つばきをエスコートする京は慣れた様子だ。出来るだけ姿勢を正し、深呼吸をして歩く。皆、煌びやかに着飾ったドレスを着て談笑している。
と。
「お久しぶりです」
声を掛けられ京の足が止まる。そこには白髪混じりの男性とその横に柔和な表情をした女性が立っている。すぐに一宮伯爵だと悟り、頭を下げた。
「わざわざお越しくださりありがとうございます。お父様とお母様には先ほどお会いしましたよ。今日は婚約者を連れてくると聞いていたので楽しみにしておりました」
一宮伯爵と夫人は穏やかな笑みを残したままつばきに視線を向ける。
「お初にお目にかかります。京様のお屋敷でお世話になっております、つばきと申します」
「お綺麗な奥方で驚きました。今日はゆっくりしていってくださいね」
夫人の優しさが乗った言葉につばきは頬を綻ばせていた。
(でも婚約者とはどういうことかしら?それなら花梨さんのことになるし…)
心の中で首を傾げながら京と一緒に足を進める。
「京様のご両親も来ているのですよね」
「あぁ、今日はつばきを紹介したくてここまで連れてきたんだ。おそらく弟も来ているはずだ」
弟、と呟く。
そういえば、以前京の弟についても間接的にではあるが聞いたことがあった。
あまり仲が良くないと言っていた。もちろん京本人がそう言っていたわけではないから間違いの可能性もある。

「料理もあるから好きなものを食べていい。挨拶で忙しいとは思うが疲れたら言ってくれ」
「ありがとうございます」
「兄さん、久しぶりだね」
つばきのすぐ後ろから落ち着いた声がした。つばきと京はくるりと向きを変えた。

そこには京に似た長身の男性が立っていた。顔立ちは似ているものの雰囲気は真逆だ。
笑みを浮かべているものの、それが繕ったものだというのは直ぐに分かった。そして彼が京の弟だということもわかった。
「その隣にいる人は誰?」
冷ややかな視線に気が付かないほど鈍くはない。つばきはすぐに挨拶をする。が、それを途中で遮った。
「あぁ、急に拾ってきた雑巾ってところかな。でも兄さんってこんな子がタイプだったんだ」
表情は崩さないようにしていたが雑巾というワードに一瞬たじろいでしまう。
だが、京はすかさずつばきの肩を引き寄せた。
「環、俺の将来の妻に対して失礼な態度を取ってみろ。許さない」
「冗談だよ、冗談。このくらい許してよ。そもそもなんで急に将来爵位を継ぐことを了承したの?そういう気まぐれな言動も長男の特権ってやつ?」

ぴりついた空気の中、繰り広げられる会話に完全に口を噤むつばき。
中院翔が以前言っていた京と弟の“不仲”について何となくわかったような気がした。
京はそのような感情はないだろうが、弟の環は負の感情を兄へ向けている。初めて会ったつばきにもそれが伝わるほどだ。