「はっ、剣術しか能がねえゴミが本当にいるとはな! その割りには威勢がいいじゃねえか。ホッグス、相手してやれ」
「俺でいいのか!」
「痛めつけるの好きだろ? ちょっとこのガキに思い知らせてやれ」
「くっくっく、きたきたきたああ!」
後ろから、金髪の青年がウキウキした様子で現れる。
「はっはあ! 殺しも女も楽しめるとは盗賊になって良かったぜ! さっさとてめえを嬲り殺して、その後はあの女達だ!」
「その言葉、殺される覚悟もある上で言ってるんだよな?」
「あぁ? ……あっはっは! いいぜいいぜ、殺せるもんならな! 魔術も使えないとかそこら辺のガキにも負けるぜ! いやあ、居る所には居るもんだなあ。良く生きてこれたもんだ」
「そうか、じゃあ遠慮は要らないな」
俺は剣の切っ先を盗賊へと向け、顔の横で構える。
「ひゅ~かっこいい! 構えは一丁前だなあ! じゃあ、いくぜえ……!」
金髪の男――ホッグスは両手を前に突き出す。
魔法陣が出現し、魔力の反応で光が溢れる。
「まずは動けなくしてからじっくり楽しませてもらうぜ! "雷撃”!!」
放たれる、白い電撃。
雷属性魔術、"雷撃"。食らえば一時的な痺れは防げないだろう。
だが、俺には関係ない。
瞬間、俺は一歩踏み込み刀を振り切ると、俺目掛けて放たれた雷撃を、一刀両断する。
俺の切り裂いた雷魔術は、バラバラに解けるとまるで静電気のようにバチバチと虚しくはじけ空へと消えていく。
「はっはっは! これが魔術だ! 剣で切ったところで魔術を止められる訳がないだろ!!」
自信満々な表情を浮かべるホッグス。
「体中が痺れて今にも倒れこみそうな――」
「"雷撃”か、いいなあ魔術使えて」
俺は平然とフンフンと軽く素振りして見せる。
「……は?」
ホッグスの顔が一瞬にして曇る。
「……? あ、あれ……? いやいやいや! 俺の"雷撃”をまともに食らっただろ!? ライガでさえしばらく痺れて動けないはずだぞ!?」
「斬った」
「は……はあ? 何を言ってる! 魔術を斬れるわけがないだろ!」
「おいホッグスなにやってる、さっさと攻撃しろ」
後ろの頭はイライラし始めたようで、腕を組み鋭い眼光をホッグスに向ける。
「しゃねえ、もう一発だ! "雷撃”!」
しかし、これも俺は眼前で軽々と斬り捨てる。
「えっと……え?」
カレンも、茫然と俺を見つめている。
「ま、また!? た……確かに魔術を放ったはず……な、何かおかしい……!! 俺は今確実に……こ、こいつ……! な、何かしたんだ! 魔術だ……魔術に違いない!! 騙された……! こいつ魔術師だ!!」
「何言ってやがる、そんなもん発動してなかっただろうが! ただの剣士だぞ、何慌ててやがる!」
「いや、だから……!! 俺の魔術が相殺され――――」
「あぁ、遅い。俺の幻想の剣豪はこんなスピードじゃなかった。わざわざお前の準備を待つ必要もないよな?」
瞬間、俺は一気にホッグスの間合いへと踏み込む。
自分の魔術を斬られたホッグスは、哀れなほど隙だらけだった。
「う、うわあああああ!!」
無造作に繰り出される魔法陣。
しかし、俺はそれを一薙ぎで切り捨てて見せる。
「な、なんだこいつ……お頭!! こいつ何かおかしい!!」
横一線、魔法陣を切り裂いた勢いをそのまま刃を下から上に向けて振りぬく。
ザシュッ!!
と、何かが斬れる音がする。
「はっ…………え?」
二つの物体が宙高く舞い上がりクルクルと回転する。
それは重力の縛られて落下を始め、ドスっと音を立てて地面に落ちる。
続いて、目の前を覆う程の赤い洪水。
「う……うぎゃあああああああ!!!」
ホッグスは叫び声を上げて地面に倒れこむ。
無造作に突き出していたはずの腕が、肘から先が綺麗になくなっている。
そこから溢れ出る血を必死に止めようと涙を零しながら自分の身体に押し付けている。
「!」
盗賊たちが、倒れこみ叫ぶホッグスではなく。
冷静に刀に付いた血を振り払う俺の方を見て固唾をのむ。
――人を斬った。
だが、心は落ち着いている。その理由は明確だ。こいつらが絶対的悪だからだ。
クエンとは違う、存在する価値のない者達。
要は、魔物と変わらない存在だ。
戦える。俺の剣術は、魔術を使った犯罪者集団にもまったく引けを取らない。それどころか――。
これなら、行ける。
「てめえ…………本当に剣術だけか……?」
俺はニヤリと笑う。
「剣術をなめていると痛い目見るよ。そいつみたいに」
「……チッ!」
バロンは、苛立った表情を浮かべ額に大筋を浮かべる。
しかし、さすがは頭領といったところだろうか。自分の怒りとは裏腹に、バロンは最も最適な答えを選択する。
「得体が知れねえ!! 油断はするな、このガキは何か使いやがる! なぶり殺しはやめだ、全員でこいつを速やかにぶち殺す!! いいなあ!?」
「「「うおおおお!!」」」
盗賊たちが、さっきまでのなめた態度を改め、バロンの一声で一斉に戦闘態勢へと移行する。
「――殺せ!!」
その言葉を合図に、盗賊たちは一斉に魔術を発動する。
風や火、水などの魔術攻撃が俺を襲う。
しかし、俺には発動の瞬間から魔力の流れが視えている。展開する魔法陣を的確に捉え、魔力の充填が早いものから破壊していく。
「なっ……!!」
「おいおいおい!! 魔法陣が破壊されるぞ!」
「はぁ!? そんなの魔術だろ!!」
「魔術でもそんなのできねえよ!!!」
阿鼻叫喚の盗賊たち。
お得意の魔術が使えず、完全に混乱状態だ。
俺はその最中を高速で駆けまわり、次々と切り裂いていく。
盗賊たちは成す術もなく倒れこんでいく。
「てめえら……舐められてんじゃあ――ねえ!!」
隙を見て放たれたバロンの氷属性魔術。
氷の棘が群れを成して俺に襲い掛かる。
さっき両腕を切断したホッグスや、倒れた他の仲間を巻き込んで凍らせることもお構いなしに、それは発動された。
広範囲に渡り地面が凍り、氷の山が迫る。
「甘い!」
俺は迫りくる氷の山を一振りで破壊する。
それに連鎖するように、地面を覆っていた氷も一気に崩壊していく。元は一つの魔術。先端を破壊すれば根元まで崩壊するのが道理だ。
俺は取り戻された地面を全力で走り、最短距離で一気にバロンへと詰め寄る。
「なっ……くそ、冗談だろちくしょう!!」
俺を見てすぐさまバロンは腰に差したナイフを抜く。
「ガキ相手なんざナイフで十分なんだよおお!!!」
何の策もなく、ただ俺に向けて突き出された一突き。
「そんな付け焼刃のナイフ、俺には効かないよ」
俺はそのナイフの切っ先を、軽く見切って見せる。
眼前でそれを首の動きだけで避け、一気にバロンに詰め寄る。
「ッ!?」
俺はそのまま頭領の身体を斜めに切り裂く。
「は、はえぇ……」
噴き出す鮮血。
バロンは唖然とした表情で膝から崩れ落ちていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
血が溢れる胸元を抑えながら、バロンは息を荒げる。
もうすでに、戦意も体力もない。
俺は刀をそっと鞘へとしまう。
カチンと音がした。
「うっそでしょ……」
「すごい……」
カレンもシオンも、そしてモンドも、俺の剣技を見て唖然とした表情をしていた。
俺はさくっとカレンたちを凍り付かせている氷を破壊し、モンドの縄を解く。
「サ、サンキュー……。まさかホロウがここまで戦えるなんて」
「剣術もなかなか凄いだろ?」
「剣術ももちろんなんだけど、なんか魔術を斬ってたような……」
と、カレンは信じられないと言った様子でまだボケ~っとしている。
さっきまでの快活な雰囲気は感じられない
「へへ、なかなか凄いだろ? 魔術師には負けないよ」
「……はは、常識じゃあ考えらんねえよ」
カレンは苦笑いを浮かべる。
