「いくぞ……!」

 俺は買ったばかりの雪羅を握り、敵陣に切り込む。

 その圧におされ、キュー! と魔物達が逃げ惑う。

「はっ!」

 一気に踏み込み、一振りで数体の魔物を吹き飛ばす。
 雪羅、使いやすい刀だ。短めだからメインで使う武器ではないだろうが、それでも十分な威力をしている。いい刀を貰った……!

『一気に終わらせましょ」
「おう、こんなのさっさと終わらせよう……!」

 きっとあんなすごい試験だったんだ、とてつもない強敵と戦えると思っていた。常に生死が隣り合わせな危険な職業。

 あの試練に見合った任務が大量にある……そう思ったのだが。

 目の前にはサイクロプスの群れ――――ではなく、角兎の群れ。

 キュー、キューとそこら中を跳ねまわっている。

「――なんで害獣駆除なんだよぉ!!」

 冒険者の任務。
 あんな強敵(まあそこまで苦労した魔物はいなかったけど)を倒して手に入れた冒険者資格。そんな俺の今日の任務は増えに増えた角兎の討伐。

 リドウェルのはずれにある巨大な屋敷。その裏にいつの間にか角兎が巣を作っていたようで、その駆除を任されたのだ。

 雑用。試験と落差エグくない?!

『仕方ないわ……冒険者、これも仕事ということね』
「はぁ……早く階級上げたいよ……!」

◇ ◇ ◇

「――はい、確かに角兎の討伐確認できたわ。お疲れ様」

 受付嬢、キルルカはいつも通りの営業スマイルで俺の提出した角兎の角を数え、受け取った依頼主からの達成証明書を奥へとしまう。

「……ねえキルルカさん」
「何かしら?」
「俺まだまともな討伐依頼こなしてないんだけど……」
「そう? でも人助け出来てるならいいじゃない」
「そ、そうだけど……」

 それを言われると弱いんだけど……。

「まあ早く強敵と戦いたいってのはわかるわ。あれだけ難易度の高い試験を突破したんだもの、そういうのが多いと思ったんでしょ?」
「そうです!」
「まあ言いたいことはわかるわ。でもね、白階級は基本的に雑用みたいな任務が殆どよ。冒険者はいわゆる何でも屋だからね。当然雑用のような依頼も沢山くるわ。けど、上位の冒険者をそういう任務に当てて難しい依頼を受ける人員が居なくなるのも問題だからね、すみわけが大事なのよ」
「そういうものですか」
「そういうものなのよ。前も言ったけど、冒険者の数はあの試験で一定数コントロールしてるの。弱い冒険者をたくさん入れて下層の任務ばかりやる人が増えると、お手伝い任務すらなくなって、何もできない無職みたいな冒険者が溢れちゃうからね。それはそれでいいと思うかもしれないけれど……施設の利用料だったり、通行料の免除だったり、冒険者一人一人に結構なお金が掛かってるの。ただ飯くらいは要らないってこと。だから、必ず成長の見込みがある即戦力を投入して、少数精鋭で国、強いては大陸の依頼をこなしていく。それが冒険者よ! 冒険者になりたかったらまずは自分で腕を磨いてから来なさいって訳。年齢制限はないからね。だから、まずは地道に階級上げからね」

 そう言い、キルルカさんはグッと拳を握る。

「わかりましたよ。そうですね、こういう地道な任務も人の役に立つんだ、ちゃんとやんないと!」
「その意気その意気! 一般人を守るのは強い選ばれし冒険者の役目よ!」
「おぉ、元気でやってんな!」

 不意の声に振り返ると、そこにはカレンさんの姿が。

「カレンさん!」
「おう、順調そうだな」

 そう言い、カレンさんはどさっと大量の魔物の部位を置いていく。

「任務完了だぜ」
「はい、では確認させてもらいますね」

 そういってキルルカさんは裏へと入っていく。

「凄いですねカレンさん。蒼階級だもんね」
「はは、お前ならすぐだろ。あのマンティコアをほぼ一人で倒したんだろ?」
「え、まあ一人と言うかサポートが居たけど……」
「セシリアだろ? 話はあいつから聞いたぜ。――にしても、随分と荒れた試験だったみてえだな」

