!! っという不気味な音を立て、目の前に転がっていたオークの死体が黒い影の中に落ちていく。

 いや、これは――。

「溶けてる……!?」
「ふふ、ぐじゅぐじゅに一体になれるなんて素敵だと思わない?」

 女性は刀を頬に当て、光悦とした表情で笑う。

「溶け……っ!? シア! オッズ!」

 俺は慌てて周囲を見回す。

 だが気付いた時はすでに遅く、さっきまでその場に横たわっていたシアとオッズは、目を向けた瞬間にその黒い液体の中へと飲み込まれていった。

「くっ……みんな……!」

 訳が分からない。
 なんでこんなことが起こるのか。そして今何が起こっているのか。

 わかっていることは、いまシアとオッズが居なくなってしまったということだけだ。

「お前……何が……何が目的なんだよ……!!」

 俺は震える手を抑え込むようにカスミを強く握り、キッと女性を睨む。

 すると、女性は苛立つでもなく恐れるでもなく、また光悦とした顔でほほ笑むと、刀をこちらへ向ける。

「それよ、それ」
「え……?」

 女性は言う。

「あなたの魔剣」

 魔剣……カスミが目的?
 その時、セシリアの言葉を思い出す。

『魔剣は……説明は省くけどとにかく危険なの。世界に九本しかない伝説の武器。今も血眼で探している人が世界中に沢山いるわ』

 俺はサーっと血の気が引いていくのを感じる。

 ということは、もしかすると。
 リーズやシア、オッズを巻き込んでしまったのは――。

『――ホロウ、落ち着いて』

 思考を止めるように、カスミの声が脳内に響く。

「う、うん……」

 俺は完全に混乱していた。
 カスミの声もぼんやりとしか聞こえず、心ここにあらずだ。

 動悸が激しい。

「ふふ、リドウェルに居るって言ってたのに全然会えないからもう居ないのかと思っていたけれど……会えてよかったわ。私はリディア。あなたと同じ魔剣使い」

 リディアは黒い影の上をカツカツと音を立てながら歩く。
 正確には、その影がリディアを避けるようにスペースを開けていた。

「妖刀カスミ……私が貰っていくわ」
「なんでそんな……!」
「何でって、貴方知らないの?」

 リディアはキョトンとした顔で首をかしげる。

「呆れた。いい? 九本の魔剣が揃うと、とーっても素敵なことが起こるの。だから、私は魔剣を集めている。この世界だって統べることが出来るわ」

 リディアは楽しそうに語る。
 世界を統べるだなんて、俺にはどうでもいい話だ。

「あなたが姿を現さないから、関係ない多くの人が溶けていっちゃった」
「っ!」
「まあ、美しい光景だったけれどね」

 淡々とリディアは語る。

 やっぱり俺のせいで……。
 魔剣を持った俺が居なければ、こんなことにはならなかった。

 俺が居なければ、リーズたちは今頃ジェネラルオークの討伐に浮かれ、いつもの酒場で盛り上がっていたかもしれない。

 魔剣は危険な物だって忠告されていたのに。
 自分の危機感の無さと、弱さに嫌気がさす。

『ホロウ……ホロウ! しっかり!』
「…………」
『ホロウ!』

 カスミの声も良く聞こえない。
 茫然と、ただ地面を見つめている。

「あら、やる気なし? 呆気ないわね。抵抗もしないのかしら」
「…………」
「――そう。まあいいわ」

 そう言って、リディアは刀を掲げる。
 緑と紫に光る禍々しい魔剣。妖刀。

「じゃあ、ぐじゅぐじゅに溶けて――――」

「“ファイアアロー”!!」
「!?」

 瞬間、後方から飛んできた炎の矢が、リディアの背後を襲う。

 リディアは咄嗟に振り返ると、魔剣でそれを弾き返す。
 矢は真上へ飛ばされ天井に当たると爆発し、パラパラと岩の欠片が降り注ぐ。

 何が……。

「……へえ、まだ生きていたの。意外としぶといわね」
「はは……我ながら、何で生きてるんだって感じだけどな……」
「リーズ……!」

 そこには、死にそうな顔で笑うリーズが居た。

 良かった、死んでなかった……!

