甘ったるい空気が流れる中、廊下の奥からガサガサと誰かの気配を感じた。
「ちょっと!押さないでよ!」
「だって~もう少し見たいんだもん!京様が!」
「静かに!」
完全につばきたちの耳に届くそれは女中たちの声だ。
どうやら少し離れたところからつばきたちの様子を見ていたようだ。
京がようやくつばきから手を離す。
だが、「仕事中ですよ」という空気を変える声が廊下に響く。
「みこさん、」

みこの声に女中たちはそそくさと逃げるようにして去っていく。
みこはゴホンっと咳払いして京たちに向かってくる。

「女中たちが見ている前でいちゃつかないでください」
「い、いちゃつくなんて!そんな…」
「どうみてもいちゃついているでしょう?」

はぁと大きく溜息を吐くと京に目をやる。
腰に手を当て、まるで説教をする体勢だ。

「すまない。つばきが綺麗だったからつい触れたくなったんだ」
「っ…」
「そういうことは自室でお願いしますよ」
「気を付ける」

みこは目を細め、まるで信じていないようだった。


「女中たちの間ではもう完全につばきさんとの仲が噂になっています」
「そうか。別にいいだろう、それくらい」
再度溜息を溢すみこの脇を通り過ぎる京は「行ってくる」と言った。
それに続くようにしてつばきも行ってきますといって足を進めるが先ほどの光景を見られていたことの恥ずかしさがまだ残っているため、声が自然とちいさくなっていた。

人力車で百貨店まで向かうことになった。
路面電車を見ながら、京と外出が出来る幸せをかみしめていた。
自然に頬が綻ぶ。

「屋敷内にまた嫌がらせの紙がばら撒かれたりしたことはないか?一応毎日みこたちには聞き取りはしているが」

「はい。もうありません。大丈夫だと思います」
「そうか。誰がやったのか、もう少しで証拠が揃いそうだ」

え、と顔を上げると京と目が合う。
真剣なその瞳にドキンと大きく胸が鳴る。

「だから心配しなくていい。ずっとここにいていいのだから」
「…はい、ありがとうございます」

先ほど何度も言われた“綺麗だ”というセリフを思い出し自然に頬に熱が宿る。
着きましたよ、という声と同時に外に目を移す。目の前には立派な建物が視界に入った。