「失礼します」
数分後、お盆を持った女中が部屋に入ってきた。
先ほどと同じ女性だった。
「自己紹介が遅れました、わたくし女中頭のみこと申します。基本的に京様のお食事を担当しております。この屋敷では他にも役割ごとに女中がおります」
まだ上流階級にしか流通していないソファの目の前にあるテーブルの上にそれを音もなく置くとつばきに挨拶をした。
彼女の雰囲気はやはり京に似ていると思った。
淡々としながらも何かを秘めたような感情を時折見せる。
「ありがとうございます。私はつばきと言います」
彼女たちは呪われた瞳の件は知らないようだった。
その方がいいと思った。この目は呪われてはいないが、その噂が流れればきっと女中たちは嫌な思いをするだろう。いや、それ以上の感情を抱くことは安易に想定できる。
みこは伏し目がちに「京様は…」と言った。
「京様は一条家の長男です。しかし、自ら貿易を営み更に巨額の富を得ている。一般人が近づくことは不可能なのです。“普通”は」
「…はい、」
「夜伽など今までおりませんでした。わかりますよね、意味は」
「…」
「京様にはいくつもの縁談の話がございました。しかしあの人は一度も頷きませんでした。まぁまだ若いという理由で周囲も強制することはしていないのです」
これほどまでにいい家に生まれた京に縁談の話がないわけがない。
変わり者なのか、他に想い人がいるのか分からないが、つばきにとってはどうでもいいことだった。どうにかしてここから逃げて自ら死を選ぶ、それしか選択はない。
もちろん、今すぐには不可能だがきっと逃げるチャンスはあるはずだ。
「わたくしは、ここに仕えて10年になります。京様の幸せを一番に考えております」
「はい」
それだけ言うと彼女はすっと部屋を出ていった。
白い湯気が立つ土鍋に入った中身は想像できた。
しばらく固形の食事をとっていなかったことはつばきの体を見ればすぐに分かる。
みこはおそらくつばきの体調等に気を遣い粥を作ってくれたのだと思った。
「きっと、悪い人じゃない…」
そう呟いてそれを食べ始めたつばきは何かを食べられるだけで幸せだった。
涙が頬を伝った。
本当にひどいことをする気ならばこんな綺麗な浴衣を着せて、食事を取らせたりはしない。京が悪い人ではないこともわかっていた。
暫くすると、部屋に京が戻ってきた。
京は部屋に戻ってきてすぐにつばきが食事をとったことを確認する。
全て食べ終えているのを見ると、安堵したように笑った。
つばきは頭を下げてお礼を言った。もう死にたいと、死なせてほしいと願っているのにこうやって食べ物を与えられて涙を流すほどに幸せを感じる自分に矛盾を感じながら。
「手首と足首を見せてみろ」
「…あ、はい」
部屋の中心で立ち尽くすつばきにそう言った。つばきは先ほどまで寝ていた布団の上に移動した。
今夜はこの部屋でこの布団で眠るのだろうか。
突然不安が押し寄せた。“夜伽”の意味を知らないわけではないからだ。
急におろおろと黒目を宙に移動して、動揺している様子を見て京がふっと笑う。
膝を折って正座したつばきの正面に胡坐をかいて座ると、つばきの手首を掴み目線をやる。
赤黒くなったそこは長い間縛られていたせいだろう。
同じようにして足を崩すように言われたつばきは、足首を見せた。
そこも同じように赤黒く変色していた。
「相当ひどい生活をしていたようだな」
「…」
京はつばきの足首を撫でる。別に痛みなどはない。いや、感じない。
これくらいならば幾らでも我慢が出来た。
数分後、お盆を持った女中が部屋に入ってきた。
先ほどと同じ女性だった。
「自己紹介が遅れました、わたくし女中頭のみこと申します。基本的に京様のお食事を担当しております。この屋敷では他にも役割ごとに女中がおります」
まだ上流階級にしか流通していないソファの目の前にあるテーブルの上にそれを音もなく置くとつばきに挨拶をした。
彼女の雰囲気はやはり京に似ていると思った。
淡々としながらも何かを秘めたような感情を時折見せる。
「ありがとうございます。私はつばきと言います」
彼女たちは呪われた瞳の件は知らないようだった。
その方がいいと思った。この目は呪われてはいないが、その噂が流れればきっと女中たちは嫌な思いをするだろう。いや、それ以上の感情を抱くことは安易に想定できる。
みこは伏し目がちに「京様は…」と言った。
「京様は一条家の長男です。しかし、自ら貿易を営み更に巨額の富を得ている。一般人が近づくことは不可能なのです。“普通”は」
「…はい、」
「夜伽など今までおりませんでした。わかりますよね、意味は」
「…」
「京様にはいくつもの縁談の話がございました。しかしあの人は一度も頷きませんでした。まぁまだ若いという理由で周囲も強制することはしていないのです」
これほどまでにいい家に生まれた京に縁談の話がないわけがない。
変わり者なのか、他に想い人がいるのか分からないが、つばきにとってはどうでもいいことだった。どうにかしてここから逃げて自ら死を選ぶ、それしか選択はない。
もちろん、今すぐには不可能だがきっと逃げるチャンスはあるはずだ。
「わたくしは、ここに仕えて10年になります。京様の幸せを一番に考えております」
「はい」
それだけ言うと彼女はすっと部屋を出ていった。
白い湯気が立つ土鍋に入った中身は想像できた。
しばらく固形の食事をとっていなかったことはつばきの体を見ればすぐに分かる。
みこはおそらくつばきの体調等に気を遣い粥を作ってくれたのだと思った。
「きっと、悪い人じゃない…」
そう呟いてそれを食べ始めたつばきは何かを食べられるだけで幸せだった。
涙が頬を伝った。
本当にひどいことをする気ならばこんな綺麗な浴衣を着せて、食事を取らせたりはしない。京が悪い人ではないこともわかっていた。
暫くすると、部屋に京が戻ってきた。
京は部屋に戻ってきてすぐにつばきが食事をとったことを確認する。
全て食べ終えているのを見ると、安堵したように笑った。
つばきは頭を下げてお礼を言った。もう死にたいと、死なせてほしいと願っているのにこうやって食べ物を与えられて涙を流すほどに幸せを感じる自分に矛盾を感じながら。
「手首と足首を見せてみろ」
「…あ、はい」
部屋の中心で立ち尽くすつばきにそう言った。つばきは先ほどまで寝ていた布団の上に移動した。
今夜はこの部屋でこの布団で眠るのだろうか。
突然不安が押し寄せた。“夜伽”の意味を知らないわけではないからだ。
急におろおろと黒目を宙に移動して、動揺している様子を見て京がふっと笑う。
膝を折って正座したつばきの正面に胡坐をかいて座ると、つばきの手首を掴み目線をやる。
赤黒くなったそこは長い間縛られていたせいだろう。
同じようにして足を崩すように言われたつばきは、足首を見せた。
そこも同じように赤黒く変色していた。
「相当ひどい生活をしていたようだな」
「…」
京はつばきの足首を撫でる。別に痛みなどはない。いや、感じない。
これくらいならば幾らでも我慢が出来た。