『ホロウ、右後方からもう一体!』
「了解!」

 近づく魔物の気配だけを頼りに、後方へ刀を突きだしノールックで魔物の首をはねる。

「グオァア――……」

 断末魔の叫びをあげる暇もなく、四足歩行の魔物は血をまき散らしその場に倒れこむ。

 さっきまでの魔物たちの鳴き声は消え、場は静まり返る。

「ふぅ……」

 俺は手に持った刀の血をサッと払い、鞘に納める。

 ここまで来るのに既に五回目の魔物との邂逅だ。
 どれもこれもライガや角兎程の低レベルな魔物だが、集団で襲ってくるのがタチが悪い。油断が出来ない。

 真っすぐ森を進みとりあえず周囲を警戒しているが、マンティコアらしき魔物の姿は見えない。

「こりゃ闇雲に探し続けたら体力だけ奪われそうだ」
『そうね。ある程度マンティコアの行動を予想して索敵しないと。魔力さえ切れなければ魔術を撃ち続けられる魔術師と違ってホロウは自分が動くから体力の消耗は比べ物にならないからね』

 そこは剣士の弱点と呼べる箇所だろう。
 長期戦になれば徐々に不利になっていく。体力が減れば動きのキレがなくなり攻撃力も防御力も落ちていく。魔力が干からびるまで同じ威力の魔術を撃てる魔術師との決定的な違いだ。

 むやみやたらに連戦はしない方が良い。マンティコアとの対決に向けて体力はなるべく温存する必要がある。

 だが、この森での複数回の戦闘の中で、俺は力を抜きながら戦うコツを掴み始めていた。

 "攻める"のではなく"攻めさせる"。
 懐に入り込んできた魔物を居合の要領で捌いていく。

 魔物は(特にこの迷宮(ダンジョン)にいるものは)人を見ると基本的に本能的に攻撃してくる。こちらから攻めなくても、そこに攻撃を合わせてやれば体力を温存して狩れる。

『まあ、一般的な魔力量の魔術師の継戦時間は精々30分、これでガス欠。対してホロウは斬り続けて一時間程度は余裕でしょ? 弱点とまだはいかないけどね』
「とはいえ、やっぱマンティコアの為に最低限は体力は残しておきたいな。まだ相手の力量を把握できてないし、油断しているとやられかねない」
『うんうん。マンティコアはそこそこ強力な魔物だからね。脅威度で言えばサイクロプスの二段階上くらいかしら』
「そんなのが冒険者になるための試験で使われるのか……冒険者って実はかなりのエリートの集まり?」
『どうかなあ。死亡率が高い試験だし、おっぱい女も協力してもいいって話をしていたからね』
「確かに。わざわざ一体しかいないというのは、複数体いると手に負えないから……かな。あえて一体にしておいて協力して狩ることを促しているのか。そしてガイみたいなのがいると」

 死ぬ――と言う訳だ。
 俺も悪人以外の人が死ぬというのは避けたい。となると、先に見つけて狩るのが最善か。

『私の切れ味とホロウの身体能力ならマンティコアくらい簡単よ。さっさと倒して合格しましょ!』
「そうだね。まずは見つけないと」

 こうして、俺達はひたすら襲い来る魔物たちを捌きながらマンティコアの痕跡を探す。

◇ ◇ ◇

 太陽――なんてものは存在しないはずなのに、徐々に辺りが暗くなる。
 半径五キロ。直径十キロの魔力空間。何でもありと言う訳か。

 数字としては別に一日で全部歩ける範囲のハズなのだが、どういう訳かどこまで行っても行き止まりのようなものは無かった。

 カスミ曰く、これもまた"魔力の影響"ということらしい。
 実距離は五キロでも、五キロ分歩いて踏破できるわけではないらしい。
 ……ややこしい。

 五キロ自体が魔力空間として歪んだ地形なのに、さらにそこを歩く距離自体も歪むとは。あまり迷宮(ダンジョン)の中では尺度というものを信用できなさそうだ。

「でも、全面積の三分の一くらいは歩けたわ」

 カスミは人型に戻り、焚火に肉を突っ込みながら言う。

「わかるのか?」
「うん。ホロウもきっとわかるはず。魔力空間ということは、空気中には大量の魔力が満ちてるってこと。これを感じ取れれば、全体の総量から逆算でわかるわ」
「へえ……確かに魔力は感じられるけど……」

 普段の空間より圧倒的な魔力濃度。カスミのいた迷宮とは比べ物にならない。だが外の魔力だからなのか、魔術発動時特有の嫌悪感や吐き気・目眩なんて症状は感じられなかった。やはりあれは体内限定の話なのか。

