マンティコアを討伐した証として、牙と爪などを収集する。
そのまま気絶したウッドワンを抱えて迷宮の入り口へと戻る。
試験予定は後一日残っているが、俺たちは早めに終わったこともあってそのまま外に出る。
長いようで短かかった二次試験。
人が死ぬという最悪の展開だったが……俺はきっとやれることはできたはずだ。セシリアだけでも救えたんだ、そう思いたい。もっと出来たかもしれないというシコリみたいなものはあるが、それを抱えて進むしかない。だって俺は最強を目指してるんだから。
「お疲れ様です! ホロウ君、セシリアさん」
外に出てギルドへと戻ると、キルルカが俺たちを出迎える。
試験前の格式ばった喋り方は消えていた。
「まさか予定より一日早く終わるなんて、さすがですね!」
「あはは、ありがとう」
すると、キルルカは俺が抱えている人物へと視線を移す。
「――そちらは……ウッドワンさんですね?」
「……はい」
俺はまだ眠るウッドワンを地面に転がす。
「こいつは中で……人を殺した。殺人犯だ」
「それは……」
キルルカは眉をひそめる。
「こいつは……連続殺人犯だ。殺してもよかったけど……俺にはできなかったよ。ギルド側で何とかしてほしい」
「優しいですね。わかりました、ウッドワンの身柄はこちらで預かるわ。今回は犠牲者が1人だったようで、安心したわ」
「はい――って、え? 今回は……?」
キルルカの言葉に、俺は一瞬引っかかる。
今回は……って言ったか……?
まさか……。
「前回は参加者全員だったからね」
キルルカは少し悲しそうに言う。
「え、てことは……知ってたのか……? こいつが、人殺しだって……?」
キルルカは俺の方を見るとニコリと笑う。
「もちろん知ってましたよ。試験中に殺すなんて大胆な真似、バレないわけないじゃない。でも、証拠があるわけでもないから裁けない。証拠がない人間を勝手に私たちが拒むことはできないからね、状況証拠だけじゃだめなのよ。でも、ホロウ君ならやれると思ってたよ! 一次試験凄かったからね、期待通りの結果で嬉しい限りね」
と、キルルカは嬉しそうにこちらを見る。
「な、何言ってるんだ……! それならウッドワンの試験資格を剥奪するとか、もっとあったでしょ!? 人が死んだんですよ!?」
しかし、キルルカはキョトンとした顔のままだ。
「だから、証拠はないの。怪しいってだけでね。でも、そもそも魔物に殺されても悪徳な冒険者に殺されても一緒でしょ? ちゃんと契約書にサインしたでしょ、死んでもいいって」
「そ、そうですけど……」
「同じグループ内で仲間同士どう対応するかも試験の一環なの。個人技が凄いでもいいけど、多くの人は冒険者同士、信頼できるか見極めながら協力するのが一般的だからね。人が任務で死なない為には必要な資質よ」
「そ、そうかもしれないですけど……それでも、わざわざわかっていた危険人物を入れなくても……」
「優しいわね。……いい、ホロウ君。なんのためのグループ試験だと思った? ただ魔物との力を試すなら、一次試験で十分だったでしょ? 二次試験は総合的な冒険者の資質の試験試験なの」
冒険者の資質……。
「冒険者同士の戦いは意外と日常茶飯事なの。これは私たちの目が届かない任務先でも同じこと。いつ何があるかわからないのが冒険者なの。責任の所在、戦果の比重、原因はいろいろとあるけれど。皆あなたみたいに善良と言うわけじゃないから……。犯罪すれすれのことをする人も少なくない。それでも実力があって、結果として多くの民間人を救うことができれば英雄となれるのが冒険者」
「そんな……」
「理想を言ってるんじゃないわ、そりゃ何もない方が理想的だけれど、現実的に力だけがある酷い人間が多いのも事実。そこの見極めが出来な人は冒険者になるべきじゃない。わざわざグループの試験にしたのはそう言う適性を見るためのものよ。冒険者は集団で任務をこなすことも多いわ。パーティメンバーとして相応しい人間かを見極めるっていうのはかなり重要よ。その人が本当に信頼できるか、見極められなければ寝首をかかれる。そういう世界。もちろんバレたら捕まるし、逃げれば殺人犯として賞金首。でも、魔術というのは証拠すら隠蔽してしまうから、任務先での殺人は明るみにならないの。――だがら、この試験で死んだのは自分にとって利益のある人間を見極められなかった彼の実力不足。これが冒険者、いまさら怖気づいたなら辞めてもいいわよ?」
淡々と冒険者の現実を語るキルルカ。
俺は……甘かったのだろうか。
人を信頼することはいいことだろう? けど、ウッドワンのようにそれに漬け込むやつもいる。それを知れたのは確かに俺にとって良いことになったけど……。
「……それでも、俺は誰も死なせたくない。冒険者になっても、もし仲間が裏切っても」
「そう。冒険者として正解はないわ。あなたがその道を進みたいなら止めはしないわよ」
冒険者を長く見てきて、その結論から言っているキルルカさん。
試験に殺人犯を入れてでも冒険者としての資質を見ることを優先した。感覚としては魔物に殺されて失格しても、仲間に殺されて失格しても、結果としては同じという事なんだろう。
そしてきっとそれは、実際に起こっていることなんだ。それでも、俺は……。
眉間に皺をよせ考える俺に、キルルカさんはフフっと微笑む。
「まあ、ホロウ君は優しいからね。その優しさで救われた人もいるでしょ」
キルルカさんはセシリアを見る。
「――頑張ってね、ホロウ君。実際にこの試験を突破したのは君自身の力よ。冒険者としての資格はあるわ。どんな冒険者になるか……楽しみね。君が強くなって皆を導けるような冒険者になればきっとそんな現実も変わるはず。その魔術を斬れる力でね」
「俺の力で……」
そうして俺とキルルカの話し合いは終わった。
仕組まれた……というのは言い過ぎだが、それでもウッドワンの行為を容認して冒険者試験を続けていた冒険者ギルド。それだけ過酷で選ばれた人しかなれないのはわかってたけど。俺は、できれば人同士によって誰かが死ぬことがないような、そんな……誰も家畜にならなくて済む世界を作りたい。
そのためには――
「結局俺が強くなれば済む話、か」
『そうね、ホロウならできるよ、私はそう信じてる!』
「うん、頑張ろう……!」
波乱の二次試験が終わり、俺とセシリアは晴れて冒険者に合格することが出来た。
苦い終わりだったが、これからの俺の生き方、戦い方を考える意味でも大きな出来事だった。
「――それじゃあ。改めておめでとう、ホロウ君!」
キルルカさんは嬉しそうに俺の方を見て、パチパチと拍手する。
「あ、ありがとうございます」
「何照れてんのよ」
隣のカスミが呆れ気味に溜息をつく。
「うんうん、一次試験の時はどうなることかと思ったけど、君の実力がよ~~くわかったわ。それじゃあこれが君の冒険者タグ。なくさない様にね」
スッと差し出されたのは、白色の冒険者タグだ。
