「くそ……しつこい!」
『ホロウ危ない!』
「わかってる!」

 さっと横にステップすると、俺の真横を魔術が通り過ぎる。
 ガシャン! っと、両脇の木箱が魔術により音を立てて壊れる。

 後方から次々と俺の足を止めようと、魔術の雨が降り注ぐ。

「街中だぞ、弁償できるのか!?」
『相手は騎士団よ、国の金でいくらでも融通が効くんでしょ』
「さすがだね……! それにしても本当に騎士以外の人影がない……。ここらへんも人払い――……ふッ!」

 刹那、俺の背中を狙う魔術を察知してすぐさま斬り払う。
 後方で切り裂かれた魔術は、夜の闇へと同化するように消える。

「――できてるのか!」
『結界はかなり広いわね。私は武器だから引っ掛からなかったけれど、普通の人間なら問答無用で外ね』
「リドウェルの街の一部とはいえこんな広範囲の結界……その賢者って人は相当な魔術師みたいだね……!」
『オルデバロンの奴なら街一個くらい丸々覆うのは余裕だったけど、さすがにそのレベルではないだろうから、走り抜ければきっと出られるわ』
「そうだろうけど……進むたびに段々と騎士の数が増えてる……! 仕方ない、こっち行こう!」

 俺は正面に集まる複数の騎士を見かけ、急いで脇道に逸れる。
 人が三、四人しか通れなさそうな細い路地。ここなら一気に囲まれることはない。

 外周に近づくにつれて警戒が強くなってる。多分、さっきの辺りを突破すれば結界の外に出られるんだろう。けど……さすがにあの数を突破するのは骨が折れる。

『ちょっと無理かも……騎士と戦うことになるわ』
「それは避けたい」
『向こうも殺しても良いくらいの覚悟で攻めてきてる。無傷でっていうのは無理でしょうね』
「あぁ。でも、向こうも俺達の機動力は予想外なはずだ。このまま路地を抜けて、ギルド側に戻ろう。そっちの方が今は手薄かも」
『それがいいわね、駆け抜けましょう!』

 俺は路地を駆け抜ける。

 後方では俺達を追って騎士達が迫りくる。
 だが狙い通り、この狭い路地を何人もまとめてくることは出来ないようだ。魔術での攻撃も止み始めている。それに、俺の速度に追いつけなくなっているようで、騎士たちの姿はみるみる小さくなっていく。

 このまま上手く撒ければ――。

『ホロウ、前!』
「え!?」

 しかし、希望も束の間正面には高い壁が聳え立っていた。
 つまり、行き止まりだ。

「追い詰めたぞ!」
「早くこっちこい!」

 後ろで離れかけていた騎士達が、大声で詰め寄ってくる。
 もうここに留まっていれば捕まるのは時間の問題だ。

 どうすれば……俺の跳躍力じゃこの壁は少し高すぎる……。

 と、そこで名案が閃く。

『何か思いついたの!?』
「あぁ! こんな壁くらい……!! カスミ!」
『! そんな使い方、どこで覚えたの悪い子め! ――けどグッドアイディア! いつでもいいよ!』
「いくぞ……!」

 俺はカスミを逆手で持つと、大きく身体を逸らす。
 そして、やり投げのように壁の反対側に向かって放り投げる。

 刀はレーザーの様にまっすぐ突き進み、壁の丁度真上を通ったところで。

「今だ!」
『いっくよ!』

 瞬間、カスミは人型に戻ると、高い壁の上に着地する。

 俺はそれを見計らい右側の壁を勢いよく駆け、思い切りジャンプする。

 さすがに壁が高すぎてこれだけでは乗り越えられないが、俺の伸ばした腕をカスミががっしりと掴む。

「んんんんん!!」

 カスミはうんうんと唸り声を上げながら、俺を何とか僅かに引き上げる。

 その僅かな引き上げにより俺の手は壁の縁に届き、俺はそこを掴みぐいっと身体を壁の上へ持ち上げる。

「ふぅ……!」
「ホロウが細身で良かった……」
「はは、作戦成功!」

 すぐさまカスミは刀に戻り、俺の鞘に収まる。

「追え追え! 行き止まり…………な!?」
「壁の上!? どうやった!?」
「おい、風魔術師呼べ! この壁は越えられない!」
「全員外周に出払ってます……!」
「なに!?」

 壁の下であわあわと慌てだす騎士団。

 俺はほっと胸をなでおろすと、反対側へと飛び降りる。

 壁の向こう側からは、早く回り込め! と怒声が聞こえる。

『これで撒けそうね』
「あぁ。本当焦ったよ……」

 俺は安堵の溜息を漏らす。
 あの場で捕まっていたら、俺は弁明の隙も与えられず攻撃されていただろう。そうなれば、俺も俺の為に戦わざるを得なかった。

『街中で騎士団とチェイスする人間なんてそうそういないわよ』
「ははは……だよね。カレンさんにでも自慢するか……」

 ほっとしつつも、俺達は小走りで冒険者ギルドを目指す。

 路地は完全に人気はなく、騎士団の姿も見えない。
 人払いの結界を朝までずっと出しっぱなしにするわけにもいかないはずだし、直に消えるだろう。

 ギルド側から大回りで宿に向かえば、気付かれずに戻れそうだ。

「やれやれ、変な指名手配されないといいけど」
『多分顔はハッキリ見られてないだろうから大丈夫でしょ』
「そうかなあ。……でも切り裂き魔は見過ごせないよ。あんな死体を見てしまったら……」

 それに、目的が本当に魔剣なのだとしたら。
 もしかすると、俺の存在そのものが――――。

「――!?」
『ホロウ?』
「何か……」

 ふいに頭上からする寒気。
 殺気の含まれた気配。

 それに俺の身体が無意識に反応し、俺は咄嗟に頭上を見上げる。

 すると、一瞬きらりと光る何かが見える。

「まずいっ……!!」

 その光は真っすぐ俺の頭を狙い降下してきていた。それも物凄い速さで。

 俺は反射的に後方に飛びのくと、ドシーン!! っと激しい音と土埃を巻き上げ、何かが降ってきた。

「なんだ!?」
「避ける……避けるか今のを」

 土埃の中から人の声がする。

 煙の中の影はゆらりと立ち上がると、地面に突き刺さった何かを引き抜き、ふっと払う。

 土埃が一瞬にして晴れ、中から現れたのは、騎士団と同じ白の服装――しかし、鎧とは違う身軽な軽装をした男だった。

 金髪のストレートヘア。碧い目をした青年。
 その眼光は鋭く、俺を射抜くように見る。

 一瞬で身体が理解する。こいつは――――ヤバイ。

「だが、いまいちわからないな。こんな子供相手に僕をよこすなんて」

 男の手には白金色に輝く剣が握られている。

「とはいえ、連続殺人鬼だ。万全を期すのは当然か。それが魔剣士だというのなら僕を呼ぶのも多少は納得がいく」
「あなたは……」
「おっと、自己紹介がまだだったね」

 そう言い、男は剣をスッと持ち上げると、顔の前に掲げる。

「僕は騎士団所属、第十四代剣聖――ヴァレンタイン・アシュクロフト」
「剣聖――!?」

 それって……とんでもなくやばい相手じゃないのか……!?