「つばきさんって言うんだね。よろしく」
「よろしく…お願いいたします」
「じゃあ、またね。父さんと母さんなら向こうにいたよ」
涼し気な目線を他へ移動させ、彼は背を向け去っていく。
「あいつは弟の環だ。別に仲良くしなくてもいい。昔から俺に敵意を向けてくるやつだ」
「いえ!私こそ挨拶がしっかりと出来ず申し訳ありません。あの…お聞きしたいことが…」
それは先ほどの不穏な空気の中訊くことの出来なかったことだ。
“将来の妻”と紹介した京に疑問符が浮かんでいたのだ。
それは絶対に隣にいた自分のことだ。聞き間違いではない。

「何だ?」
「わ、」
つばきが長身の京を見上げると、履きなれないヒールのせいで体勢を崩した。
その際に足首を捻ってしまった。

「痛、」
「大丈夫か、座れる場所に行こう」

京に支えられ、つばきは大広間の死角になる場所へ移動した。
京は慣れた様子でつばきを長椅子へ座らせた。

「ごめんなさい、大丈夫です。少し挫いただけですので」
「大丈夫かどうかは俺が判断する」

ドクンと大きく跳ねる胸を抑えるように胸元に手をやる。
好きだという気持ちが溢れて仕方がない。このような気持ちになる相手は生涯この人だけだろう。

京が跪いてつばきのヒールを脱がせる。足首を確認する京に全身を熱くさせた。



「腫れてはないが…無理はよくないな。痛みは?」

京がつばきの足首を少し傾ける。つばきは首を横に振った。
本当にそこまでの痛みはない。京が心配性なだけだ。それでもこんな自分を大切にしてくれていることは伝わっている。そして嬉しく思う。

「帰りたくなったら言ってくれ。今日の目的は周囲にお前を紹介したかった、それだけだ」
「…紹介、」
「つばき」

京がつばきを見上げるようにして視線を絡めた。はい、と返事をする。
つばきの足に靴を履かせると、言葉を選ぶようにして続けた。

「お前の気持ちを無視するわけにはいかない。それは理解している」
「京様?」

いったい何がいいたいのか分からない。会話の輪郭すら掴めない状態ではあったが、つばきはじっと京の言葉に耳を傾ける。

「初めてつばきを見た瞬間から俺はお前に惹かれていたのかもしれない」
「え…―」
「俺はお前を愛している。夜伽として買ったのは本当だが、それはきっかけに過ぎない。どうかこれからも俺の傍にいてほしい」
膝を地につけ屈みこみ、つばきの手を取ってそう言った京に小さな声が漏れた。
(京様が…私を…愛している?)
瞼が支えることの出来ない涙が頬を伝った。