「ホロウ……しっかりしろよ」
「えっ?」

 いつもより弱々しい、リーズの死にそうな声。

「俺たちは冒険者……いつ死んでも後悔のないように生きてる……たまたま今日だっただけさ」
「…………」
「だからよ……自分のせいだなんて思うんじゃねえ……!」

 苦しそうに、リーズは黒い影に横たわりながら声を発し続ける。

 何かが溶けるような音が鳴り続けているが、リーズはその中で必死に意識を保ち続けていた。

「しゃんとしろよ……!」
「リーズ……」
「……ここ数週間は今までで一番楽しかったぜ……お前のおかげでな」

 それはこっちのセリフだった。
 魔術の使えない剣士。そんなものを置いてくれる冒険者パーティなんて本来ありえない。
 それでも信じてくれた。それが何よりもうれしかった。

「俺も、俺の方こそ楽しかったよ……リーズ……! だから余計に――」
「だったら……そんな女にやられるんじゃねえ……! ジェネラルオークを倒した男だろ……? 俺達の分も……頼んだぜ。お前ならできるだろ、ホロウ?」

 リーズの瞳が、じっと俺を見つめる。
 俺は、ただ静かに頷いた。

 リーズは安心したように目を閉じると、僅かに微笑む。

 そして、そのまま黒い影に飲み込まれ、溶けていく。
 詰まっていた何かが解き放たれるように。

 横たわっていたリーズは、跡形もなく消えていく。

「…………」
「あらあら、美しい友情ね」

 静かにそのやり取りを聞いていたリディアは、パチパチと手を叩く。

「それがまた溶けて消えてなくなるというのも……ゾクゾクするわね。この瞬間の為に人を溶かしていると言っても良いわ」

 リディアは身体をくねらる。

「さてと。じゃあ、溶けて死んでもらいましょうか。まあ、戦う気力もなさそう――」

 すると、リディアは俺の目を見て肩を竦める。

「さっきまであんな死んだような目をしていたのに。男の子ってすぐ成長するのね」
「俺はお前を許さない」

 俺はカスミを構える。
 強くあるしかない。今はただ、リーズの想いを無下にしない為に、戦う。

「やろう、カスミ」
『ホロウ……! さすが私の剣士様。いいわ、魔剣としての格の違いを見せてあげるわ』
「ふふ、楽しくなってきたわ。あなたもどろどろに溶かしてあげる……!」

 リディアは恍惚とした表情を浮かべる。

『ホロウ、多分彼女はカレンが言っていた、"腐食"の切り裂き魔……! 溶かされちゃうから気を付けて!』
「うん!」

 地面の黒い影に気を付けなきゃいけない。
 あれは、人を簡単に溶かしきる。

 思い出される、みんなが溶けていく映像。
 何としても、ここでリディアを止めないといけない。今まで彼女の犠牲になった剣士は少なくない。それが俺を狙ったことにより発生したのなら、俺には止める責任がある。

 俺はカスミを握り直し、キッとリディアを見据える。

「おいで。ドロドロに溶かしてあげる」

 リディアはこちらを挑発するように、口端を上げる。

「――行くぞ!!」

 俺は、リディアへ向かって走り出す。

 もう迷う必要はない。リーズ達の分も、この人を倒して生きて帰る。
 うだうだ考えるのは後だ。今はただ、この想いを地上に持ち帰る……!

 地面をグッと蹴り、一気に跳躍する。

 地面に広がったあの黒い影、あれに触れたら一気に溶かされてしまう。
 ならば、上から斬り伏せる!

「はあああ!」
「馬鹿正直に突っ込んでくるのね。その勇気は嫌いじゃないけれど……魔術師同士の戦いでは愚策よ」

 確かに愚策。
 魔術師同士の戦いなら、まずは距離を取るのは鉄則だ。それは魔剣士同士の戦いでも同じ。魔術という飛び道具があるある以上、迂闊に相手の間合いに入ることは死を意味する。

 けど、俺は別だ。

 今回の相手は魔物ではなく人間……つまり魔術師だ。
 魔術が相手なら、俺は負けない。

 何か魔術で溶かすような仕草を見せてくれば、刀で破壊する!