あまり高価な物には見えないが、薄っすらと魔力の反応を感じる。
「魔術が付与されていてある程度の強度はあるけど、雑に扱うと壊れちゃうから気を付けてね。紛失、破損などでの再発行や修理はそこそこ値が張るから気を付けて」
「気を付けます」
俺はそれを首からぶら下げ、そっと服の中にしまう。
「それじゃあ、冒険者について説明するわ。知ってるかもしれないけど一応ね。冒険者は基本的にギルドが仲介した様々な人からの依頼を受けて、それが達成できればお金をもらう。シンプルな仕事ね」
俺が想像していた通りの冒険者像だ。
「試験でもあったように、依頼の多くは魔物の討伐よ。一般人の手に負えない魔物の討伐、魔物の蔓延る迷宮での採掘、護衛……基本的に戦うことがメインになるわ。試験は少し厳し目だったけれど、それくらいじゃないと駆け出し冒険者の死者が増えすぎて依頼達成率が低下して冒険者の信用はガタ落ちしてしまうし、一部の優秀な冒険者たちだけが利益を得る歪な構造になってしまうからね。ある程度の足切りは必要なのよ」
「なるほど。言わんとしてることはわかります」
「それでも、魔物と対峙してすぐに亡くなってしまう駆け出し冒険者は多いんだけどね……。試験と実戦って全然違うから。……まあ、ホロウ君は大丈夫でしょう! じゃあ次は――」
キルルカさんはボードを取り出す。
そこには、何やら見慣れない図が書かれていた。
「これ。まず一番左、ここが君の等級。白等級冒険者ね。そして実績が増えていくと、赤、蒼、紫、虹、銀、金、白金……っという感じで上がっていくわ」
確かカレンさん達が蒼階級……俺より二つ上って訳か。
「新人は一番下からのスタートだから、君は"白"ね。白でも、各都市の通行料の免除だったり、各種施設の利用は他の階級と同じだから安心してね」
「すごいですね」
「ふふ、教会が後ろ盾だから権限が強いのよ」
「なるほど」
キルルカは再度ボードに視線を移す。
「――で、説明の続きね。基本的に昇級には試験はなくて、実績に依存するんだけど、蒼から紫に上がる時だけ昇級試験があるから気を付けて。君たち冒険者が現実的に目指すべき到達点はこの紫階級よ。紫になると周りからの認知度は爆上がりするわ」
「到達点ってことは、それより上は?」
「そこから上は選ばれし冒険者たちね。虹は大陸でもそう多くはないわ。この階級から冒険者には二つ名が与えられるの」
ガイとかセシリアが言ってたやつか。
「それより下が一般冒険者なら、虹から上はネームド冒険者って訳。アルマ支部長何かがそうね。で、銀、金は国や都市を救うような英雄級の冒険者、そして白金は……これはもう名誉階級ね。過去の偉人なんかに与えられたりしてるわ。現存する冒険者がいるかどうかは私達職員じゃ閲覧できないの。それくらい希少な階級ね」
「白金は幻の階級って訳ですか」
「そうそう。だから、現実的には紫を最終目的とする冒険者も多いわ」
紫が頑張れば到達できる最高点、虹は真の実力者、それ以上は本当に誰もが最強を名乗れるだけの実力を持った存在達……ということか。
そう言うのを聞くとわくわくしてくるな。この階級がそのまま俺が最強へと至るためのガイドラインのような。そんな気さえしてくる。
「大抵の人がボリューム層である蒼階級で終わってしまうんだけれど、必死でがんばれば紫に、そしてその中でも一握りが虹になれるの。それより上はもう空想の世界よ、その階級の人に会えたらラッキーね」
虹に銀、金、白金……。
いずれ俺のタグもその色を帯びる時が来るのだろうか。
『ホロウならなれるよ。私が保証する』
はは、ありがとうカスミ。
「――で、最後。任務は自分の階級と同等かそれ以下のもの全てを受けられるわ。ただ、半年間自分と同等の階級の依頼達成がないと自動で階級が降格になるから注意してね。同等階級の任務失敗が一定数続いても降格するから、挑むときは良く吟味してから挑んでね。――とまあこんな感じだけど、何か質問ある?」
「えーっと、とりあえず大丈夫かな。何かあれば聞きに来てもいいですか?」
「もちろん! カレンの命の恩人だって言うし、いつでも頼ってね」
キルルカは満面の笑みでそう答える。
「じゃあ、何かあればまた聞きにきます」
「はい! それでは、女神セラ様のご加護が有らんことを」
そう言ってキルルカは胸に手を当て、お辞儀をする。
これで晴れて俺も冒険者だ。
ここから始まるんだ。俺の冒険が。
そうしていろいろとギルドを観察していると、セシリアも説明が終わったようでこちらへと歩いてくる。
「ありがとう、ホロウ。合格できたのはあなたのおかげね」
セシリアは胸のタグを見せる。
「いや、こっちこそ。いいサポートだったよ」
「……いいえ、私一人じゃ多分マンティコアは倒せなかった。また何かあったら一緒に戦いましょう。何かあったらいつでも言ってね、力になるわ」
そう言ってセシリアは俺に握手を求める。
俺はそれをしっかりと握り返す。
「あぁ。俺たちは同期だからね。何かあったら俺も力に成るよ」
「ふふ、期待してるわ」
◇ ◇ ◇
「おっす、ホロウ! 合格したかよ、やるなあ!」
と、俺達がギルドを出たときにそこに居たのはカレンさん達だった。
「うん、無事合格出来たよ」
「ひっひ、さすがだぜ。――と、そうだ、お前にいい話を見つけてきてやったぜ、合格祝いだ」
「いい話?」
するとカレンさんはにやっと笑う。
「刀を扱える鍛冶屋があったんだ。西地区の裏路地でひっそりとやってる隠れた名店さ」
「ま、まじすか!」
「おう! そこの店主の"テッサイ"って奴がなんでも刀の名匠らしい」
「へえ……! ありがとう、行ってみるよ」
「いいってことよ、助けてもらったしよ。それに今日からは先輩だからな!」
こうして俺たちは、まずは二本目の刀を求めてテッサイの元を訪れることにした。
大通りを通り、細い路地に入る。
一気に喧騒は消え去り、ひんやりとした空気が肌に伝わる。
カレンさんが言っていたとおりに複雑な小道を進み、しばらくして店が密集した細い通りにでる。
「なんだここ……」
「こりゃすごいね。裏マーケットとでもいうのかな? なんか怪しい大人の香りがするわね」
「知る人ぞ知る裏路地商店街ってところかな。なんかこういうのワクワクするな!」
「あはは、確かに」
道を歩くと周りからの視線がジロジロとこちらに突き刺さる。
新しい顧客は初めてなんだろうか。
それに心なしか、カスミに視線が集中しているような……。
「あれ、私美人過ぎて見られてる……?」
カスミの服装はかなり活発だった。ショートパンツから覗く足は、確かに俺じゃなければ釘付けになる美しさかもしれない。
「まあ確かに美人だけど……さっさとテッサイのところに行こう。絡まれたら面倒だよ」
俺たちは逃げるように通りを足速に進み、しばらくして古びた工房を見つける。
表には、「テッサイの鍛冶屋」の文字が。
「ここか……」
「いい刀があるといいね」
「そうだね。失礼しまーす……」