「蒼階級の私達でさえ倒せなかったバロン一家を壊滅させちまったんだ、誇っていいぞ!」
「ふふふ、思い知ったかホロウの強さを」
と、後ろから人型に戻ったカスミがくっくっくと笑みをこぼす。
悪役かお前は。
「思い知った! ホロウは絶対凄い冒険者になれるぜ、なあシオン」
「うんうん、子ども扱いなんてして悪かったわね」
「いやいや、実際まだ子供だし」
「とにかくサンキューな。本当助かったよ」
カレンは満面の笑みでそう口にする。
実戦でも俺はやれるんだ。俺は家畜なんかじゃない。
この戦いで、俺はやっとはっきりとそう実感できた。
俺たちは気絶させた盗賊たちを縛り上げた。
一応死なないようにモンドさんの商品を使って最低限の治療を施した。腕も斬ってしまったし、出血多量で死なれたら目覚めが悪い。
茂みの中には盗賊たちが恐らく盗品を運搬するために使おうとしていたであろう馬車が隠されており、その荷台に全員を詰め込む。
「いやあ、本当に助かったよ」
モンドさんはニコニコした様子で俺の両手を握る。
「ありがとう」
感謝の言葉。
カレンからも貰ったが、改めて今まで貰ったことのない言葉だと実感する。
感謝…………なんだか俺は泣きそうになる。
いいものだな、誰かの役に立てるというのは。今まで家畜と言われて育ったせいでそういうことはなかった。だが、自由になった今。俺は人の役に立てるのだ。この力で。
ただ強くなりたいとそう思っていたけれど、冒険者として誰かの役に立つ。これは両立できないことじゃない。
「無事で良かった」
「あぁ、まさか剣術で魔術師を倒してしまうなんて……こりゃ凄い冒険者が現れたぞ!」
「はは、まだ冒険者じゃないけどね」
「絶対なれるさ! 楽しみにしてるよ!」
◇ ◇ ◇
リドウェルまでは徒歩で後二日ちょい、馬車なら急げば今夜には着くだろう。
馬車の操縦ができるシオンさんが盗賊の馬車を動かし、残りはモンドさんの馬車に乗り込んだ。
幸い馬に怪我はなく、問題なく進めそうだ。
そうして俺たちは、再度リドウェルを目指して進んだ。
「うーん、刀をもう一本くらい新調したいよなあ」
カスミが使えない局面がないとも限らない。やはり二本は欲しい。
そして、実は俺は妖刀であるカスミの力を十二分に発揮できていない。
切れ味や、汚れないという特性はしっかりと働いているが、カスミの"魔剣"としての側面をまだ引き出せていないのだ。
魔剣には不思議な力が宿るとカスミは言う。
まあ人になる時点で不思議なんだけど、そういうことではなく、魔術にも似た力を発揮するらしい。
だが、俺にはそれがまだ引き出せない。理由は明確。生まれ持ったこの体質だ。
カスミが言うにはそのうち使えるようになるらしいのだが……。他の魔術が使えないのに大丈夫なのだろうかと少し不安ではある。まあカスミを信じるとしよう。
だから俺は当面は剣技を極めることを意識するべきなのだ。であれば、カスミをあえて人型のまま戦闘をするということもあるかもしれない。そのためにも、二本目があると戦いの幅が広がると言う訳だ。
「刀ねえあんまり使ってる人見ねえかも。存在は知ってるけどよ」
「リドウェルに売ってたりするかな?」
「どうだかなあ……まあリドウェルならあると思うぜ。一応さがしといてやるよ」
「ありがとう」
「いいってことよ! 命の恩人だからな。ついでによく見たらホロウって面はなかなかいいからなあ……どうだ、私と一緒に――」
とカレンがフフフと笑みを浮かべ俺に近づこうとしたとき、俺の後方からなにやら得体のしれない寒気を感じる。カレンもそれを感じ取ったのか、慌てて元の場所に戻る。
「あはは~冗談冗談」
「ん?」
「ふん、ホロウには私が居るからね」
「お、おう。知ってるけど……」
「大変だな、ホロウ。頑張れよ……」
「?」
そんなこんなで俺たちはリドウェルへと向け、のんびりと馬車の旅を楽しむ。
長閑でキレイな景色が続き、日も暮れ始めた頃。
モンドさんが荷台を覗き込んでくる。
「おい、そろそろリドウェルだぞ!」
「おぉ……!」
そこは巨大な城郭都市だった。
正面には跳ね橋が降りており、何台もの荷馬車が出入りしている。
俺達は関所を通り抜け、街へと入る。
街を歩く人たちは皆高貴な服ではなく、身軽な服装をしている。
冒険者や旅人、商人……様々な人たちが楽しそうに通りを歩いている。
「かなり賑やかだね」
「こんな人がたくさんいるところを見るのは久しぶりだわ」
「そうだろ? リドウェルは特にいいね、小奇麗なのもいいがこれくらい雑多な方が私は好きだぜ」
「確かに、俺も結構好きだ」
「うんうん、わかってんじゃねえか」
俺達は雑多な通りを抜け、冒険者ギルド前へとやってくる。
「よし、んじゃさくっと引き渡してしまおうぜ」
「そうだね」
俺とカスミ、カレン達は冒険者ギルドの中へと入る。
中はかなり広く、多くの冒険者たちが談笑や次の任務の相談をしていた。
彼らが先輩達って訳か。
俺たちは正面のカウンターへと進み、窓口に立つ金髪の受付嬢へと話しかける。
すらっとしていて、胸がはだけそうな程露出している過激な服装。これが受付嬢か……。
「よっす」
「はい、何か御用――と、カレンさんにシオンさんじゃないですか!」
受付嬢はパーっと微笑む。
「どうしました今日は? なんだか大所帯ですね」
「はは、まあな。で、実はよ――」
そこでカレンは今まであったことを話す。
「え、バロン一家!? す、凄いですね……すぐ係の者呼んできます!」
と、受付嬢は慌てて裏へと入っていく。
周りの冒険者もどうやらバロン一家という名は知っているようで、チラチラとこちらの様子を伺っている。
しばらくして裏から数人のギルド職員たちが現れ、表のバロンたちを拘束している馬車へと向かっていく。
中から盗賊たちを引き渡し、彼らを連れて裏へと戻って行く。
「――はい、魔力による本人確認が取れました。バロン一家"頭領"バロン・クオーツ、並びにオズ・オブライトの二名! 確かにギルド登録の賞金首です! ご協力感謝します!」
おぉっ! と、冒険者ギルド中から声が漏れる。
それだけこの二名の捕獲は注目度の高い案件だったようだ。
「こちらが報奨金になります」
受付嬢は袋に入った硬貨を差し出してくる。
「バロンが金貨五十枚、オズが金貨十枚です」
「金貨六十枚か……結構な額だね」
すると受付嬢は得意げに言う。
「当然です、この二名は最近この街の近くでかなりの数の盗賊行為を行っていましたから。さすがカレンさんにシオンさんです。リドウェルでも有名なお二人ですしね! いつかはやってくれると思ってましたよ!」
「へえ、有名なんですか」
「もちろん! 知らないんですか?」
「お、おいキルルカ……や、やめてくれ……」
カレンは恥ずかしそうに止める。
「何でですか、教えてあげましょうよ! ふふ、なんたって蒼階級の美女二人組ですからね。知らない人はいないですよ! 強くて美しいなんて女性の憧れです。まさかバロン一家まで倒してしまうとは」
「い、いやだから違うんだよ……」
「ん?」
キルルカはきょとんとした顔をする。
「何がですか?」
「だから、こいつ。倒したのはこいつだ」
カレンが俺を指さす。
「え……えぇぇぇ!? こ、この子が……!?」
「あぁ、めちゃくちゃ強いんだぜ」
キルルカはまじまじと俺を見つめ、目をキラキラさせて身体を乗り出す。
「――凄い! 冒険者……じゃないですよね?」
「う、うん……」
「なら是非冒険者ギルドで冒険者として働いてみませんか!? あなたほどの力なら間違いなく活躍できます!」
あ、圧が凄い……。
「えーっと、丁度俺もそう思ってまして……」
「おお! これは運命! 冒険者試験は年中受けられるのでいつでも来てくださいね!」
「冒険者……試験……?」
なんだそれ……そんなものあるのか!?
