「ホロウ。貴様のような家畜がこんな訓練場で何をやっている」
「父さん……」
俺は手に握っていた木刀を降ろす。
しまった、夜中だったら父さんも寝ていると思ってたのに。油断しすぎた……。
「これだから家畜は。お前は自分から何もするな。家の隅っこで息をさせ飯を食わせてやっているだけありがたく思え。余計なことをするな、いいな」
「…………はい」
「お前の兄たちが素晴らしい力を発揮して頑張っているんだ、家畜のお前が家名を汚すな、失せろ」
俺はそのセリフを聞き逃げるように訓練場を後にする。
家族から家畜と呼ばれ、何も期待されない生活。
これが、俺――ホロウ・ヴァーミリア、九歳の生活である。
そして遠くない未来、この家を追い出される俺の現実である。
そうなったきっかけは俺が幼少の頃に遡る。
◇ ◇ ◇
「うぅ……おぇ……ッ!!」
「どうしたホロウ」
体中から噴き出す大量の汗。サーっと血の気が引く感覚。
僕は目の焦点が上手く定まらず、ぐるんぐるんと目を回し、腹の方からせりあがってくる何か気持ちの悪い物を必死でこらえるように身体をくの字に曲げ、耐え切れず地面に両手を着いて激しくえづく。視界の先に、赤い前髪がユラユラと揺れている。
「ホロウ君!?」
焦った表情で慌てて駆け寄ってくる魔術の先生と、それと対比するように立ったまま僕を見下ろす父さんの冷たい視線。
ホロウ・ヴァーミリア、五歳。
ヴァーミリア侯爵家三男。
世は魔術全盛の時代。
優れた魔術師が国を守り、そして発展させる。そうしてこの世界は成り立っていた。魔術失くして人間の暮らしはない。それほどに魔術が浸透していた。
ヴァーミリア家は魔術の名門だ。
代々強力な魔術を受け継ぎ、その時代その時代で魔術師として遺憾なく力を発揮してきた。
貴族の三男とは言え、魔術の名門ヴァーミリア家の男子だ。当然のように魔術教育を施され、ヴァーミリア家の名に恥じない魔術師となる。それが定められた宿命だ。
僕が五歳となったこの日。
上の二人の兄さん達の様に、僕――ホロウ・ヴァーミリアは王都から高い金で呼び寄せているヴァーミリア家専属の魔術の先生の指導の元、初めての魔術授業を行った。
僕は生まれつき魔力が多いと期待されていた。きっと優秀な魔術師になると。
言われた通りの工程を踏み、僕も魔術をやっと使えるんだとワクワクとした抑えられない気持ちをその口角に滲ませながら、魔術を発動しようと試みたとき――僕の身体は激しい魔力の拒絶とも言える反応を見せた。
先生が僕の身体を触り眉をひそめて言う。
「まさかこれは…………魔力過敏体質……?」
「何だと? なんだそれは」
父さんの問いに、先生はえぇと頷く。
「ご存じのように人間の体内には必ず魔力が宿ります。魔術の発動時にはこれを練り操作して、体外に放出します」
そう言って手本を見せるように先生は魔力で器用に文字を空中に描き出して見せる。無属性の魔力をただ体外へ出して形を作っただけの、初歩的な魔力操作だ。
「ですが、ホロウ君の場合は……。人より魔力を過敏に感知してしまい、その結果体内で練り上げた魔力に体中の感覚が揺さぶられ酔いのような症状に陥ってしまう。立っていることもままならないでしょう。そういう体質を、私達は"魔力過敏体質"と呼んでいます。……ただ、過去の文献に少し載っている程度で実際にその体質を持つ人間にあったことはありません……。平民でも魔術を扱えない者はある程度います。ですが、彼らは魔術が使えないのではなく、教育がされていないだけで魔術の素質は持っているのです。しかし、ホロウ君の場合は……」
そこまで行って、先生は言葉を止める。
先生の声は、いつも兄さん達に指導しているときより緊迫しており、まだ五歳の僕でも事の重大さが否応なしに感じ取れた。
「こいつは使えるのか?」
「どうでしょう……。何分初めて見る事例です。この体質は、まさに体内の魔力の流れ自体が毒となる体質です。魔術が体内の魔力を使用して扱う術である以上、現段階では難しいと言わざるを得ないかと……」
父さんはその言葉を聞き、何も言わず僕へと視線を向ける。
ゆっくりと僕の元へと歩いてきて、僕の両脇に腕を差し込むとグイっと立ち上がらせる。
僕はいつものように父さんがまた優しく言葉をかけてくれるのだと。
