剣聖ヴァレンタインとの一件から数週間。
 俺たちは地道に赤階級の依頼をこなし、精力的な冒険者活動を続けていた。

 ――魔術を斬る剣士がいる。

 その噂は、思ったよりも早くこのリドウェルの冒険者の中で広まっていた。
 遠巻きに俺を見つめる視線が、明らかにここ最近増えた。

 酒場に行けば、ヒソヒソと俺を見て何か話を始める冒険者も多く居た。

 どうやら、騎士団が噂している魔断の剣士と俺がいつの間にか結びついてしまっていたようだ。まあ試験の件もあるし、魔術を斬れるというのが広まるのは時間の問題ではあった。

 だが遠巻きにしか見られていない様子を見るに、まだ確実に俺だという確証はないのだろう。噂が独り歩きしている状態だろうか?

 まあ別に注目されることはそこまで悪いことじゃないし、俺とカスミはいつも通りに活動を続けていた。

「1、2、3…………はい、依頼数分あるわね。ご苦労様!」

 金髪でスタイル抜群の女性――ギルドの受付嬢キルルカさんは、満面の笑みで俺が今しがた提出した素材をカウントする。

「さすがね、ホロウ君。仕事は丁寧だし、効率も良い。いつもありがとね」
「い、いやあ、それほどでも……」
「何デレデレしてるのよっ」

 とカスミの肘が俺の脇腹に刺さる。

「し、してないよ」
「どうだか……」
「ふふ、仲がいいわね相変わらず」

 キルルカさんは目を細めてニコニコと笑みを浮かべる。

「この調子で依頼をこなしていけば、蒼階級も夢じゃないわ。がんばってね!」

◇ ◇ ◇

「ふうん、順調なのね」

 手に持った果物を口に放りながら、セシリアは俺の話に相槌を打つ。

「そういうセシリアはどうなんだ? 冒険者活動は」
「まあぼちぼちって感じね。今はひたすら階級上げの為に依頼こなしてるわ。後はそうね、たまにカレンさん達に相談したり……まあそんな感じ」
「そうなんだ、セシリアはサポートが上手いからてっきりパーティでも組んでるものかと」

 パーティを組む冒険者は多い。
 やはり一人でこなすには難しい依頼が上の方には多いから、自然と協力するのが当たり前になるのだろう。

「まあ否定はしないけれど。でも、現状パーティでやるような依頼もないからね。今後何かあれば組むかもしれないけれど」

 セシリアは満足そうに口を布で拭いながら言う。

「そういうホロウこそパーティは組まないの?」
「いやあ、どうかな……。魔術を使えないっていうのは大分ハンデだと思うけど」
「まあそれだけならね。けど、あなたには魔術を斬れるっていう力があるでしょ。それに目を付ける人も居なくはないと思うけれど」
「そうかな」
「そうよ。それに……ホロウの剣術は魔術に匹敵する価値がある。と私は思ってるけど」

 セシリアは真剣なまなざしで俺を見つめる。

「……まあ、私達はそもそもまだ蒼にも到達していないからね。気が早い話よ。精々依頼に合わせて協力する仮パーティが関の山でしょう」
「それもそうだね。俺はカレンさん達と組んでるセシリアを見てみたいけどね。特にカレンさんは好戦的だからね、セシリアとは相性が良さそうだ」
「ふふ、そのうちね。あなたも噂が噂だからきっとこの先ひっぱりだこよ。気を付けてね」
「あぁ」
「ま、あの魔剣の女もいるし心配してないけどね」

 と、セシリアはウェイトレスを呼ぶとさらに食べ物を注文する。

「おいおい、まだ食べるのか?」
「だって奢りでしょ?」
「なっ!? いつそんな話に!?」
「えー、だってあなたが少し話そうよって言って呼んだんだから当然でしょ」
「いやいや! それはたまたま会ったからせっかくなら近況報告でもしようかと誘っただけで……」
「誘ってるじゃない」
「くっ……」

 すると、セシリアはふっと笑いだす。

「あはは、冗談冗談。あなたって戦っているときは感じないけれど、やっぱりこうやって面と向かうと年下って感じよね」
「う、うるさいな……」

 そうして俺たちは簡単な雑談をして別れた。

 セシリアは唯一の同期だ。これからもきっと多く関わることになるだろうな。


 翌日――。

 俺とカスミは今日の依頼を探しに冒険者ギルドへとやってくる。

「今日は何狙うの?」
「そうだなあ、やっぱり魔物の討伐かな。そろそろ歯ごたえのある相手がいいんだけど……」
「赤階級であるかなそんなの」
「パーティ前提のものならあるかもなあ」

 そう言いながら、俺達は依頼ボードの前へとやってくる。

 今日も今日とて多くの冒険者たちが依頼を探そうとボードの前に集まっている。

「さてさて、何か依頼はあるかな」
「この間みたいなスライム討伐は嫌よ、ぬめぬめして気持ち悪いんだから」
「あはは、やたらスライムに気に入られてたよね」
「本当勘弁して欲しいわ!」
「おかげで入れ食い状態だったけどね。……さて、何か依頼は……」

「――やあ、ちょっといいかな?」

「ん?」

 と、突然声を掛けてきたのは、さっきまでボードを眺めていた黒髪の青年だった。