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あれ以来、つばきの緋色の瞳についての紙が屋敷の敷地内にばら撒かれたことはなかった。
つばきの中では清菜が行ったことだと思っていたが、証拠はない。
京が裏で動いているようだったが、進捗はなかった。
が、嫌がらせが続いているわけではないのならばそれほど心配する必要もないと思った。

清菜がしたことだとすれば、目的はつばきが京の屋敷から出ることだが京が守ってくれると約束してくれたから不思議と以前ほど不安はなかった。
それから女中たちも徐々につばきのあの噂は嘘だったと思ってくれているようで前と同じように自然に接してくれるようになった。

桜が満開に咲き、それが葉桜へと変わっていく頃にはつばきはより明るくそして笑顔も増えていた。

みこたちと同じように日中は屋敷の掃除や料理などを手伝っていた。
「そういえば、あの簪使わなくなったね?」
じゃがいもを茹でながら雪がそう訊いた。
「あの簪って?」
「ほら、中院様からもらった簪だよ」

あぁ、と思い出すように呟くとつばきは無邪気な少女のように屈託のない笑顔を雪に向けた。

「とても素敵な簪なんだけど…でも…京様に買ってもらった簪があるから」
「お洋服に合わせて変えたらいいんじゃない?別に京様からもらったものしか使えないってわけじゃないし」
「そうなんだけど…」
「あ!わかった!京様が好きだからでしょ?!」
大きな声でそう言った雪につばきは慌てて彼女の口を塞ぐ。
「ち、違う、そんなんじゃなくて…」
「えー、だってそれ以外ないじゃん。あ、そっか。京様がやきもち妬くから?」
「やきもち…?」

まるで初めて聞いた言葉のように諳んじて眉に皺を寄せた。
(やきもちを妬く?それは…一般的に相手を好いていなければ芽生えない感情よね?なら、尚更ありえないわ)

「そんなわけないわ。京様は私を大切にしてくれてはいるけれど…恋愛の感情はないと思う」
「え?そうかなぁ。だってつばきちゃんは特別に見えるよ」
そんなことはない、ともう一度強く否定する前にみこがやってきた。
「雪さん、ちょっとこっちを手伝ってくれる?」
「わかりました~」

みこが来たことにより、会話は強制的に終了する。
雪についた嘘は少しだけ罪悪感を残したが好きだと口にする事すら失礼にあたると思っていた。だが、日が経つごとに京への想いが溢れているのもまた事実だった。