少しして、正面の門がゆっくりと開く。

「グルルルル…………」

 低く籠った声。身体の芯に響く唸り声。
 聞いたことのない声だ。

 口を抑えられた人間がうめき声を上げているような、そんな声。

 正面の門の奥からは、異臭と異様な雰囲気が漂ってくる。

『この唸り声……こいつは……』

 入口の壁をぐいっと手が掴み、のっそりと上半身が露わになる。

 闘技場の壁より少し低いくらいの高さ――つまり、俺の約二倍近い大きさの巨人。
 灰色の肌をしていて、筋骨隆々。
 目はぎょろっとした巨大な物が一つ、頭頂部には角らしきものが生えている。

『サイクロプス……一つ目の巨人だ……!』
「サイクロプスね」

「楽しみですね、アルマさん」

 観客席のキルルカが弾んだ声で言う。

「あぁ。彼は最近うるさかった盗賊たちをやってくれたんだろう?」
「そうなんです!」
「いいね。期待のルーキーとなるかどうか」
「はい! いやあ、どんな魔術使うんでしょうか。あのカレンさん達が感謝するくらいの魔術師ですからね。楽しみです!」

 俺はその話を聞き、念のため訂正を入れる。

「あーっと悪いけど、俺魔術使えないよ。剣術だけ」
「え!?」

 キルルカの目が見開かれる。

「な……そんな! だ、だってあの盗賊の頭は氷魔術を使う魔術師よ!? それを魔術なしで倒したって言うの!?」
「あぁ」
「あぁって……! そんなの絶対嘘じゃない! アルマさん、こんな試験やめましょう! ホロウ君死んじゃいますって!! 魔術ありならまだしも剣だけじゃサイクロプスなんて……!」

 キルルカさんは慌てた様子でアルマに直談判する。
 しかし。

「いいじゃないか、死んでも」
「え!? 何言ってるんですか、まだ彼は若いんですよ!?」
「死ぬならその程度さ。魔術なしで冒険者になろうと言うんだ、ここで死ぬなら遅かれ早かれ死ぬよ。……だが、逆に剣術だけでサイクロプスを倒せるとなると……それはそれで面白い」
「お、面白いって……」
「まあそう慌てるなキルルカ。私が思っていた以上に面白い展開だ、俄然興味が出た」
「興味って……。でも……でもでも……!! ホ、ホロウ君、土下座して謝るなら今のうちだよ! 私も一緒に謝ってあげるから!! ね!? バロンを倒したってのは嘘なんでしょ? 見栄張って死ぬなんてそんなの無意味だよ!」

 どうやらキルルカさんは俺が剣術だけではサイクロプスには勝ち目がないと思っているようだ。なんならバロンたちを倒したのも嘘だと思っているらしい。

 あの家を出て改めて実感するな。やはり魔術が使えないというのは戦力として見てもらえないらしい。

 他の観客たちも、なんだ今回は期待外れかと呆れかえっている。
 一部死ぬところを見たい観客は沸いているようだが……。

 俺は腰の刀に手を触れる。

「まあ見ててよ、キルルカさん」
「でも……――」

 しかし、サイクロプスはキルルカさんの決断を待ってはくれない。

 俺が、サイクロプスを殺そうとしていると察知するや否や、不気味な笑みを浮かべて手に持った金棒を引き摺りゆっくりと近づいてくる。

 こんなのろま、俺の敵じゃないな。
 魔物はあのダンジョンで散々狩ってきたんだ。今更どうということはない。

 俺は抜刀し、正面でリラックスして刀を構え、待つ。
 奴が俺の間合いに侵入するその時を。

「刀って……刀なんかでサイクロプスの肉は斬れないわよ!! それどころか皮膚だって……魔術なしじゃ攻撃は通らない! お願いだから……そんな無謀なことは――」
「グォアアアアアアア!!!!」

 瞬間、サイクロプスは一気に加速し、手に持った金棒を振り上げて俺に向かって突進してくる。

 考えも何もない、ただ殺す獲物へ一直線に。

 涎をまき散らし、目を血走らせその獣は、一歩を踏み出す。
 最初で最後の一歩を。

 俺の間合いに――――入った。

 俺はサイクロプスとすれ違いざま、刀を垂直に振り下ろす。

「グォアアアア――――――」

 鮮血が飛び散る。
 それを見て、キルルカさんが叫び声を上げ、慌てて顔を背ける。

「きゃあああああ!!」
「キルルカ、ちゃんと見てごらん」
「そ、そんな……子供の死体なんて……」
「いいから」

 キルルカさんはアルマに言われ背けていた顔を、恐る恐る闘技場へと向ける。

「えっ……?」

 そこで血を噴き出しているのがサイクロプスの方だということに気付く。

 次の瞬間、サイクロプスは脳天から真っ二つに裂ける。
 左右に身体が分かれ、それぞれドシンと音を立て倒れこむ。

 一撃で終わらす、豪の振り。
 ただ振っただけ。剣技でも何でもない。

「手ごたえないなあ。……まあこんなものかな。これって一体だけでいいの?」

「う――――」
「うおおおおおお!!!! なんだ今の!!」
「刀!? 一撃!? 嘘だろ!?」
「強化系の魔術使ったんじゃねえのか? ただの剣術なのか今の!?」
「おいおいおい、サイクロプスの皮膚って風属性魔術でもなかなか裂けないだろ!? 剣で行けるのか!?」

 と、どうやら俺が一撃で倒したことに、闘技場はパニック状態だった。
 なにやら観客たちで考察会が開かれている。

「そ、そんな……」

 キルルカさんはへなへなと座り込む。
 腰が抜けてしまったようだ。

「……ふふ。面白いね」

 ギルド支部長、アルマ・メレディスは立ちがあるとパチパチと拍手をする。

「おめでとう、一次試験突破だ。剣術で魔物を狩る……魔術が苦手な奴らはよく武器だけでいいと言って狩りに出かけるが、そのほとんどは死ぬ。それだけ魔物というのは魔術がなければ危険な存在なんだ。――だが、サイクロプスを一刀両断……実に面白い」
「ありがとうございます」
「いいね。久しぶりに面白い見世物だった。二次試験も期待してるよ」

 そうってアルマは闘技場を後にする。

 こうして俺は、冒険者ギルドの一部に大きなインパクトを与えたのだった。