この街で、今、一番有名な女子高生がここに居る。
 小鳥遊(たかなし)カノン、17歳。
 すれ違う人みんなが「あ、カノンちゃんだ!」と口にする。その数、もう数えること不可。限りなし。町内会でやっているミスコン「ミス米町」に史上最年少、現役高校生で選ばれた美人なのだ。
 ミス米町として祭りに浴衣で参加すれば、一目見ようと老若男女の人だかり。高校でもその美貌から男子バスケ部のマネージャーに抜擢された。

 「はい。ポカリ。」

 カノンが一言つぶやけば、部員10人イチコロで、隣のバレー部からものぞきにやってくる人気よう。
 白いウィンドブレーカーを着てボールのカゴを片付ける。そんな姿も一目見たい。ふと振り向けばフローラルな香りがして、汗にまみれて部活をしていることを忘れさせる。「お疲れー」と笑顔で見送り、荷物を背負って帰路につく。

 *

 「あー、つーがーれーだー!」

 なんだ? この象のような野太い声は。

 「ちょっと、カノンちゃん。疲れすぎだよー。」

 「疲れすぎじゃない。疲れてんの。」

 同じマネージャーのリカコが気にかけるのを気にも留めていない。大股広げて玄関にジベタリアンしている。

 「なんなの、あいつら。わいの方見てきゃーきゃー騒いで。動物園のウサギじゃねぇんだ、わいわ!!!」

 国道をはさんで向かいのバス停に居るバスケ部員には、玄関にジベタリアンしてガーガーわめいてるカノンのことなど見えるわけがない。仮に見えたところでそれをカノンと判別できるわけがない。

 *

 「ただいまー。」

 「おかえりなさい。弁当は?」

 「グリンピース苦手なんだよなぁ。」

 「じゃなくて、出して洗いなさい! 好き嫌いもしない!!」

 「へぃ。」

 カノンがお母さんにここまで言われるのは、言われないと何もしないから。弁当箱が3つもあるのは、気分を変えるためではなく、洗わなくても弁当が作れるようにお母さんが買い足していったから。

 「お母さん勝手に部屋に入ったでしょっ!」

 「入らなきゃ洗濯物取れないじゃない。だったらちゃんも脱衣場に持ってきて!」

 「やだ。」

 「あーそーですか。じゃあ靴下無くなって困ればいいじゃない。」

 「ふーんだ! ミス米町の賞金で買えるもんねーだ。」

 お母さんもここまでくると呆れてものも言えない。部屋まで取りに行かないと制服のハイソックスが洗えない。もちろんカゴに入っているはずは無く、部屋中に散らかった衣類から脱いだものを見つけなければならないのだ。

 ピンポーン。

 カノンは飛び上がってお腹と太ももをパンとはたく。服のシワを伸ばして廊下の姿見で前髪を見て整える。「はーい」と少し高い声を張りながら玄関に向かうのだった。