夜の人気のない街を全力で走る。
 後ろから追手の様子はない。

 だが、下手にスピードを緩めると万が一のことがある。俺はとにかく走り続ける。

 しばらくして――。

「――ん?」

 瞬間、さっきまで身体にまとわりついていた異様な雰囲気がぱっと消え去る。
 走る頬に、爽やかなひんやりとした空気が吹き抜ける。

「抜けた……?」
『あら? ……そうみたいね。ここは結界の外みたい』

 走り続け、とうとう俺たちは人除けの結界から外に飛び出た。

 辺りを見回すと、疎らに人が見える。

「助かった……のか?」

 俺はやっと緊張が解け、思わず深くため息を吐く。

 カスミを握っていた手が、いつも以上に硬く握られていたことに今更になって気付く。

 俺はゆっくりと刀から手を離す。
 すると、カスミが人型へと戻って行く。

「はぁ……焦った」

 今になってブワっと湧き出した汗を、俺は手の甲で拭う。

「危なかったね……でも、ホロウはあの剣聖相手に押してたよ!」
「そうかな?」
「うんうん!」

 カスミは嬉しそうに頬を緩ませる。
 さすがホロウ! っと俺の腕を掴みブンブンと振る。

「良かった。カスミと小さい頃からあれだけ特訓してきたからね。剣術じゃ負けられないと思って」

 そう、剣は俺に残された唯一の手段だ。
 魔術が使えない俺にとっては、絶対に負けられない最後の柱。

 それにしても、あの最後の剣聖の魔術。

 今まで受けてきた魔術の中でも一番強力な魔術だった。
 俺が今まで見てきた魔術は、もっと低威力だった。あそこまでの破壊力と圧のある魔術があるとは、知識では知っていても本当に放つ人間がいる何て想像できるだろうか。いや、出来ないよな……。

 そりゃ、あんな魔術を使う上位の魔術師が王都の騎士や冒険者にはゴロゴロいるとなると(まあ剣聖が特別の可能性もあるけど)、剣術では魔術に勝てないとみんなが考えているのも無理はない。王都で魔術を学んでいたアラン兄さんや、王都で働いていたセーラ先生は直接肌で感じることがあっただろうし尚更だろう。

 正直、あのレベルの魔術を受け切れるかどうか不安だったけど……どうやら俺のこの"体質"はどんな魔術でも斬れてしまうらしい。

 この力があればきっと、俺でも魔術師を超えて強くなれる。そう改めて実感できた。

「そういえばすっかり忘れてたけど、あの死体……切り裂き魔の仕業だよね、多分」
「そうね、騎士もそんなこと言ってたし。切り裂き魔には入れ違いで逃げられたみたいだけど」
「てことは、きっと俺容疑者として追われるよなあ……」
「どうかな……」
「うーん、まあ騎士には暗かったから顔ははっきりとは見られてないと思う。ただ、剣聖には割とはっきり見られたから……」
「じゃあ五分五分かしら」
「そうだね、剣聖の出方次第……かな」

 もし剣聖が俺の情報を騎士にしっかりと連携した場合、俺の人相書きとかが出回って指名手配されるかもしれない。

 ただ、状況証拠だけの状態でそこまでするかどうか……あくまで現行犯として取り押さえる前提があったからあれだけ強行してきた訳だし。

 やはり、カスミの言う通り五分五分か。

「……少し様子を見ようか。もし指名手配されそうだったら、リドウェルを出よう。ここに居たら捕まっちゃうし」
「そうね、それが賢明かも」
「はあ、折角ここにも慣れてきたのになあ……」

 そうして俺たちは帰路につく。
 騎士達の姿はなく、無事宿へと戻ることが出来た。

 全ては明日次第だ。

 俺は出来れば何事もなくあってくれと思いながら、眠りについた。

◇ ◇ ◇

 翌日。
 いつも通り朝の修練をし、身支度を整え、冒険者ギルドへと向かう。

 もしかしたら、昨日の今日で多くの騎士達が俺を探して見回りに出てるかもしれない。

 ……なんて思ったけど、人型を見られていないカスミに先に様子を見に行ってもらったが、そんな様子は全くないということだった。

 こうして俺は普通に街を歩いているが、確かに昨日と変わった様子はない。
 騎士が居るには居るが、別に普段通りの警備態勢。

 すれ違ったりしたが、特に俺を気にかけるような素振りも見せなかった。

 どうやら俺の顔は騎士達の中で広まってはいないらしい。

 剣聖が黙っていたのか? それとも、あの後本物の切り裂き魔が現れて、そっちを追っているという可能性もある。実際昨日あの場に居たのは確実なんだ。俺との追いかけっこの後に見つけていても不思議じゃない。

 とにかく、一応は俺に追手はないようだ。良かった。

「何とかなったみたいね」
「そうだね。五分とは言いつつ正直諦めてたけど……完全に普段通りだ」
「良かった良かった!」

 そうして冒険者ギルドへと到着し、俺達は中に入る。すると、いつも賑やかな冒険者ギルドが、今日はその何倍もの盛り上がりを見せていた。

 わーわーと歓声があがり、口笛がなり、拍手が巻き上がっている。

 多くの人だかりができていた。

「うわ、なんだ凄いな」
「何だろうね?」

 と、カスミは背伸びをしてきょろきょろと中を見回している。

 すると。

「あ、ホロウ!」

 と、人ごみの中から現れたのは、カレンさんだった。

 カレンさんは手を振りながらこちらへ駆け寄ってくると、俺の手を引き寄せる。

「な、なんですか!?」
「いいからいいから!」

 そう言ってカレンさんに連れられ人混みの中へと入っていく。

 そしてテーブルまで連れられると、そこに一人の人物が座って居た。

 瞬間、体中の毛穴から汗が噴き出る錯覚を覚える。
 ごくりと喉に唾が流れ込んでいく。

「おいおい…………」
「やぁ、また会ったね」

 そこに居たのは、剣聖――ヴァレンタインだった。