「――ご馳走様でした」
セシリアは手を合わせて満足そうにそう呟く。
「ただ肉焼いただけだけど」
「これは立派な料理だわ」
「そ、そう……」
「私じゃなんか黒くなるから……」
焦がすのか……料理とか以前の問題なんだが……。
「まあ満足してくれたなら良かったよ」
「…………まあその……ありがとう」
「どういたしまして」
「それじゃあ私はこれで」
「ちょっと待ってよ」
立ち上がるセシリアを俺は引き留める。
「何? もう私達に引き留め合う理由はないでしょ、敵同士よ」
「敵って……まあある意味そうだけど。もう夜だよ? 夜に迷宮を歩くのは得策じゃないよ」
「わかってるわ、私もそこまでバカじゃない。私もどこかで焚火でも作って寝るわ。余計な心配は辞めて、迷惑よ」
「焚火……作れるの?」
「…………木の枝とかを擦り合わせたりして……何かこう、ゴリゴリっと……」
駄目だなこれは……。発言からして火属性の魔術を使えるようでもなさそうだし。
放っておいて死んでいたなんてなったら寝覚めが悪すぎる。
「無理にとは言わないけど、今晩はここで一緒に泊って行ったらどう? カスミもいるし、安心だと思うけど」
「うっ……」
セシリアはものすごい顔をしかめて迷い始める。
「…………そうね、わかった。お言葉に甘えるわ。代わりに夜の番は任せて。守ってあげる」
「いや、別に俺も――」
しかし、セシリアはバッと手を前に出し俺を制止する。
「いいから。借りを作るのは嫌なの」
「……はぁ。わかったよ。じゃあお願いするね」
こうしてセシリアは一晩だけ共に寝ることになった。
クールで淡々としていると思いきや、ちょっと変わった一面があったり義理堅かったり。なんだかセシリアの性格が掴めない。案外俺と同じくマンティコアを一人でさっさと倒すことが最善だと思ってるのかな。
「――っと、さっそくお出ましね」
「そうみたいだね」
草むらから、複数の黄色い目がこちらを覗き込んでいる。
どうやら肉の匂いに釣られてやってきたらしい。
「私に任せて。晩御飯のお返しはさせてもらうわ」
そう言って、セシリアはカバンから杖を取り出す。
それを振ると、さっきまで短かった杖がぐんと伸びる。
杖をクルクルと回し、セシリアは構える。
「さあ、食後の運動といきましょうか」
「グルアアアアア!!」
ライガがその黄色い眼を光らせ、牙を剥き出し全速力で茂みを飛び出す。
その数三体。大した相手じゃないが、お手並み拝見と行こう。
「まとめて終わらせるわ。派手なだけが魔術じゃないのよ」
そう言って、セシリアは杖を前にかざす。
地面に現れた魔法陣……水属性の魔術だ。
「――"水牢"」
地面の魔法陣から水があふれ出す。
しかし、魔術の発動などお構いなしに魔物たちはセシリアへと飛び掛かる。
瞬間。飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ。
先頭のライガが水に触れた瞬間。
地面に布のように広がった水が、三体を下からまとめて一気に包み込む。
そこに現われたのは、巨大な水球だった。
直径二メートル程の水の球体。
その中に、ライガ三体が綺麗にすっぽりと収まっている。
ライガ達は水の中で外に出ようと必死にあがく。しかし、水流が邪魔をして水から外に出られない。
空気が吸えず、気泡がぶくぶくと溢れ出る。
しばらくして。
三体のライガは水により窒息し、ぐったりと動かなくなる。そうしてようやく、セシリアはその牢獄を解除する。
ばしゃ! っと水をまき散らし、地面に魔物たちが落ちてくる。
全員すでに死んでいる。
「まあこんなものよ」
魔物の水死体を前に、誇らしげにふんと鼻を鳴らすセシリア。
しかし、俺は思ったことを素直に口に出す。
「…………怖っ」
「ど、どこがよ、優雅でしょ。火属性で焼いたり風属性で切り刻むより!」
「いや、水で窒息死とか非道にも程があるだろ……せめて一息で殺してやれというか……。……ま、まあ魔術は人それぞれだから」
「う……うるさい!」
こうして、セシリアの実力も分かったところで俺達は明日に向けて寝ることにした。明日こそはマンティコアを見つけなくては。時間はそんなにないんだ。
◇ ◇ ◇
翌日。俺達はいつも通り起床する。
案の定、太陽なんてものはないがしっかりと朝が来る。清々しい朝だ。
ちらとお腹のあたりを見ると、いつも通り俺のお腹に顔を埋めるカスミ。
そしてもう一人――。
「うぉ!?」
見慣れない青い髪が、俺の脇腹に乗っている。
セ、セシリア!?
