熟田さんはその後も毎日、僕にたくさんのBLと百合作品を作業所に持って来てくれた。
 僕は黙って読みふける。

 その間、熟田さんは他の女性陣と雑談していた。

「いやぁ、最近私って本当に枯れてるんすよ」
「あ~、わかるぅ」
「生物とかも、なんかいいネタないなぁって……」
 (ん? ナマモノ?)
 僕は激しい絡みシーンを読みながら、その言葉が気になった。

 終業後、熟田さんに声をかけてみた。
「あ、熟田さん。ちょっといいですか?」
「なんですか、味噌村さん? 私の作品なら読ませないっすよ」
 どうやら、かなり警戒されているようだ。
「いや、違います。ナマモノってなんですか?」
「なっ!? 味噌村さん! それ、どこで覚えたんすかっ!?」
 驚きを隠せない熟田さん。
「え……この前、他の利用者さんと熟田さんが話していた時に、チラッと聞いて」
 僕がそう答えると。
「チッ……聞かれてたか」
「え?」

 熟田さんは深呼吸をした後、鋭い目つきで、こう語りだした。
「いいですか、味噌村さん。生物とは、普通の二次創作より、とても危険な界隈です!  味噌村さんぐらいの中途半端な知識で、近寄ってはいけない界隈なんです!」
「え、どういうことですか?」
 その後、彼女の説明では、特定の暗号、専用のソフトなどを使い、とてもアンダーグラウンドなインターネットで、闇取引みたいな感じで、楽しむ世界だと言う。
 そして、絡めるものが、実際の人間であること。著名人であること。
 そこでようやく、僕は生物という言葉を少しだけ理解できた。

「な、なるほど。つまり、二次元以上に取り扱い厳禁ということですか……」
「そうっす! 味噌村さんみたいなpixivレベルじゃ、絶対に見つかりません! 危険地帯ですから、軽はずみな気持ちで、界隈に近づいたらダメっすよ! 特定の暗号やソフトがない限り、閲覧できないディープな……そう。最下層ウェブにあるんすから!」
 今までの彼女の説明、キーワードを頭に並べて、整理してみた。

 僕は当時、YouTubeなどで、事件系ユーチューバーや考察系ユーチューバーにハマっていた。
 中でも気になったのが、ダークウェブで見つかった動画の特集など。
 よくミステリーボックス、人身売買、殺人、危ないお薬をやりとりするヤバいサイトだと聞いていた。

 熟田さんが言った最下層ウェブ、特定の暗号、専用のソフト……。

「ま、まさか!  ダークウェブのことですか!?」
 すると熟田さんは静かに頷いた。
「ええ、そうです。ダークウェブとほぼ同じと思ってください! 危険なところなので」
「そ、そんな!? 腐女子の人たちって、そんな高等なスキルを持って、裏でやりとりをしているんですか!?」
「その通りです。だから、味噌村さん、興味本位で近づいたら、絶っ対にダメですからね」
「は、はい……」

 僕は恐怖で縮みあがった。
 ダークウェブと言えば、住所を特定されたり、ウイルスの温床だと聞く。
 ビビりまくって、帰りの電車に乗った。
 (怖いよぉ、腐女子の人たちって)