カスミの方を向くと、カスミは分からんといった様子で肩を竦める。
「冒険者になるのにも試験があるんですよ。ほら、雇ったはいいけどすぐ死なれてしまうと困るし、弱いのに数だけ増えて依頼が不足すると冒険者側に支障がでますからね。ある程度冒険者の数はこちらでコントロールする必要があるんですよ」
「なるほど……確かにそりゃ困りますね」
「ですです! ですから、必ず来て下さいね! 待ってますよ!」
そう言って受付嬢のお姉さん――キルルカは俺の手を両手で握り、ブンブンんと振る。
そうして、バロン一家の引き渡しは終わった。
早速金貨六十枚とは、幸先がいい。
「それじゃあ、私達は行くぜ」
「あぁ、ありがとう乗せてくれて。助かったよ」
「いやいや、私達の方が助かったよ。まだ死にたくないからな。なあ?」
「カレンの言う通り。ホロウ君は命の恩人よ。ありがとね」
二人はニッコリと笑う。
「ホロウ、お前の冒険者としての活躍楽しみにしてるぜ!」
「あぁ、期待しててくれ!」
「言うね~! またな、二人とも! 私達はこの街で活動してるから、何かあったら頼ってくれ! いつでも力になるぜ」
俺たちは固く握手する。
そうして、二人とモンドさんはまたなと言って自分たちの仕事へと戻って行った。
「いきなりハードな体験だったな。でも、自信になった」
「そうだね。今までは魔物か模擬試合だけだったし。命のかかった戦いを経験できたのはホロウにとって貴重だったね」
「あぁ。俺はやれる……戦える! 俄然やる気が出てきた」
「その意気その意気!」
カスミはうんうんと頷く。
「さて、とりあえず宿でも探すか」
「そうだね。明日から忙しいよ」
「あぁ! 楽しみだぜ……!」
こうして俺たちはリドウェルへと足を踏み入れた。
「ふぁああ……ねむ……」
俺は外から指す太陽の光で目を覚ます。
俺の胸元には、カスミがアホ面で幸せそうに眠っている。
俺達は大通りから少し外れた、良心的な価格の宿に泊まった。
あまり綺麗ではないが、しばらくリドウェルを拠点にするのなら丁度いい額だ。
ベッドが一つしかないが、それはヴァーミリアの屋敷に居たときからだから問題ない。
俺はカスミを起こさないようにしてベッドから這い出る。
窓を開け、清々しい空気を部屋に充満させる。
目の前の通りは余り人通りはないが、少し離れた所にある大通りから、ざわざわと喧噪が聞こえてくる。
さて、午後には冒険者試験だ。気合いを入れて行こう。
俺は服を着て、装備一式を身に着けると外へ出る。
カスミを無理に起こすわけにもいかないから、もちろん持っていくのは屋敷からこっそりと持ってきた愛用の古びた剣だ。あぁ、早くもう一振り必要だな……。
宿の裏手にある空き地で、日課の素振りを始める。一振り一振り、それ一撃で相手を仕留められるようイメージしながら。
今日から始まるのだ。俺のリドウェルでの生活が。
「ふっ……ふっ……!」
汗を垂らしながら、一心不乱に剣を振るう。
「ふぅ……こんなもんか」
「朝から凄いね」
と、少し前からこちらを見ていた少女が話しかけてくる。
赤毛でショートボブ。身長はカスミより少し高いくらいか。
彼女は屈託のない笑顔で、手持ちの布を渡してくれる。
「あ、ありがとう」
俺はそれを受け取り、汗を軽く拭く。
「剣術?」
「うん」
「わー凄い。魔術の訓練してるのを見た事はあるけど剣は初めてだ。凄い真面目だね」
「まあ強くならなきゃいけないからね」
どうやら水汲みの途中だったようで、彼女の手には水が入った桶が握られている。
朝の日課……この人も一緒か。
「凄いなあ。冒険者?」
彼女は下から俺の顔を覗き込むように見上げる。
「いや、それはこれからかな。この後試験を受けるんだ」
「わあ! じゃあ受かるよう祈ってるね!」
そう言い、彼女は祈る仕草をして見せる。
「えーっと、ありがと……」
「名前は?」
「ホロウ。君は?」
「私はリリカ。そこの宿で働いてるの」
リリカが指したのは、俺が泊っている宿だった。
「あっ……だからか」
「ふふ、昨日から知ってたよ。同い年くらいなのに凄いなあって」
「いやいや……」
「この街は冒険者のおかげで盛んだからね」
「宿も儲かってると」
「あはは、冗談冗談。でも、気を付けてね。冒険者って危険な職業だから。死なれちゃったら、せっかく部屋を借りてくれる人が減っちゃうからね~」
「なっ!」
リリカは、悪戯っぽくクスクスと笑い、ウィンクする。
「これも冗談。試験頑張ってね!」
そう言い、リリカは宿へと戻って行く。
「あっ、返してないや」
俺の手には渡された布が。まあ同じ宿だし後で洗って返そう。
なんか……やる気が出たな。
爽やかな朝だった。
◇ ◇ ◇
「ないない! そんなもん売ってねえよ! 忙しいから他当たってくれ!」
「刀? 知らないわね。それよりどう、カトラスなんて。今朝仕入れたばかりなのよ。これはジルゴラの方から――」
「刀だぁ!? そんなもん作れるか! この国じゃあそんなもん作れる奴は多くねえぞ、他当たりな」
「へえ、刀ねえ。うちでは扱ってないが……あぁ、どうだろうな。ジェスの店ならあるかもしれねえな」
「オッドがうちを? あぁ、いや、素材を調達して貰っても作れないな。刀は結構製法が特殊なんだ。作れる奴は居るかもしれないが……悪い、俺じゃあ無理だ」
様々な武器屋や鍛冶屋を回ったが、結局刀を扱っている店を見つけることは出来なかった。
「リドウェルでは売ってないのかなあ……」
「そうだね……。刀がここまでレア武器だとは……私も驚いちゃった。もしかして私ってレア物!?」
「妖刀なんてレアもレアだろうさ……。はぁ、地道に探すしかないか」
カスミと二人、大きく肩を落とす。
カスミを使うんだから別に必要ないっちゃないんだが、やはりもしものためにもう一本は欲しい。
「ま、冒険者ギルドの人たちなら何か知ってるかも。使う側の専門家たちだし」
「だといいね。――あ、あれ美味しそう! 買って買って!」
「……はぁ。ま、昼飯時だし買うか」
俺たちは持ち運び易い包に入った肉を食べながら、冒険者ギルドへと向かって歩く。
「試験ってどんなのだろうな」
「人数調整って言うくらいだし、そこそこ厳しいかもね」
もぐもぐしながらカスミは言う。
「そうだよな。でも、楽しみだぜ。俺の力を測れるいい機会だ」
「うんうん! ホロウならいけるよ! なんせ、私の訓練を受けた剣豪だからね」
「当然! それに実戦ももう経験したしな」
そうこうしているうちに、俺達は冒険者ギルドへと到着する。
カスミを刀へと変形し、腰の鞘にしまう。
扉を開け、中に入る。
昨日ぶりだが、今日も冒険者ギルド内は賑わいを見せている。
ギルドの依頼掲示板には人が集まり、順々にカウンターへと依頼書を見せに行く。
「――あ、ホロウ君! こっちこっち!」
手を振って元気よく声を張るのは、一番右の受付に立つ金髪で露出の多い女性――キルルカさんだ。
『でたな、おっぱい女』
なんてこと言うんだ……。
「あ、どうも」
「すぐ来てくれたんだね! よかったよ~」
キルルカさんは嬉しそうに笑う。
「冒険者になりに来ました」
「やったー! 君の力なら合格間違いないよ! いきなり大物の首取ってくるような少年なんてそうそういないからね!」
キルルカさんはウィンクし、大きな声で楽しそうに言う。
あぁあぁ、めっちゃ注目されてる……。
「ど、どうも……」
「うんうん! じゃあ早速だけど。手続き初めていいかな?」
俺は頷く。
「冒険者試験はいつでも受けることが出来るわ。受験料は金貨一枚。試験内容はギルド側で調教した魔物の討伐。それに合格したら二次試験として指定の野生魔物の討伐試験。この二つに合格すれば晴れて冒険者よ」
「なるほど」
調教した魔物で最低限の力を見て、その後本番と言う感じか。
冒険者は必然的に魔物との戦いが多くなる。冒険者として重要な資質と言う訳か。
「一次試験はすぐにこの裏で出来るけど、二次試験は場所を変えてグループで行うわ。ここまでいい?」
俺は頷く。
「で、一度不合格となると半年間は再受験不可だから注意してね。それと、一次試験はスタッフが助けに入れるけど、二次試験は助けがないから例年多くの死者が出てるわ。それでも問題ないかしら」
再試験まで半年か。
まあ俺は落ちないだろうから大丈夫か。
「大丈夫です。死ぬ気はないんで」
「ふふ、さすがね。詳しいギルドの規則なんかは合格してからにしましょう。心の準備が良かったらこちらの誓約書にサインしてね」
キルルカさんは一枚の紙を差し出す。
簡単に言うと、死んでも文句言うなとか、不合格なら半年は受けられないぞとか、そんなことが書かれていた。
俺はささっと自分の名前を書く。
「――はい、大丈夫です。では、行きましょうか!」
「はい!」
俺はキルルカさんに案内され、裏へと案内される。
そこは闘技場の様になっており、周りは数人の人間が観客としていた。
「見られるんですね」
「一応見学は自由なのよ。先輩冒険者とか、暇な人とか、冒険者大好きおじさんとか」
「ぼ、冒険者大好きおじさん……」
なんだ、めぼしい新人を見つけて活躍を追うとかそう言う感じか……?
