「ホロウ、そっち行ったぞ!」

 洞窟にリーズの声が響く。

「任せて!」
「リーズ、回復するからこっち!」

 前衛でタンクの役目を果たしていたリーズが後退し、入れ替わるように俺は前へ出る。

 後方では、シアのヒールがリーズの傷をいやす。

「ホロウ、左と右に一匹ずつ隠れてる! 不意打ちに気を付けて!」

 探索役のオッズが、普段の大人し目な声とは裏腹に叫ぶ。

「ありがとう!」

 前方のオークが、威嚇のように大声を上げその右手に持つ棍棒を高く振り上げる。

 身長は俺の約三倍……!
 ――でもやれる!

 俺は振り下ろされた棍棒を最小限の動きで横に避けると、一気に地面を蹴る。
 瞬間、脇道に隠れていた二体のオークが両脇から一斉に飛び出してくる。

 オッズの報告通りだ。

 左のオークは俺を捕まえようと低空で飛び込む。
 右のオークは、逃げ道を塞ぐように身体を大きく広げながら近づき、その棍棒を振り下ろす。

 そして、ついさっき通り抜けた後方のオークも既に体制を立て直し、反転して俺の背後を狙っている。

「ホロウ!! 無理するな!」

 回復中のリーズの声が響く。

 確かに包囲された危機的状況。だが、俺ならやれる。期待に応えて見せる……!

『やってやりましょ!』
「あぁ!」

 俺は右から振り下ろされる棍棒をカスミで受け止める。
 ズシンと芯に来る、強力な打撃。

 でも、剣聖の剣程の威力はない。

 俺は受け止めたそれをそのまま刃の上を滑らせ、流れるように力をいなす。

「グォォォ……!?」

 オークは思わぬ受け流しに体制を崩し、回転するようにして俺の左側へと流れていく。

 丁度そこへ飛び込んできた左手側のオークの頭が、転んで倒れこむオークの右肩に激突し低い唸り声を上げる。

 二体の動きが完全に止まった。
 俺はすかさず二匹のオークの首を斬り落とす。断末魔の叫びも許さない一刀両断。

 魔術での攻撃は、一瞬では終わらない。
 一撃で破壊できるような威力の魔術というのは稀で、セシリアの水魔術のように相手に当たってから窒息させたり、あるいは何発も繰り返し与えてから倒すのが殆どだ。

