落ちこぼれ魔剣使いの英雄譚 ~魔術が使えず無能の烙印を押されましたが、【魔術破壊】で世界最強へ成り上がる~

 俺は急いでセシリアの後を追う。あの魔力……やはり放置できない。

 たどり着いた水場で目に飛び込んだのは、セシリアの背を狙い魔術を発動しようとするウッドワンの姿だった。

 やっぱり……!

 と、思った瞬間には俺の身体は動いていた。

 加速。一足で一気に駆け抜け、ウッドワンが発動させた魔術を無造作に切り捨てる。

 魔術を斬るときの独特な感覚が、指先に伝わる。

「!?」

 発動したはずの魔術が目の前でかき消え、ウッドワンの目が見開かれる。

「今……何をした……?」
「斬った」
「ホ、ホロウ……!」
「危なかったね、セシリア」

 セシリアは慌てて立ち上がる。
 自分が危なかったことは理解しているようだ。

「斬った? 世迷言を。それにしても……よく助けに来たね。気付いていたのかな」
「まあね。身体からあふれ出てたよ、ガイの周りにあった魔力反応と同じものが」
「何……? まったく、常識がないのかそれとも適当言っているのか。魔術は斬れないし、魔力何てそう簡単に探知できる物じゃないぞ? まあ、あの高価な探知機を個人で所有しているなら別だが」

 そう言ってウッドワンはゆらりと体勢を立て直し、俺の方を見る。

「ウッドワン……。あんたは人が死ぬのが嫌だと言っていたと思ったんだけど」
「はは、そんなの嘘に決まってるじゃないか」

 ウッドワンは言い切る。

「言ったろ? 僕は二次試験は五回目……。過去の試験でなんども死者が出たと言ったろ? もちろん、僕が殺したのさ。あの金髪のガキ同様ね」
「……何がしたいんだ」
「何がしたい? わからないのか?」

 ウッドワンは困惑した表情を浮かべる。

「楽しいからに決まってるじゃないか! 冒険者? そんなもの興味はない。冒険者試験は受験者しかいない閉鎖空間。しかも死者は試験での死者と判断される。僕の殺しは露見しないんだ。こんな楽しいことないだろ?」
「お前……」
「そう眉間に皺を寄せるな。殺しを楽しめないのは損だぞ? 油断しきった獲物を背後から切り刻むのは心地が良い……。冒険者で魔物を討伐しているだけじゃ得られない快感を得られる! この試験は半年に一回の僕の狩場だ。まあ、さすがに五回も僕が連続で生き残るのも疑われそうだから今回は傷を付けて帰ろうと思ったわけさ。結構利口だろう?」

 ウッドワンは楽しそうに笑う。

 何が面白いんだ、こいつは。
 吐き気がする。

 まだ俺を家畜呼ばわりしていたあの家の人間の方が、まだ理解できる。

「俺には理解できない。あんたはただのクズだ。人殺しが楽しい? ふざけるな。俺はあんたみたいな人間を許せない」
「意外と正義漢だったかな?」
「正義とかそう言う話じゃない。当たり前のことだ」
「はは、面白いね君。弱いくせに一丁前に語るのは滑稽だよ。……何で僕がべらべらと話したか分かるかい? もちろん君たちを生かしては帰さないからさ」

 そう言い、ウッドワンは両手を構える。

 戦うしかない。生き残るには。
 それに、悪人を見逃すことはできない。

「かかってこい。剣士として相手してやる」
「はは、カッコいいねえ」
「ホロウ、私も――」

 セシリアが言葉を発するのを俺は制する。

 セシリアは俺の目を見て何かを察したのか、大人しく頷き一歩下がる。

「へえ、ホロウ君。君だけかい? いいのかな、僕は多くの魔術師を殺してきた言わば"魔術師殺し"さ。一人で平気かい?」
「あぁ。随分と自分が他の人間より上位にいると勘違いしてるみたいだけどさ。俺はそう言う奴が大嫌いなんだ。それに、俺は"魔術師"じゃない。そんな大層な自称、無意味だよ。俺はこの刀で、お前を倒す」
「ははは! 魔術師じゃない!? 刀!? はは、笑わせる。いいだろう、まずは君を切り刻もう。その後はそっちの女だ。男は切り裂く肉質が良く、女の悲鳴は心地よい。フルコースといこう」

 ウッドワンは構える。

 完全に俺を見くびっている。
 魔物に比べれば、魔術師など俺の敵じゃない……!

「こい、ウッドワン。正面からぶった斬ってやる」
「後悔しても遅い。冒険者になろうなどと舞い上がった自分を恨むんだな」

 ウッドワンの身体の前に魔法陣が展開される。

 そこから放たれるのは、風属性魔術。

「"風太刀"! そのナマクラ刀で何ができる!!」

 見えない風の斬撃が俺目掛けて放たれる。

 本来なら風による見えない速攻攻撃。しかし、俺にはこの"感覚"がある。

 俺はその斬撃を軽く避けて見せる。

「ちっ、運のいい奴だ。身体能力はそれなりか……! だが、これなら避けれまい!」

 展開された魔法陣から、風の塊が一気に押し寄せる。
 風圧での広範囲制圧。

「木に叩きつける! 圧殺だ!!」

 歓喜の声を上げるウッドワン。
 しかし。

 俺は刀を魔術に差し込む。
 右斜め上から左斜め下へ。

 風の塊はフワッと渦を巻くと、まるで何もなかったかのように消え去る。

「――――はっ?」

 ウッドワンは目の前で起こった現象が理解できず、唖然とした表情を浮かべる。
 ポカンとした顔は、なんとも阿呆らしい。

「今何……何が……? 僕の魔術が……消えた?」
「斬った」
「は、ははは……何が斬っただ! そんなこと出来る訳ないだろ!」
「出来るよ。もっと撃って来たら?」

 俺は刀をふっふっと素振りし、挑発して見せる。

「……いいだろう。僕は常に上位者なんだ、僕の魔術を止めることなど出来ない!!!」

 複数展開された魔法陣から、複数の風の刃、そして風の塊が一斉に射出される。

 俺は一歩も下がらず、むしろゆっくりとウッドワンに近づきながら魔術を破壊していく。

「なっ……!! くそ、くそ!! 止まれ……!」

 次々と魔術を連発するウッドワン。しかし、無駄な抵抗だった。

 魔術は俺にとって、なんら障害にならない。

 何発もの魔術を放ち、ウッドワンの息が上がる。
 徐々に近づく俺に恐怖心を抱き、その表情はどんどん歪んでいく。

「な、なんなんだ!! 君は一体――」

 最後の風を切断し、俺はウッドワンの間合いに入る。

 ウッドワンは尻もちを付き、地面に這いつくばりながらわなわなと震えだす。
 自分の死の予感に、身体が反応しているのだ。

「な、なんだっていうんだ……くそっくそっ……! 魔術を斬るなんて……そ、そんなの魔術師に勝ち目何て……!!」
「終わりだ」
「くそ、こんなの……魔術の天敵じゃないか……! き、君は……魔断の剣士とでも――――」

 俺は最後の言葉を聞かず、その刀を振り下ろす。

 ゴンッ!!

