「うっそでしょ……」
「すごい……」

 カレンもシオンも、そしてモンドも、俺の剣技を見て唖然とした表情をしていた。

 俺はさくっとカレンたちを凍り付かせている氷を破壊し、モンドの縄を解く。

「サ、サンキュー……。まさかホロウがここまで戦えるなんて」
「剣術もなかなか凄いだろ?」
「剣術ももちろんなんだけど、なんか魔術を斬ってたような……」

 と、カレンは信じられないと言った様子でまだボケ~っとしている。
 さっきまでの快活な雰囲気は感じられない

「へへ、なかなか凄いだろ? 魔術師には負けないよ」
「……はは、常識じゃあ考えらんねえよ」

 カレンは苦笑いを浮かべる。

「蒼階級の私達でさえ倒せなかったバロン一家を壊滅させちまったんだ、誇っていいぞ!」
「ふふふ、思い知ったかホロウの強さを」

 と、後ろから人型に戻ったカスミがくっくっくと笑みをこぼす。
 悪役かお前は。

「思い知った! ホロウは絶対凄い冒険者になれるぜ、なあシオン」
「うんうん、子ども扱いなんてして悪かったわね」
「いやいや、実際まだ子供だし」
「とにかくサンキューな。本当助かったよ」

 カレンは満面の笑みでそう口にする。

 実戦でも俺はやれるんだ。俺は家畜なんかじゃない。
 この戦いで、俺はやっとはっきりとそう実感できた。


 俺たちは気絶させた盗賊たちを縛り上げた。
 一応死なないようにモンドさんの商品を使って最低限の治療を施した。腕も斬ってしまったし、出血多量で死なれたら目覚めが悪い。

 茂みの中には盗賊たちが恐らく盗品を運搬するために使おうとしていたであろう馬車が隠されており、その荷台に全員を詰め込む。

「いやあ、本当に助かったよ」

 モンドさんはニコニコした様子で俺の両手を握る。

「ありがとう」

 感謝の言葉。
 カレンからも貰ったが、改めて今まで貰ったことのない言葉だと実感する。

 感謝…………なんだか俺は泣きそうになる。
 いいものだな、誰かの役に立てるというのは。今まで家畜と言われて育ったせいでそういうことはなかった。だが、自由になった今。俺は人の役に立てるのだ。この力で。

 ただ強くなりたいとそう思っていたけれど、冒険者として誰かの役に立つ。これは両立できないことじゃない。

「無事で良かった」
「あぁ、まさか剣術で魔術師を倒してしまうなんて……こりゃ凄い冒険者が現れたぞ!」
「はは、まだ冒険者じゃないけどね」
「絶対なれるさ! 楽しみにしてるよ!」

◇ ◇ ◇

 リドウェルまでは徒歩で後二日ちょい、馬車なら急げば今夜には着くだろう。

 馬車の操縦ができるシオンさんが盗賊の馬車を動かし、残りはモンドさんの馬車に乗り込んだ。

 幸い馬に怪我はなく、問題なく進めそうだ。

 そうして俺たちは、再度リドウェルを目指して進んだ。


「うーん、刀をもう一本くらい新調したいよなあ」

 カスミが使えない局面がないとも限らない。やはり二本は欲しい。

 そして、実は俺は妖刀であるカスミの力を十二分に発揮できていない。
 切れ味や、汚れないという特性はしっかりと働いているが、カスミの"魔剣"としての側面をまだ引き出せていないのだ。

 魔剣には不思議な力が宿るとカスミは言う。
 まあ人になる時点で不思議なんだけど、そういうことではなく、魔術にも似た力を発揮するらしい。

 だが、俺にはそれがまだ引き出せない。理由は明確。生まれ持ったこの体質だ。

 カスミが言うにはそのうち使えるようになるらしいのだが……。他の魔術が使えないのに大丈夫なのだろうかと少し不安ではある。まあカスミを信じるとしよう。

 だから俺は当面は剣技を極めることを意識するべきなのだ。であれば、カスミをあえて人型のまま戦闘をするということもあるかもしれない。そのためにも、二本目があると戦いの幅が広がると言う訳だ。

「刀ねえあんまり使ってる人見ねえかも。存在は知ってるけどよ」
「リドウェルに売ってたりするかな?」
「どうだかなあ……まあリドウェルならあると思うぜ。一応さがしといてやるよ」
「ありがとう」
「いいってことよ! 命の恩人だからな。ついでによく見たらホロウって面はなかなかいいからなあ……どうだ、私と一緒に――」

 とカレンがフフフと笑みを浮かべ俺に近づこうとしたとき、俺の後方からなにやら得体のしれない寒気を感じる。カレンもそれを感じ取ったのか、慌てて元の場所に戻る。

「あはは~冗談冗談」
「ん?」
「ふん、ホロウには私が居るからね」
「お、おう。知ってるけど……」
「大変だな、ホロウ。頑張れよ……」
「?」

 そんなこんなで俺たちはリドウェルへと向け、のんびりと馬車の旅を楽しむ。
 長閑でキレイな景色が続き、日も暮れ始めた頃。

 モンドさんが荷台を覗き込んでくる。

「おい、そろそろリドウェルだぞ!」
「おぉ……!」

 そこは巨大な城郭都市だった。

 正面には跳ね橋が降りており、何台もの荷馬車が出入りしている。

 俺達は関所を通り抜け、街へと入る。

 街を歩く人たちは皆高貴な服ではなく、身軽な服装をしている。
 冒険者や旅人、商人……様々な人たちが楽しそうに通りを歩いている。

「かなり賑やかだね」
「こんな人がたくさんいるところを見るのは久しぶりだわ」
「そうだろ? リドウェルは特にいいね、小奇麗なのもいいがこれくらい雑多な方が私は好きだぜ」
「確かに、俺も結構好きだ」
「うんうん、わかってんじゃねえか」

