俺たちは互いの情報を共有し合い、マンティコアの居場所を捜索する。

 広大な迷宮ではあったが、六割近くは探索が完了したころで、ようやく俺達はマンティコアの痕跡を発見した。

 食事をしたであろう跡と、足跡。
 そしてその足跡は近くの洞穴へと続いていた。

 今回こそは紛れもなくマンティコアのものだ。

「よかった、この様子だとウッドワンに先を越されている訳じゃないみたいね」
「そうだね」
「ここまで来たからには協力して狩りましょう。私が戦っている間にあなたが殺人犯に殺されたら元も子もないわ。近くにいてくれた方が守れるもの」
「またそうやって俺を……」
「いいから。最低限準備が整ったら挑みましょう」
「はぁ……まあそれでいいよ」

 こうして俺たちはマンティコアとの戦いに向けて準備を整えることに。

 軽く昼食を取り、戦闘に向けて集中力を高める。

 実際、自信はあるしカスミも倒せると太鼓判を押してくれているが、マンティコアのような大物を倒した経験は俺にはない。

 魔術の破壊という俺の最大の技が通じない、純粋な力の相手。どこまで俺の剣技が通用するのか……少しわくわくする。

『いい傾向ね』

 そうかな。

『私の歴代の所有者も、こうして一つ一つ階段を昇って行ったのよ。ホロウならできる! 頑張りましょ!』

 あぁ……!

 そうして準備が完了したころ。
 セシリアが立ち上がる。

「――さて、準備はいい?」
「うん。いつでも行けるよ」
「私のそばを離れないでね。絶対守るから」
「いいってもう……」
「命は大事に――――」

「こ、ここにいたのか!」

 俺たちは突然の声に振り返る。

 そこには、茶髪の青年が体中から血を流して苦しそうに立っていた。

「ウ、ウッドワン!?」
「どうしたのよその怪我……!」
「マンティコアを探索していたら……突然襲われて……ッ」

 ウッドワンは顔を歪め、苦しそうに地面に座り込む。

 それにセシリアが駆け寄る。

「だ、大丈夫!?」
「あ、あぁ……見た目ほどは、酷くない。風魔術で切り裂かれたんだ……」
「風……」

 となると、ガイと同じ……。
 確かに、傷の様子はガイの身体にあったものと同じに見える。

 だが、この魔力反応……。

「突然襲われて……あれは魔物じゃなかった……!」
「ということは、あなたが犯人だった訳じゃないのね」
「は、犯人って……?」

 ウッドワンは不思議そうに言う。

「ガイの奴もやられたのよ。同じようにね。そして……死んだわ」
「なっ!? 冗談だろ……!?」

 ウッドワンは身を乗り出して驚く。
 その拍子に傷が擦れ、痛そうに顔をしかめる。

「くそっ……だ、だから協力しようと言ったのに……!」

 ウッドワンは悔しそうに拳を握る。

「誰も死なせたくなかったのに……。私がもっと協力を強くお願いしていれば……」
「……しょうがないわ。冒険者になろうっていうんだから人の言う事を黙って聞くような連中じゃないわよ。助けたかったら、自分の力で何とかするしかない」
「……その通りだな……結果自分もこうやってやられてるんだ、世話ないな……」
「それより、手当てが必要よ。ホロウ、ちょっと洞穴の様子見ててくれる? 私はウッドワンを軽く治療するわ」
「す、すまない……」
「…………わかったよ。でも気を付けて」
「? ええ、あなたもね」

