京とみこから言われているため、一人の外出は出来ない。
もちろん破るつもりはない。
つばきはただこの屋敷で働かせてもらい、京の傍にいられるだけで幸せだった。

「今夜は…」

今日は夜伽の仕事がある。事前に京からそう告げられるとその日はずっとソワソワしてしまう。これでは周囲から意識していると思われても仕方がない。
雪に既に気持ちがバレてしまっていることも理解できる。
他の女中たちにもバレてしまっているのではと思うと顔から火が出そうだ。

と、玄関から「ごめんください」と声がした。
透き通った声はどこかで聞いたことがあるような…と思った。
廊下を大股で進むと前方に煌びやかな着物を着た女性が立っていた。
思わず足を止めてしまうほどに綺麗な容姿をした女性に見覚えがあった。忘れるわけがない。
センターで分かれた前髪は以前会った時よりも伸びていたがそこから覗く瞳はとても綺麗だった。

「こんにちは。あなたは確か…」
「こんにちは。はい、以前お会いした時はしっかりとしたご挨拶が出来ず…申し訳ございません」
「つばきさんですよね。またお会いできてうれしいです」

花梨はにっこりと微笑む。

「近くに用がございまして。そのついでに京様にこれを…でも、京様はお仕事かしら?」
花梨は表情を変えずに手提げ袋から四角い箱を取り出した。
それが何かはわからないが、つばきにそれを手渡す。

「これ、お借りしていたものですので、お返ししておこうと…」
「そうですか。それではこれを京様にお渡ししておきます」
「ええ、よろしく。それから…再来週はパーティーがありますよね。一条家長男として“婚約”予定の女性を連れていくのはご存じ?」

婚約…と口にしたがすぐに理解できなかった。
どれも聞きなれないワードだ。存じ上げません、というと花梨は整った眉を八の字にして憐れむ目を向ける。

「そうですか。ただの女中には伝えられませんよね。京様にはまだ正式な婚約者はおりません。でも…おそらく私がその役目を担います」
「そう、ですか」

後頭部を何かで殴られるような衝撃を受けるが、想定していたことではあった。
花梨は京の婚約者…いや、近いうちに妻となる存在であることは誰だってわかることだろう。
柔らかな雰囲気はそのままなのだが、どこか棘のある口調につばきは顔を伏せてしまった。

「残念ね、あなたは…ただの“体”だけの存在なのよ。調べさせてもらったわ、あなた夜伽として買われたのよね。可哀そうに。京様は昔から女遊びは激しかったのよ。私は小さな頃から知っているからわかるわ」

ただ花梨の話を聞くことしか出来ない。
分かっていたことだ。今更ショックを受けるなど、おかしな話なのだ。