恐る恐る中に入る。
すると、ムワッとした熱気が押し寄せる。奥がすぐ工房となっているのだろう。釜などの熱気だろうか。
しかし、入口に人の気配はない。
薄汚れて、埃まみれではあるが、飾られた武具達は俺にはどれも一級品に見える。
「おぉ……」
「確かにこれはすごいわね。テッサイ……私の知る名匠にも近いレベルを感じるわ」
「600年前の?」
カスミは頷く。
「まぁ、思い出したくもないやつだけどね」
と呟くカスミの横顔はどこか悲しげだった。
「……にしても、この武器質……相当年季の入った人かな?」
「でしょうね。鍛冶師なんて髭面のおっさんって相場が決まってるのよ」
「はは、偏見だよ。――よし、一旦刀になろう。見てもらうしね」
「仕方ないわね」
そう言ってカスミは刀へと変形する。
「ったく誰だよこんな昼間っから……」
と、奥から不意に女の人の声が聞こえる。
出てきたのは、臍を丸出しにし、ボロボロのズボンを履いた赤い髪の女性だった。
「あ、えっと……テッサイさんに会いにきたんですけど……まだ寝てる感じですか?」
「あぁ? テッサイ? ……ははぁん、そういう」
となにやら女性はにやにやと俺を見る。
「? えっと、ちょっと依頼したい武器があって……」
「ふぅん……その武器か?」
「はい」
女性はカスミを指差すと、ずいずいと近寄る。
刀身を観察する。
「へえ……刀ね。……ん、どうなってんだこれ? なんか……普通じゃねえな」
「わかるんですか……?」
「当たり前だ。私を誰だと思ってんだ」
女性はニカッと笑う。
「最強の鍛冶師、3代目テッサイだぞ!」
「え……――えぇ!?」
◇ ◇ ◇
「魔剣か、実在するとは……」
テッサイは感慨深そうに刀化したカスミを眺める。
まさか見ただけで魔剣を言い当てるとは……一流の鍛冶師ってすごいな……。
セシリアにはあまり魔剣の話はしない方がいいと言われたけど、既に見抜かれてるからしょうがない。それに、ある程度俺の持っている武器であるカスミを見てもらった方が、より良い武器を作ってもらえそうだし。カスミが人間になれるのは黙っていよう。
「えっと、他言は……」
「しねえしねえ。クライアントの情報は絶対に口外しねえよ。ここは裏商店街、どんな悪党が買いに来てもプライバシーは守る」
「はあ……」
悪党にも売るって悪いことなきが……まあでも普通の店でも悪党は買うか。
なんかこの人が言うと全部大ごとに聞こえてくるな。
「で、もう一振りの刀が欲しいと」
「はい。カスミに負けない……というのは難しいかもしれないですが、近い力のものが買えればと……」
すると、テッサイの顔がくわっと歪む。
「魔剣レベルの物は私には作れねえから本気出せだとぉ?! あぁ?!」
「いや、言ってないですって!!」
「……まぁ、事実今の私の腕じゃあ、魔剣に及ぶ刀は打てねえ」
「テッサイさんでもさすがにそうですよね」
「私はテッサイさんじゃねえ」
「え?」
テッサイははぁっと溜息をつく。
「テッサイは称号だ。私の名前はエドナ。呼ぶならそっちにしてくれ」
「そうだったんですか。てっきり名前かと」
「まあ正直どっちでもいいけどよ。……でだ、刀だが……魔剣に近しいものならできる。あるものさえあれば」
「あるもの……?」
エドナさんはじっと俺の顔を見て、口を開く。
「"ヒヒイロカネ"。迷宮の奥に眠る超レアな鉱石だ。こいつがありゃあ、最高品質の刀が打てる」
「ヒヒイロカネ……」
『ヒヒイロカネは確かに超レアな鉱石ね。簡単には見つからないわ』
「うーん……」
「はっ、何。もし見つけて持ってきてくれりゃあ、それで打ってやるってだけの話だ。あんた冒険者なんだろう? ギブアンドテイクだ。私はヒヒイロカネで刀を打ちたい、あんたは最高の刀が欲しい。だからよ、もしヒヒイロカネが手に入りゃあ、その時は持ってきてくれ」
エドナさんは楽しそうに言う。相当鍛治が好きなようだ。
「でもそんな品質の武器は高いんじゃ……まだ駆け出しの俺たちにそんな金はないですよ」
「タダでいいぜ」
「えっ……いいんですか!?」
「おう。ヒヒイロカネなんてもん人生で一度でも打てるんなら、武器くらいタダでくれてやらあ。私は人は見誤らねえ。さっきは悪党にも売るって言ったが、それはここの奴らの話。私は信用できる人間以外には絶対に売らねえ。そしてあんたは……最高だ。あんたの目には生きる力を感じる」
「生きる力……」
「それにおそらく、お前強いだろ? きっとヒヒイロカネを手に入れる。その時はガチモン打ってやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「だからよ、とりあえずは今うちにある刀で最高なモン持ってけ。タダでくれてやる」
そういい、エドナさんは後ろから刀を引っ張り出してくる。
「こっちも?! な、なんで!?」
「まともな武器がねえと手に入れられるもんも手に入れられねえだろうだ! これは先行投資だ。いいか、これタダでやるから絶対ヒヒイロカネは私のところに持ってこいよな!」
「そんな、俺はめちゃくちゃ嬉しいですけど……エドナさんはそれでいいんですか? 普通にお金払いますけど」
しかし、エドナさんはぶっきらぼうに手で払う。
「あぁ、いいんだよ。こいつはよ、5年ここで眠ってたんだ。知ってっか? 刀使うやつなんて滅多にいねえ。扱いが難しいんだ。だが……あんたの刀――カスミをみりゃわかる。お前は使えるやつだ。刀もそう言うやつのところにある方が嬉しいだろ。こいつは商品のつもりで打ったんじゃなくて、力試しで打ったんだ。だからタダさ。棚に飾られてるより、強えやつの腰に収まってる方がそいつも嬉しいだろ」
そう言って、エドナさんは俺に手に持った刀を渡す。
青と黒の装飾を施された、カスミより二回りほど小さい刀。
「名を"雪羅"。北方の雪山に生息しているアイスゴーレムの核を元に作った一級品だ。少し霞に比べれば短いが、そこらの剣くらいならサクッと叩き割る」
「セツラ……」
俺は鞘から抜き出し、その刀身に触れる。
ひやっとした冷気が伝わってきたようなそんな錯覚。
確かに魔力が込められている。
「どうだ?」
「いいですね……! すごい……!」
「頼むぜ、ホロウ。期待してっからよ。ヒヒイロカネが手に入ったらまた来な。その時は霞に負けねえ刀打ってやるよ」
こうして俺たちは新たな刀を手に入れ、さらに防具屋で身軽な装備を買い揃え、いよいよ冒険の準備万端だ。
アラン兄さんや先生、カレンさん達やセシリア、そしてエドナさん。外にも沢山のいい人たちがいる。
そんな人たちの期待を裏切らないように、俺は冒険者として頑張ろう。
きっとこの世界は思った以上に汚く醜い。俺が世界の全てだと思っていたあの小さな屋敷以上に、外は残酷だ。だから、俺は強くなってそんな世界を変えてみせる。
これは俺の下剋上だ。家畜から英雄へ。
いつか必ず、霞と一緒に上り詰めてやる……!