 と鈍い音がして、ウッドワンは白目をむいてその場に倒れこむ。

 まだ今までの罪を償わせていない。
 ギルドに生きて渡す必要がある。そう自分に言い聞かせて。
「凄いわね……まさか剣術だけで……」

 セシリアは倒れているウッドワンを見ながら言う。

「まあ、俺にはこれしかないからね。魔術が使えない分、剣術だけは負けないよ」
「負けないよって……普通は剣なんかで魔術には打ち勝てないんだけど……。というか魔術を斬ってなかった? 今のが魔剣の力なのかしら」
「いや、魔剣の力はまだ引き出せてないんだ。魔術を斬るのは……なんというか俺の特異体質ってやつ」

 セシリアはポカンと口を開け唖然とした表情を浮かべる。

「――はぁ。魔術を斬る……ウッドワンが言った魔断の剣士というのもしっくりくるわね。……まあいいわ。正直魔剣がある時点でもう規格外みたいなものだし。理解の範囲外すぎて考えるだけ無駄ね」
「そんなにかなあ」
「そんなによ。魔剣にしてもその体質にしても、自分の希少性を理解した方がいいわ。……とりあえず謝るわ。勝手に私が守るべきだって考えて結局助けられちゃった」
「い、いや別に気にしてないよ。むしろ助けられてよかった」

 人が殺されるところなんて見たくない。

「――で、ウッドワンはどうする? 殺しておく?」
「こ、殺す!?」

 セシリアはキョトンした顔をする。

「え、だって人殺しよ? そのまま生かしていると私達が危ないと思うけど……。立派な自衛行為よ」
「そ、そうだけど……。……とりあえず拘束してギルドに突き出すのがいいんじゃないかな……と思うけど」
「そう。まあホロウに任せるわ。倒したのはホロウだし」

 こ、怖いなこの子……。言ってることは分からなくないけど……。

『まあ、昔なら普通に殺したけどね。最終的に殺さなきゃいけないっていう場面はいずれ来るわ』

 ……でも今は必要ないと思うよ。

『その優しさはホロウの良いところだけどね』

「……それよりもマンティコアに集中しないと。とりあえずウッドワンは縛り上げておこう」

 俺たちはウッドワンを拘束し、木に縛り付ける。
 峰打ちをくらって気絶しているウッドワンは目覚める気配はまだない。

「さて、じゃあマンティコア討伐を始めま――――」

「グルオオオオオアアアアアアアア!!!!」

「「!?」」

 激しい咆哮が背後より響き渡る。

「な――――」

 ドシン!! 

 地面が揺れる。

 強風が吹き抜け、砂埃が舞う。
 俺達は慌てて顔を覆う。

 目の前に降り立った巨大な魔物。

 全長は三メートル程だろうか、四足歩行の獣。 
 鋭い牙と爪。毒を持った尻尾。その顔は憎しみに満ちたよう獅子にも見える。

 こいつは……。

「マンティコア!」
「さっきの騒ぎで目覚めたのね……」

 セシリアの額に汗が垂れる。

「近づかれ過ぎた……ここでやるしかない!」
「くっ……もっと準備したかったのだけど……ッ!」

 俺は刀を構え、セシリアは後方で杖を構える。

「グォオオオオアオアアアアアアア!!」
「いくぞ……カスミ!」
『ええ、見せてやりましょう!』

 俺は一気にマンティコアへと詰め寄る。

 先手必勝……! 剣豪たちとの空想での斬り合いを思い出せ……!
 魔術を消すだけの魔術師の戦いとは違う、一撃が致命傷になる魔物との戦いだ……!

「ふ……ッ!」

 俺は手始めに刀を振り上げると、全力でマンティコアの顔へ向けて振り下ろす。

「グァアア!!」

 無造作に振り上げたマンティコアの爪と俺の刀が、キンッ!! と激しい音を立てぶつかり合う。

「!」

 硬い……! カスミで切断できないなんて……!

「! グゥゥ……グアアアア!!!」

 マンティコアも爪が受け止められたのは予想外だったのか、力を入れて俺の刀を押し返してくる。

 なんて力……! これが《《本物》》の魔物……! だが!

「霞流剣術――"三閃"ッ!」

 霞流剣術。
 カスミが俺に教えてくれた、剣豪たちの剣技。

 三閃は高速で繰り出す三連の斬撃。

 その高速の剣技はあたかも三本の刀で切り裂いたかのような錯覚を覚えるほどの高速の連撃だ。

 激しく響く甲高い音。

 俺の奥義に耐え切れず、マンティコアの爪は一撃目で揺れ、二撃目でひび割れ、そして三撃目で、その中ほどからパックリと割れた。

「グゥァア!!」

 マンティコアの悲鳴が響く。

 マンティコアは俺を脅威と認定したのか、俺との押し合いを止め後方へと飛びのく。

 その最中尻尾での突き刺しを繰り出してくるが、俺はそれを軽くいなす。

「す、すごい……マンティコア相手に優位に戦えてるなんて……!」
「落ち着いて、ここからだよ。長期戦は分が悪い。一気に畳みかけよう!」
「! ええ、後ろは任せて! サポートする!」

「グォオオオオアオアアアアアアア!!!!」
 後方から、セシリアのサポート魔術が飛び交う。
 セシリアの魔術の反応を読み取って、前衛の俺はそれを織り込み済みで攻撃を組み立てる。

「すごい……戦いやすい……!」

 セシリアは感動しながら俺と息を合わせる。

 突貫的なパーティだが、俺の特性がパーティ戦闘の連携を可能にしていた。

 しかし、魔術を使えない俺にとって軽々と距離を取るマンティコアの機動力は厄介で、最後の決め手に欠けていた。セシリアの魔術も、お世辞にもマンティコアに致命傷を与えられるような代物じゃない。

 だが一方で、マンティコアの攻撃も俺には効かない。
 魔術ではない攻撃だが、俺の動体視力ならマンティコアの攻撃など避け、刀で受け止めるのはたやすい。幻影の剣豪たちの剣に比べれば簡単なものだ。

 爪と刀、牙と刀。
 その二つが激しく何度もぶつかり合い、火花が散る。

「ふッ……!!」
「ガァぁぁぁ!!」

 マンティコアの咆哮に負けじと、俺も力を入れる。

 とはいえ……間違いなく、今まで戦った中で最強の相手……!

 思わず顔がにやける。身体が震えるのを感じる。
 いつかカスミが言っていた、武者震いって奴だろう。

 生と死の狭間。一つ間違えばあの鋭い爪が俺の肉体を抉り取る。

 その局面に置かれ、俺の中の何かが目覚めようとしていた。

『はは、剣豪らしくなってきた……! やろう、ホロウ!』

 カスミの嬉しそうな声に、俺は頷く。
 目覚める俺の中の血。相手が魔物だということが俺の中の血を目覚めさせる。

 1秒でも長く、俺はこの戦いを続けたい。

 その思いが、俺にとどめでは無く様々な攻撃を繰り出させ、有意義な実践訓練となっていた。

「まだまだあ!!」

 俺はあえて刀を馬鹿正直に脳天へ振り下ろす。

 しかし、さすがに慣れてきたマンティコアはそれを器用に躱す。

「さすがに……!」
『でもいけるわよ、ホロウ。そろそろ一気に畳み掛けましょ』
「あぁ!」

 あの技で決める。
 初の大物、マンティコア。いい訓練になったよ。

 後方でセシリアの魔術が発動する反応を感じ取る。
 いいタイミングだ。これに合わせる……!