 セシリアはそう言ってウッドワンを連れて近くの水のある場所まで向かっていった。

◇ ◇ ◇

「大丈夫?」
「あぁ……すまない」

 セシリアはウッドワンを水辺に連れてくると、傷口を水で洗い流す。

「いてて」
「風魔術による裂傷ね。不意打ちされたの?」
「あぁ。マンティコアを追って探索してた時に、後ろからね。死に物狂いで逃げてきたよ……」

 ウッドワンは悔しそうにつぶやく。

 傷の感じからして、ウッドワンをやった魔術とガイを殺した魔術は同一だろう。セシリアもそれは見てすぐにわかった。

 ――ウッドワンが犯人ではないか。

 セシリアは、試験官とウッドワン。その可能性は五分だとは言いつつずっとそんな考えを持っていた。しかし、目の前には傷だらけのウッドワンが現れた。

 ということは、残された可能性は試験官しかない。
 だが、目の前にはマンティコアの住処がある。上手くいけばこの後すぐマンティコアを倒すことができる。そうすれば試験も終わり、これ以上の犠牲者が出ることもないだろう。

 セシリアは長い間一人で生きてきた。
 五歳の頃に両親は目の前で殺された。その男は魔術師だった。巨大な背丈ほどの奇妙な剣を持ち、旅の途中だと立ち寄ったセシリアの家で凶行に及んだ。

 幼かったセシリアには何故そんなことが起こったのか知る由もなかったが、その心には深い復讐心だけが芽生えた。

 その後、セシリアは教会の孤児院で育てられた。冒険者を志したのも、その教会の教え、そして両親を殺した男を見つけるのに一番の近道だと思ったからだった。

 両親のように人が死ぬところを見たくない。だからこそ、相手を遠ざけ必要以上の接触は避けようとした。根が優しいセシリアは、一度関わってしまうと尽くしてしまうと自分が良くわかっていたからだった。その感情は復讐の妨げになる。

 だが結局、こうしてウッドワンの治療をしている。
 こんなもの放っておいて、ホロウなど放置して、殺人何て気にしないでさっさとマンティコアを一人で倒してしまえば冒険者になれるのに。

 それが、セシリアという少女だった。

 ――だが、その捨てきれない優しさが両親と同じ道を辿らせようとしていた。

「最低限傷口は止血したから、後は適当に布を……」
「本当……何と感謝すればよいか」
「そんな別に、怪我したままだと邪魔だからそうしただけで――」
「感謝しかありませんよ。……わざわざ二人きりになってくれたんですから……!!」
「えっ――――」

 ウッドワンの掲げた両手から、魔法陣が展開された。

 ――しまった。

 気付いた時には遅かった。
 後ろを向いていたセシリアへ向けられた魔法陣。

 反撃するにも、もう反応できる速度ではない。

 ウッドワンは今までの紳士的な笑顔からは考えられない程の下衆な笑みを浮かべていた。

 セシリアは僅かに察していた。傷は殆どが擦り傷程度だったし、ウッドワンの身体の前面には傷が多いが、背中には殆ど傷はなかった。

 相手に気付かないうちにやられたのなら背後を撃たれるはず。しかし、傷は前面に集中している。

 考えられるのは、"自分で自分に"魔術を撃ち、偽装したという可能性。

 セシリアはその疑いよりも、傷を治したいという感情が勝ってしまった。

 そしてそれは、ウッドワンにとって最も好物と言える感情だった。
 完全に油断し心を許している人間、夢を持って希望に満ちた人間――そういった人種をただ一欠けらの悪意で殺すことに最上級の喜びを感じていた。

「ご馳走様」
「――――」

 魔術の反応が走る。

 セシリアは咄嗟に目を瞑る。風属性魔術は最速の魔術と言われる。後だしで勝てる属性はない。目を瞑る行為は、セシリアの身体がとった最大限の反応だった。

「――――」
「――――――」
「――――――――?」

 しかし、風魔術はセシリアの肌を切り裂かない。
 代わりに、何かが走り抜ける風が吹いた。

「今……何をした……?」

 ウッドワンの困惑した声が聞こえる。

「斬った」

 次いで、居るはずのない少年の声。

 セシリアは恐る恐る目を開ける。
 するとそこには、刀を携えたホロウが立っていた。