風が強い夜。
リドウェルの南に流れる小川、その橋を渡った先には夜の店が立ち並ぶ。
その入り組んだ路地を、一人の男が剣を背負い進む。
「暗いな……」
このところ、切り裂き魔というものが流行っているらしい。
男の脳裏にそんな言葉が思い出される。
なんでも剣を持つ人間に襲い掛かっては、命を取り上げていく。その死体は無惨に切り刻まれ、その上所々肉と骨が溶け堕ちているのだという。
だが、そんな話などただの噂話。
男はどこか他人事のように路地を進む。この道が1番の近道なのだ。結局切り裂き魔なんていうのはただ弱者が過大に扱ってびびってるだけのしょぼい奴だというのは相場が決まっている。
彼はなにせ紫階級の冒険者だ。腕には自信があった。
もし遭遇したとしても返り討ちにしてやる。
切り裂き魔が女だったらラッキーだ。襲われて倒し返せば、なんでも言うことを聞かせられるかもしれない。
まあ、そう簡単に会う訳が――――
「お兄さん、いい武器背負ってるわね」
路地に響く甘い声。
脳に直接流れ込んでると錯覚するほどの、しっとりとした声。決して大声ではないのに、何故だか意識がそちらへ傾く。
「……誰だ?」
声に応じるように、暗闇から這い出てきたのは息を呑むほどの美女だった。
銀色に輝く美しい髪に、黄色く光る眼。
男はゴクリと唾を飲み込む。
が、すぐに異物が目に飛び込んでくる。彼女の持つ、不思議な形の剣が。
確か東の方で作られるとか言う刀……とかなんとかだったか。
「……噂の切り裂き魔ってやつか?」
「あらご名答」
「おいおい、噂以上の美女じゃねえか。テンション上がってくるねえ」
「嬉しいわ。……ねえ、背中の武器見せてもらえる?」
「はっ、やなこった」
男は背負っている剣を握り、引き抜く。
戦闘が始まることは空気が教えていた。
切り裂き魔のもつ、触れているだけで気がおかしくなりそうな何とも言えない瘴気。気味の悪い予感。吸い込まれそうだが、長年の経験が男を何とか戦闘態勢へと移行させる。
「美人といちゃつくのも楽しそうだ」
「あら、願ったり叶ったりね」
「力で屈服させてやるぜ。俺を襲ったことを後悔するんだな。雷――――――……えっ?」
ジュゥ……。
瞬間。
男の右腕は溶け始めていた。
皮が、肉がただれ、白い骨が剥き出しになっている。
――いつの間――
「あぁ……ぁぁぁああああああ!!!」
女は光悦した表情で自分の顔を撫でる。
「いい声ねえ……ぞくぞくしちゃう」
「てめぇ……くぅあ……」
男はあまりの激痛に座り込み、涙と汗を垂れ流して必死に痛みに耐える。
「あら、さっきまでの元気は?」
「うぐっ……! んなもん……これくらい……!」
必死の形相で男は立ち上がる。
しかし、その努力も空しくその次の瞬間には、さらに左腕が溶け始める。
「ぐぁぁあああああああ!!!」
路地に男の叫び声が響く。
しかし、男の叫びなど気に求めず女はカツカツと足音を立て男の前まで歩くと、落ちた剣を取り上げる。
それをじっくりと眺め、ぺろりと舐める。
しかし、眉を顰めてため息を漏らす。
「はぁ…………ハズレ。リドウェルなのは確かなのだけど……残念、そう簡単にいかないものね」
女は飽きたように武器を放り捨てる。
そしてまるで興味を無くしたように、女の顔は冷たく曇る。
――あ、死ぬ。
男がそう思った時には、すでに刀が男の体を貫いていた。
噴き出した血が路地の壁を赤黒く染め、女は顔に付いた返り血をねっとりと手でふき取る。
「溶けて溶けて、ぐじゅぐじゅになったら、きっと気持ちいいわよ」
「――――」
それっきり、男が動くことはなかった。
路地にはコツンコツンとまるで陽気な甲高い足音。
女の後ろ姿は、路地の闇へと溶けるように消えていく。
――これが、五人目の犠牲者である。
「いくぞ……!」
俺は買ったばかりの雪羅を握り、敵陣に切り込む。
その圧におされ、キュー! と魔物達が逃げ惑う。
「はっ!」
一気に踏み込み、一振りで数体の魔物を吹き飛ばす。
雪羅、使いやすい刀だ。短めだからメインで使う武器ではないだろうが、それでも十分な威力をしている。いい刀を貰った……!
『一気に終わらせましょ」
「おう、こんなのさっさと終わらせよう……!」
きっとあんなすごい試験だったんだ、とてつもない強敵と戦えると思っていた。常に生死が隣り合わせな危険な職業。
あの試練に見合った任務が大量にある……そう思ったのだが。
目の前にはサイクロプスの群れ――――ではなく、角兎の群れ。
キュー、キューとそこら中を跳ねまわっている。
「――なんで害獣駆除なんだよぉ!!」
冒険者の任務。
あんな強敵(まあそこまで苦労した魔物はいなかったけど)を倒して手に入れた冒険者資格。そんな俺の今日の任務は増えに増えた角兎の討伐。
リドウェルのはずれにある巨大な屋敷。その裏にいつの間にか角兎が巣を作っていたようで、その駆除を任されたのだ。
雑用。試験と落差エグくない?!
『仕方ないわ……冒険者、これも仕事ということね』
「はぁ……早く階級上げたいよ……!」
◇ ◇ ◇
「――はい、確かに角兎の討伐確認できたわ。お疲れ様」
受付嬢、キルルカはいつも通りの営業スマイルで俺の提出した角兎の角を数え、受け取った依頼主からの達成証明書を奥へとしまう。
「……ねえキルルカさん」
「何かしら?」
「俺まだまともな討伐依頼こなしてないんだけど……」
「そう? でも人助け出来てるならいいじゃない」
「そ、そうだけど……」
それを言われると弱いんだけど……。
「まあ早く強敵と戦いたいってのはわかるわ。あれだけ難易度の高い試験を突破したんだもの、そういうのが多いと思ったんでしょ?」
「そうです!」
「まあ言いたいことはわかるわ。でもね、白階級は基本的に雑用みたいな任務が殆どよ。冒険者はいわゆる何でも屋だからね。当然雑用のような依頼も沢山くるわ。けど、上位の冒険者をそういう任務に当てて難しい依頼を受ける人員が居なくなるのも問題だからね、すみわけが大事なのよ」
「そういうものですか」
「そういうものなのよ。前も言ったけど、冒険者の数はあの試験で一定数コントロールしてるの。弱い冒険者をたくさん入れて下層の任務ばかりやる人が増えると、お手伝い任務すらなくなって、何もできない無職みたいな冒険者が溢れちゃうからね。それはそれでいいと思うかもしれないけれど……施設の利用料だったり、通行料の免除だったり、冒険者一人一人に結構なお金が掛かってるの。ただ飯くらいは要らないってこと。だから、必ず成長の見込みがある即戦力を投入して、少数精鋭で国、強いては大陸の依頼をこなしていく。それが冒険者よ! 冒険者になりたかったらまずは自分で腕を磨いてから来なさいって訳。年齢制限はないからね。だから、まずは地道に階級上げからね」
そう言い、キルルカさんはグッと拳を握る。
「わかりましたよ。そうですね、こういう地道な任務も人の役に立つんだ、ちゃんとやんないと!」
「その意気その意気! 一般人を守るのは強い選ばれし冒険者の役目よ!」
「おぉ、元気でやってんな!」
不意の声に振り返ると、そこにはカレンさんの姿が。
「カレンさん!」
「おう、順調そうだな」
そう言い、カレンさんはどさっと大量の魔物の部位を置いていく。
「任務完了だぜ」
「はい、では確認させてもらいますね」
そういってキルルカさんは裏へと入っていく。