「いくぞ!」
「グウオオアアアアア!」

 マンティコアも俺の剣の威力に危機感を感じ取ったか、攻勢に出る。
 マンティコアは一気に跳躍し、瞬く間に俺との距離を縮める。

 あんぐりと広げた口で、俺に襲い掛かる。

 ――が、一瞬。
 後方より現れた高速の水の砲撃。

 セシリアの放った水属性魔術が、マンティコアの顔面を目掛けて飛翔する。

 いい威力! だが、これじゃあ倒せない。
 利用させてもらう!

 マンティコアは水魔術に注意を向けている。
 というより、巨大な水の球は俺を綺麗さっぱり包み隠しているのだ。

 ここしかない……!

 俺はその水の球を、一刀両断する。
 水を突き破ると、その中から一気にマンティコアへ詰め寄る。

「グァ――!?」

 突然攻撃魔術の中から現れた俺に、マンティコアは一瞬身体を仰け反らせる。

 今ッ!

「はッ!!」

 俺は上段から垂直に、ただ愚直にマンティコアへ向けて刀を振り下ろす。

 マンティコアはそれを――――体勢を崩しながらもギリギリのところで避けてみせた。

 さすがはマンティコア。
 そうでなくちゃ。

 ここからが、俺の奥義――!

 俺はその高速で振り下ろした刀を地面スレスレで強引に切り返す。
 手首に掛かる重圧を押しのけ、振り下ろした時よりもはやい速度で、そのまま上に振り抜く。


「――――霞流剣術"朧三日月"」


 俺の刀は、マンティコアの顔面を顎下から脳天まで一気に駆け抜け、パックリと真っ二つに引き裂く。

 意識外からの攻撃。不意の一撃。
 霞んだ薄い三日月の様な軌跡を描く、不可視の剣撃。

 今まで俺の刀を塞いできた爪や牙、皮膚による防御は間に合わない。

 その威力は、通常の攻撃の比ではない。

 マンティコアは断末魔の叫びを上げる間も無く絶命し、ドシンと音を立てて地面に平伏す。

 土煙がまい、さっきまで騒がしかった森に静寂が訪れる。

「――ふぅ」

 カチン。

 俺は刀を鞘へとしまう。

「ホロウ……!」

 驚いた様子でセシリアが駆け寄ってくる。

「すごい剣術だったわ……文句ない勝利よ!」
「はは、ありがと。サポート助かったよ」
「いや、私なんてあんまり活躍できなかった、悔しいけれど」

 セシリアは唇を尖らせる。

「いやいや、そんなことないよ。戦闘中俺が攻撃にだけ専念していられたのはセシリアのサポートがあったからだよ。ありがとな」

 するとセシリアは少し顔を赤くし、恥ずかしそうにプイッとそっぽを向く。

「べ、別に褒めても何もないわよ。――とにかく、やったわね」
「うん。いろいろあったけど……これで試験達成だ!」


 ――冒険者試験、二次試験。マンティコア討伐完了。
 マンティコアを討伐した証として、牙と爪などを収集する。
 そのまま気絶したウッドワンを抱えて迷宮の入り口へと戻る。

 試験予定は後一日残っているが、俺たちは早めに終わったこともあってそのまま外に出る。

 長いようで短かかった二次試験。

 人が死ぬという最悪の展開だったが……俺はきっとやれることはできたはずだ。セシリアだけでも救えたんだ、そう思いたい。もっと出来たかもしれないというシコリみたいなものはあるが、それを抱えて進むしかない。だって俺は最強を目指してるんだから。

「お疲れ様です! ホロウ君、セシリアさん」

 外に出てギルドへと戻ると、キルルカが俺たちを出迎える。
 試験前の格式ばった喋り方は消えていた。

「まさか予定より一日早く終わるなんて、さすがですね!」
「あはは、ありがとう」

 すると、キルルカは俺が抱えている人物へと視線を移す。

「――そちらは……ウッドワンさんですね?」
「……はい」

 俺はまだ眠るウッドワンを地面に転がす。

「こいつは中で……人を殺した。殺人犯だ」
「それは……」

 キルルカは眉をひそめる。

「こいつは……連続殺人犯だ。殺してもよかったけど……俺にはできなかったよ。ギルド側で何とかしてほしい」
「優しいですね。わかりました、ウッドワンの身柄はこちらで預かるわ。今回は犠牲者が1人だったようで、安心したわ」
「はい――って、え? 今回は……?」

 キルルカの言葉に、俺は一瞬引っかかる。

 今回は……って言ったか……?
 まさか……。

「前回は参加者全員だったからね」

 キルルカは少し悲しそうに言う。

「え、てことは……知ってたのか……? こいつが、人殺しだって……?」

 キルルカは俺の方を見るとニコリと笑う。

「もちろん知ってましたよ。試験中に殺すなんて大胆な真似、バレないわけないじゃない。でも、証拠があるわけでもないから裁けない。証拠がない人間を勝手に私たちが拒むことはできないからね、状況証拠だけじゃだめなのよ。でも、ホロウ君ならやれると思ってたよ! 一次試験凄かったからね、期待通りの結果で嬉しい限りね」

 と、キルルカは嬉しそうにこちらを見る。

「な、何言ってるんだ……! それならウッドワンの試験資格を剥奪するとか、もっとあったでしょ!? 人が死んだんですよ!?」

 しかし、キルルカはキョトンとした顔のままだ。

「だから、証拠はないの。怪しいってだけでね。でも、そもそも魔物に殺されても悪徳な冒険者に殺されても一緒でしょ? ちゃんと契約書にサインしたでしょ、死んでもいいって」
「そ、そうですけど……」
「同じグループ内で仲間同士どう対応するかも試験の一環なの。個人技が凄いでもいいけど、多くの人は冒険者同士、信頼できるか見極めながら協力するのが一般的だからね。人が任務で死なない為には必要な資質よ」
「そ、そうかもしれないですけど……それでも、わざわざわかっていた危険人物を入れなくても……」
「優しいわね。……いい、ホロウ君。なんのためのグループ試験だと思った? ただ魔物との力を試すなら、一次試験で十分だったでしょ? 二次試験は総合的な冒険者の資質の試験試験なの」

 冒険者の資質……。

「冒険者同士の戦いは意外と日常茶飯事なの。これは私たちの目が届かない任務先でも同じこと。いつ何があるかわからないのが冒険者なの。責任の所在、戦果の比重、原因はいろいろとあるけれど。皆あなたみたいに善良と言うわけじゃないから……。犯罪すれすれのことをする人も少なくない。それでも実力があって、結果として多くの民間人を救うことができれば英雄となれるのが冒険者」
「そんな……」
「理想を言ってるんじゃないわ、そりゃ何もない方が理想的だけれど、現実的に力だけがある酷い人間が多いのも事実。そこの見極めが出来な人は冒険者になるべきじゃない。わざわざグループの試験にしたのはそう言う適性を見るためのものよ。冒険者は集団で任務をこなすことも多いわ。パーティメンバーとして相応しい人間かを見極めるっていうのはかなり重要よ。その人が本当に信頼できるか、見極められなければ寝首をかかれる。そういう世界。もちろんバレたら捕まるし、逃げれば殺人犯として賞金首。でも、魔術というのは証拠すら隠蔽してしまうから、任務先での殺人は明るみにならないの。――だがら、この試験で死んだのは自分にとって利益のある人間を見極められなかった彼の実力不足。これが冒険者、いまさら怖気づいたなら辞めてもいいわよ?」