こんな体質など気にする必要はないと言ってくれると期待をして顔を上げる。
しかし、父さんの口から出た言葉は、僕の身体を凍り付かせた。
「……魔術師ではない人間は人間ではない。魔術師の庇護の元、ただただその恩恵を受けぬくぬくと育つだけの家畜だ」
その慈悲のない言葉。凍り付いた視線に、僕は身震いする。
これは……これは僕の知っている父さんじゃない。
訳も分からず溢れ出る涙、嗚咽交じりに、ひっくひっくと身体を痙攣させるが、恐怖から僕は父さんの冷たい視線から目を逸らすことが出来ない。
「ヴァーミリア家に家畜は必要ない」
「と、父さん!!!」
耐え切れず、それを聞いていた長男――アラン・ヴァーミリアが、声を荒げる。
「家族ですよ!? 魔術が使えないからって……そんな酷い言葉を……!!」
「黙れ、アラン」
「ッ……」
父さんの声に、アラン兄さんも口ごもる。
しかし、隣に立つ次男――クエン・ヴァーミリアは、くっくっくと笑い声を漏らす。
「……何がおかしい、クエン」
「いやあ、アラン兄さんも人が良すぎるなと思って。魔術が使えない人間に価値はない。それは父さんが常々言ってきていたことじゃないか。それがホロウだったと言うだけで何を急に善人ぶって声を荒げるているんだと思ってね。父さんの言う通り、ホロウは家畜さ」
「クエンお前……!」
今にも取っ組み合いを始めそうな二人に、僕は居てもたってもいられず、服の裾をぎゅっと握りしめ、涙を流しながら必死に声を上げる。
「ふ、二人とも喧嘩は止めて……! 僕のせいで……僕は大丈夫だから……が、頑張って魔術を使えるようになるから!」
「ホロウ……」
「ふん」
静まり返った魔術訓練場。
そこに、僕の涙を啜る音だけが響く。
父さんは何も言わずそのまま出口の方へと向かっていく。
もう僕には興味がないと、その背中が語っていた。
これが僕の始まり。
魔術全盛の時代。この時代に、僕は魔術の名門という家系に生まれ、そして"魔術が使えない身体"として生まれた。
これは、僕が剣を握り、その特異体質を使って剣術で彼らを凌駕していく、そんな夢のような話である。
「父さん……」
俺は手に握っていた木刀を降ろす。
しまった、夜中だったら父さんも寝ていると思ってたのに。油断しすぎた……。
「これだから家畜は。お前は自分から何もするな。家の隅っこで息をさせ飯を食わせてやっているだけありがたく思え。余計なことをするな、いいな」
「…………はい」
「お前の兄たちが素晴らしい力を発揮して頑張っているんだ、家畜のお前が家名を汚すな、失せろ」
俺はそのセリフを聞き逃げるように訓練場を後にする。
家族から家畜と呼ばれ、何も期待されない生活。
これが、俺――ホロウ・ヴァーミリア、九歳の生活である。
そして遠くない未来、この家を追い出される俺の現実である。
そうなったきっかけは俺が幼少の頃に遡る。
◇ ◇ ◇
「うぅ……おぇ……ッ!!」
「どうしたホロウ」
体中から噴き出す大量の汗。サーっと血の気が引く感覚。
僕は目の焦点が上手く定まらず、ぐるんぐるんと目を回し、腹の方からせりあがってくる何か気持ちの悪い物を必死でこらえるように身体をくの字に曲げ、耐え切れず地面に両手を着いて激しくえづく。視界の先に、赤い前髪がユラユラと揺れている。
「ホロウ君!?」
焦った表情で慌てて駆け寄ってくる魔術の先生と、それと対比するように立ったまま僕を見下ろす父さんの冷たい視線。
ホロウ・ヴァーミリア、五歳。
ヴァーミリア侯爵家三男。
世は魔術全盛の時代。
優れた魔術師が国を守り、そして発展させる。そうしてこの世界は成り立っていた。魔術失くして人間の暮らしはない。それほどに魔術が浸透していた。
ヴァーミリア家は魔術の名門だ。
代々強力な魔術を受け継ぎ、その時代その時代で魔術師として遺憾なく力を発揮してきた。
貴族の三男とは言え、魔術の名門ヴァーミリア家の男子だ。当然のように魔術教育を施され、ヴァーミリア家の名に恥じない魔術師となる。それが定められた宿命だ。
僕が五歳となったこの日。
上の二人の兄さん達の様に、僕――ホロウ・ヴァーミリアは王都から高い金で呼び寄せているヴァーミリア家専属の魔術の先生の指導の元、初めての魔術授業を行った。
