袖が丸く広がっているから華奢で小柄なつばきの体型をいいように隠してくれる。
今は毎日三食食べられているとはいえ少し前まではほぼ何も口に出来ない日が続いていた。
そのせいでまだ同年代の女性たちよりも痩せているように見える。

「…もう少し、太った方が京様も…」
と、小声でつぶやいた時カーテンの向こうから店員の声が聞こえる。

「奥様、ご試着はいかがですか?」
「あ、はい。出来ました…」
「開けてもよろしいでしょうか」

はい、というとゆっくりとカーテンが開く。
店員と目が合う。こんな素敵なドレスを着たことがないため、誰かに着た姿を見せることも恥ずかしい。
店員はお世辞か本心でなのかはわからないが「お似合いです!」と両手を合わせて目を輝かせる。

「素敵ですわ。せっかくですから、旦那様にも見ていただきましょう」
「いえ!それは大丈夫です。サイズが合えばそれでいいので」
ぶんぶんと力強く顔を横に振るが、店員は既に京を呼んでいた。
不安げに視線を空へ移す。
京がこちらへ近づく音がする。バクバクと煩い心音を抑えるように胸元に手を当てる。
「つばき、」
名まえを呼ぶ声とともに試着室に入ってくる京に恥ずかしさなどは皆無のようだ。

おろおろとしているつばきとは正反対だ。
しかし、一目つばきを視界に入れると京の動きが止まった。
広い試着室とはいえ、店員も離れた場所にいる。仕立ての良い素敵なドレスを纏った今の自分ならば少しは京に近づけている気がしてほんの少し嬉しい。

「京様、す、素敵なドレスだな…と、あの…」
「あぁ、とても似合っている」
「…それは、良かったです」
「お前によく似合っている。綺麗だ」

ありがとうございます、そう言おうとしたが彼の手がつばきの鎖骨に触れる。
ビクッと肩を揺らした。
「少し胸元が開いているのだけだな、気になるのは」
「であれば…っ、他のドレスを、」
「いや、これにしよう。他の男に見せたくないだけだ」
どういう意味か分からないが、頷いた。だが、京はまだここを離れてくれない。こんなにも高価なドレスだ、早く着替えてしまいたいのに。
「京様、」
「静かに、」
一歩、後ずさるタイミングとほぼ同時だった。
顎に手を添えられ顔が近づく。何をされるのか理解できないわけではなかったが、目を閉じることは出来なかった。

「っ…ん、」

軽く触れるだけのものだったが、キスをされ微かに息を漏らす。
直ぐに顔を離すと京は微笑を浮かべる。
そして更衣室を出ていった。