 淡々と冒険者の現実を語るキルルカ。

 俺は……甘かったのだろうか。
 人を信頼することはいいことだろう? けど、ウッドワンのようにそれに漬け込むやつもいる。それを知れたのは確かに俺にとって良いことになったけど……。

「……それでも、俺は誰も死なせたくない。冒険者になっても、もし仲間が裏切っても」
「そう。冒険者として正解はないわ。あなたがその道を進みたいなら止めはしないわよ」

 冒険者を長く見てきて、その結論から言っているキルルカさん。
 試験に殺人犯を入れてでも冒険者としての資質を見ることを優先した。感覚としては魔物に殺されて失格しても、仲間に殺されて失格しても、結果としては同じという事なんだろう。

 そしてきっとそれは、実際に起こっていることなんだ。それでも、俺は……。

 眉間に皺をよせ考える俺に、キルルカさんはフフっと微笑む。

「まあ、ホロウ君は優しいからね。その優しさで救われた人もいるでしょ」

 キルルカさんはセシリアを見る。

「――頑張ってね、ホロウ君。実際にこの試験を突破したのは君自身の力よ。冒険者としての資格はあるわ。どんな冒険者になるか……楽しみね。君が強くなって皆を導けるような冒険者になればきっとそんな現実も変わるはず。その魔術を斬れる力でね」
「俺の力で……」

 そうして俺とキルルカの話し合いは終わった。

 仕組まれた……というのは言い過ぎだが、それでもウッドワンの行為を容認して冒険者試験を続けていた冒険者ギルド。それだけ過酷で選ばれた人しかなれないのはわかってたけど。俺は、できれば人同士によって誰かが死ぬことがないような、そんな……誰も家畜にならなくて済む世界を作りたい。

 そのためには――

「結局俺が強くなれば済む話、か」
『そうね、ホロウならできるよ、私はそう信じてる!』
「うん、頑張ろう……!」
 波乱の二次試験が終わり、俺とセシリアは晴れて冒険者に合格することが出来た。
 苦い終わりだったが、これからの俺の生き方、戦い方を考える意味でも大きな出来事だった。

「――それじゃあ。改めておめでとう、ホロウ君!」

 キルルカさんは嬉しそうに俺の方を見て、パチパチと拍手する。

「あ、ありがとうございます」
「何照れてんのよ」

 隣のカスミが呆れ気味に溜息をつく。

「うんうん、一次試験の時はどうなることかと思ったけど、君の実力がよ~~くわかったわ。それじゃあこれが君の冒険者タグ。なくさない様にね」

 スッと差し出されたのは、白色の冒険者タグだ。
 あまり高価な物には見えないが、薄っすらと魔力の反応を感じる。

「魔術が付与されていてある程度の強度はあるけど、雑に扱うと壊れちゃうから気を付けてね。紛失、破損などでの再発行や修理はそこそこ値が張るから気を付けて」
「気を付けます」

 俺はそれを首からぶら下げ、そっと服の中にしまう。

「それじゃあ、冒険者について説明するわ。知ってるかもしれないけど一応ね。冒険者は基本的にギルドが仲介した様々な人からの依頼を受けて、それが達成できればお金をもらう。シンプルな仕事ね」

 俺が想像していた通りの冒険者像だ。

「試験でもあったように、依頼の多くは魔物の討伐よ。一般人の手に負えない魔物の討伐、魔物の蔓延る迷宮での採掘、護衛……基本的に戦うことがメインになるわ。試験は少し厳し目だったけれど、それくらいじゃないと駆け出し冒険者の死者が増えすぎて依頼達成率が低下して冒険者の信用はガタ落ちしてしまうし、一部の優秀な冒険者たちだけが利益を得る歪な構造になってしまうからね。ある程度の足切りは必要なのよ」
「なるほど。言わんとしてることはわかります」
「それでも、魔物と対峙してすぐに亡くなってしまう駆け出し冒険者は多いんだけどね……。試験と実戦って全然違うから。……まあ、ホロウ君は大丈夫でしょう! じゃあ次は――」 

 キルルカさんはボードを取り出す。
 そこには、何やら見慣れない図が書かれていた。

「これ。まず一番左、ここが君の等級。白等級冒険者ね。そして実績が増えていくと、赤、蒼、紫、虹、銀、金、白金……っという感じで上がっていくわ」

 確かカレンさん達が蒼階級……俺より二つ上って訳か。

「新人は一番下からのスタートだから、君は"白"ね。白でも、各都市の通行料の免除だったり、各種施設の利用は他の階級と同じだから安心してね」
「すごいですね」
「ふふ、教会が後ろ盾だから権限が強いのよ」
「なるほど」

 キルルカは再度ボードに視線を移す。

「――で、説明の続きね。基本的に昇級には試験はなくて、実績に依存するんだけど、蒼から紫に上がる時だけ昇級試験があるから気を付けて。君たち冒険者が現実的に目指すべき到達点はこの紫階級よ。紫になると周りからの認知度は爆上がりするわ」
「到達点ってことは、それより上は?」
「そこから上は選ばれし冒険者たちね。虹は大陸でもそう多くはないわ。この階級から冒険者には二つ名が与えられるの」

 ガイとかセシリアが言ってたやつか。

「それより下が一般冒険者なら、虹から上はネームド冒険者って訳。アルマ支部長何かがそうね。で、銀、金は国や都市を救うような英雄級の冒険者、そして白金は……これはもう名誉階級ね。過去の偉人なんかに与えられたりしてるわ。現存する冒険者がいるかどうかは私達職員じゃ閲覧できないの。それくらい希少な階級ね」
「白金は幻の階級って訳ですか」
「そうそう。だから、現実的には紫を最終目的とする冒険者も多いわ」

 紫が頑張れば到達できる最高点、虹は真の実力者、それ以上は本当に誰もが最強を名乗れるだけの実力を持った存在達……ということか。

 そう言うのを聞くとわくわくしてくるな。この階級がそのまま俺が最強へと至るためのガイドラインのような。そんな気さえしてくる。

「大抵の人がボリューム層である蒼階級で終わってしまうんだけれど、必死でがんばれば紫に、そしてその中でも一握りが虹になれるの。それより上はもう空想の世界よ、その階級の人に会えたらラッキーね」

 虹に銀、金、白金……。
 いずれ俺のタグもその色を帯びる時が来るのだろうか。

『ホロウならなれるよ。私が保証する』

 はは、ありがとうカスミ。

「――で、最後。任務は自分の階級と同等かそれ以下のもの全てを受けられるわ。ただ、半年間自分と同等の階級の依頼達成がないと自動で階級が降格になるから注意してね。同等階級の任務失敗が一定数続いても降格するから、挑むときは良く吟味してから挑んでね。――とまあこんな感じだけど、何か質問ある?」
「えーっと、とりあえず大丈夫かな。何かあれば聞きに来てもいいですか?」
「もちろん! カレンの命の恩人だって言うし、いつでも頼ってね」

