なんだ?と訊くと彼女は言葉を選ぶように慎重に話し出す。

「京様が不快に思わない範囲で構いませんが…出来るだけ一緒にいてもよろしいでしょうか」
それは想定していなかった言葉だった。
「もちろん…構わないが…」

むしろ、それは京にとってありがたい提案だった。つばきが自分の元から去らないよう、また錯乱状態に陥らないように自分の目が届く範囲につばきがいてくれると安心するからだ。

「良かったです。お仕事にご一緒するなど非常識なことはしません」
「別についてきても構わないが」
つばきは目を見開き、首を横に振る。

「そのようなことはいたしません。ただ…寝るときも…食事の時も出来るだけ一緒にいたいのです」
じっと自分の瞳の奥を覗くように見つめる。
「大丈夫だ。俺は大歓迎だよ」

廊下の奥でまた誰かの気配を感じる。おそらく女中たちが見ているのだろう。
それに彼女も気が付いたようですっと京から少しだけ離れる。照れているのだろうか、「ありがとうございます」と早口で言った。
どうしてつばきが出来るだけ一緒にいたいといったのか分からないが、京にとっても都合のいい提案に安堵していた。

「風呂の時間も一緒、ということでいいのか」
「そ…それは別々で…」
「そうか」

ふっと笑うとつばきもつられて笑う。

…―…


つばきが風呂に入っている間、みこが京の寝室に来た。
「失礼いたします」
ちょうど文机の前で筆を執っていたところだった。手を止め、体の向きを変えた。
何の報告かはわかっていた。

「今日のつばきの様子は?」
「ええ、特に何もおかしなことはありませんでした。多少無理をしているところはありますが…あの錯乱状態に陥った理由も分かりません」
「そうか」
「京様から見て彼女はどうでしょう」
「そうだな…あまりに昨夜と違う態度に驚いているというのが正直なところだ。それに帰宅してすぐに言われたんだ。“出来るだけ一緒にいたい”と」
「…出来るだけ、一緒に?」

眉間に皺を作り、首を捻った。京も同じ心境だ。
つばきが言いそうにない言葉だから、だ。それに恥ずかしがる様子もなくそう提案してきたのは何か理由があると思った。

「とりあえず私は注意深くつばきさんを見ていますので」
「ありがとう。助かる」

みこはそう言って寝室を出ていく。
深く座椅子に座りながら、つばきの言動を深く案ずる。
初めて思った、彼女の心を読むことが出来たらどれだけいいだろうか、と。