 その点、剣士というのは一瞬の戦いだ。
 その刃が相手の首に届くか、あるいは相手の牙が俺の首に食い込むか。

 だから、常に気が抜けない。
 常に最前線で自分の身体を張り続ける。

 ――けど。

「最後は任せておけ、ホロウ!!」

 回復を終えたリーズが、勢いよく飛び出してくる。
 手から放たれた火球が、俺の背後に残っていた最後の一体のオークの後頭部を直撃し、オークは苛立った様子で振り返る。

「リーズ、任せたよ!」
「見とけよ、ホロウ!」

 リーズは片手を前にかざし、魔術を発動する。

「"ファイアウォール"!!」

 右手から飛び出した炎の壁。
 それはオークとリーズの間に横たわり、完璧にリーズの姿を隠す。

「ウゴォォァアア!!」

 一瞬、リーズを見失いオークの動きが止まる。

 そのわずかな隙を見逃さず、リーズは完全にオークの死角から飛び出しその手のショートソードを振りかぶる。

「がら空き!! じゃあな、オーク!」

 動きが止まったオークに対し、リーズの振りかぶったショートソードが半月状の軌跡を描き脳天から振り下ろされる。

「グウゥゥ!!」

 頭から血を流し、オークは僅かに態勢をよろめかせる。

「もう一発!」

 リーズは剣をオークの肩に突き刺す。

「フレイムバースト!!」

 瞬間、剣が一気に燃え上がり、それがオークの肩から一気に引火する。

「グオオオアオアオアアアアア!!!!」

 胸より上が一気に燃え上がり、オークは顔の炎を消そうと掻きむしる。
 しかし、その炎は一気にオークの顔面を焦がし、熱は喉を焼き尽くす。

 少しして、ドシン! っと激しい音と砂埃を巻き上げ、オークは前のめりに倒れこむ。

 プスプスと黒い煙が立ち上る。動く気配はない。

「――よっしゃあ!」

 リーズは嬉しそうにガッツポーズをすると、剣をしまう。

「やるじゃん」

 後ろからシアが現れ、リーズとハイタッチを交わす。

「やったな、シア。いやあ、ホロウもサンキュー! まさか一人で二体も片付けてくれるなんて!」

 リーズは嬉しそうにこちらへと寄ってくる。
 シアも片手を上げ、俺はそれにこたえるようにハイタッチする。

「そうかな? リーズが弱らせてくれてたからだよ」
「やっぱり?」
「調子乗らないで」

 ガン! っとシアの蹴りがリーズの脛を襲う。

「ぐっ!!」

 リーズは痛そうに足を抑える。

「今日の討伐数的にホロウ君の方が上じゃない? リーダー交代した方がいいんじゃないの~?」

 とシアはニヤニヤした顔で座り込むリーズを煽る。

「う、うるさいな、俺のパーティなんだから俺がリーダーなんだよ! なあホロウ!?」
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 リーズの目は涙目だ。
 余程足が痛いのか、リーダーを止めたくないのか……。

「あはは、もちろんだよ。さすがに俺にはリーダーは無理だよ」
「ほら!」
「はいはい、ホロウ君は優しくて良かったね」

 二人は仲良さそうにお互いを小突き合う。

「――さっ、素材回収して街に戻ろう!」

◇ ◇ ◇

「いやあ、予想以上だよ!」

 リーズは嬉しそうに笑みを浮かべ酒を一気に飲む。

「まさかホロウがこんなに強いなんて!」

 そう言ってリーズはがっつりと俺に肩を組んでくる。
 完全に酔っ払いである。

「そうそう! 後ろで見ててもかっこいい~って思っちゃったよ! ね!?」
「あぁ、本当凄い剣士だよ」

 シアとオッズも、興奮気味にこちらを見る。

「そ、そうかな……」

 予想以上に褒められてる……なんか恥ずかしいな。
 と俺はぽりぽりと頬を掻く。

 こんなに良くしてくれるなんて思ってなかった。

「でしょ! ホロウは凄いんだから!」

 相変わらずのホロウの代わりに、カスミが立ち上がり胸を張る。

 それにリーズたちも盛り上がり、よっ! っと声を上げる。

「違いないね! ジェネラルオークとの戦闘に向けて前準備としてオーク狩りの依頼をと思って受けた依頼だったけど、正直俺はここまで上手くいくとは思ってなかったよ」
「うんうん、前は二体同時討伐が限度だったわよね」
「へえ、そうだったんだ」

 野生の魔物は飼われている魔物とはレベルが違う。オーク一体でもあの試験時のサイクロプスと同等以上の力があった。

 個体差のあるオークを二体同時……前衛が一人だけのパーティなら善戦出来ている方なのかもしれない。

「俺達四人なら絶対に上手くいく! そう思わないか!?」

 リーズは俺の肩に回す腕に力を入れ、ぐっと顔を寄せてくる。

「うん、俺もそんな気がしてきたよ」
「だよな! ジェネラルオークも圧勝できそうだ!」
「ちょっと、油断して逃げ帰るのだけはいやだからね」
「はは、リーズは勢いは良いけどたまに無鉄砲だからね」

 オッズとシアが悪戯っぽく笑う。

「おいおい、勘弁してくれよ!」

 三人は同じ村出身だという。
 俺の様に小さい頃から修行していたそうだ。だから連携も凄いし、信頼関係も凄い。

 最初は俺なんて入れて大丈夫かと思っていたけど、三人とも良くしてくれる。
 それに、連携もそれなりに上手くいった。こういう経験もたまには良いな。

 魔術が使えないから誰とも一緒には戦えないかと思っていたけど、勘違いだったみたいだ。

「――さて、親睦も大分深まってきたし、次は本番行くか! まずは今日の依頼達成を祝って祝杯だあ!」