 キルルカは満面の笑みでそう答える。

「じゃあ、何かあればまた聞きにきます」
「はい! それでは、女神セラ様のご加護が有らんことを」

 そう言ってキルルカは胸に手を当て、お辞儀をする。

 これで晴れて俺も冒険者だ。
 ここから始まるんだ。俺の冒険が。


 そうしていろいろとギルドを観察していると、セシリアも説明が終わったようでこちらへと歩いてくる。

「ありがとう、ホロウ。合格できたのはあなたのおかげね」

 セシリアは胸のタグを見せる。

「いや、こっちこそ。いいサポートだったよ」
「……いいえ、私一人じゃ多分マンティコアは倒せなかった。また何かあったら一緒に戦いましょう。何かあったらいつでも言ってね、力になるわ」

 そう言ってセシリアは俺に握手を求める。
 俺はそれをしっかりと握り返す。

「あぁ。俺たちは同期だからね。何かあったら俺も力に成るよ」
「ふふ、期待してるわ」

◇ ◇ ◇

「おっす、ホロウ! 合格したかよ、やるなあ!」

 と、俺達がギルドを出たときにそこに居たのはカレンさん達だった。

「うん、無事合格出来たよ」
「ひっひ、さすがだぜ。――と、そうだ、お前にいい話を見つけてきてやったぜ、合格祝いだ」
「いい話?」

 するとカレンさんはにやっと笑う。

「刀を扱える鍛冶屋があったんだ。西地区の裏路地でひっそりとやってる隠れた名店さ」
「ま、まじすか!」
「おう! そこの店主の"テッサイ"って奴がなんでも刀の名匠らしい」
「へえ……! ありがとう、行ってみるよ」
「いいってことよ、助けてもらったしよ。それに今日からは先輩だからな!」

 こうして俺たちは、まずは二本目の刀を求めてテッサイの元を訪れることにした。
 大通りを通り、細い路地に入る。
 一気に喧騒は消え去り、ひんやりとした空気が肌に伝わる。

 カレンさんが言っていたとおりに複雑な小道を進み、しばらくして店が密集した細い通りにでる。

「なんだここ……」
「こりゃすごいね。裏マーケットとでもいうのかな? なんか怪しい大人の香りがするわね」
「知る人ぞ知る裏路地商店街ってところかな。なんかこういうのワクワクするな!」
「あはは、確かに」

 道を歩くと周りからの視線がジロジロとこちらに突き刺さる。

 新しい顧客は初めてなんだろうか。
 それに心なしか、カスミに視線が集中しているような……。

「あれ、私美人過ぎて見られてる……?」

 カスミの服装はかなり活発だった。ショートパンツから覗く足は、確かに俺じゃなければ釘付けになる美しさかもしれない。

「まあ確かに美人だけど……さっさとテッサイのところに行こう。絡まれたら面倒だよ」

 俺たちは逃げるように通りを足速に進み、しばらくして古びた工房を見つける。

 表には、「テッサイの鍛冶屋」の文字が。

「ここか……」
「いい刀があるといいね」
「そうだね。失礼しまーす……」

 恐る恐る中に入る。
 すると、ムワッとした熱気が押し寄せる。奥がすぐ工房となっているのだろう。釜などの熱気だろうか。

 しかし、入口に人の気配はない。

 薄汚れて、埃まみれではあるが、飾られた武具達は俺にはどれも一級品に見える。

「おぉ……」
「確かにこれはすごいわね。テッサイ……私の知る名匠にも近いレベルを感じるわ」
「600年前の?」

 カスミは頷く。

「まぁ、思い出したくもないやつだけどね」

 と呟くカスミの横顔はどこか悲しげだった。

「……にしても、この武器質……相当年季の入った人かな?」
「でしょうね。鍛冶師なんて髭面のおっさんって相場が決まってるのよ」
「はは、偏見だよ。――よし、一旦刀になろう。見てもらうしね」
「仕方ないわね」

 そう言ってカスミは刀へと変形する。

「ったく誰だよこんな昼間っから……」

 と、奥から不意に女の人の声が聞こえる。

 出てきたのは、臍を丸出しにし、ボロボロのズボンを履いた赤い髪の女性だった。

「あ、えっと……テッサイさんに会いにきたんですけど……まだ寝てる感じですか?」
「あぁ? テッサイ? ……ははぁん、そういう」

 となにやら女性はにやにやと俺を見る。

「? えっと、ちょっと依頼したい武器があって……」
「ふぅん……その武器か?」
「はい」

 女性はカスミを指差すと、ずいずいと近寄る。
 刀身を観察する。

「へえ……刀ね。……ん、どうなってんだこれ? なんか……普通じゃねえな」
「わかるんですか……?」
「当たり前だ。私を誰だと思ってんだ」

 女性はニカッと笑う。

「最強の鍛冶師、3代目テッサイだぞ!」
「え……――えぇ!?」

◇ ◇ ◇

「魔剣か、実在するとは……」

 テッサイは感慨深そうに刀化したカスミを眺める。

 まさか見ただけで魔剣を言い当てるとは……一流の鍛冶師ってすごいな……。

 セシリアにはあまり魔剣の話はしない方がいいと言われたけど、既に見抜かれてるからしょうがない。それに、ある程度俺の持っている武器であるカスミを見てもらった方が、より良い武器を作ってもらえそうだし。カスミが人間になれるのは黙っていよう。

「えっと、他言は……」
「しねえしねえ。クライアントの情報は絶対に口外しねえよ。ここは裏商店街、どんな悪党が買いに来てもプライバシーは守る」
「はあ……」

 悪党にも売るって悪いことなきが……まあでも普通の店でも悪党は買うか。

 なんかこの人が言うと全部大ごとに聞こえてくるな。

「で、もう一振りの刀が欲しいと」
「はい。カスミに負けない……というのは難しいかもしれないですが、近い力のものが買えればと……」

 すると、テッサイの顔がくわっと歪む。

「魔剣レベルの物は私には作れねえから本気出せだとぉ?! あぁ?!」
「いや、言ってないですって!!」
「……まぁ、事実今の私の腕じゃあ、魔剣に及ぶ刀は打てねえ」
「テッサイさんでもさすがにそうですよね」
「私はテッサイさんじゃねえ」
「え?」

 テッサイははぁっと溜息をつく。

「テッサイは称号だ。私の名前はエドナ。呼ぶならそっちにしてくれ」
「そうだったんですか。てっきり名前かと」
「まあ正直どっちでもいいけどよ。……でだ、刀だが……魔剣に近しいものならできる。あるものさえあれば」
「あるもの……?」

 エドナさんはじっと俺の顔を見て、口を開く。

「"ヒヒイロカネ"。迷宮の奥に眠る超レアな鉱石だ。こいつがありゃあ、最高品質の刀が打てる」
「ヒヒイロカネ……」
『ヒヒイロカネは確かに超レアな鉱石ね。簡単には見つからないわ』
「うーん……」
「はっ、何。もし見つけて持ってきてくれりゃあ、それで打ってやるってだけの話だ。あんた冒険者なんだろう? ギブアンドテイクだ。私はヒヒイロカネで刀を打ちたい、あんたは最高の刀が欲しい。だからよ、もしヒヒイロカネが手に入りゃあ、その時は持ってきてくれ」

