目を覚ましたのは、誰かがつばきを呼ぶ声が聞こえたからだ。
昨夜は京と同じ部屋に寝かされていたこともあり、寝付けないかと思いきや久しぶりの食事にふかふかの布団のお陰ですぐに眠ってしまった。
上半身を勢いよく起こすと、真横に正座をしながらおはようございますと挨拶するみこがいた。
みこは昨夜とは違う柄の着物を着ていた。
辺りを見渡す。既に京はここにはいないようだ。今何時かと問うと10時過ぎだと伝えられた。

「朝食の準備が出来ております。京様は既に仕事へ向かいましたのでおりません。京様から朝も昼もしっかり食べさせるように、と言いつけられておりますので」
「わ、わかりました。すみませんすぐに起きるはずが…」
「いえ、ぐっすり眠ってもらえた方が都合がいいです」
都合?と聞き返すと、すっと唇を引き上げたみこは続けた。
「私たちが眠っている間に逃げられると困りますで。京様からもしっかり見張るよう言われております」
「…」

女中頭であるみこにつばきの考えていることは筒抜けなのかもしれないと思い頬を引きつらせた。
ということは、京にも逃げようとしていることはバレているのかもしれない。
「さぁ、食事にしましょう。ご案内いたします」
みこにそう言われ、つばきは立ち上がった。

初めてこの家の中をじっくりと見た。
洋館と思っていたが、そうではないようだ。長く続く廊下や壁は洋風だったが、いくつかの部屋は和室だった。
和洋折衷というイメージだ。控え目に視線をやりながら食堂へ案内された。
そこには2人の女中がいた。

「おはようございます。つばき様ですね、京様から簡単にではございますがうかがっております。なつきと申します」
「お、おはようございます。つばきと申します」
「私は最近こちらで働かせてもらっております、雪と申します!」
「はい、よろしくお願いいたします…あの、私も何かお仕事を…」
「それはなりませんよ。京様からは女中の仕事をさせることは許さないと言いつけられておりますので」
「…そうですか」

みこが二人の女中の間からぴしゃりとそう言って会話は終了した。なつきはみこと同様に髪を簪で結っているが、雪の髪型は両サイドに軽くウェーブがかかっていてボブほどの髪の長さだった。
なつきは20代後半だろうか。雪はなつきよりも若く見えた。つばきと同じくらいの年齢ではないだろうかと推測した。
彼女たちを見ると、やはり緋色の目の話は伝わっていないようだ。

食事を済ませると、この屋敷の説明を受けた。外観は西洋館そのものだったが中は和を意識した空間も多くあった。