俺の声に反応し、セシリアは寝ぼけ眼を擦りながらもぞもぞと起き上がる。
「ふぁぁ……何、うるさいわね。朝……? ――ってきゃああ!」
セシリアは俺のお腹に抱き着いていたことに気付き慌てて飛び跳ねる。
「ななななな!! なにして……!!」
セシリアは自分の身体に異常がないかペタペタと触る。
「セ、セシリアが寝ぼけてくっ付いてきたんだろ! そもそも見張りはどうした! 何寝てんだ!」
「ちゃ、ちゃんとしてたわよ。周囲に魔術でトラップを設置したから寝てたのよ悪い!?」
「それなら別に悪くないけど……じゃあなんで俺の腹に抱き――」
「あー聞こえないー。聞こえません。その話は止めましょう。と言うかやめてください。寝ぼけてただけですすみません」
セシリアは淡々と言葉を発する。しかしその顔はパニック状態だ。
ま、まあでもくっつかれること自体は嫌じゃないから怒ることではないか。
「まあ別にいいんだけど……」
そうして全員が目を覚まし、仕度をする。
今日こそはマンティコアを見つける。早く倒さないと犠牲が出るしな。合格もしないとだし。
「じゃあ私はこっちに行くわ」
「あぁ。俺はこっちで」
「貸し借りはなしよ。ここからは敵同士。死にたくなかったら入口の方に戻ることね」
そう言い残し、セシリアは姿を消した。
今日の夜は大丈夫なのか? と言う感じだが、セシリアから頼ってくることは無さそうだし。まあきっと大丈夫だろう。
そうして俺たちは別々の道を進み始めた。
◇ ◇ ◇
行動を開始してから一時間程。
俺たちは北の方角へと進み続けていた。この辺りは昨日と違い魔物の姿がほとんどない。
「なんでだろうな」
『なんででしょう』
「うーん。もしかすると、昨日の好戦的な魔物たちはマンティコアから逃げてきた魔物か……? 興奮状態だったからすぐ襲い掛かってきた……とか」
『いい線いってるかも』
「おお。ということは、このまま北に進めばマンティコアが居る可能性が高いと」
カスミはうんうんと返答する。
よし、手掛かりが見えてきた。このままに北に進めば更なる痕跡が――
「きゃあああああああああああ!!!」
「!?」
突然の悲鳴。
女性の声……ということは。
「セシリア!?」
なんだ、マンティコアか!?
襲われてる!?
「カスミ、行くぞ!」
『うん!』
俺たちは声のする方へと全速力で駆け抜ける。
木々が線状になり次々と後ろへ流れていく。
間に合ってくれ……!
