一次試験を突破し、翌日。
 俺の他に三名を加えた四名で二次試験が行われることになった。

 場所はギルド地下。
 長い階段を降りた先は暗い地下室――――ではなく、広大な森だった。

 鬱蒼と木々が生い茂る、僅かに涼しい森。

「うわ、なんだここ……地下に、森?」
「…………」
「うひょ~広いなあ!」
「ギルドの下にダンジョンか。凄いな」

 青色のボブヘアをした少女、金の短髪をした元気いっぱいの青年、そして茶髪の落ち着いた青年。

 他の受験者たちだ。

「皆さん、二次試験の説明をします」

 キルルカさんは俺達の方を見ていう。

「二次試験は野生の魔物の討伐です。ここはギルド地下に広がる迷宮(ダンジョン)"淵の森"。半径五キロほどの迷宮です」
「五キロ!?」

 俺は思わず口に出して驚く。

 すると金髪の青年がハッと鼻で笑う。

「おいおい、冒険者を目指す奴が迷宮のことも知らねえのか? そんなんでよく一次試験受かったな」

 知らない訳はないんだが……現に俺は迷宮でカスミと知り合った。
 あれが迷宮(ダンジョン)だろ?

「知らないなら知ればいいよ」

 茶髪の男が言う。

「迷宮っていうのは魔力溜まり――つまり魔力が濃い場所に出来るものだ。それは迷宮が広大な魔力領域と言うことになる。だからこの空間みたいに本来の場所から歪んだ状態で空間を保有していることが良くあるのさ」
「なるほど……」
「甘いなあ、あんた。別に知らないならそのままにさせとけよ」
「何言ってるんだ、こんな幼い子が頑張ろうとしてるんだから当然だろ?」
「はぁ……正義感うっざー」

 さっそく険悪なムードの中、キルルカさんは慣れているのか話を続ける。

「今回の試験のターゲットは、マンティコアです」
「マンティコア……さすが冒険者試験、なかなかハードな魔物が相手だな」
「はっはっは! 俺様に掛かれば余裕だぜ!」
「ただし、マンティコアは一匹しか生息してません。協力して狩るもよし、一人で狩るもよし。とにかく、マンティコアを狩った実績があれば合格です。制限時間は三日。この中でもし魔物にやられても助けに来れるのは三日後ですから、なるべく重症を負う前に逃げることをお勧めします」

 キルルカは淡々と続ける。
 昨日の一次試験のインパクトがよほど強かったのか、今日は俺を心配するような素振りは見えない。というか仕事モードなのかな……?

「何か質問はありますか? ――ないなら、私が迷宮の入口から出た瞬間がスタートです。そうしたらまた三日後に会いましょう」

 そう言ってキルルカは迷宮を後にする。

 迷宮の入口から外へと、キルルカさんの背中が見えなくなっていく。

「……さて、とりあえず自己紹介でもしようか。僕はウッドワン。よろしく頼む。えーっと、じゃあ次、君の名前は?」

 茶髪の男――ウッドワンは名を名乗り、隣の少女に問う。

「私?」
「あぁ」
「……セシリア」
「セシリア。よろしくな。君は?」
「ホロウです」
「よろしく、ホロウ。君が最年少かな? で、次は――」
「はっ、なんで自己紹介何かいるんだよ?」

 金髪の男の番になって、彼はそう吐き捨てる。

「何言ってるんだ。これから協力してマンティコアを狩るんだ、お互いを知らないと」
「馬鹿か!」

 不意に金髪の男は声を張り上げる。

「早いもん勝ちに決まってんだろうが。だったら俺が先に見つけて狩ってやるさ! お前らの出番はねえ。半年後を待つんだな」
「なっ、マンティコアだぞ!? むやみに一人で挑むものじゃない。奴らは狂暴で――」
「おいおい、ビビってんのか? 冒険者になりに来たんじゃねえのかよ腰抜けが」
「いや、この試験は死者が多いんだ、知ってるだろ? わざわざ危険な事をしなくても……君もそう思うだろ?」

 ウッドワンはセシリアに問いかける。

「……私は協力することに興味ないわ。好きにやればいい。私は私でマンティコアを追わせてもらうわ。構わないで」
「けっけ、そっちの女の方がよっぽど覚悟決まってんな」
「くっ……き、君は……」

 ウッドワンは俺の方を見る。

「俺? 俺もまあ……好きにやればいいと思いますよ。そこの金髪の人は一人でやりたいみたいだし、俺達が協力しても邪魔されたんじゃしょうがない。だったら、初めから早いもの勝ちでいいと思いますけど」
「ほう、てめえはてめえで中々冷静だな。嫌いじゃないぜ」
「…………そうか、わかった。みんながそれがいいと言うなら協力は無理だな。残念だけど仕方ない」

 ウッドワンは肩を落とし心配そうな顔で俺達を見つめる。
 どうやら相当集団で狩りたいらしい。自信がないのか、人が死ぬのが嫌なのか。ウッドワンはとんだお人好しかもしれない。

「じゃあてめえらはそこでうだうだ会話でもしてな! 俺は一人で狩らせてもらうぜ。俺の名はガイ! 【風神】ガイ様だ! いずれ最強の冒険者として轟く名前だからな、憶えておけ」

 そういって、ガイは森の中へと消えていく。

「風神?」
「……二つ名でしょ。でも二つ名って虹階級以上の冒険者が与えられる名だからオリジナルでしょうけどね」

 セシリアは心底呆れた表情で鼻で笑う。
 自分でつけちゃってるのか……ま、まあやる気があるというか何というか。

「……私も行くわ。せいぜい気を付けることね。子供が来るようなところじゃないわ。よく一次試験合格できたわね」
「なっ! お、俺は子供じゃないし君だって同じくら――」
「はいはい」

 そう言葉を置いて、セシリアも森へと消えていく。

 その場に残ったのは俺とウッドワンだけだ。

「……はあ、上手くいかないな」
「残念ですけど……」
「慰めはいらないさ。恥ずかしい話、実は僕は二次試験五回目なんだ。皆よりこの試験の怖さを知っている。……知っているかい、二次試験の死亡率を」

 俺は首を振る。

「二十五%。実に四人に一人が死んでるんだ。僕も過去の試験で何人も死者を見たよ。その悲劇を繰り返したくなかったんだが……」

 ウッドワンは深くため息をつく。
 どうやらアラン兄さんと同種の人間のようだ。人のことを放っておけないタイプだ。

「そんな試験で生き残れてきただけ凄いと思いますよ。合格できないにしても……」
「はは、なんだかダサいけどね。まあ生きていればチャンスはいくらでもある」
「そうだね」

『ホロウ、そろそろ行かないと先を越されるわよ?』

 確かに。
 セシリアはともかくガイの奴はあれだけ言うんだ、速攻で見つけて一人で終わらせてしまうかもしれない。

「――じゃあ俺も行きます。お互い生きて会いましょう」
「あぁ、そうだな。せめてそれが叶えば僕は嬉しいよ」

 そうして俺もガイとセシリアに続き、森へと入っていく。

 冒険者試験、第二次試験。
 ここは迷宮(ダンジョン)「"淵の森"」。

 鬱蒼と生い茂る黒い森の木々が風で揺れ、不気味に笑っていた。