暇なおじさんも居るもんだな。
「お、君が今日の試験者か」
と、奥から現れたのは長い青髪を軽くしばり肩に掛けた男だった。
「あ、支部長!」
「やあ、キルルカ。えっと君は――」
「ホロウです」
「盗賊を捉えた期待の新人だと聞いている。どんな戦いをするか楽しみだ」
「……てことは、アルマさん見学されるんですか?」
アルマさんはニコっとはにかむ。
「あぁ、見せてもらおうと思ってな。活きの良い新人は見ておきたいからね。じゃあ頑張ってくれよ」
そう言ってアルマさんは観客席へと向かっていく。
「今の人は?」
「あの人はアルマ・メレディス。ここの支部長ですよ」
支部長か。ということはここで一番偉い人か。
「虹階級、"炎渦"アルマ・メレディス。なかなかの有名人よ。知り合っておいて損はないわ。いきなり目を付けて貰ってラッキーね」
虹……ってことはカレンたちの二つ上か。
たしか虹以上は殆ど居ないって話だから相当の手練れか。
「じゃあここから中へ入って。合図したら始まるから、準備しておいてね」
そうして、俺は闘技場へと入れられる。
扉が閉められ、完全に俺は孤立する。
周りは高い壁の観客席に囲まれ、逃げ場はない。
「さて一次試験、さくっと合格しにいこうか」
『れっつごー!』
少しして、正面の門がゆっくりと開く。
「グルルルル…………」
低く籠った声。身体の芯に響く唸り声。
聞いたことのない声だ。
口を抑えられた人間がうめき声を上げているような、そんな声。
正面の門の奥からは、異臭と異様な雰囲気が漂ってくる。
『この唸り声……こいつは……』
入口の壁をぐいっと手が掴み、のっそりと上半身が露わになる。
闘技場の壁より少し低いくらいの高さ――つまり、俺の約二倍近い大きさの巨人。
灰色の肌をしていて、筋骨隆々。
目はぎょろっとした巨大な物が一つ、頭頂部には角らしきものが生えている。
『サイクロプス……一つ目の巨人だ……!』
「サイクロプスね」
「楽しみですね、アルマさん」
観客席のキルルカが弾んだ声で言う。
「あぁ。彼は最近うるさかった盗賊たちをやってくれたんだろう?」
「そうなんです!」
「いいね。期待のルーキーとなるかどうか」
「はい! いやあ、どんな魔術使うんでしょうか。あのカレンさん達が感謝するくらいの魔術師ですからね。楽しみです!」
俺はその話を聞き、念のため訂正を入れる。
「あーっと悪いけど、俺魔術使えないよ。剣術だけ」
「え!?」
キルルカの目が見開かれる。
「な……そんな! だ、だってあの盗賊の頭は氷魔術を使う魔術師よ!? それを魔術なしで倒したって言うの!?」
「あぁ」
「あぁって……! そんなの絶対嘘じゃない! アルマさん、こんな試験やめましょう! ホロウ君死んじゃいますって!! 魔術ありならまだしも剣だけじゃサイクロプスなんて……!」
キルルカさんは慌てた様子でアルマに直談判する。
しかし。
「いいじゃないか、死んでも」
「え!? 何言ってるんですか、まだ彼は若いんですよ!?」
「死ぬならその程度さ。魔術なしで冒険者になろうと言うんだ、ここで死ぬなら遅かれ早かれ死ぬよ。……だが、逆に剣術だけでサイクロプスを倒せるとなると……それはそれで面白い」
「お、面白いって……」
「まあそう慌てるなキルルカ。私が思っていた以上に面白い展開だ、俄然興味が出た」
「興味って……。でも……でもでも……!! ホ、ホロウ君、土下座して謝るなら今のうちだよ! 私も一緒に謝ってあげるから!! ね!? バロンを倒したってのは嘘なんでしょ? 見栄張って死ぬなんてそんなの無意味だよ!」
どうやらキルルカさんは俺が剣術だけではサイクロプスには勝ち目がないと思っているようだ。なんならバロンたちを倒したのも嘘だと思っているらしい。
あの家を出て改めて実感するな。やはり魔術が使えないというのは戦力として見てもらえないらしい。
他の観客たちも、なんだ今回は期待外れかと呆れかえっている。
一部死ぬところを見たい観客は沸いているようだが……。
俺は腰の刀に手を触れる。
「まあ見ててよ、キルルカさん」
「でも……――」
しかし、サイクロプスはキルルカさんの決断を待ってはくれない。
俺が、サイクロプスを殺そうとしていると察知するや否や、不気味な笑みを浮かべて手に持った金棒を引き摺りゆっくりと近づいてくる。
こんなのろま、俺の敵じゃないな。
魔物はあのダンジョンで散々狩ってきたんだ。今更どうということはない。
俺は抜刀し、正面でリラックスして刀を構え、待つ。
奴が俺の間合いに侵入するその時を。
「刀って……刀なんかでサイクロプスの肉は斬れないわよ!! それどころか皮膚だって……魔術なしじゃ攻撃は通らない! お願いだから……そんな無謀なことは――」
「グォアアアアアアア!!!!」
瞬間、サイクロプスは一気に加速し、手に持った金棒を振り上げて俺に向かって突進してくる。
考えも何もない、ただ殺す獲物へ一直線に。
涎をまき散らし、目を血走らせその獣は、一歩を踏み出す。
最初で最後の一歩を。
俺の間合いに――――入った。
俺はサイクロプスとすれ違いざま、刀を垂直に振り下ろす。
「グォアアアア――――――」
鮮血が飛び散る。
それを見て、キルルカさんが叫び声を上げ、慌てて顔を背ける。
「きゃあああああ!!」
「キルルカ、ちゃんと見てごらん」
「そ、そんな……子供の死体なんて……」
「いいから」
キルルカさんはアルマに言われ背けていた顔を、恐る恐る闘技場へと向ける。
「えっ……?」
そこで血を噴き出しているのがサイクロプスの方だということに気付く。
次の瞬間、サイクロプスは脳天から真っ二つに裂ける。
左右に身体が分かれ、それぞれドシンと音を立て倒れこむ。
一撃で終わらす、豪の振り。
ただ振っただけ。剣技でも何でもない。
「手ごたえないなあ。……まあこんなものかな。これって一体だけでいいの?」
「う――――」
「うおおおおおお!!!! なんだ今の!!」
「刀!? 一撃!? 嘘だろ!?」
「強化系の魔術使ったんじゃねえのか? ただの剣術なのか今の!?」
「おいおいおい、サイクロプスの皮膚って風属性魔術でもなかなか裂けないだろ!? 剣で行けるのか!?」
と、どうやら俺が一撃で倒したことに、闘技場はパニック状態だった。
なにやら観客たちで考察会が開かれている。
「そ、そんな……」
キルルカさんはへなへなと座り込む。
腰が抜けてしまったようだ。
「……ふふ。面白いね」
ギルド支部長、アルマ・メレディスは立ちがあるとパチパチと拍手をする。
「おめでとう、一次試験突破だ。剣術で魔物を狩る……魔術が苦手な奴らはよく武器だけでいいと言って狩りに出かけるが、そのほとんどは死ぬ。それだけ魔物というのは魔術がなければ危険な存在なんだ。――だが、サイクロプスを一刀両断……実に面白い」
「ありがとうございます」
「いいね。久しぶりに面白い見世物だった。二次試験も期待してるよ」
そうってアルマは闘技場を後にする。
こうして俺は、冒険者ギルドの一部に大きなインパクトを与えたのだった。
一次試験を突破し、翌日。
俺の他に三名を加えた四名で二次試験が行われることになった。
場所はギルド地下。
長い階段を降りた先は暗い地下室――――ではなく、広大な森だった。
鬱蒼と木々が生い茂る、僅かに涼しい森。
「うわ、なんだここ……地下に、森?」
「…………」
「うひょ~広いなあ!」
「ギルドの下にダンジョンか。凄いな」
青色のボブヘアをした少女、金の短髪をした元気いっぱいの青年、そして茶髪の落ち着いた青年。
他の受験者たちだ。
「皆さん、二次試験の説明をします」
キルルカさんは俺達の方を見ていう。
「二次試験は野生の魔物の討伐です。ここはギルド地下に広がる迷宮"淵の森"。半径五キロほどの迷宮です」
「五キロ!?」
俺は思わず口に出して驚く。
すると金髪の青年がハッと鼻で笑う。
「おいおい、冒険者を目指す奴が迷宮のことも知らねえのか? そんなんでよく一次試験受かったな」
知らない訳はないんだが……現に俺は迷宮でカスミと知り合った。
あれが迷宮だろ?
「知らないなら知ればいいよ」
茶髪の男が言う。
「迷宮っていうのは魔力溜まり――つまり魔力が濃い場所に出来るものだ。それは迷宮が広大な魔力領域と言うことになる。だからこの空間みたいに本来の場所から歪んだ状態で空間を保有していることが良くあるのさ」
「なるほど……」
「甘いなあ、あんた。別に知らないならそのままにさせとけよ」
「何言ってるんだ、こんな幼い子が頑張ろうとしてるんだから当然だろ?」
「はぁ……正義感うっざー」
さっそく険悪なムードの中、キルルカさんは慣れているのか話を続ける。
「今回の試験のターゲットは、マンティコアです」
「マンティコア……さすが冒険者試験、なかなかハードな魔物が相手だな」
「はっはっは! 俺様に掛かれば余裕だぜ!」
「ただし、マンティコアは一匹しか生息してません。協力して狩るもよし、一人で狩るもよし。とにかく、マンティコアを狩った実績があれば合格です。制限時間は三日。この中でもし魔物にやられても助けに来れるのは三日後ですから、なるべく重症を負う前に逃げることをお勧めします」
キルルカは淡々と続ける。
昨日の一次試験のインパクトがよほど強かったのか、今日は俺を心配するような素振りは見えない。というか仕事モードなのかな……?