 エドナさんは楽しそうに言う。相当鍛治が好きなようだ。

「でもそんな品質の武器は高いんじゃ……まだ駆け出しの俺たちにそんな金はないですよ」
「タダでいいぜ」
「えっ……いいんですか!?」
「おう。ヒヒイロカネなんてもん人生で一度でも打てるんなら、武器くらいタダでくれてやらあ。私は人は見誤らねえ。さっきは悪党にも売るって言ったが、それはここの奴らの話。私は信用できる人間以外には絶対に売らねえ。そしてあんたは……最高だ。あんたの目には生きる力を感じる」
「生きる力……」
「それにおそらく、お前強いだろ? きっとヒヒイロカネを手に入れる。その時はガチモン打ってやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「だからよ、とりあえずは今うちにある刀で最高なモン持ってけ。タダでくれてやる」

 そういい、エドナさんは後ろから刀を引っ張り出してくる。

「こっちも?! な、なんで!?」
「まともな武器がねえと手に入れられるもんも手に入れられねえだろうだ! これは先行投資だ。いいか、これタダでやるから絶対ヒヒイロカネは私のところに持ってこいよな!」
「そんな、俺はめちゃくちゃ嬉しいですけど……エドナさんはそれでいいんですか? 普通にお金払いますけど」

 しかし、エドナさんはぶっきらぼうに手で払う。

「あぁ、いいんだよ。こいつはよ、5年ここで眠ってたんだ。知ってっか? 刀使うやつなんて滅多にいねえ。扱いが難しいんだ。だが……あんたの刀――カスミをみりゃわかる。お前は使えるやつだ。刀もそう言うやつのところにある方が嬉しいだろ。こいつは商品のつもりで打ったんじゃなくて、力試しで打ったんだ。だからタダさ。棚に飾られてるより、強えやつの腰に収まってる方がそいつも嬉しいだろ」

 そう言って、エドナさんは俺に手に持った刀を渡す。

 青と黒の装飾を施された、カスミより二回りほど小さい刀。

「名を"雪羅(せつら)"。北方の雪山に生息しているアイスゴーレムの核を元に作った一級品だ。少し霞に比べれば短いが、そこらの剣くらいならサクッと叩き割る」
「セツラ……」

 俺は鞘から抜き出し、その刀身に触れる。

 ひやっとした冷気が伝わってきたようなそんな錯覚。
 確かに魔力が込められている。

「どうだ?」
「いいですね……! すごい……!」
「頼むぜ、ホロウ。期待してっからよ。ヒヒイロカネが手に入ったらまた来な。その時は霞に負けねえ刀打ってやるよ」


 こうして俺たちは新たな刀を手に入れ、さらに防具屋で身軽な装備を買い揃え、いよいよ冒険の準備万端だ。

 アラン兄さんや先生、カレンさん達やセシリア、そしてエドナさん。外にも沢山のいい人たちがいる。

 そんな人たちの期待を裏切らないように、俺は冒険者として頑張ろう。

 きっとこの世界は思った以上に汚く醜い。俺が世界の全てだと思っていたあの小さな屋敷以上に、外は残酷だ。だから、俺は強くなってそんな世界を変えてみせる。

 これは俺の下剋上だ。家畜から英雄へ。
 いつか必ず、霞と一緒に上り詰めてやる……!
 風が強い夜。

 リドウェルの南に流れる小川、その橋を渡った先には夜の店が立ち並ぶ。

 その入り組んだ路地を、一人の男が剣を背負い進む。

「暗いな……」

 このところ、切り裂き魔というものが流行っているらしい。

 男の脳裏にそんな言葉が思い出される。

 なんでも剣を持つ人間に襲い掛かっては、命を取り上げていく。その死体は無惨に切り刻まれ、その上所々肉と骨が溶け堕ちているのだという。

 だが、そんな話などただの噂話。
 男はどこか他人事のように路地を進む。この道が1番の近道なのだ。結局切り裂き魔なんていうのはただ弱者が過大に扱ってびびってるだけのしょぼい奴だというのは相場が決まっている。

 彼はなにせ紫階級の冒険者だ。腕には自信があった。

 もし遭遇したとしても返り討ちにしてやる。
 切り裂き魔が女だったらラッキーだ。襲われて倒し返せば、なんでも言うことを聞かせられるかもしれない。

 まあ、そう簡単に会う訳が――――

「お兄さん、いい武器背負ってるわね」

 路地に響く甘い声。

 脳に直接流れ込んでると錯覚するほどの、しっとりとした声。決して大声ではないのに、何故だか意識がそちらへ傾く。

「……誰だ?」

 声に応じるように、暗闇から這い出てきたのは息を呑むほどの美女だった。

 銀色に輝く美しい髪に、黄色く光る眼。

 男はゴクリと唾を飲み込む。
 が、すぐに異物が目に飛び込んでくる。彼女の持つ、不思議な形の剣が。
 確か東の方で作られるとか言う刀……とかなんとかだったか。

「……噂の切り裂き魔ってやつか?」
「あらご名答」
「おいおい、噂以上の美女じゃねえか。テンション上がってくるねえ」
「嬉しいわ。……ねえ、背中の武器見せてもらえる?」
「はっ、やなこった」

 男は背負っている剣を握り、引き抜く。

 戦闘が始まることは空気が教えていた。

 切り裂き魔のもつ、触れているだけで気がおかしくなりそうな何とも言えない瘴気。気味の悪い予感。吸い込まれそうだが、長年の経験が男を何とか戦闘態勢へと移行させる。

「美人といちゃつくのも楽しそうだ」
「あら、願ったり叶ったりね」
「力で屈服させてやるぜ。俺を襲ったことを後悔するんだな。雷―(サン)―――――……えっ?」

 ジュゥ……。

 瞬間。
 男の右腕は溶け始めていた。
 皮が、肉がただれ、白い骨が剥き出しになっている。

 ――いつの間――

「あぁ……ぁぁぁああああああ!!!」

 女は光悦した表情で自分の顔を撫でる。

「いい声ねえ……ぞくぞくしちゃう」
「てめぇ……くぅあ……」

 男はあまりの激痛に座り込み、涙と汗を垂れ流して必死に痛みに耐える。

「あら、さっきまでの元気は?」
「うぐっ……! んなもん……これくらい……!」

 必死の形相で男は立ち上がる。
 しかし、その努力も空しくその次の瞬間には、さらに左腕が溶け始める。

「ぐぁぁあああああああ!!!」

 路地に男の叫び声が響く。

 しかし、男の叫びなど気に求めず女はカツカツと足音を立て男の前まで歩くと、落ちた剣を取り上げる。

 それをじっくりと眺め、ぺろりと舐める。

 しかし、眉を顰めてため息を漏らす。

「はぁ…………ハズレ。リドウェルなのは確かなのだけど……残念、そう簡単にいかないものね」

 女は飽きたように武器を放り捨てる。

 そしてまるで興味を無くしたように、女の顔は冷たく曇る。

 ――あ、死ぬ。

 男がそう思った時には、すでに刀が男の体を貫いていた。
 噴き出した血が路地の壁を赤黒く染め、女は顔に付いた返り血をねっとりと手でふき取る。

「溶けて溶けて、ぐじゅぐじゅになったら、きっと気持ちいいわよ」
「――――」

 それっきり、男が動くことはなかった。

 路地にはコツンコツンとまるで陽気な甲高い足音。

 女の後ろ姿は、路地の闇へと溶けるように消えていく。


 ――これが、五人目の犠牲者である。


 
「いくぞ……!」

 俺は買ったばかりの雪羅を握り、敵陣に切り込む。

 その圧におされ、キュー! と魔物達が逃げ惑う。

「はっ!」

 一気に踏み込み、一振りで数体の魔物を吹き飛ばす。
 雪羅、使いやすい刀だ。短めだからメインで使う武器ではないだろうが、それでも十分な威力をしている。いい刀を貰った……!