僕は生まれつき魔力が多いと期待されていた。きっと優秀な魔術師になると。
言われた通りの工程を踏み、僕も魔術をやっと使えるんだとワクワクとした抑えられない気持ちをその口角に滲ませながら、魔術を発動しようと試みたとき――僕の身体は激しい魔力の拒絶とも言える反応を見せた。
先生が僕の身体を触り眉をひそめて言う。
「まさかこれは…………魔力過敏体質……?」
「何だと? なんだそれは」
父さんの問いに、先生はえぇと頷く。
「ご存じのように人間の体内には必ず魔力が宿ります。魔術の発動時にはこれを練り操作して、体外に放出します」
そう言って手本を見せるように先生は魔力で器用に文字を空中に描き出して見せる。無属性の魔力をただ体外へ出して形を作っただけの、初歩的な魔力操作だ。
「ですが、ホロウ君の場合は……。人より魔力を過敏に感知してしまい、その結果体内で練り上げた魔力に体中の感覚が揺さぶられ酔いのような症状に陥ってしまう。立っていることもままならないでしょう。そういう体質を、私達は"魔力過敏体質"と呼んでいます。……ただ、過去の文献に少し載っている程度で実際にその体質を持つ人間にあったことはありません……。平民でも魔術を扱えない者はある程度います。ですが、彼らは魔術が使えないのではなく、教育がされていないだけで魔術の素質は持っているのです。しかし、ホロウ君の場合は……」
そこまで行って、先生は言葉を止める。
先生の声は、いつも兄さん達に指導しているときより緊迫しており、まだ五歳の僕でも事の重大さが否応なしに感じ取れた。
「こいつは使えるのか?」
「どうでしょう……。何分初めて見る事例です。この体質は、まさに体内の魔力の流れ自体が毒となる体質です。魔術が体内の魔力を使用して扱う術である以上、現段階では難しいと言わざるを得ないかと……」
父さんはその言葉を聞き、何も言わず僕へと視線を向ける。
ゆっくりと僕の元へと歩いてきて、僕の両脇に腕を差し込むとグイっと立ち上がらせる。
僕はいつものように父さんがまた優しく言葉をかけてくれるのだと。
こんな体質など気にする必要はないと言ってくれると期待をして顔を上げる。
しかし、父さんの口から出た言葉は、僕の身体を凍り付かせた。
「……魔術師ではない人間は人間ではない。魔術師の庇護の元、ただただその恩恵を受けぬくぬくと育つだけの家畜だ」
その慈悲のない言葉。凍り付いた視線に、僕は身震いする。
これは……これは僕の知っている父さんじゃない。
訳も分からず溢れ出る涙、嗚咽交じりに、ひっくひっくと身体を痙攣させるが、恐怖から僕は父さんの冷たい視線から目を逸らすことが出来ない。
「ヴァーミリア家に家畜は必要ない」
「と、父さん!!!」
耐え切れず、それを聞いていた長男――アラン・ヴァーミリアが、声を荒げる。
「家族ですよ!? 魔術が使えないからって……そんな酷い言葉を……!!」
「黙れ、アラン」
「ッ……」
父さんの声に、アラン兄さんも口ごもる。
しかし、隣に立つ次男――クエン・ヴァーミリアは、くっくっくと笑い声を漏らす。
「……何がおかしい、クエン」
「いやあ、アラン兄さんも人が良すぎるなと思って。魔術が使えない人間に価値はない。それは父さんが常々言ってきていたことじゃないか。それがホロウだったと言うだけで何を急に善人ぶって声を荒げるているんだと思ってね。父さんの言う通り、ホロウは家畜さ」
「クエンお前……!」
今にも取っ組み合いを始めそうな二人に、僕は居てもたってもいられず、服の裾をぎゅっと握りしめ、涙を流しながら必死に声を上げる。
「ふ、二人とも喧嘩は止めて……! 僕のせいで……僕は大丈夫だから……が、頑張って魔術を使えるようになるから!」
「ホロウ……」
「ふん」
静まり返った魔術訓練場。
そこに、僕の涙を啜る音だけが響く。
父さんは何も言わずそのまま出口の方へと向かっていく。
もう僕には興味がないと、その背中が語っていた。
これが僕の始まり。
魔術全盛の時代。この時代に、僕は魔術の名門という家系に生まれ、そして"魔術が使えない身体"として生まれた。
これは、僕が剣を握り、その特異体質を使って剣術で彼らを凌駕していく、そんな夢のような話である。