 正面からの攻撃は格好の的だが、俺なら、合わせてきた魔術を破壊して虚を突ける。

 案の定、リディアは刀を逆さまに持ち、かざす。
 ここだ、この魔術を破壊して――。

 すると、それを見透かしたかのようにリディアが笑う。

「確か魔断の剣士……なんていう話があったわね」
「!」

 しまった……!

「魔術を斬る……だったかしら。俄かには信じがたいけれど、用心するに越したことはないわね」
『ホロウ、警戒されてるわ!』

 まずい……!

 すると、次の瞬間。
 薄く地面に広がっていた黒い影が一瞬にして収縮し、リディアの持つ刀へと戻って行くと、刀身を渦の様に覆う。

 その様は、まるで漆黒の刀だ。

「溶けるのは初めて? きっと癖になるわよ。まあ、人生で一度しか経験できないけれど」

 そう言いながら、リディアは刀を振るう。

 黒い影は無数の細い線状になると、放射状に広がり、俺の背後を取るように回り込む。

『あの影、飛ばせるの!? 反則!』
「背中ががら空きよ。その魔断って、背後にも有効なのかしら」
「くっ……!!」

 この態勢からじゃ後ろの攻撃には対応できない……!

 そして、正面ではリディアが刀をゆったりと構えている。

 背後には腐食、正面には刀……。前後からの挟撃!

「さて、斬り殺されるのと溶けて死ぬの、どっちがお好みかしら」
「どっちも……」

 活路は、前にしかない。
 俺は空中で何とか身体を全力で捻る。キリキリと身体が軋む。

「――お断りだ!」

 俺は捻った身体を解放すると、回転の勢いを加えリディアの刀に、自分の刀を思い切り叩き付ける。

 キン!!
 
 と、刀の交じり合う金属音が鳴り響く。

「ぐっ!? 子供のくせに何て規格外の力……」

 リディアは顔をゆがめる。

「けど、背後ががら空きよ」
「わか……ってるよっ!!」

 俺はそのリディアの刀を押し返す力を利用し、身体を()()()させる。

「!?」
「はあああああああ!!」

 その勢いで、横一閃。
 背後から迫っていた黒い影を、一刀両断する。

 まるでガラスが割れるように、その影は粉々になって砕け散る。

 その勢いのまま俺はゴロゴロと地面に転がり、受け身を取りすぐさま立ち上がる。

「はあ、はあ、はあ……」
「……へえ」
「あ、危なかった……」
『さ、さすがにヒヤッとしたわね』
「一体どういう身体能力してるのかしら。とんでもないわね」

 リディアはパンパンと身体に被った埃を払う。

「ただの噂だと思っていたけれど、まさか本当に」

 リディアは溶けるような目で、じっと俺を見る。
 その目は、今まで向けられたことのない目だった。

 リディアは舌で唇をペロリと舐め、はぁぁっと吐息を吐く。

「魔術破壊……魔断の剣士。いいわあ。どういう原理なのかしら。魔剣は魔術を扱うもの。である以上、魔術を魔術として存在させないその能力は妖刀カスミではなくあなた自身の力。興味深いわね」

 魔剣は魔術を扱う武器。確かにそうだ。
 じゃあ、カスミの力は何なのだろうか? 

 今までカスミから魔術のような能力を放ったことは一度もなかった。それはもしかして俺が――。

「貴方に興味が湧いてきたわ」

 リディアは地面に刀を突きたてる。

「……俺はあなたに興味はない」
「つれないわね」

 リディアは肩を竦める。

「ええ、そうね、そうでしょう。けれど、貴方を殺すのは辞めたわ。捕えて、刻んで、溶かして……貴方のその力を調べさせてもらおうかしら」
「させないよ。その前に、俺はあなたを倒す……!」
「いいわ、戦いましょう。どちらの方が強い魔剣使いか。ここで決めましょう」