「何か質問はありますか? ――ないなら、私が迷宮の入口から出た瞬間がスタートです。そうしたらまた三日後に会いましょう」
そう言ってキルルカは迷宮を後にする。
迷宮の入口から外へと、キルルカさんの背中が見えなくなっていく。
「……さて、とりあえず自己紹介でもしようか。僕はウッドワン。よろしく頼む。えーっと、じゃあ次、君の名前は?」
茶髪の男――ウッドワンは名を名乗り、隣の少女に問う。
「私?」
「あぁ」
「……セシリア」
「セシリア。よろしくな。君は?」
「ホロウです」
「よろしく、ホロウ。君が最年少かな? で、次は――」
「はっ、なんで自己紹介何かいるんだよ?」
金髪の男の番になって、彼はそう吐き捨てる。
「何言ってるんだ。これから協力してマンティコアを狩るんだ、お互いを知らないと」
「馬鹿か!」
不意に金髪の男は声を張り上げる。
「早いもん勝ちに決まってんだろうが。だったら俺が先に見つけて狩ってやるさ! お前らの出番はねえ。半年後を待つんだな」
「なっ、マンティコアだぞ!? むやみに一人で挑むものじゃない。奴らは狂暴で――」
「おいおい、ビビってんのか? 冒険者になりに来たんじゃねえのかよ腰抜けが」
「いや、この試験は死者が多いんだ、知ってるだろ? わざわざ危険な事をしなくても……君もそう思うだろ?」
ウッドワンはセシリアに問いかける。
「……私は協力することに興味ないわ。好きにやればいい。私は私でマンティコアを追わせてもらうわ。構わないで」
「けっけ、そっちの女の方がよっぽど覚悟決まってんな」
「くっ……き、君は……」
ウッドワンは俺の方を見る。
「俺? 俺もまあ……好きにやればいいと思いますよ。そこの金髪の人は一人でやりたいみたいだし、俺達が協力しても邪魔されたんじゃしょうがない。だったら、初めから早いもの勝ちでいいと思いますけど」
「ほう、てめえはてめえで中々冷静だな。嫌いじゃないぜ」
「…………そうか、わかった。みんながそれがいいと言うなら協力は無理だな。残念だけど仕方ない」
ウッドワンは肩を落とし心配そうな顔で俺達を見つめる。
どうやら相当集団で狩りたいらしい。自信がないのか、人が死ぬのが嫌なのか。ウッドワンはとんだお人好しかもしれない。
「じゃあてめえらはそこでうだうだ会話でもしてな! 俺は一人で狩らせてもらうぜ。俺の名はガイ! 【風神】ガイ様だ! いずれ最強の冒険者として轟く名前だからな、憶えておけ」
そういって、ガイは森の中へと消えていく。
「風神?」
「……二つ名でしょ。でも二つ名って虹階級以上の冒険者が与えられる名だからオリジナルでしょうけどね」
セシリアは心底呆れた表情で鼻で笑う。
自分でつけちゃってるのか……ま、まあやる気があるというか何というか。
「……私も行くわ。せいぜい気を付けることね。子供が来るようなところじゃないわ。よく一次試験合格できたわね」
「なっ! お、俺は子供じゃないし君だって同じくら――」
「はいはい」
そう言葉を置いて、セシリアも森へと消えていく。
その場に残ったのは俺とウッドワンだけだ。
「……はあ、上手くいかないな」
「残念ですけど……」
「慰めはいらないさ。恥ずかしい話、実は僕は二次試験五回目なんだ。皆よりこの試験の怖さを知っている。……知っているかい、二次試験の死亡率を」
俺は首を振る。
「二十五%。実に四人に一人が死んでるんだ。僕も過去の試験で何人も死者を見たよ。その悲劇を繰り返したくなかったんだが……」
ウッドワンは深くため息をつく。
どうやらアラン兄さんと同種の人間のようだ。人のことを放っておけないタイプだ。
「そんな試験で生き残れてきただけ凄いと思いますよ。合格できないにしても……」
「はは、なんだかダサいけどね。まあ生きていればチャンスはいくらでもある」
「そうだね」
『ホロウ、そろそろ行かないと先を越されるわよ?』
確かに。
セシリアはともかくガイの奴はあれだけ言うんだ、速攻で見つけて一人で終わらせてしまうかもしれない。
「――じゃあ俺も行きます。お互い生きて会いましょう」
「あぁ、そうだな。せめてそれが叶えば僕は嬉しいよ」
そうして俺もガイとセシリアに続き、森へと入っていく。
冒険者試験、第二次試験。
ここは迷宮「"淵の森"」。
鬱蒼と生い茂る黒い森の木々が風で揺れ、不気味に笑っていた。
『ホロウ、右後方からもう一体!』
「了解!」
近づく魔物の気配だけを頼りに、後方へ刀を突きだしノールックで魔物の首をはねる。
「グオァア――……」
断末魔の叫びをあげる暇もなく、四足歩行の魔物は血をまき散らしその場に倒れこむ。
さっきまでの魔物たちの鳴き声は消え、場は静まり返る。
「ふぅ……」
俺は手に持った刀の血をサッと払い、鞘に納める。
ここまで来るのに既に五回目の魔物との邂逅だ。
どれもこれもライガや角兎程の低レベルな魔物だが、集団で襲ってくるのがタチが悪い。油断が出来ない。
真っすぐ森を進みとりあえず周囲を警戒しているが、マンティコアらしき魔物の姿は見えない。
「こりゃ闇雲に探し続けたら体力だけ奪われそうだ」
『そうね。ある程度マンティコアの行動を予想して索敵しないと。魔力さえ切れなければ魔術を撃ち続けられる魔術師と違ってホロウは自分が動くから体力の消耗は比べ物にならないからね』
そこは剣士の弱点と呼べる箇所だろう。
長期戦になれば徐々に不利になっていく。体力が減れば動きのキレがなくなり攻撃力も防御力も落ちていく。魔力が干からびるまで同じ威力の魔術を撃てる魔術師との決定的な違いだ。
むやみやたらに連戦はしない方が良い。マンティコアとの対決に向けて体力はなるべく温存する必要がある。
だが、この森での複数回の戦闘の中で、俺は力を抜きながら戦うコツを掴み始めていた。
"攻める"のではなく"攻めさせる"。
懐に入り込んできた魔物を居合の要領で捌いていく。
魔物は(特にこの迷宮にいるものは)人を見ると基本的に本能的に攻撃してくる。こちらから攻めなくても、そこに攻撃を合わせてやれば体力を温存して狩れる。
『まあ、一般的な魔力量の魔術師の継戦時間は精々30分、これでガス欠。対してホロウは斬り続けて一時間程度は余裕でしょ? 弱点とまだはいかないけどね』
「とはいえ、やっぱマンティコアの為に最低限は体力は残しておきたいな。まだ相手の力量を把握できてないし、油断しているとやられかねない」
『うんうん。マンティコアはそこそこ強力な魔物だからね。脅威度で言えばサイクロプスの二段階上くらいかしら』
「そんなのが冒険者になるための試験で使われるのか……冒険者って実はかなりのエリートの集まり?」
『どうかなあ。死亡率が高い試験だし、おっぱい女も協力してもいいって話をしていたからね』
「確かに。わざわざ一体しかいないというのは、複数体いると手に負えないから……かな。あえて一体にしておいて協力して狩ることを促しているのか。そしてガイみたいなのがいると」
死ぬ――と言う訳だ。
俺も悪人以外の人が死ぬというのは避けたい。となると、先に見つけて狩るのが最善か。
『私の切れ味とホロウの身体能力ならマンティコアくらい簡単よ。さっさと倒して合格しましょ!』
「そうだね。まずは見つけないと」
こうして、俺達はひたすら襲い来る魔物たちを捌きながらマンティコアの痕跡を探す。
◇ ◇ ◇
太陽――なんてものは存在しないはずなのに、徐々に辺りが暗くなる。
半径五キロ。直径十キロの魔力空間。何でもありと言う訳か。
数字としては別に一日で全部歩ける範囲のハズなのだが、どういう訳かどこまで行っても行き止まりのようなものは無かった。
カスミ曰く、これもまた"魔力の影響"ということらしい。
実距離は五キロでも、五キロ分歩いて踏破できるわけではないらしい。
……ややこしい。
五キロ自体が魔力空間として歪んだ地形なのに、さらにそこを歩く距離自体も歪むとは。あまり迷宮の中では尺度というものを信用できなさそうだ。
「でも、全面積の三分の一くらいは歩けたわ」
カスミは人型に戻り、焚火に肉を突っ込みながら言う。
「わかるのか?」
「うん。ホロウもきっとわかるはず。魔力空間ということは、空気中には大量の魔力が満ちてるってこと。これを感じ取れれば、全体の総量から逆算でわかるわ」
「へえ……確かに魔力は感じられるけど……」
普段の空間より圧倒的な魔力濃度。カスミのいた迷宮とは比べ物にならない。だが外の魔力だからなのか、魔術発動時特有の嫌悪感や吐き気・目眩なんて症状は感じられなかった。やはりあれは体内限定の話なのか。
「まあここら辺は経験かも。ホロウもそのうちわかるようになるよ。なにより人より感知能力に長けてるんだから私より精度も高くなるはず――っと、出来た!」
カスミは焼けたお馴染み角兎の肉を早速口一杯に頬張り、美味しそうに頬を緩ませる。
なんて幸せそうな顔だ。
「さて、俺も食べるか」
俺も焼けた肉を口へと運ぶ。
――と、その時。
背後の草が揺れる音を感じ取る。
俺はすぐさま立ち上がると背後を睨みつける。
「誰だ」
「…………良くわかったわね」
草むらからちらりと見える青い髪の毛。
それはセシリアだった。
「何だ、君か。何の用? マンティコアならまだ見つけてないけど」
「……別に、火が見えたから近づいただけよ。あなたに用はないわ」
「ふぅん。まあいいけど。その様子だと君もマンティコアはまだ?」
セシリアは少しうんざりした様子で肩を竦める。
「死にたくなかったら一人で挑むのは止めた方がいいよ」
「あなたに言われたくない。子供は大人しくしてなさい」
「子供じゃないって!」
「私より背が低い癖に」
「俺の方が高いだろ!」
俺は立ち上がり、セシリアの前に立つ。
――とその時、その綺麗な瞳に透き通る肌。サラサラとした青い髪に一瞬目を奪われる。
距離が近すぎて、いい匂いが漂ってくる。
「あっと…………」
不用意に近づいた俺が間違いだった……近い。
けど、今更引けない!
