「ただいま。」

 「おかえりなさい。今日、プリンあるわよ。」

 カノンの母はカノンを迎えると冷蔵庫の戸を開けた。中から出てきたのは家にはないはずの銀色のカップに入ったプリンだった。

 「どうしたの? この器、うちにないじゃん。」

 「今日ね、剛田さんの奥さんが持ってきてくれたの。私たちすっかり仲良くなっちゃって。」

 おばさん特有の手をパタパタさせながら、剛田さんの話をしている。

 「それで、剛田さん、今週末お出かけなんですって。息子さん1人になっちゃうって言うから、うちに来てもらうことにしたの。」

 「はぁ!?」

 カノンはプリンが口に入っていることも忘れて悲鳴をあげた。

 「ちょっと、せっかくいただいたのにこぼしながら食べるなんて、お行儀悪いわよ。」

 あとは母の話半分に、カノンはカップのプリンを平らげて、2階の部屋まで帰ってしまった。

 *

 「うっす。剛田アギトっす。」

 「あ、あら。お母さまとはだいぶ雰囲気違うのね。」

 アギトは予定通り土曜日の午前に小鳥遊家にやってきた。リュック一つに手土産の紙袋を下げてやってきた。

 「お昼はナポリタンなんだけど、お口に合うかしら?」

 「オレ、好き嫌い無いっす。」

 「あらカノンとは大違いね。いっぱい食べて行ってちょうだい。」

 母とアギトが話している間、カノンはずっと美人モードでアギトの方を見ていた。アギトはカノンの左隣、進学で一人暮らしをしている兄が座っていた席に座ることになった。もう何をされるかわからない。パンチが飛んでくるか。そんなことを考えると心臓からドクドクと音が聞こえてくる。目が合うたびにアギトはガンを飛ばしてくる。母にはバレないような器用さを持っているヤツだった。

 「ごちそうさま。」

 「おそまつさま。お腹いっぱいになったかしら?」

 母に問われるとアギトはコクンとうなずいた。母はアギトが皿を持って席を立とうとするのを静止し、カノンとアギトと自身の皿を持って流しに向かった。

 ピコピン。

 母のスマホが鳴った。

 「あら、大変! おばあちゃん風邪ひいたって。」

 どうやら母の父、カノンのおじいさんからのメールだったらしい。おばあさんが風邪をひいて足の悪いおじいさん1人では面倒がみきれない、と。

 「ちょっとおばあちゃん家、行ってくるわね。夕方にはお父さんも仕事終わるし私も戻ってくるわね。」

 流しに立ったまま午後の算段をつける母を見つめ、カノンはあっけに取られていた。

 (つまり、お留守番? with アギト??)

 「じゃあカノン、よろしくね。アギトくん、ごゆっくり。」

 母はカノンの意見も聞かず、そそくさと出ていってしまった。