 俺達は雑多な通りを抜け、冒険者ギルド前へとやってくる。

「よし、んじゃさくっと引き渡してしまおうぜ」
「そうだね」

 俺とカスミ、カレン達は冒険者ギルドの中へと入る。
 中はかなり広く、多くの冒険者たちが談笑や次の任務の相談をしていた。

 彼らが先輩達って訳か。

 俺たちは正面のカウンターへと進み、窓口に立つ金髪の受付嬢へと話しかける。
 すらっとしていて、胸がはだけそうな程露出している過激な服装。これが受付嬢か……。

「よっす」
「はい、何か御用――と、カレンさんにシオンさんじゃないですか!」

 受付嬢はパーっと微笑む。

「どうしました今日は? なんだか大所帯ですね」
「はは、まあな。で、実はよ――」

 そこでカレンは今まであったことを話す。

「え、バロン一家!? す、凄いですね……すぐ係の者呼んできます!」

 と、受付嬢は慌てて裏へと入っていく。

 周りの冒険者もどうやらバロン一家という名は知っているようで、チラチラとこちらの様子を伺っている。

 しばらくして裏から数人のギルド職員たちが現れ、表のバロンたちを拘束している馬車へと向かっていく。

 中から盗賊たちを引き渡し、彼らを連れて裏へと戻って行く。

「――はい、魔力による本人確認が取れました。バロン一家"頭領"バロン・クオーツ、並びにオズ・オブライトの二名! 確かにギルド登録の賞金首です! ご協力感謝します!」

 おぉっ! と、冒険者ギルド中から声が漏れる。

 それだけこの二名の捕獲は注目度の高い案件だったようだ。

「こちらが報奨金になります」

 受付嬢は袋に入った硬貨を差し出してくる。

「バロンが金貨五十枚、オズが金貨十枚です」
「金貨六十枚か……結構な額だね」

 すると受付嬢は得意げに言う。

「当然です、この二名は最近この街の近くでかなりの数の盗賊行為を行っていましたから。さすがカレンさんにシオンさんです。リドウェルでも有名なお二人ですしね! いつかはやってくれると思ってましたよ!」
「へえ、有名なんですか」
「もちろん! 知らないんですか?」
「お、おいキルルカ……や、やめてくれ……」

 カレンは恥ずかしそうに止める。

「何でですか、教えてあげましょうよ! ふふ、なんたって蒼階級の美女二人組ですからね。知らない人はいないですよ! 強くて美しいなんて女性の憧れです。まさかバロン一家まで倒してしまうとは」
「い、いやだから違うんだよ……」
「ん?」

 キルルカはきょとんとした顔をする。

「何がですか?」
「だから、こいつ。倒したのはこいつだ」

 カレンが俺を指さす。

「え……えぇぇぇ!? こ、この子が……!?」
「あぁ、めちゃくちゃ強いんだぜ」

 キルルカはまじまじと俺を見つめ、目をキラキラさせて身体を乗り出す。

「――凄い! 冒険者……じゃないですよね?」
「う、うん……」
「なら是非冒険者ギルドで冒険者として働いてみませんか!? あなたほどの力なら間違いなく活躍できます!」

 あ、圧が凄い……。

「えーっと、丁度俺もそう思ってまして……」
「おお! これは運命! 冒険者試験は年中受けられるのでいつでも来てくださいね!」
「冒険者……試験……?」

 なんだそれ……そんなものあるのか!?

 カスミの方を向くと、カスミは分からんといった様子で肩を竦める。

「冒険者になるのにも試験があるんですよ。ほら、雇ったはいいけどすぐ死なれてしまうと困るし、弱いのに数だけ増えて依頼が不足すると冒険者側に支障がでますからね。ある程度冒険者の数はこちらでコントロールする必要があるんですよ」
「なるほど……確かにそりゃ困りますね」
「ですです! ですから、必ず来て下さいね! 待ってますよ!」

 そう言って受付嬢のお姉さん――キルルカは俺の手を両手で握り、ブンブンんと振る。

 そうして、バロン一家の引き渡しは終わった。
 早速金貨六十枚とは、幸先がいい。

「それじゃあ、私達は行くぜ」
「あぁ、ありがとう乗せてくれて。助かったよ」
「いやいや、私達の方が助かったよ。まだ死にたくないからな。なあ?」
「カレンの言う通り。ホロウ君は命の恩人よ。ありがとね」

 二人はニッコリと笑う。

「ホロウ、お前の冒険者としての活躍楽しみにしてるぜ!」
「あぁ、期待しててくれ!」
「言うね~! またな、二人とも! 私達はこの街で活動してるから、何かあったら頼ってくれ! いつでも力になるぜ」

 俺たちは固く握手する。
 そうして、二人とモンドさんはまたなと言って自分たちの仕事へと戻って行った。

「いきなりハードな体験だったな。でも、自信になった」
「そうだね。今までは魔物か模擬試合だけだったし。命のかかった戦いを経験できたのはホロウにとって貴重だったね」
「あぁ。俺はやれる……戦える! 俄然やる気が出てきた」
「その意気その意気!」

 カスミはうんうんと頷く。

「さて、とりあえず宿でも探すか」
「そうだね。明日から忙しいよ」
「あぁ! 楽しみだぜ……!」

 こうして俺たちはリドウェルへと足を踏み入れた。