俺はそのまま身長を張り合って見せる。
「あんまり変わらないわね」
「……そうだね……」
俺は少ししょんぼりして座り直す。
これからだ……俺は成長期なんだ……。
「というか、そっちの女は誰? 朝はいなかったと思うけど」
「私はホロウの武器よ」
「武器? 何言ってるの、毒キノコでも食べた?」
「まあ隠してる訳じゃないしいいか……。俺の刀だよ。魔剣なんだ」
「へぇ、魔剣――って魔剣!?」
セシリアは初めてその表情筋を全力で動かす。
そんな驚いた顔も出来たのか。
「あぁ。やっぱ珍しいのか?」
「珍しいなんてもんじゃ……。あなたそれが嘘でもなく本当なら、そのこと簡単に人に言わない方がいいわよ」
「なんで?」
「魔剣は……説明は省くけどとにかく危険なの。世界に九本しかない伝説の武器。今も血眼で探してる人が世界中沢山いるわ。その壮絶な奪い合いで死んだと言う人も少なくない」
「まじ?」
セシリアは頷く。
「魔剣なら人にも化けれる……可能性は無くはないわね……」
おいおい、そんなこと聞いてないぞ。
――って、カスミは六百年封印されてたんだっけか。九本とは言ってたけど、そんな血眼って……。
ということはなんだ、あんまりカスミが妖刀だって言わない方がいいってことか?
「……一応忠告ありがとう。気にしたこともなかった」
すると、セシリアは一瞬ぽかんとして、すぐさま顔を背ける。
「…………別にその……、お礼を言われる筋合いはないっていうか。別にあなたの為に言ったわけじゃなくて、その……」
セシリアは何やら少しもじもじとした様子でごにょごにょと口を濁す。
なんだなんだ、感謝され慣れてないのか?
謎だなこの子……。
冷たそうだと思ったら忠告してくれるし。一応悪い人ではなさそうだ。
「……まあ俺の為じゃないだろうけど、一応お礼は言っておくよ。適当に聞き流してくれていいよ、条件反射みたいなものだから」
「そ、そう。じゃあ好きにお礼をいってればいいわ。じゃあ私は行くから。マンティコアは私が倒す」
「負けないよ」
そう言って、セシリアは暗闇の中へと消えていく。
「なんだったんだろうあの人。警告はありがたいけど」
「なにかしらね」
「にしてもカスミってそんな伝説的なものだったんだな」
「当たり前でしょ、人に成れる剣なんかそうそうないわ」
「確かに……」
俺の認識が甘かったか……世界を知らな過ぎた。
これからは少し気を付けよう。
「…………」
「…………」
「………………なんでまだいるの?」
ガサッ! っと、後方の草が揺れる。
どうやら俺が気付いてるとは思わなかったようだ。
「…………」
しかし答えはない。
なんだ、まさかカスミを奪――。
グゥ~~~。
「……は?」
気の抜けるような、腹の鳴る音。
それは後方から聞こえてきた。
まさか……。
「腹、減ってるの?」
「………………」
「どうなの?」
「…………りょ、料理……出来なくて……」
セシリアはさっきまでのすました顔ではなく心底恥ずかしそうに伏し目がちに姿を現す。
「…………食べてく?」
俺は食べかけの肉をセシリアの方へと向けてみる。
瞬間、セシリアの顔がパーっと明るくなるが、すぐさま元に戻る。
「あ、あんたに食わせてもらう気は……――」
再度鳴る腹。今度は、はっきりと聞こえる。
「食べていきなよ。魔剣の忠告してくれたお返し、ってことで」
「お、お返し……そう言うことならじゃ、じゃあ」
そう言ってセシリアはウキウキした顔で俺の横に座る。
本当この人よくわかんないな……。
「――ご馳走様でした」
セシリアは手を合わせて満足そうにそう呟く。
「ただ肉焼いただけだけど」
「これは立派な料理だわ」
「そ、そう……」
「私じゃなんか黒くなるから……」
焦がすのか……料理とか以前の問題なんだが……。
「まあ満足してくれたなら良かったよ」
「…………まあその……ありがとう」
「どういたしまして」
「それじゃあ私はこれで」
「ちょっと待ってよ」
立ち上がるセシリアを俺は引き留める。
「何? もう私達に引き留め合う理由はないでしょ、敵同士よ」
「敵って……まあある意味そうだけど。もう夜だよ? 夜に迷宮を歩くのは得策じゃないよ」
「わかってるわ、私もそこまでバカじゃない。私もどこかで焚火でも作って寝るわ。余計な心配は辞めて、迷惑よ」
「焚火……作れるの?」
「…………木の枝とかを擦り合わせたりして……何かこう、ゴリゴリっと……」
駄目だなこれは……。発言からして火属性の魔術を使えるようでもなさそうだし。
放っておいて死んでいたなんてなったら寝覚めが悪すぎる。
「無理にとは言わないけど、今晩はここで一緒に泊って行ったらどう? カスミもいるし、安心だと思うけど」
「うっ……」
セシリアはものすごい顔をしかめて迷い始める。
「…………そうね、わかった。お言葉に甘えるわ。代わりに夜の番は任せて。守ってあげる」
「いや、別に俺も――」
しかし、セシリアはバッと手を前に出し俺を制止する。
「いいから。借りを作るのは嫌なの」
「……はぁ。わかったよ。じゃあお願いするね」
こうしてセシリアは一晩だけ共に寝ることになった。
クールで淡々としていると思いきや、ちょっと変わった一面があったり義理堅かったり。なんだかセシリアの性格が掴めない。案外俺と同じくマンティコアを一人でさっさと倒すことが最善だと思ってるのかな。
「――っと、さっそくお出ましね」
「そうみたいだね」
草むらから、複数の黄色い目がこちらを覗き込んでいる。
どうやら肉の匂いに釣られてやってきたらしい。
「私に任せて。晩御飯のお返しはさせてもらうわ」
そう言って、セシリアはカバンから杖を取り出す。
それを振ると、さっきまで短かった杖がぐんと伸びる。
杖をクルクルと回し、セシリアは構える。
「さあ、食後の運動といきましょうか」
「グルアアアアア!!」
ライガがその黄色い眼を光らせ、牙を剥き出し全速力で茂みを飛び出す。
その数三体。大した相手じゃないが、お手並み拝見と行こう。
「まとめて終わらせるわ。派手なだけが魔術じゃないのよ」
そう言って、セシリアは杖を前にかざす。
地面に現れた魔法陣……水属性の魔術だ。
「――"水牢"」
地面の魔法陣から水があふれ出す。
しかし、魔術の発動などお構いなしに魔物たちはセシリアへと飛び掛かる。
瞬間。飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ。
先頭のライガが水に触れた瞬間。
地面に布のように広がった水が、三体を下からまとめて一気に包み込む。
そこに現われたのは、巨大な水球だった。
直径二メートル程の水の球体。
その中に、ライガ三体が綺麗にすっぽりと収まっている。
ライガ達は水の中で外に出ようと必死にあがく。しかし、水流が邪魔をして水から外に出られない。
空気が吸えず、気泡がぶくぶくと溢れ出る。
しばらくして。
三体のライガは水により窒息し、ぐったりと動かなくなる。そうしてようやく、セシリアはその牢獄を解除する。
ばしゃ! っと水をまき散らし、地面に魔物たちが落ちてくる。
全員すでに死んでいる。
「まあこんなものよ」
魔物の水死体を前に、誇らしげにふんと鼻を鳴らすセシリア。
しかし、俺は思ったことを素直に口に出す。
「…………怖っ」
「ど、どこがよ、優雅でしょ。火属性で焼いたり風属性で切り刻むより!」
「いや、水で窒息死とか非道にも程があるだろ……せめて一息で殺してやれというか……。……ま、まあ魔術は人それぞれだから」
「う……うるさい!」
こうして、セシリアの実力も分かったところで俺達は明日に向けて寝ることにした。明日こそはマンティコアを見つけなくては。時間はそんなにないんだ。
◇ ◇ ◇
翌日。俺達はいつも通り起床する。
案の定、太陽なんてものはないがしっかりと朝が来る。清々しい朝だ。
ちらとお腹のあたりを見ると、いつも通り俺のお腹に顔を埋めるカスミ。
そしてもう一人――。
「うぉ!?」
見慣れない青い髪が、俺の脇腹に乗っている。
セ、セシリア!?
