声に振り返ると、そこには鎧を着た人間が立っていた。声から察するに男だろう。
 腰には剣、そして鎧の上からローブを羽織っている。

 月が鎧に反射して白く輝く。

 この鎧、見た事ある……確か……。

「…………騎士団……?」
「動くな、"切り裂き魔"」
「……は……?」

 なんだ、今なんて言った?

 俺が……切り裂き魔!?
 しかし、周囲には他に誰も居ない。

 どう考えても、俺に言ってる……よね?

『ちょっとこれは……まずいかも』
「だよね……」

 正面の騎士の顔は見えないが、明らかに警戒態勢だ。
 なんとか弁解しないと。

「あの、何か勘違いしてるみたいですけど……俺は犯人じゃないです」
「言い逃れできる状況だと思っているのか?」
「だから、えっと……たまたまここを通りかかっただけで……」
「通用すると思っているのか? こんなことをしでかしておいて」

 騎士は俺の足元に横たわる遺体を指さす。

 なんだ、この圧は……。
 まるで俺を犯人と決めつけているかのような……。

「俺には何がなんだか……」
「とぼけるな……! お前のせいでどれだけの人間が犠牲になったと思っているんだ!」

 騎士の声には明らかな怒りが含まれていた。
 切り裂き魔。剣士だけを狙った犯行。この足もとで倒れている人の近くにも剣が転がっている。

「……いいか、ここには"魔術結界"が張られていた。人除けの結界だ。死んでしまった彼から救難の信号を受け取り、即座に展開した。つまり、犯行後にこの場に犯人以外が居られるわけがないんだ。だからこの場に居るのは切り裂き魔しかありえない」
「人除けの結界……?」

 魔術結界……?
 確かに人気が明らかに少ないとは思っていたけど、それが結界だって?

 じゃあなんで俺には効かなかったんだ?

『盲点だった……』

 え?

『人除けの結界は"外"と"中"、その魔力濃度の差を利用して"中"を知覚できなくさせる魔術だ。"中"にいた人間は無意識に外へ向かう。……でも、ホロウは魔力に敏感だ。だから、人除けの結界があっても"中"を認識できてしまう。違和感を覚えたとしても、その程度だ。ホロウには効かない』
「なっ……」

 そんなことがあるのか。
 確かに違和感は感じたけど、本来は違和感を感じることもなく認識できないってことか。あらゆる魔術を斬れるとはいえ、そんな体質まであるのかよ……!

「つまり……人除けの結界内に居るお前は切り裂き魔でしかないんだよ……!」
「ち、違う! 俺はただの冒険者で――」
「ただの冒険者が結界を突破できるものか! この結界は賢者ディエンバルド様が張ったものだぞ、一介の冒険者如きに突破できる物じゃない!」
「…………」
「それに、切り裂き魔が使う武器は被害者の傷口から"刀"だと判明している。刀を使う者はそれほど多くない。この状況に、その手の武器……これ以上の証拠が必要か?」

 おいおいおい……これって結構まずい状況……?

『やばいかも。どうする、倒す?』

 いや……さすがにこの街を守ろうとしている騎士を攻撃するのは……。

 ――ここは逃げよう。

 俺はチラッと後方の通りを見る。あそこまで駆け抜ければ、何とか逃げ切れるかもしれない。

 騎士とのにらみ合いが続く。
 明らかに俺への敵意が強い。このままだと恐らく攻撃される。

 騎士が右足を僅かに前に出した瞬間。
 俺は、身体を180度回転させ、真後ろの大きめの通りへと走り出す。

「待て! "風刃"!!」

 ヒュ! っと風が吹き抜け、目にみえない風の斬撃が俺を襲う。
 俺の周囲の木箱や板が粉々に切り裂かれ、石の壁に深い爪痕を残す。

「だから……俺は違うって!!」

 俺は刀を後方へ振り、魔術を切断する。

「なっ!? 何か未知の魔術……!? やはり……!」

 何か勘違いしているようだが、今は構っている暇はない。今は一刻も早くこの場を抜ける!

 ――が、騎士ももちろん一人で来ている訳ではなかった。

 路地の終着、大通りと面した場所から、三人の騎士が新たに姿を現す。

「包囲されてる!?」
『完全に獲りに来てる……! 運が悪かったわ、完全に今日、騎士団は切り裂き魔を捕まえる気だったみたいね』
「結界まで用意してるならそうか……くそっ、タイミング悪すぎだ……!」

「止まれ!! この場で死にたくなかったら大人しく投降しろ! 今日この場には剣聖――」
「悪いけど俺犯人じゃないんで逃げさせてもらいます――よっ!」

 俺は勢いよく壁を駆け上がり、グッと壁を蹴ると騎士達の頭の上を通り越し、そのまま通りへと着地する。

「なっ……何て身のこなし……!」
「"水流弾"!」

 着地を狙い放たれた水の弾丸を、俺はカスミで切り落とす。

「!? な、なんだ!? 俺の魔術が……!?」
「さっさと逃げる! 追ってこない方がいいですよ!」

 俺は一気に地面を蹴り、通りを走り出す。

 正面からは続々と騎士達が押し寄せてくる。

「おいおい……なんでこんなことに……!」
『今は逃げるしかないわ。なんとか突破しましょう!』
「くそ、切り裂き魔……! 覚えておけよ!」

 俺はカスミを構え、夜のリドウェルを駆け抜ける。