「凄いですねカレンさん。蒼階級だもんね」
「はは、お前ならすぐだろ。あのマンティコアをほぼ一人で倒したんだろ?」
「え、まあ一人と言うかサポートが居たけど……」
「セシリアだろ? 話はあいつから聞いたぜ。――にしても、随分と荒れた試験だったみてえだな」
荒れた試験。
恐らくウッドワンの殺人のことだろう。
「私の時にはそんな事件はなかったけどよ。とんだ異常者も居たもんだ。それを放置するってのもギルド側は何考えてんだか」
とカレンさんは眉間に皺をよせフンっと鼻を鳴らす。
「証拠がないからって話だったけど」
「どうだかねえ。最近上の方が慌ただしいらしいってもっぱら噂だぜ」
「上?」
「あぁ。ギルドの後ろ盾……女神教会さ。そこいらの意向で最近の冒険者ギルドは実力者の選定を焦ってるって話だ。魔王だか女神だか……神話みたいな経典の話を本気にしてな。まあ、ここのギルドがきな臭くなってきたのはあいつが王都からやってきて支部長になってからだな」
と、カレンさんはくいっと顎でギルドカウンターの奥を指す。
そこには、リドウェルギルド支部長、アルマ・メレディスの姿が。
「――――ってのはまあ、ただの噂だけどな」
そう言ってカレンさんはへへっと笑う。
「ただの噂……」
「まあな。いろんな物事には陰謀論ってのがこじつけられるのさ。例えば、最近話題の"切り裂き魔"とか」
「切り裂き魔? 初めて聞いた」
「そうか、お前は試験だの初任務だのにかかりっきりだったもんな。なんでも、武器を持ってる人間を片っ端から殺しまわってる人間がいるらしいぜ?」
「なっ……連続殺人鬼ってこと!?」
「あぁ。死体がドロッドロに溶けてるらしくてよ、そりゃひでえ死体だって噂だぜ」
そう言ってカレンさんは心底気持ち悪そうにおえっと舌を出す。
「腕試しの魔術師だの、シリアルキラーだの、魔剣探しだの、いろいろ言われてるぜ。なんせ見かけた人間は全員死んでるからな、真相は誰も知らない。そもそも存在しなくて、死んだ冒険者の身内が吹聴してるだけかもしれねえし、そもそも死んでないのかもしれねえ。まあでも、最近冒険者の間ではもっぱら人気の話題よ。『"腐食"の切り裂き魔』なんて言ってる奴も居る。そいつを捕まえて名を上げようって命知らずまで出てる」
魔剣探し……その言葉が俺には引っ掛かった。
魔剣なんて伝説上のもの。そう思う人間が大半だ。だが、俺は知っている。――というか、持っている。
どこかから俺が魔剣を持っていると情報が漏れたんだろうか?
いや、でもまだそうと決まった訳ではない。
――だが、用心するに越したことは無い。セシリアも言っていた通り、カスミは安易に知られるには危険な物なんだ。
『そうね、魔剣探しのシリアルキラー…………ただの噂と切り捨てるには少し怖いわね』
「――――とにかく、気を付けろよな」
「え?」
「だから、お前も刀持ってんだろ? 狙われるかもしれねえからよ。まあ、本当に要るのかすらまだわからねえ都市伝説ってやつだけどよ。魔術を斬れる剣士が居るんだ、そんな奴が居てもおかしくねえだろ?」
と、カレンさんは俺の方を見てニヤニヤと笑みを浮かべる。
「はは、確かにね。ありがとう、気を付けるよ」
こうして俺とカレンさんはそれぞれ依頼料を受け取ると、また会おうなと言って別れた。
黄昏の帰路の中、俺はさっきのカレンさんの話が頭に過る。
「魔剣探しのシリアルキラー……『"腐食"の切り裂き魔』下手に魔剣の情報を持ってると危なそうだね」
『そうね。セシリアにエドナ。この二人は少し注意した方がいいかも』
「あぁ」
あまり気にしても仕方がないが……できれば余計な事件にだけは発展して欲しくない。もう試験の時のような思いはごめんだ。
「どれがいいかな」
「ん~」
俺とカスミは冒険者ギルドの掲示板の前で依頼の紙を見つめる。
冒険者活動開始から五日。
今のところ受けた依頼は角兎の駆除に薬草採取、墓地の清掃に迷子探し……。
お世辞にも冒険者! と言う感じの活動は出来ていない。
いやまあ、そもそも二人で生きていくために金策が必要で、ついでに修行出来ればラッキー程度の気持ちで冒険者を始めた訳で。その過程で人助けが出来れば最高だな、なんて思っていた訳だけど。
「とはいえ、やっぱりそろそろ歯ごたえのある依頼を受けたいよなあ……」
と俺は掲示板を見ながらポツリと呟く。
それに同調するように、隣のカスミをコクコクと首を縦に振る。
「そうだねえ。毎日訓練を続けているからホロウは強くなってるとは思うけど……実戦も必要よね」
「そうなんだよ。せめてもうちょい歯ごたえの……――お? おぉ!? これなんてどうだ?」
大きく区分けされた掲示板で、白階級の区域に貼られていた一枚の依頼書を取る。
カスミはそれを覗き込み、垂れ下がる髪を耳に掛ける。
「"ヘルハウンドの皮の採取"……へえ、ヘルハウンドね」
「そう! まあまあの強敵じゃないか?」
「そうね、サイクロプスよりは少し弱いくらいかしら。でも、多分試験の時のサイクロプスは野生じゃなかったからそこまでの脅威じゃなかっただろうし、野生のヘルハウンド複数体の相手となると試験より難易度は高めかも」
「いいね……! 魔物相手なら遠慮くなく本気出せる。じゃあこれで――――って駄目だ……」
俺は露骨に溜息をつく。
「どうしたの?」
「ここ……」
俺が指をさすと、カスミはもう一度ぐいと俺の手元の依頼書を覗き込む。
「"必須条件:赤階級以上"……ありゃ」
「やっぱそうですよねえ……。なんでこれが白階級のところに張ってあるんだよ!」
「前に取った人が赤じゃなくてそのまま白の方に貼っちゃったのかもね」
「くそぉ……地道に階級を上げろということか……」
カスミはポンポンと俺の肩を叩く。
「仕方ないわ、依頼者も振り分けるギルドの人も階級で実力を測るしかないし。流石にヘルハウンド複数体を白には任せられないという判断なんでしょ」
「そうだろうなあ。――仕方ない、雑用も人助けだ、頑張ろう!」
こうして俺とカスミは気持ちを新たに白階級任務に勤しんだ。
一日平均3任務以上をこなし、精力的にギルドへの貢献度を上げる。
雑用とはいえ、それでも人助けになることは変わりない。なんやかんや言いつつ、充実した駆け出し冒険者生活を満喫していた。
空いた時間で個人的に訓練を行い、着実に剣の修行を続ける。
――そうして二週間ほどが過ぎた頃。待ちに待った時が訪れた。
「――……はい! こちらが冒険者タグになります!」
キルルカさんから渡された、赤色の冒険者タグ。
俺はそれを受け取ると首に下げる。
「来た……!! 遂に!」
「やったね、ホロウ!」
カスミが嬉しそうに俺の腕をぐいぐいと引っ張る。
「赤階級昇格だ!」
念願かなって、とうとう赤階級への昇格。
ここから、一気に受けられる任務は増えていく。
「嬉しいなあ、あのホロウ君がもう赤階級なんて」
「ありがとうございます!」
「十四歳で赤階級なんて……まあ白は任務を続ければ自動で上がるからやる気の問題ではあるけれど、そもそも十四歳で冒険者っていうのが異例中の異例だからね。本当凄いわ」
「そ、そうですかね?」
「うんうん! がんばったね」
そう言って、キルルカさんは俺の頭に手を伸ばす。
おっ……頭撫で……。
不意の行動に俺は思わず赤面する。というか近い……!
