「あ? 勘違いじゃね?」

 アギトはカノンの隣を立ち、リビングのソファに移動した。「デデン」と音が聞こえそうなくらい豪快に、3人掛けのど真ん中に腰を落とした。

 「オレは剛田アギトだ。お前もウワサ聞いてんだろ? 正気か?」

 アギトはソファの真ん中で目を見開いて、半分怒鳴るようにカノンに言い聞かせた。ただ、カノンはもう恋の魔法にかかっている。アギトがどれだけ威圧したところで、すべて流しに立って家事をするアギトが全てを覆い尽くしてしまう。

 「『好き』なんて、勘違いも冗談もいい加減にしろ!」

 「…じゃあ…。」

 アギトに言いくるめられ、少しの沈黙のあと、カノンがイスを立って口を開いた。

 「アギトくんはわいの、わいの何を知ってんの?」

 *

 (うわっ。マジかよ。)

 「なんか言った?」

 「聞こえてんのかよ。これがミス米町の部屋ってマジかよって言ったんだ!」

 カノンが「本当の自分」を知ってもらうため案内したのは、何も片付けていない汚部屋だった。
 昨日脱いだ制服はまだベッドの上に投げ出してある。もちろん靴下は裏返しのまま。この状態でどうやって寝たんだか、布団もどうやって被っていたのかわからないくらいグチャグチャになっている。
 床には足の踏み場がなく、いつから放置されているのかわからない服と本と弁当箱が散乱している。勉強机も一応あるが、開いたノートの上に鏡が置いてあり、化粧品は蓋が開いたままで、「ミス米町」のタスキだけが綺麗に畳まれて一番上の小物置き場に飾られていた。

 「え、何やってんの?」

 「あ? 見りゃわかんだろ。」

 アギトは入口近くに落ちていたTシャツを優しく拾い上げて丁寧に畳み始めた。Tシャツが終わったらトレーナー、ジーンズ、しまいには下着まで。床に落ちているものを優しく拾い上げて丁寧に畳む。
 床のものたちが片付くと、ベッドの上や机の上のものもあるべき場所へ戻す。そしてどこから見つけ出したのか掃除機をかけて綺麗な部屋の完成というわけだ。

 「わいの部屋、こんな綺麗だったっけ?」

 「みてーだな。これならミス米町名乗れんじゃね?」

 アギトは自分が片付けた学習机のイスにデデンと座り、綺麗になった部屋を眺めている。カノンは部屋のあるじであるにも関わらず、ただただ廊下から眺めていることしかできなかった。
 アギトのパーマの先に凝縮された疑問が脳みそを通さずにこの世にあふれてきた。

 「なんでアギトくんは、なんでもできるの?」