俺の声に反応し、セシリアは寝ぼけ眼を擦りながらもぞもぞと起き上がる。
「ふぁぁ……何、うるさいわね。朝……? ――ってきゃああ!」
セシリアは俺のお腹に抱き着いていたことに気付き慌てて飛び跳ねる。
「ななななな!! なにして……!!」
セシリアは自分の身体に異常がないかペタペタと触る。
「セ、セシリアが寝ぼけてくっ付いてきたんだろ! そもそも見張りはどうした! 何寝てんだ!」
「ちゃ、ちゃんとしてたわよ。周囲に魔術でトラップを設置したから寝てたのよ悪い!?」
「それなら別に悪くないけど……じゃあなんで俺の腹に抱き――」
「あー聞こえないー。聞こえません。その話は止めましょう。と言うかやめてください。寝ぼけてただけですすみません」
セシリアは淡々と言葉を発する。しかしその顔はパニック状態だ。
ま、まあでもくっつかれること自体は嫌じゃないから怒ることではないか。
「まあ別にいいんだけど……」
そうして全員が目を覚まし、仕度をする。
今日こそはマンティコアを見つける。早く倒さないと犠牲が出るしな。合格もしないとだし。
「じゃあ私はこっちに行くわ」
「あぁ。俺はこっちで」
「貸し借りはなしよ。ここからは敵同士。死にたくなかったら入口の方に戻ることね」
そう言い残し、セシリアは姿を消した。
今日の夜は大丈夫なのか? と言う感じだが、セシリアから頼ってくることは無さそうだし。まあきっと大丈夫だろう。
そうして俺たちは別々の道を進み始めた。
◇ ◇ ◇
行動を開始してから一時間程。
俺たちは北の方角へと進み続けていた。この辺りは昨日と違い魔物の姿がほとんどない。
「なんでだろうな」
『なんででしょう』
「うーん。もしかすると、昨日の好戦的な魔物たちはマンティコアから逃げてきた魔物か……? 興奮状態だったからすぐ襲い掛かってきた……とか」
『いい線いってるかも』
「おお。ということは、このまま北に進めばマンティコアが居る可能性が高いと」
カスミはうんうんと返答する。
よし、手掛かりが見えてきた。このままに北に進めば更なる痕跡が――
「きゃあああああああああああ!!!」
「!?」
突然の悲鳴。
女性の声……ということは。
「セシリア!?」
なんだ、マンティコアか!?
襲われてる!?
「カスミ、行くぞ!」
『うん!』
俺たちは声のする方へと全速力で駆け抜ける。
木々が線状になり次々と後ろへ流れていく。
間に合ってくれ……!
「セシリア!!」
「ホ、ホロウ!」
返答の声が聞こえる。まだ大丈夫だ。生きてる。
俺はその返事を頼りに、森を突き進む。
そして、立ちすくむセシリアの後ろ姿を見つける。
「大丈夫か!?」
「う、うん……でも、あれ……」
「え?」
セシリアが指をさした方角。
そこには、真っ赤な水たまりが広がっていた。
「なっ……」
その水たまりの中心には、一人の人物が横たわっていた。
よく見ると水たまりは殆ど渇き始めていた。
赤黒く周囲の草が染まっている。
俺は恐る恐るその中心の人物を見るために近づく。
ちらっと視界に映る金色。
目を見開いた、金髪の青年がそこに居た。
それは、切り刻まれ大量出血をしたガイだった。
「これは……酷いな」
横たわるガイはピクリともしない。
死んでいる。
くそ、助けられなかった……犠牲者が……。
俺は拳を強く握る。
セシリアは落ち着きを取り戻したようで、改めてガイの死体を見つめている。
「……叫んでごめんなさい。ちょっと……死体にはいい思い出が無くて」
「いや、大丈夫だよ。俺も初めて見て正直ビビってる」
「死体なんてだしたくなかったんだけど……」
セシリアは悔しそうに目を細める。
「……でもしょうがないわ。あれだけ張り切ってたんだから強いものと思ってたけど……まさかこんなことになるなんて。マンティコアにやられたのね。ということは近くにいるのかしら」
「でも血が乾いてる。やられたとしたら昨夜辺りかも」
「…………」
死亡率25%。誰も死なないなんてことは無いとは思っていた。でも、俺さえもっと早く見つけてマンティコアを倒していれば……。
「早く倒していればなんて無駄な考えよ」
「え?」
セシリアの声に、俺は振り返る。
「冒険者になるために危険な試験を受けに来た。死んだのはショックだけど、できもしないのに自分のせいにしてたら持たないわよ」
「でも――」
「これは私のせい。この中で一番強い私がさっさと倒さなかったから犠牲者が出た。それだけ」
「セシリア……」
「切り替えるしかないわ。少なくともマンティコアはガイを殺した。血痕が残っているのなら場所を割り出せるかもしれない」
「……そうだね」
そうだ、死者が出ることはわかっていたことだ。
気を取り直して俺はマンティコアを倒すことだけを考えよう。
俺はガイの死体に近づく。
死体を見るのは初めてだな……。その表情は、思ったよりも穏やかだった。
「死因はなんだ……」
身体を見ると、無数の切り傷がある。爪か?
だが、どれも傷跡としては細い。もし爪なんかで切り裂かれたとしたらもっと肉が飛び出したり……とにかく惨いことになってるんじゃないだろうか。
それに、嚙みつかれたような跡もない。
マンティコア……なのか……?