「フンッ!」
と、俺の頭に乗っていたキルルカさんの手をカスミがぺしっと叩き落す。
「…………」
「…………」
二人の間に、何とも言えない沈黙が流れる。
「ど、どうしたカスミそんな……」
「見かけに騙されて篭絡されたらだめだよホロウ。所詮はギルド側の人間、ホロウが任務をこなせば利益になると思ってるだけなんだから!」
「そんなことないわよ、ホロウ君は私の弟みたいなものだからね、気になるのよ」
「どうだか」
とカスミは吐き捨てるようにフンと鼻を鳴らす。
「あらあら、カスミちゃん嫉妬かな? 安心しなさい、ホロウ君はまだ子供だしそんな変な気は――」
「ホロウは子供でも立派な冒険者よ! まったく、ホロウは凄いんだから! 知らないんだあ」
いや、なにこれ恥ずかしいんだが。
なんだこの状況……周りの目も何か恥ずかしいし……さっさと退散しよう……。
「じゃ、じゃあキルルカさん、僕たちはこれで……」
と、俺はカスミをグイっと掴む。
「あ、ちょっと!」
「また来てねホロウ君!」
キルルカさんは何事もなかったかのように営業スマイルで俺に手を振り見送る。
それに対してカスミはガルルっと何か言いたげに唸る。
まあさすがキルルカさんは大人って感じだな。余裕がある。
ちらっとカスミの顔を見ると、口をとがらせてつーんと不貞腐れている。
まったく、やっぱり出会ったころより何か幼くなってるよなあ、カスミ。本当に六百年も生きてたのかよ。というかこっちが素なのかな? 一応見た目も俺と同い年くらいだし……。……まあ刀なんだしそこら辺は人間の物とは比較できないかもだけど。
「……ホロウは子供じゃないし。立派な冒険者だし」
「はは、ありがとうなカスミ」
「というか頭撫でるとか……! ホロウも私の所有者なんだからデレデレしないでしっかりしてよね!」
「はいはい。それじゃあなんか甘いものでも食べに行くか」
その言葉に、カスミの顔がパーっと明るくなる。
「行く!」
単純だなあ。
こうして俺たちはささやかながら赤階級昇格祝いをしたのだった。
薄暗い洞窟で、きらりと赤く光るヘルハウンドの双眸。
その赤い光は、左右に揺れるように動くとぐんと上昇し、一気にこちらに近づいてくる。
「ふッ!」
俺はそれを居合で一息に切り裂く。
「ガ――――」
カパッと開いた口に水平に刀が滑り、ヘルハウンドはその身体を上下に二分される。
分解された肉体は後方の壁に勢いよくぶつかり、ぐしゃっと音を立てる。
初動の一体が一瞬にして死んだことで、後続のヘルハウンド達が二の足を踏む。
俺はその隙を見逃さず、一気に詰め寄る。
それを察知し、なりふり構わずヘルハウンドが叫ぶ。
「グラアアアア!!!」
必死の形相で飛び掛かるヘルハウンド達。既に統率は取れていない。
最小限の動きでヘルハウンドの突撃に刀を合わせ、矢を叩き切るように一体ずつ切り裂く。
ものの数秒で、その場にはヘルハウンドの死体が積みあがった。
低く唸る獣の声はもう聞こえない。
カチンと刀が鞘に収まる金属音が響く。
『お疲れ、ホロウ』
「――ふぅ。カスミもありがとな」
俺は僅かに掻いた汗を手の甲で拭う。この迷宮は異様に熱い。他の冒険者が言うには、下層の方はマグマが沸々と湧いており、その熱気が上層に上がってきてるそうだ。
リドウェル近郊の巨大迷宮"多層洞窟"。そこの上層に現われるヘルハウンドの皮の採取任務。三週間前、俺たちが断念した依頼を俺は赤階級となりやっと受けることが出来た。ヘルハウンドの皮は防具に使われているようで、この依頼は定期的に出ているらしい。
俺は持ち込んだナイフでヘルハウンドの皮を剥ぎ取り、持ってきた鞄にしまう。
「――うし、依頼数通り採取完了!」
「じゃあ戻りましょうか、リドウェルに」
迷宮を出ると既に陽は傾き始めていた。
ここから徒歩で二時間ほどでリドウェルに戻れる。夜になっていなかっただけラッキーだ。今日中には戻れそうだ。
「いやあ、やっぱり実戦は特訓になるな」
そう言って俺はもう一つの刀を軽く振りながら言う。
「そうね、実戦の緊張感はやっぱり強くなるには欠かせないから」
「だね。この調子で頑張ればすぐ蒼階級になれるかな」
「うーん、それはどうかな」
「カレンさん達はどれくらいかかったんだろ。今度聞いてみるか」
カレンさんは現在蒼階級。一般的な冒険者が生涯を終える階級だ。
カレンさん達はリドウェルではそこそこ有名らしいから、結構早く昇格していそうだな。となると、年齢を考えると(勝手に二十代後半だと思ってるけど)、四年とか五年とか……それくらいは覚悟した方がいいかもしれない。
カレンさん達はいわゆるパーティを組んでいる。
理由は明確で、複数人で組んだ方が効率も安全性も高いからだ。カレンさんはシオンさんとの二人パーティ。他にも、冒険者ギルドに居ると四人、五人くらいのパーティをよく見かける。
依頼も、"赤階級(四人以上)"なんてのもあるくらいだ、冒険者というのはパーティを組むのが結構当たり前なのかもしれない。そう考えると、あの試験もキルルカさんの忠告も分かってくる。
俺はカスミもいるし、しばらくはソロで鍛えるのが良さそうだけど。そもそも、魔術の使えない剣士をパーティ入れてくれるもんだろうか……。
「……ま、地道にだな」
「うんうん、赤階級でも今日みたいになかなか良い修行になるし、一緒にがんばろ!」
◇ ◇ ◇
陽も暮れ、暗くなったリドウェルに俺達は帰ってくる。
ギルドに任務達成の報告をし、その後近くの酒場で軽く夕食を取ってそのまま帰路につく。
月明りだけが地面を照らしている。やけに明るいなと思ったら、今日は満月だ。
俺とカスミは少し涼しい夜風に当たりながら、路地裏を行く。
冒険者ギルドから俺たちが利用している宿屋は少し距離があるんだが、ここ数週間でこの街にもなれ、いくつかの近道を見つけた。
路地裏は結構物騒なイメージだが、冒険者のような手練れが多いからか、この辺りはそこまで治安は悪くない。
――だが、不思議と普段より人気がないような気がする。
まあ、気のせいだろう。夜はそもそも人などそんなに出歩いていない。ましてや、こんな路地裏なんて。
ヒタヒタと俺とカスミの足音が響く。
路地裏をこのまま進み、正面の突き当りを曲がってさらにまっすぐ進めば、宿屋に近い大きめの通りに出る。
