「大丈夫か?」

 俺はそっとカスミに手を伸ばす。
 か細い腕を掴み、手のひらを握って立たせる。

 さっきまで冷たかったその身体に、急速に熱が戻って行く。

 俺はその事実に、安堵の溜息を漏らす。

 良かった、ちゃんと生きていた。

「うん。ありがと……」

 透き通るような、少し高い声。
 さっきまで脳内に響いていた声が、今はその声帯が震え俺の鼓膜を揺らす。

 黒髪がサラサラと長く伸び、前髪の隙間から、ブルーの輝く瞳が覗く。
 すらっとした体型で身長は俺より数センチ高い程度だが、胸はそれなりに主張が激しい。

 刀の年齢(?)は分からないが、見た目の年齢は十四、五歳と言ったところだろうか。少なくとも十代のような見た目だ。着ているボロ布が所々穴が開き、魅力的な素肌が覗き見える。

 カスミは少し震えながら、身体を左右に揺らす。
 自分の身体の状態を確かめるように、手をにぎにぎと繰り返したり、頬を引っ張ってみたり、ペタペタと裸足で地面を踏みしめてみたり。

 まるで幼女の様に、ゆらゆらと落ち着きのない姿を見せている。

「うん……うん……。動きは問題ないみたい」

 カスミは繰り返し頷く。
 そうしてようやく、パッと顔を上げて俺を見る。

 カスミはすっと右手を差し出し、俺の手を握る。

「ありがとう、えーっと……ホロウ。私を封印から解放してくれて」
「あ、あぁ。えっと、気にしなくていいよ……うん」

 俺は少し照れ臭くて反対の手で頬を掻く。

 カスミはじっと俺の目を覗き込んでくる。
 吸い込まれそうな、そんな感覚。

「――私はあなたの刀として。ホロウ……あなたに付き従うわ。私はあなたの剣。あなたを私の所有者として認めるわ」
「俺が……所有者……」

 カスミはコクリと頷く。

「手、握ってて」

 そう言い、カスミは俺の右手にさらに力を入れる。

 俺はそれにこたえるように握り返す。

 すると、俺の右が触れていたはずの柔らかい感触が一気に硬くなる。

 人間とは思えない、無機質な感触。
 目の前の黒髪の少女が、まるで溶けるかのように姿を変え、次の瞬間――俺の手には一振りの刀が握られていた。

「……えっ?」

 はっ……まじ……?
 本当に、剣……!?

『剣だけど、これは刀よ。東方の島国で作られた、片刃の剣』
「うわ、さっきみたいに声が頭に」
『今のはさっきと少し違うけどね。私が所有者として認めた相手は、声に出さなくても意識が通じあうの。まあ、私が刀の姿の時だけだけど』

 なるほど……認めてくれた、ってことか。

『そうよ。嫌だった?』
「そんなことないよ。俺自分の剣なんて与えられたことなかったし……これだって勝手に倉庫から引っ張り出してきただけだし。兄さん達みたいに何かを買い与えてもらったこととかないから……めっちゃ嬉しいよ!」
『……ならよかった』
「それに、剣豪の剣術を学べるんだろ!? あーめっちゃワクワクするなあ」

 俺は居てもたってもいられず、うずうずとしながらカスミを上下に振る。

 ――っと、これ、刀……何だよな。

 俺はまじまじとカスミを眺める。

 先ほどカスミを見た時と同じような、不思議な魅力を感じる。
 吸い込まれそうな不思議な輝きを放つ刀身。

 これが妖刀……。

『じゃあ一旦戻るね』

 そう言った次の瞬間、俺の手に握られていた刀は溶けるように崩壊し、あっという間に元の人間の姿に戻る。

 まあ、刀なんだからどっちかと言えば刀の方が元の姿な気もするけど。

「ふぅ。こんな感じ。これからよろしくね? 私を解放してくれた恩は絶対に返すから! ご主人様!」

 俺はそのご主人様という呼び方に、思わずむせ返る。

「ゲホッゲホ!」
「だ、大丈夫!?」
「あ、あぁ……お、おい頼むからご主人様は止めてくれ」

 俺の答えに、カスミは首をかしげて唇を尖らせる。

「うーん、じゃあ何て呼べば……」
「ホロウでいいよ、ホロウで。名前で呼んでくれればそれでいいから」
「そう? わかった。じゃあホロウ、これからよろしくね。私はカスミでいいよ」

 カスミは満面の笑みでそう返事をする。
 それは完全な美少女で、まるで刀だなんて思えないような、そんな人間らしい表情だった。

「あぁ。よろしくな、カスミ」
「うん!」

 こうして俺は、ダンジョンの奥で出会った不思議な魔剣――妖刀【霞】を手に入れたのだった。