『一気に終わらせましょ」
「おう、こんなのさっさと終わらせよう……!」

 きっとあんなすごい試験だったんだ、とてつもない強敵と戦えると思っていた。常に生死が隣り合わせな危険な職業。

 あの試練に見合った任務が大量にある……そう思ったのだが。

 目の前にはサイクロプスの群れ――――ではなく、角兎の群れ。

 キュー、キューとそこら中を跳ねまわっている。

「――なんで害獣駆除なんだよぉ!!」

 冒険者の任務。
 あんな強敵(まあそこまで苦労した魔物はいなかったけど)を倒して手に入れた冒険者資格。そんな俺の今日の任務は増えに増えた角兎の討伐。

 リドウェルのはずれにある巨大な屋敷。その裏にいつの間にか角兎が巣を作っていたようで、その駆除を任されたのだ。

 雑用。試験と落差エグくない?!

『仕方ないわ……冒険者、これも仕事ということね』
「はぁ……早く階級上げたいよ……!」

◇ ◇ ◇

「――はい、確かに角兎の討伐確認できたわ。お疲れ様」

 受付嬢、キルルカはいつも通りの営業スマイルで俺の提出した角兎の角を数え、受け取った依頼主からの達成証明書を奥へとしまう。

「……ねえキルルカさん」
「何かしら?」
「俺まだまともな討伐依頼こなしてないんだけど……」
「そう? でも人助け出来てるならいいじゃない」
「そ、そうだけど……」

 それを言われると弱いんだけど……。

「まあ早く強敵と戦いたいってのはわかるわ。あれだけ難易度の高い試験を突破したんだもの、そういうのが多いと思ったんでしょ?」
「そうです!」
「まあ言いたいことはわかるわ。でもね、白階級は基本的に雑用みたいな任務が殆どよ。冒険者はいわゆる何でも屋だからね。当然雑用のような依頼も沢山くるわ。けど、上位の冒険者をそういう任務に当てて難しい依頼を受ける人員が居なくなるのも問題だからね、すみわけが大事なのよ」
「そういうものですか」
「そういうものなのよ。前も言ったけど、冒険者の数はあの試験で一定数コントロールしてるの。弱い冒険者をたくさん入れて下層の任務ばかりやる人が増えると、お手伝い任務すらなくなって、何もできない無職みたいな冒険者が溢れちゃうからね。それはそれでいいと思うかもしれないけれど……施設の利用料だったり、通行料の免除だったり、冒険者一人一人に結構なお金が掛かってるの。ただ飯くらいは要らないってこと。だから、必ず成長の見込みがある即戦力を投入して、少数精鋭で国、強いては大陸の依頼をこなしていく。それが冒険者よ! 冒険者になりたかったらまずは自分で腕を磨いてから来なさいって訳。年齢制限はないからね。だから、まずは地道に階級上げからね」

 そう言い、キルルカさんはグッと拳を握る。

「わかりましたよ。そうですね、こういう地道な任務も人の役に立つんだ、ちゃんとやんないと!」
「その意気その意気! 一般人を守るのは強い選ばれし冒険者の役目よ!」
「おぉ、元気でやってんな!」

 不意の声に振り返ると、そこにはカレンさんの姿が。

「カレンさん!」
「おう、順調そうだな」

 そう言い、カレンさんはどさっと大量の魔物の部位を置いていく。

「任務完了だぜ」
「はい、では確認させてもらいますね」

 そういってキルルカさんは裏へと入っていく。

「凄いですねカレンさん。蒼階級だもんね」
「はは、お前ならすぐだろ。あのマンティコアをほぼ一人で倒したんだろ?」
「え、まあ一人と言うかサポートが居たけど……」
「セシリアだろ? 話はあいつから聞いたぜ。――にしても、随分と荒れた試験だったみてえだな」

 荒れた試験。
 恐らくウッドワンの殺人のことだろう。

「私の時にはそんな事件はなかったけどよ。とんだ異常者も居たもんだ。それを放置するってのもギルド側は何考えてんだか」

 とカレンさんは眉間に皺をよせフンっと鼻を鳴らす。

「証拠がないからって話だったけど」
「どうだかねえ。最近上の方が慌ただしいらしいってもっぱら噂だぜ」
「上?」
「あぁ。ギルドの後ろ盾……女神教会さ。そこいらの意向で最近の冒険者ギルドは実力者の選定を焦ってるって話だ。魔王だか女神だか……神話みたいな経典の話を本気にしてな。まあ、ここのギルドがきな臭くなってきたのはあいつが王都からやってきて支部長になってからだな」

 と、カレンさんはくいっと顎でギルドカウンターの奥を指す。

 そこには、リドウェルギルド支部長、アルマ・メレディスの姿が。

「――――ってのはまあ、ただの噂だけどな」

 そう言ってカレンさんはへへっと笑う。

「ただの噂……」
「まあな。いろんな物事には陰謀論ってのがこじつけられるのさ。例えば、最近話題の"切り裂き魔"とか」
「切り裂き魔? 初めて聞いた」
「そうか、お前は試験だの初任務だのにかかりっきりだったもんな。なんでも、武器を持ってる人間を片っ端から殺しまわってる人間がいるらしいぜ?」
「なっ……連続殺人鬼ってこと!?」
「あぁ。死体がドロッドロに溶けてるらしくてよ、そりゃひでえ死体だって噂だぜ」

 そう言ってカレンさんは心底気持ち悪そうにおえっと舌を出す。

「腕試しの魔術師だの、シリアルキラーだの、魔剣探しだの、いろいろ言われてるぜ。なんせ見かけた人間は全員死んでるからな、真相は誰も知らない。そもそも存在しなくて、死んだ冒険者の身内が吹聴してるだけかもしれねえし、そもそも死んでないのかもしれねえ。まあでも、最近冒険者の間ではもっぱら人気の話題よ。『"腐食"の切り裂き魔』なんて言ってる奴も居る。そいつを捕まえて名を上げようって命知らずまで出てる」

 魔剣探し……その言葉が俺には引っ掛かった。
 魔剣なんて伝説上のもの。そう思う人間が大半だ。だが、俺は知っている。――というか、持っている。

 どこかから俺が魔剣を持っていると情報が漏れたんだろうか?
 いや、でもまだそうと決まった訳ではない。

 ――だが、用心するに越したことは無い。セシリアも言っていた通り、カスミは安易に知られるには危険な物なんだ。

『そうね、魔剣探しのシリアルキラー…………ただの噂と切り捨てるには少し怖いわね』

「――――とにかく、気を付けろよな」
「え?」
「だから、お前も刀持ってんだろ? 狙われるかもしれねえからよ。まあ、本当に要るのかすらまだわからねえ都市伝説ってやつだけどよ。魔術を斬れる剣士が居るんだ、そんな奴が居てもおかしくねえだろ?」