このまま突き当りまで行けば問題ないのだが……俺はピタリとその場で足を止める。
「――……カスミ」
俺は少し後ろを歩くカスミの方に手を伸ばす。
カスミはコクリと頷くと、すぐさま刀へと変形し俺の手に収まる。
確証はない。
根拠もない。
ただの予感。――それも、嫌な予感。
これが第六感と言われる感覚なのか、はたまた俺の肌が空気中の何かを感じ取っているのかそれは今の俺では判別はつかない。
戦闘中、背後の死角にいる敵の動きが不思議とわかることがある。
それと同じものかもしれない。
とにかく、この角を曲がったところに何かいる。
カスミからも、何かを感じ取っているのが伝わってくる。
俺は最大限警戒をしながらゆっくりと歩を進める。
まとわりつく空気が重い。
さっきまでの空間と同じとは思えない。
あと少し。
そうして突き当りにたどり着き、俺は静かに息を吐く。
――行くぞ。
俺は勢いよく角から身体を出す。
しかし、その場には誰も居なかった。
遠くに、俺達が目指した通りが見える。
「あれ…………誰も……いない?」
『おかしいわね、何か感じたんだけど……』
「気のせい――」
――が、視線がゆらゆらと少し下へ動いたその先。
俺が無意識に箱か何かだと思っていた黒い影が、決してそんなものではないと気づく。
「あれって……!」
俺は慌ててそこへと駆け寄る。
暗くて良く見えないが、それは確かに――――人だった。
「大丈夫か!?」
その倒れこむ人間の周りには、血が湖の様に広がっていた。
俺の靴の裏にべっとりと赤いそれが張り付く。
「血が……! 止血しないと……!」
『ホロウ……もう死んでる』
「!」
その人は既に、生命活動を終えていた。
良く見ると腹の辺りが切り裂かれたように服が裂け、そこから赤黒い液体が漏れ出している。
死因はどうやら腹を切り裂かれたことによるものらしい。
さらに、その両腕は何があったのか、肘から先がまるで肉が溶けたかのように骨が剥き出しになっていた。
「うっ……酷い……」
俺は込み上げてくる気持ち悪さをぐっと抑え込み、眉をひそめる。
『溶けた死体……』
「…………"腐食の切り裂き魔"」
まさか、あの噂……。
この死体はその犠牲者……?
「……カスミ。確か、切り裂き魔って魔剣を探してるかもって噂、あったよね」
『そんなこと言ってたわね』
「まさか、俺達を追って――――」
「動くな」
突然、背後から声がした。
声に振り返ると、そこには鎧を着た人間が立っていた。声から察するに男だろう。
腰には剣、そして鎧の上からローブを羽織っている。
月が鎧に反射して白く輝く。
この鎧、見た事ある……確か……。
「…………騎士団……?」
「動くな、"切り裂き魔"」
「……は……?」
なんだ、今なんて言った?
俺が……切り裂き魔!?
しかし、周囲には他に誰も居ない。
どう考えても、俺に言ってる……よね?
『ちょっとこれは……まずいかも』
「だよね……」
正面の騎士の顔は見えないが、明らかに警戒態勢だ。
なんとか弁解しないと。
「あの、何か勘違いしてるみたいですけど……俺は犯人じゃないです」
「言い逃れできる状況だと思っているのか?」
「だから、えっと……たまたまここを通りかかっただけで……」
「通用すると思っているのか? こんなことをしでかしておいて」
騎士は俺の足元に横たわる遺体を指さす。
なんだ、この圧は……。
まるで俺を犯人と決めつけているかのような……。
「俺には何がなんだか……」
「とぼけるな……! お前のせいでどれだけの人間が犠牲になったと思っているんだ!」
騎士の声には明らかな怒りが含まれていた。
切り裂き魔。剣士だけを狙った犯行。この足もとで倒れている人の近くにも剣が転がっている。
「……いいか、ここには"魔術結界"が張られていた。人除けの結界だ。死んでしまった彼から救難の信号を受け取り、即座に展開した。つまり、犯行後にこの場に犯人以外が居られるわけがないんだ。だからこの場に居るのは切り裂き魔しかありえない」
「人除けの結界……?」
魔術結界……?
確かに人気が明らかに少ないとは思っていたけど、それが結界だって?
じゃあなんで俺には効かなかったんだ?
『盲点だった……』
え?
『人除けの結界は"外"と"中"、その魔力濃度の差を利用して"中"を知覚できなくさせる魔術だ。"中"にいた人間は無意識に外へ向かう。……でも、ホロウは魔力に敏感だ。だから、人除けの結界があっても"中"を認識できてしまう。違和感を覚えたとしても、その程度だ。ホロウには効かない』
「なっ……」
そんなことがあるのか。
確かに違和感は感じたけど、本来は違和感を感じることもなく認識できないってことか。あらゆる魔術を斬れるとはいえ、そんな体質まであるのかよ……!
「つまり……人除けの結界内に居るお前は切り裂き魔でしかないんだよ……!」
「ち、違う! 俺はただの冒険者で――」
「ただの冒険者が結界を突破できるものか! この結界は賢者ディエンバルド様が張ったものだぞ、一介の冒険者如きに突破できる物じゃない!」
「…………」
「それに、切り裂き魔が使う武器は被害者の傷口から"刀"だと判明している。刀を使う者はそれほど多くない。この状況に、その手の武器……これ以上の証拠が必要か?」
おいおいおい……これって結構まずい状況……?
『やばいかも。どうする、倒す?』
いや……さすがにこの街を守ろうとしている騎士を攻撃するのは……。
――ここは逃げよう。
俺はチラッと後方の通りを見る。あそこまで駆け抜ければ、何とか逃げ切れるかもしれない。
騎士とのにらみ合いが続く。
明らかに俺への敵意が強い。このままだと恐らく攻撃される。
騎士が右足を僅かに前に出した瞬間。
俺は、身体を180度回転させ、真後ろの大きめの通りへと走り出す。
「待て! "風刃"!!」
ヒュ! っと風が吹き抜け、目にみえない風の斬撃が俺を襲う。
俺の周囲の木箱や板が粉々に切り裂かれ、石の壁に深い爪痕を残す。
「だから……俺は違うって!!」
俺は刀を後方へ振り、魔術を切断する。
「なっ!? 何か未知の魔術……!? やはり……!」
何か勘違いしているようだが、今は構っている暇はない。今は一刻も早くこの場を抜ける!