 荒れた試験。
 恐らくウッドワンの殺人のことだろう。

「私の時にはそんな事件はなかったけどよ。とんだ異常者も居たもんだ。それを放置するってのもギルド側は何考えてんだか」

 とカレンさんは眉間に皺をよせフンっと鼻を鳴らす。

「証拠がないからって話だったけど」
「どうだかねえ。最近上の方が慌ただしいらしいってもっぱら噂だぜ」
「上?」
「あぁ。ギルドの後ろ盾……女神教会さ。そこいらの意向で最近の冒険者ギルドは実力者の選定を焦ってるって話だ。魔王だか女神だか……神話みたいな経典の話を本気にしてな。まあ、ここのギルドがきな臭くなってきたのはあいつが王都からやってきて支部長になってからだな」

 と、カレンさんはくいっと顎でギルドカウンターの奥を指す。

 そこには、リドウェルギルド支部長、アルマ・メレディスの姿が。

「――――ってのはまあ、ただの噂だけどな」

 そう言ってカレンさんはへへっと笑う。

「ただの噂……」
「まあな。いろんな物事には陰謀論ってのがこじつけられるのさ。例えば、最近話題の"切り裂き魔"とか」
「切り裂き魔? 初めて聞いた」
「そうか、お前は試験だの初任務だのにかかりっきりだったもんな。なんでも、武器を持ってる人間を片っ端から殺しまわってる人間がいるらしいぜ?」
「なっ……連続殺人鬼ってこと!?」
「あぁ。死体がドロッドロに溶けてるらしくてよ、そりゃひでえ死体だって噂だぜ」

 そう言ってカレンさんは心底気持ち悪そうにおえっと舌を出す。

「腕試しの魔術師だの、シリアルキラーだの、魔剣探しだの、いろいろ言われてるぜ。なんせ見かけた人間は全員死んでるからな、真相は誰も知らない。そもそも存在しなくて、死んだ冒険者の身内が吹聴してるだけかもしれねえし、そもそも死んでないのかもしれねえ。まあでも、最近冒険者の間ではもっぱら人気の話題よ。『"腐食"の切り裂き魔』なんて言ってる奴も居る。そいつを捕まえて名を上げようって命知らずまで出てる」

 魔剣探し……その言葉が俺には引っ掛かった。
 魔剣なんて伝説上のもの。そう思う人間が大半だ。だが、俺は知っている。――というか、持っている。

 どこかから俺が魔剣を持っていると情報が漏れたんだろうか?
 いや、でもまだそうと決まった訳ではない。

 ――だが、用心するに越したことは無い。セシリアも言っていた通り、カスミは安易に知られるには危険な物なんだ。

『そうね、魔剣探しのシリアルキラー…………ただの噂と切り捨てるには少し怖いわね』

「――――とにかく、気を付けろよな」
「え?」
「だから、お前も刀持ってんだろ? 狙われるかもしれねえからよ。まあ、本当に要るのかすらまだわからねえ都市伝説ってやつだけどよ。魔術を斬れる剣士が居るんだ、そんな奴が居てもおかしくねえだろ?」

 と、カレンさんは俺の方を見てニヤニヤと笑みを浮かべる。

「はは、確かにね。ありがとう、気を付けるよ」


 こうして俺とカレンさんはそれぞれ依頼料を受け取ると、また会おうなと言って別れた。

 黄昏の帰路の中、俺はさっきのカレンさんの話が頭に過る。

「魔剣探しのシリアルキラー……『"腐食"の切り裂き魔』下手に魔剣の情報を持ってると危なそうだね」
『そうね。セシリアにエドナ。この二人は少し注意した方がいいかも』
「あぁ」

 あまり気にしても仕方がないが……できれば余計な事件にだけは発展して欲しくない。もう試験の時のような思いはごめんだ。