 と、カレンさんは俺の方を見てニヤニヤと笑みを浮かべる。

「はは、確かにね。ありがとう、気を付けるよ」


 こうして俺とカレンさんはそれぞれ依頼料を受け取ると、また会おうなと言って別れた。

 黄昏の帰路の中、俺はさっきのカレンさんの話が頭に過る。

「魔剣探しのシリアルキラー……『"腐食"の切り裂き魔』下手に魔剣の情報を持ってると危なそうだね」
『そうね。セシリアにエドナ。この二人は少し注意した方がいいかも』
「あぁ」

 あまり気にしても仕方がないが……できれば余計な事件にだけは発展して欲しくない。もう試験の時のような思いはごめんだ。
「どれがいいかな」
「ん~」

 俺とカスミは冒険者ギルドの掲示板の前で依頼の紙を見つめる。

 冒険者活動開始から五日。
 今のところ受けた依頼は角兎の駆除に薬草採取、墓地の清掃に迷子探し……。

 お世辞にも冒険者! と言う感じの活動は出来ていない。

 いやまあ、そもそも二人で生きていくために金策が必要で、ついでに修行出来ればラッキー程度の気持ちで冒険者を始めた訳で。その過程で人助けが出来れば最高だな、なんて思っていた訳だけど。

「とはいえ、やっぱりそろそろ歯ごたえのある依頼を受けたいよなあ……」

 と俺は掲示板を見ながらポツリと呟く。
 それに同調するように、隣のカスミをコクコクと首を縦に振る。

「そうだねえ。毎日訓練を続けているからホロウは強くなってるとは思うけど……実戦も必要よね」
「そうなんだよ。せめてもうちょい歯ごたえの……――お? おぉ!? これなんてどうだ?」

 大きく区分けされた掲示板で、白階級の区域に貼られていた一枚の依頼書を取る。
 カスミはそれを覗き込み、垂れ下がる髪を耳に掛ける。

「"ヘルハウンドの皮の採取"……へえ、ヘルハウンドね」
「そう! まあまあの強敵じゃないか?」
「そうね、サイクロプスよりは少し弱いくらいかしら。でも、多分試験の時のサイクロプスは野生じゃなかったからそこまでの脅威じゃなかっただろうし、野生のヘルハウンド複数体の相手となると試験より難易度は高めかも」
「いいね……! 魔物相手なら遠慮くなく本気出せる。じゃあこれで――――って駄目だ……」

 俺は露骨に溜息をつく。

「どうしたの?」
「ここ……」

 俺が指をさすと、カスミはもう一度ぐいと俺の手元の依頼書を覗き込む。

「"必須条件:赤階級以上"……ありゃ」
「やっぱそうですよねえ……。なんでこれが白階級のところに張ってあるんだよ!」
「前に取った人が赤じゃなくてそのまま白の方に貼っちゃったのかもね」
「くそぉ……地道に階級を上げろということか……」

 カスミはポンポンと俺の肩を叩く。

「仕方ないわ、依頼者も振り分けるギルドの人も階級で実力を測るしかないし。流石にヘルハウンド複数体を白には任せられないという判断なんでしょ」
「そうだろうなあ。――仕方ない、雑用も人助けだ、頑張ろう!」


 こうして俺とカスミは気持ちを新たに白階級任務に勤しんだ。
 一日平均3任務以上をこなし、精力的にギルドへの貢献度を上げる。

 雑用とはいえ、それでも人助けになることは変わりない。なんやかんや言いつつ、充実した駆け出し冒険者生活を満喫していた。

 空いた時間で個人的に訓練を行い、着実に剣の修行を続ける。


 ――そうして二週間ほどが過ぎた頃。待ちに待った時が訪れた。

「――……はい! こちらが冒険者タグになります!」

 キルルカさんから渡された、赤色の冒険者タグ。
 俺はそれを受け取ると首に下げる。

「来た……!! 遂に!」
「やったね、ホロウ!」

 カスミが嬉しそうに俺の腕をぐいぐいと引っ張る。

「赤階級昇格だ!」

 念願かなって、とうとう赤階級への昇格。
 ここから、一気に受けられる任務は増えていく。

「嬉しいなあ、あのホロウ君がもう赤階級なんて」
「ありがとうございます!」
「十四歳で赤階級なんて……まあ白は任務を続ければ自動で上がるからやる気の問題ではあるけれど、そもそも十四歳で冒険者っていうのが異例中の異例だからね。本当凄いわ」
「そ、そうですかね?」
「うんうん! がんばったね」

 そう言って、キルルカさんは俺の頭に手を伸ばす。

 おっ……頭撫で……。
 不意の行動に俺は思わず赤面する。というか近い……!

「フンッ!」

 と、俺の頭に乗っていたキルルカさんの手をカスミがぺしっと叩き落す。

「…………」
「…………」

 二人の間に、何とも言えない沈黙が流れる。

「ど、どうしたカスミそんな……」
「見かけに騙されて篭絡されたらだめだよホロウ。所詮はギルド側の人間、ホロウが任務をこなせば利益になると思ってるだけなんだから!」
「そんなことないわよ、ホロウ君は私の弟みたいなものだからね、気になるのよ」
「どうだか」

 とカスミは吐き捨てるようにフンと鼻を鳴らす。

「あらあら、カスミちゃん嫉妬かな? 安心しなさい、ホロウ君はまだ子供だしそんな変な気は――」
「ホロウは子供でも立派な冒険者よ! まったく、ホロウは凄いんだから! 知らないんだあ」

 いや、なにこれ恥ずかしいんだが。
 なんだこの状況……周りの目も何か恥ずかしいし……さっさと退散しよう……。

「じゃ、じゃあキルルカさん、僕たちはこれで……」

 と、俺はカスミをグイっと掴む。

「あ、ちょっと!」
「また来てねホロウ君!」

 キルルカさんは何事もなかったかのように営業スマイルで俺に手を振り見送る。
 それに対してカスミはガルルっと何か言いたげに唸る。

 まあさすがキルルカさんは大人って感じだな。余裕がある。

 ちらっとカスミの顔を見ると、口をとがらせてつーんと不貞腐れている。

 まったく、やっぱり出会ったころより何か幼くなってるよなあ、カスミ。本当に六百年も生きてたのかよ。というかこっちが素なのかな? 一応見た目も俺と同い年くらいだし……。……まあ刀なんだしそこら辺は人間の物とは比較できないかもだけど。

「……ホロウは子供じゃないし。立派な冒険者だし」
「はは、ありがとうなカスミ」
「というか頭撫でるとか……! ホロウも私の所有者なんだからデレデレしないでしっかりしてよね!」
「はいはい。それじゃあなんか甘いものでも食べに行くか」

 その言葉に、カスミの顔がパーっと明るくなる。

「行く!」

 単純だなあ。

 こうして俺たちはささやかながら赤階級昇格祝いをしたのだった。