彼の様子がいつもと違っていることには気が付いていた。
理由を訊くなどできるはずもなく、自分が嘘をついていた負い目もありつばきは黙って京の寝室へと入る。
失礼します、と発した言葉は想像以上に震えていた。
“仕事”だからつばきは直ぐにベッドの脇に立ち、浴衣の帯を緩める。
京がベッドの縁に座るのを目の端で捉えながら、冷たくなった手で解くがその手を掴まれる。
はっとして顔を上げる。

「どうして泣いているんだ」
「あ…―」

つばきはそう言われ初めて自分の頬に伝う涙を確認する。
手を当てると、そこは確かに濡れている。

「嫌なのか」
「違います。そのようなこと、思ったことなどございません」

必死に否定するがこの状況ではそう捉えられても仕方がない。京はつばきを引き寄せる。
同じように縁に腰かけ、赤くなっているであろう濡れた目元に指をあてる。
きっと、この涙はもう彼と一緒にいることが出来ないから…自然に流れたものなのだと思った。

「やはり今日のお前は様子が変だ。何か言えないことでもあるのか」

いいえ、と否定する。
が、嘘をついていることには変わりない。心を見透かされていると勘違いしてしまうほど鋭い眼光。
その目は強い心が宿った、羨むほどに綺麗だ。

「無理に聞きだすつもりはない。だが、翔のことを隠していたりおかしなことは多い」
「……それは、申し訳ございません。次からはお伝えするようにいたします」

事務的に答えるつばきに珍しく苛立ちを隠せない様子の京はつばきの肩を掴むと顔を近づける。
キスをされると思い、目を閉じると勢いよく塞がれた唇の間に舌が入り込む。
眉間に皺が寄り、京の浴衣にしがみついた。
漏れ出る吐息が徐々に激しくなるが、一向にそれ以上をする様子はない。
そのまま流れるようにしてベッドに背中を預ける。
が、それだけだった。

「これ以上はしない。だが、今夜は隣にいろ」
「…はい、わかりました」

京のどこか哀愁漂う瞳がすっとつばきから離れる。
乱れた浴衣を整え、京の隣で眠ることになった。
触れそうなほどに近い肩の距離に胸が高鳴る。同時に呼吸の音まで聞こえてくるほどに近いはずなのに…、自分たちの間には薄いガラスが一枚挟んであるように感じる。

―お前は俺のものだ

そうはっきりと言った京の言葉を思い出しながら、心の中で「そうです。私はあなたに恋焦がれているのです」と言った。