というか、この魔力反応――――。
嫌な予感が、俺の脳裏をよぎる。
「マンティコアって魔術使うのかな」
「上位の魔物なら使う種もいるみたいだけど、マンティコアは聞いたことないわね」
「…………」
やはり何かおかしい、この死体は。
マンティコアに襲われたにしては"綺麗すぎる"ような……。
『マンティコアに襲われて四肢が繋がっているなんて確かにおかしいわね。傷も浅い』
「ちょっと周りを見てみるか」
俺は少しこの死体の周りを見てみることにした。
もしマンティコアに襲われたのなら、爪や身体に付着した血がマンティコアの移動先に向かって残っているんじゃないかと思われたが、死体の周り以外に血の付いた場所は見当たらなかった。
ガイの体中の切り傷は浅く、一つ一つは致命傷ではない。
それにさっきから感じるこの魔力反応……。
きっとこの場で俺にしか感知できない魔術の残滓。
恐らく風属性……ガイの最後の抵抗で出した魔術の痕跡か? でも、ガイには防御した様子がない。証拠にガイの身体の傷以外、木や地面に破壊の跡がない。ということは風魔術を使ったのは、ガイに傷を負わせた方か……。
「これは……」
よく見るとガイの両手足、喉に深めの傷がある。
『喉と腱が切られてるね』
喉と腱……抵抗も出来なかったのか。
ガイは腰に剣をぶら下げていた。恐らく先生と同じ魔剣士だ。剣での反撃も封じられたか……用意周到だ。
不意を突かれたな。
寝込みを襲われたか……それとも、油断している隙に先手を打ったか。どのみちガイの反撃を許す前にすべてを終えられたみたいだ。
嫌な予感が当たってしまったようだ。
これだけ証拠が揃えば答えは一つしかない。
「――これ、マンティコアじゃないぞ」
「え?」
セシリアが不思議そうな顔で俺を見る。
「何言ってるのよ。マンティコアじゃないなら一体何にやられたの? さすがにライガや角兎のような低級な魔物にやられるようなら一次試験なんて突破出来ないわよ」
「マンティコアにやられたにしては死体は綺麗だ。マンティコアの爪でつけられたような傷には見えない」
「確かにそう見えなくもないけど……」
「それに、ガイに反撃した様子はないけど、風魔術の反応がある。この傷は風魔術だよ」
「えっ、魔力の反応が読み取れるの!?」
「うん、まあ特技みたいなものだよ」
セシリアは徐々に顔をしかめていく。
「……風魔術による傷、抵抗させる間もなく喉と腱を切る周到さ……ということは、相手は魔物じゃなくて――――多分、人間だ。人間に殺されたんだ」
「なっ……冗談でしょ……!?」
確かに信じたくはない。だが、その可能性が高すぎる。
この死亡現場がそれを物語っていた。魔物の仕業ではないと。
「だとしたら、ウッドワンが……?」
「どうだろう……話した感じあの人は人が死ぬことを嘆いていたし……」
「でも、可能性としてはもうそれしかないでしょ」
「もしかすると、マンティコア以外に冒険者受験者を襲う試験官が居るのかもしれない」
「受験者を殺してでも邪魔をする試験官?」
「もしかしたら、だけどね。第五の人間がいるか、あのウッドワンが犯人か……今のところは五分だよ」
「そうね……冒険者試験は死ぬことがあると契約させられる。試験として人間から襲われても対処できるという裏項目があったとしてもおかしくはないわ」
「うん」
厄介なことになってきた。
まさか二次試験で殺人なんて……。
「……ここから先は二人で行動した方がいいと思うんだけど、どう?」
するとセシリアははぁっと溜息をつく。
「…………そうね。あなたにまで死なれたら困るし。二人なら安全でしょ」
「うん」
こうして俺たちは二人でマンティコアを追うことにした。
恐らくどこかにウッドワンか第五の人間が居る。
もしかするとガイの死体現場からそう遠くない場所で監視し、俺達を付けているかもしれない。
とにかく急がないと。
先にマンティコアを見つけて、この試験を終わらせる。
二次試験……厄介なことになってきたな。
俺たちは互いの情報を共有し合い、マンティコアの居場所を捜索する。
広大な迷宮ではあったが、六割近くは探索が完了したころで、ようやく俺達はマンティコアの痕跡を発見した。
食事をしたであろう跡と、足跡。
そしてその足跡は近くの洞穴へと続いていた。
今回こそは紛れもなくマンティコアのものだ。
「よかった、この様子だとウッドワンに先を越されている訳じゃないみたいね」
「そうだね」
「ここまで来たからには協力して狩りましょう。私が戦っている間にあなたが殺人犯に殺されたら元も子もないわ。近くにいてくれた方が守れるもの」
「またそうやって俺を……」
「いいから。最低限準備が整ったら挑みましょう」
「はぁ……まあそれでいいよ」
こうして俺たちはマンティコアとの戦いに向けて準備を整えることに。
軽く昼食を取り、戦闘に向けて集中力を高める。
実際、自信はあるしカスミも倒せると太鼓判を押してくれているが、マンティコアのような大物を倒した経験は俺にはない。
魔術の破壊という俺の最大の技が通じない、純粋な力の相手。どこまで俺の剣技が通用するのか……少しわくわくする。
『いい傾向ね』
そうかな。
『私の歴代の所有者も、こうして一つ一つ階段を昇って行ったのよ。ホロウならできる! 頑張りましょ!』
あぁ……!
そうして準備が完了したころ。
セシリアが立ち上がる。
「――さて、準備はいい?」
「うん。いつでも行けるよ」
「私のそばを離れないでね。絶対守るから」
「いいってもう……」
「命は大事に――――」
「こ、ここにいたのか!」
俺たちは突然の声に振り返る。
そこには、茶髪の青年が体中から血を流して苦しそうに立っていた。
「ウ、ウッドワン!?」
「どうしたのよその怪我……!」
「マンティコアを探索していたら……突然襲われて……ッ」
ウッドワンは顔を歪め、苦しそうに地面に座り込む。
それにセシリアが駆け寄る。
「だ、大丈夫!?」
「あ、あぁ……見た目ほどは、酷くない。風魔術で切り裂かれたんだ……」
「風……」
となると、ガイと同じ……。
確かに、傷の様子はガイの身体にあったものと同じに見える。
だが、この魔力反応……。
「突然襲われて……あれは魔物じゃなかった……!」
「ということは、あなたが犯人だった訳じゃないのね」
「は、犯人って……?」
ウッドワンは不思議そうに言う。
「ガイの奴もやられたのよ。同じようにね。そして……死んだわ」
「なっ!? 冗談だろ……!?」
ウッドワンは身を乗り出して驚く。
その拍子に傷が擦れ、痛そうに顔をしかめる。
「くそっ……だ、だから協力しようと言ったのに……!」
ウッドワンは悔しそうに拳を握る。
「誰も死なせたくなかったのに……。私がもっと協力を強くお願いしていれば……」
「……しょうがないわ。冒険者になろうっていうんだから人の言う事を黙って聞くような連中じゃないわよ。助けたかったら、自分の力で何とかするしかない」
「……その通りだな……結果自分もこうやってやられてるんだ、世話ないな……」
「それより、手当てが必要よ。ホロウ、ちょっと洞穴の様子見ててくれる? 私はウッドワンを軽く治療するわ」
「す、すまない……」
「…………わかったよ。でも気を付けて」
「? ええ、あなたもね」
セシリアはそう言ってウッドワンを連れて近くの水のある場所まで向かっていった。
◇ ◇ ◇
「大丈夫?」
「あぁ……すまない」
セシリアはウッドワンを水辺に連れてくると、傷口を水で洗い流す。
「いてて」
「風魔術による裂傷ね。不意打ちされたの?」
「あぁ。マンティコアを追って探索してた時に、後ろからね。死に物狂いで逃げてきたよ……」
ウッドワンは悔しそうにつぶやく。
傷の感じからして、ウッドワンをやった魔術とガイを殺した魔術は同一だろう。セシリアもそれは見てすぐにわかった。
――ウッドワンが犯人ではないか。
セシリアは、試験官とウッドワン。その可能性は五分だとは言いつつずっとそんな考えを持っていた。しかし、目の前には傷だらけのウッドワンが現れた。
ということは、残された可能性は試験官しかない。
だが、目の前にはマンティコアの住処がある。上手くいけばこの後すぐマンティコアを倒すことができる。そうすれば試験も終わり、これ以上の犠牲者が出ることもないだろう。
セシリアは長い間一人で生きてきた。
五歳の頃に両親は目の前で殺された。その男は魔術師だった。巨大な背丈ほどの奇妙な剣を持ち、旅の途中だと立ち寄ったセシリアの家で凶行に及んだ。
幼かったセシリアには何故そんなことが起こったのか知る由もなかったが、その心には深い復讐心だけが芽生えた。
その後、セシリアは教会の孤児院で育てられた。冒険者を志したのも、その教会の教え、そして両親を殺した男を見つけるのに一番の近道だと思ったからだった。
両親のように人が死ぬところを見たくない。だからこそ、相手を遠ざけ必要以上の接触は避けようとした。根が優しいセシリアは、一度関わってしまうと尽くしてしまうと自分が良くわかっていたからだった。その感情は復讐の妨げになる。
だが結局、こうしてウッドワンの治療をしている。
こんなもの放っておいて、ホロウなど放置して、殺人何て気にしないでさっさとマンティコアを一人で倒してしまえば冒険者になれるのに。
それが、セシリアという少女だった。
――だが、その捨てきれない優しさが両親と同じ道を辿らせようとしていた。
「最低限傷口は止血したから、後は適当に布を……」
「本当……何と感謝すればよいか」
「そんな別に、怪我したままだと邪魔だからそうしただけで――」
「感謝しかありませんよ。……わざわざ二人きりになってくれたんですから……!!」
「えっ――――」
ウッドワンの掲げた両手から、魔法陣が展開された。
――しまった。
気付いた時には遅かった。
後ろを向いていたセシリアへ向けられた魔法陣。
反撃するにも、もう反応できる速度ではない。
ウッドワンは今までの紳士的な笑顔からは考えられない程の下衆な笑みを浮かべていた。
セシリアは僅かに察していた。傷は殆どが擦り傷程度だったし、ウッドワンの身体の前面には傷が多いが、背中には殆ど傷はなかった。
相手に気付かないうちにやられたのなら背後を撃たれるはず。しかし、傷は前面に集中している。
考えられるのは、"自分で自分に"魔術を撃ち、偽装したという可能性。
セシリアはその疑いよりも、傷を治したいという感情が勝ってしまった。
そしてそれは、ウッドワンにとって最も好物と言える感情だった。
完全に油断し心を許している人間、夢を持って希望に満ちた人間――そういった人種をただ一欠けらの悪意で殺すことに最上級の喜びを感じていた。
「ご馳走様」
「――――」
魔術の反応が走る。
セシリアは咄嗟に目を瞑る。風属性魔術は最速の魔術と言われる。後だしで勝てる属性はない。目を瞑る行為は、セシリアの身体がとった最大限の反応だった。
「――――」
「――――――」
「――――――――?」
しかし、風魔術はセシリアの肌を切り裂かない。
代わりに、何かが走り抜ける風が吹いた。
「今……何をした……?」
ウッドワンの困惑した声が聞こえる。
「斬った」
次いで、居るはずのない少年の声。
セシリアは恐る恐る目を開ける。
するとそこには、刀を携えたホロウが立っていた。