「セシリア!!」
「ホ、ホロウ!」
返答の声が聞こえる。まだ大丈夫だ。生きてる。
俺はその返事を頼りに、森を突き進む。
そして、立ちすくむセシリアの後ろ姿を見つける。
「大丈夫か!?」
「う、うん……でも、あれ……」
「え?」
セシリアが指をさした方角。
そこには、真っ赤な水たまりが広がっていた。
「なっ……」
その水たまりの中心には、一人の人物が横たわっていた。
よく見ると水たまりは殆ど渇き始めていた。
赤黒く周囲の草が染まっている。
俺は恐る恐るその中心の人物を見るために近づく。
ちらっと視界に映る金色。
目を見開いた、金髪の青年がそこに居た。
それは、切り刻まれ大量出血をしたガイだった。
セシリアは手を合わせて満足そうにそう呟く。
「ただ肉焼いただけだけど」
「これは立派な料理だわ」
「そ、そう……」
「私じゃなんか黒くなるから……」
焦がすのか……料理とか以前の問題なんだが……。
「まあ満足してくれたなら良かったよ」
「…………まあその……ありがとう」
「どういたしまして」
「それじゃあ私はこれで」
「ちょっと待ってよ」
立ち上がるセシリアを俺は引き留める。
「何? もう私達に引き留め合う理由はないでしょ、敵同士よ」
「敵って……まあある意味そうだけど。もう夜だよ? 夜に迷宮を歩くのは得策じゃないよ」
「わかってるわ、私もそこまでバカじゃない。私もどこかで焚火でも作って寝るわ。余計な心配は辞めて、迷惑よ」
「焚火……作れるの?」
「…………木の枝とかを擦り合わせたりして……何かこう、ゴリゴリっと……」
駄目だなこれは……。発言からして火属性の魔術を使えるようでもなさそうだし。
放っておいて死んでいたなんてなったら寝覚めが悪すぎる。
「無理にとは言わないけど、今晩はここで一緒に泊って行ったらどう? カスミもいるし、安心だと思うけど」
「うっ……」
セシリアはものすごい顔をしかめて迷い始める。
「…………そうね、わかった。お言葉に甘えるわ。代わりに夜の番は任せて。守ってあげる」
「いや、別に俺も――」
しかし、セシリアはバッと手を前に出し俺を制止する。
「いいから。借りを作るのは嫌なの」
「……はぁ。わかったよ。じゃあお願いするね」
こうしてセシリアは一晩だけ共に寝ることになった。
クールで淡々としていると思いきや、ちょっと変わった一面があったり義理堅かったり。なんだかセシリアの性格が掴めない。案外俺と同じくマンティコアを一人でさっさと倒すことが最善だと思ってるのかな。
「――っと、さっそくお出ましね」
「そうみたいだね」
草むらから、複数の黄色い目がこちらを覗き込んでいる。
どうやら肉の匂いに釣られてやってきたらしい。
「私に任せて。晩御飯のお返しはさせてもらうわ」
そう言って、セシリアはカバンから杖を取り出す。
それを振ると、さっきまで短かった杖がぐんと伸びる。
杖をクルクルと回し、セシリアは構える。
「さあ、食後の運動といきましょうか」
「グルアアアアア!!」
ライガがその黄色い眼を光らせ、牙を剥き出し全速力で茂みを飛び出す。
その数三体。大した相手じゃないが、お手並み拝見と行こう。
「まとめて終わらせるわ。派手なだけが魔術じゃないのよ」
そう言って、セシリアは杖を前にかざす。
地面に現れた魔法陣……水属性の魔術だ。
「――"水牢"」
地面の魔法陣から水があふれ出す。
しかし、魔術の発動などお構いなしに魔物たちはセシリアへと飛び掛かる。
瞬間。飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ。
先頭のライガが水に触れた瞬間。
地面に布のように広がった水が、三体を下からまとめて一気に包み込む。
そこに現われたのは、巨大な水球だった。
直径二メートル程の水の球体。
その中に、ライガ三体が綺麗にすっぽりと収まっている。
ライガ達は水の中で外に出ようと必死にあがく。しかし、水流が邪魔をして水から外に出られない。
空気が吸えず、気泡がぶくぶくと溢れ出る。
しばらくして。
三体のライガは水により窒息し、ぐったりと動かなくなる。そうしてようやく、セシリアはその牢獄を解除する。
ばしゃ! っと水をまき散らし、地面に魔物たちが落ちてくる。
全員すでに死んでいる。
「まあこんなものよ」
魔物の水死体を前に、誇らしげにふんと鼻を鳴らすセシリア。
しかし、俺は思ったことを素直に口に出す。
「…………怖っ」
「ど、どこがよ、優雅でしょ。火属性で焼いたり風属性で切り刻むより!」
「いや、水で窒息死とか非道にも程があるだろ……せめて一息で殺してやれというか……。……ま、まあ魔術は人それぞれだから」
「う……うるさい!」
こうして、セシリアの実力も分かったところで俺達は明日に向けて寝ることにした。明日こそはマンティコアを見つけなくては。時間はそんなにないんだ。
◇ ◇ ◇
翌日。俺達はいつも通り起床する。
案の定、太陽なんてものはないがしっかりと朝が来る。清々しい朝だ。
ちらとお腹のあたりを見ると、いつも通り俺のお腹に顔を埋めるカスミ。
そしてもう一人――。
「うぉ!?」
見慣れない青い髪が、俺の脇腹に乗っている。
セ、セシリア!?