「まあここら辺は経験かも。ホロウもそのうちわかるようになるよ。なにより人より感知能力に長けてるんだから私より精度も高くなるはず――っと、出来た!」

 カスミは焼けたお馴染み角兎の肉を早速口一杯に頬張り、美味しそうに頬を緩ませる。

 なんて幸せそうな顔だ。

「さて、俺も食べるか」

 俺も焼けた肉を口へと運ぶ。

 ――と、その時。
 背後の草が揺れる音を感じ取る。

 俺はすぐさま立ち上がると背後を睨みつける。

「誰だ」
「…………良くわかったわね」

 草むらからちらりと見える青い髪の毛。
 それはセシリアだった。

「何だ、君か。何の用? マンティコアならまだ見つけてないけど」
「……別に、火が見えたから近づいただけよ。あなたに用はないわ」
「ふぅん。まあいいけど。その様子だと君もマンティコアはまだ?」

 セシリアは少しうんざりした様子で肩を竦める。

「死にたくなかったら一人で挑むのは止めた方がいいよ」
「あなたに言われたくない。子供は大人しくしてなさい」
「子供じゃないって!」
「私より背が低い癖に」
「俺の方が高いだろ!」

 俺は立ち上がり、セシリアの前に立つ。

 ――とその時、その綺麗な瞳に透き通る肌。サラサラとした青い髪に一瞬目を奪われる。

 距離が近すぎて、いい匂いが漂ってくる。

「あっと…………」

 不用意に近づいた俺が間違いだった……近い。

 けど、今更引けない!

 俺はそのまま身長を張り合って見せる。

「あんまり変わらないわね」
「……そうだね……」

 俺は少ししょんぼりして座り直す。
 これからだ……俺は成長期なんだ……。

「というか、そっちの女は誰? 朝はいなかったと思うけど」
「私はホロウの武器よ」
「武器? 何言ってるの、毒キノコでも食べた?」
「まあ隠してる訳じゃないしいいか……。俺の刀だよ。魔剣なんだ」
「へぇ、魔剣――って魔剣!?」

 セシリアは初めてその表情筋を全力で動かす。
 そんな驚いた顔も出来たのか。

「あぁ。やっぱ珍しいのか?」
「珍しいなんてもんじゃ……。あなたそれが嘘でもなく本当なら、そのこと簡単に人に言わない方がいいわよ」
「なんで?」
「魔剣は……説明は省くけどとにかく危険なの。世界に九本しかない伝説の武器。今も血眼で探してる人が世界中沢山いるわ。その壮絶な奪い合いで死んだと言う人も少なくない」
「まじ?」

 セシリアは頷く。

「魔剣なら人にも化けれる……可能性は無くはないわね……」

 おいおい、そんなこと聞いてないぞ。
 ――って、カスミは六百年封印されてたんだっけか。九本とは言ってたけど、そんな血眼って……。

 ということはなんだ、あんまりカスミが妖刀だって言わない方がいいってことか?

「……一応忠告ありがとう。気にしたこともなかった」

 すると、セシリアは一瞬ぽかんとして、すぐさま顔を背ける。

「…………別にその……、お礼を言われる筋合いはないっていうか。別にあなたの為に言ったわけじゃなくて、その……」

 セシリアは何やら少しもじもじとした様子でごにょごにょと口を濁す。

 なんだなんだ、感謝され慣れてないのか?
 謎だなこの子……。

 冷たそうだと思ったら忠告してくれるし。一応悪い人ではなさそうだ。

「……まあ俺の為じゃないだろうけど、一応お礼は言っておくよ。適当に聞き流してくれていいよ、条件反射みたいなものだから」
「そ、そう。じゃあ好きにお礼をいってればいいわ。じゃあ私は行くから。マンティコアは私が倒す」
「負けないよ」

 そう言って、セシリアは暗闇の中へと消えていく。

「なんだったんだろうあの人。警告はありがたいけど」
「なにかしらね」
「にしてもカスミってそんな伝説的なものだったんだな」
「当たり前でしょ、人に成れる剣なんかそうそうないわ」
「確かに……」

 俺の認識が甘かったか……世界を知らな過ぎた。
 これからは少し気を付けよう。

「…………」
「…………」
「………………なんでまだいるの?」

 ガサッ! っと、後方の草が揺れる。
 どうやら俺が気付いてるとは思わなかったようだ。

「…………」

 しかし答えはない。
 なんだ、まさかカスミを奪――。

 グゥ~~~。

「……は?」

 気の抜けるような、腹の鳴る音。
 それは後方から聞こえてきた。

 まさか……。

「腹、減ってるの?」
「………………」
「どうなの?」
「…………りょ、料理……出来なくて……」

 セシリアはさっきまでのすました顔ではなく心底恥ずかしそうに伏し目がちに姿を現す。

「…………食べてく?」

 俺は食べかけの肉をセシリアの方へと向けてみる。
 瞬間、セシリアの顔がパーっと明るくなるが、すぐさま元に戻る。

「あ、あんたに食わせてもらう気は……――」

 再度鳴る腹。今度は、はっきりと聞こえる。

「食べていきなよ。魔剣の忠告してくれたお返し、ってことで」
「お、お返し……そう言うことならじゃ、じゃあ」

 そう言ってセシリアはウキウキした顔で俺の横に座る。

 本当この人よくわかんないな……。