――が、騎士ももちろん一人で来ている訳ではなかった。
路地の終着、大通りと面した場所から、三人の騎士が新たに姿を現す。
「包囲されてる!?」
『完全に獲りに来てる……! 運が悪かったわ、完全に今日、騎士団は切り裂き魔を捕まえる気だったみたいね』
「結界まで用意してるならそうか……くそっ、タイミング悪すぎだ……!」
「止まれ!! この場で死にたくなかったら大人しく投降しろ! 今日この場には剣聖――」
「悪いけど俺犯人じゃないんで逃げさせてもらいます――よっ!」
俺は勢いよく壁を駆け上がり、グッと壁を蹴ると騎士達の頭の上を通り越し、そのまま通りへと着地する。
「なっ……何て身のこなし……!」
「"水流弾"!」
着地を狙い放たれた水の弾丸を、俺はカスミで切り落とす。
「!? な、なんだ!? 俺の魔術が……!?」
「さっさと逃げる! 追ってこない方がいいですよ!」
俺は一気に地面を蹴り、通りを走り出す。
正面からは続々と騎士達が押し寄せてくる。
「おいおい……なんでこんなことに……!」
『今は逃げるしかないわ。なんとか突破しましょう!』
「くそ、切り裂き魔……! 覚えておけよ!」
俺はカスミを構え、夜のリドウェルを駆け抜ける。
「くそ……しつこい!」
『ホロウ危ない!』
「わかってる!」
さっと横にステップすると、俺の真横を魔術が通り過ぎる。
ガシャン! っと、両脇の木箱が魔術により音を立てて壊れる。
後方から次々と俺の足を止めようと、魔術の雨が降り注ぐ。
「街中だぞ、弁償できるのか!?」
『相手は騎士団よ、国の金でいくらでも融通が効くんでしょ』
「さすがだね……! それにしても本当に騎士以外の人影がない……。ここらへんも人払い――……ふッ!」
刹那、俺の背中を狙う魔術を察知してすぐさま斬り払う。
後方で切り裂かれた魔術は、夜の闇へと同化するように消える。
「――できてるのか!」
『結界はかなり広いわね。私は武器だから引っ掛からなかったけれど、普通の人間なら問答無用で外ね』
「リドウェルの街の一部とはいえこんな広範囲の結界……その賢者って人は相当な魔術師みたいだね……!」
『オルデバロンの奴なら街一個くらい丸々覆うのは余裕だったけど、さすがにそのレベルではないだろうから、走り抜ければきっと出られるわ』
「そうだろうけど……進むたびに段々と騎士の数が増えてる……! 仕方ない、こっち行こう!」
俺は正面に集まる複数の騎士を見かけ、急いで脇道に逸れる。
人が三、四人しか通れなさそうな細い路地。ここなら一気に囲まれることはない。
外周に近づくにつれて警戒が強くなってる。多分、さっきの辺りを突破すれば結界の外に出られるんだろう。けど……さすがにあの数を突破するのは骨が折れる。
『ちょっと無理かも……騎士と戦うことになるわ』
「それは避けたい」
『向こうも殺しても良いくらいの覚悟で攻めてきてる。無傷でっていうのは無理でしょうね』
「あぁ。でも、向こうも俺達の機動力は予想外なはずだ。このまま路地を抜けて、ギルド側に戻ろう。そっちの方が今は手薄かも」
『それがいいわね、駆け抜けましょう!』
俺は路地を駆け抜ける。
後方では俺達を追って騎士達が迫りくる。
だが狙い通り、この狭い路地を何人もまとめてくることは出来ないようだ。魔術での攻撃も止み始めている。それに、俺の速度に追いつけなくなっているようで、騎士たちの姿はみるみる小さくなっていく。
このまま上手く撒ければ――。
『ホロウ、前!』
「え!?」
しかし、希望も束の間正面には高い壁が聳え立っていた。
つまり、行き止まりだ。
「追い詰めたぞ!」
「早くこっちこい!」
後ろで離れかけていた騎士達が、大声で詰め寄ってくる。
もうここに留まっていれば捕まるのは時間の問題だ。
どうすれば……俺の跳躍力じゃこの壁は少し高すぎる……。
と、そこで名案が閃く。
『何か思いついたの!?』
「あぁ! こんな壁くらい……!! カスミ!」
『! そんな使い方、どこで覚えたの悪い子め! ――けどグッドアイディア! いつでもいいよ!』
「いくぞ……!」
俺はカスミを逆手で持つと、大きく身体を逸らす。
そして、やり投げのように壁の反対側に向かって放り投げる。
刀はレーザーの様にまっすぐ突き進み、壁の丁度真上を通ったところで。
「今だ!」
『いっくよ!』
瞬間、カスミは人型に戻ると、高い壁の上に着地する。
俺はそれを見計らい右側の壁を勢いよく駆け、思い切りジャンプする。
さすがに壁が高すぎてこれだけでは乗り越えられないが、俺の伸ばした腕をカスミががっしりと掴む。
「んんんんん!!」
カスミはうんうんと唸り声を上げながら、俺を何とか僅かに引き上げる。
その僅かな引き上げにより俺の手は壁の縁に届き、俺はそこを掴みぐいっと身体を壁の上へ持ち上げる。
「ふぅ……!」
「ホロウが細身で良かった……」
「はは、作戦成功!」
すぐさまカスミは刀に戻り、俺の鞘に収まる。
「追え追え! 行き止まり…………な!?」
「壁の上!? どうやった!?」
「おい、風魔術師呼べ! この壁は越えられない!」
「全員外周に出払ってます……!」
「なに!?」
壁の下であわあわと慌てだす騎士団。
俺はほっと胸をなでおろすと、反対側へと飛び降りる。
壁の向こう側からは、早く回り込め! と怒声が聞こえる。
『これで撒けそうね』
「あぁ。本当焦ったよ……」
俺は安堵の溜息を漏らす。
あの場で捕まっていたら、俺は弁明の隙も与えられず攻撃されていただろう。そうなれば、俺も俺の為に戦わざるを得なかった。
『街中で騎士団とチェイスする人間なんてそうそういないわよ』
「ははは……だよね。カレンさんにでも自慢するか……」
ほっとしつつも、俺達は小走りで冒険者ギルドを目指す。
路地は完全に人気はなく、騎士団の姿も見えない。
人払いの結界を朝までずっと出しっぱなしにするわけにもいかないはずだし、直に消えるだろう。
ギルド側から大回りで宿に向かえば、気付かれずに戻れそうだ。
「やれやれ、変な指名手配されないといいけど」
『多分顔はハッキリ見られてないだろうから大丈夫でしょ』
「そうかなあ。……でも切り裂き魔は見過ごせないよ。あんな死体を見てしまったら……」
それに、目的が本当に魔剣なのだとしたら。
もしかすると、俺の存在そのものが――――。
「――!?」
『ホロウ?』
「何か……」
ふいに頭上からする寒気。
殺気の含まれた気配。
それに俺の身体が無意識に反応し、俺は咄嗟に頭上を見上げる。
すると、一瞬きらりと光る何かが見える。
「まずいっ……!!」
その光は真っすぐ俺の頭を狙い降下してきていた。それも物凄い速さで。
俺は反射的に後方に飛びのくと、ドシーン!! っと激しい音と土埃を巻き上げ、何かが降ってきた。
「なんだ!?」
「避ける……避けるか今のを」
土埃の中から人の声がする。
煙の中の影はゆらりと立ち上がると、地面に突き刺さった何かを引き抜き、ふっと払う。
土埃が一瞬にして晴れ、中から現れたのは、騎士団と同じ白の服装――しかし、鎧とは違う身軽な軽装をした男だった。
金髪のストレートヘア。碧い目をした青年。
その眼光は鋭く、俺を射抜くように見る。
一瞬で身体が理解する。こいつは――――ヤバイ。
「だが、いまいちわからないな。こんな子供相手に僕をよこすなんて」
男の手には白金色に輝く剣が握られている。
「とはいえ、連続殺人鬼だ。万全を期すのは当然か。それが魔剣士だというのなら僕を呼ぶのも多少は納得がいく」
「あなたは……」
「おっと、自己紹介がまだだったね」
そう言い、男は剣をスッと持ち上げると、顔の前に掲げる。
「僕は騎士団所属、第十四代剣聖――ヴァレンタイン・アシュクロフト」
「剣聖――!?」
それって……とんでもなくやばい相手じゃないのか……!?