俺の声に反応し、セシリアは寝ぼけ眼を擦りながらもぞもぞと起き上がる。
「ふぁぁ……何、うるさいわね。朝……? ――ってきゃああ!」
セシリアは俺のお腹に抱き着いていたことに気付き慌てて飛び跳ねる。
「ななななな!! なにして……!!」
セシリアは自分の身体に異常がないかペタペタと触る。
「セ、セシリアが寝ぼけてくっ付いてきたんだろ! そもそも見張りはどうした! 何寝てんだ!」
「ちゃ、ちゃんとしてたわよ。周囲に魔術でトラップを設置したから寝てたのよ悪い!?」
「それなら別に悪くないけど……じゃあなんで俺の腹に抱き――」
「あー聞こえないー。聞こえません。その話は止めましょう。と言うかやめてください。寝ぼけてただけですすみません」
セシリアは淡々と言葉を発する。しかしその顔はパニック状態だ。
ま、まあでもくっつかれること自体は嫌じゃないから怒ることではないか。
「まあ別にいいんだけど……」
そうして全員が目を覚まし、仕度をする。
今日こそはマンティコアを見つける。早く倒さないと犠牲が出るしな。合格もしないとだし。
「じゃあ私はこっちに行くわ」
「あぁ。俺はこっちで」
「貸し借りはなしよ。ここからは敵同士。死にたくなかったら入口の方に戻ることね」
そう言い残し、セシリアは姿を消した。
今日の夜は大丈夫なのか? と言う感じだが、セシリアから頼ってくることは無さそうだし。まあきっと大丈夫だろう。
そうして俺たちは別々の道を進み始めた。
◇ ◇ ◇
行動を開始してから一時間程。
俺たちは北の方角へと進み続けていた。この辺りは昨日と違い魔物の姿がほとんどない。
「なんでだろうな」
『なんででしょう』
「うーん。もしかすると、昨日の好戦的な魔物たちはマンティコアから逃げてきた魔物か……? 興奮状態だったからすぐ襲い掛かってきた……とか」
『いい線いってるかも』
「おお。ということは、このまま北に進めばマンティコアが居る可能性が高いと」
カスミはうんうんと返答する。
よし、手掛かりが見えてきた。このままに北に進めば更なる痕跡が――
「きゃあああああああああああ!!!」
「!?」
突然の悲鳴。
女性の声……ということは。
「セシリア!?」
なんだ、マンティコアか!?
襲われてる!?
「カスミ、行くぞ!」
『うん!』
俺たちは声のする方へと全速力で駆け抜ける。
木々が線状になり次々と後ろへ流れていく。
間に合ってくれ……!
「セシリア!!」
「ホ、ホロウ!」
返答の声が聞こえる。まだ大丈夫だ。生きてる。
俺はその返事を頼りに、森を突き進む。
そして、立ちすくむセシリアの後ろ姿を見つける。
「大丈夫か!?」
「う、うん……でも、あれ……」
「え?」
セシリアが指をさした方角。
そこには、真っ赤な水たまりが広がっていた。
「なっ……」
その水たまりの中心には、一人の人物が横たわっていた。
よく見ると水たまりは殆ど渇き始めていた。
赤黒く周囲の草が染まっている。
俺は恐る恐るその中心の人物を見るために近づく。
ちらっと視界に映る金色。
目を見開いた、金髪の青年がそこに居た。
それは、切り刻まれ大量出血をしたガイだった。