つばきは姿見の前で自身を見つめた。少し前までは死を覚悟していたはずだった。
なのに目の前に映る自分の顔は今までの自分とは別人だった。唇の色も良い。
着物を脱ぎ、襦袢も同じようにして脱いでいく。
生まれたての状態になったつばきは小さく息を吐いてから浴衣へ着替えた。

(一瞬でも幸せだった。この屋敷へ来られて良かった。本当に…良かった)
一筋の涙が零れる。
この緋色の目は…―誰のために、何のために存在するのだろう。
つばき自身がその疑問に答えられなかった。

…―…
…―

寝る前に食堂へ向かった。
喉が渇いていたのだ。京は仕事が忙しいようで夕方に帰宅してから一度も部屋から出てきていないようだ。夕食時は書斎で食べたと聞いた。

「あれ?つばきちゃん?」
「雪ちゃん、どうしたの?」

食堂へ向かうと、雪がいた。
既に浴衣姿だったため、仕事ではないようだ。

「厨房にね、忘れ物しちゃって。ついでに水飲みに来たの」
「私も、喉が渇いて」
コップに水を注ぎ、それを飲み干す。
雪はお風呂上りなのか頬が赤く染まっている。

「中院様が来たこと、京様には伝えていないの?」
「あぁ、そうだね。みこさんは多分伝えてないと思う。まぁ本当に少しの滞在だったから」
「そっか。それにしても中院様も素敵だよねぇ。あんなに美形でまだ結婚していないなんて!」
「そうなんだ…でも華族だもん、きっと家同士の結婚をするのよね」
「多分そうなるよね。でもほら、伯爵家のご令嬢が駆け落ちとか最近ゴシップも多いんだよ」
「そうなんだ。わからなくもないかも…好きって気持ちはどうしようもないよね」
「中院様、つばきちゃんに会いに来たって言ってたけど…どうなの?!あんなに高級な簪もくれるくらいだもん!つばきちゃんに一目惚れしたんじゃない?!」

雪は目をキラキラさせながらそうつばきに問う。
ゴシップ好きの子のようだ。
翔と何かあるわけなどないのに。あれは冗談だ。
と、背後で誰かの気配を感じた。
二人で同時に振り返る。

「っ…」
「京様、」

そこには京が立っていた。瞬時にどこから訊いていたのだろうと思った。