手首は長いこと拘束されていた後遺症か上手く動かすことが出来なかった。
しかしチャンスは一度だった。
暗くなるころに村の人は絶対につばきを見に来るだろう。
だとすれば今しかないのだ。
つばきは立ち上がり、小屋を出た。
久しぶりの日差しは刺激が強すぎたようで、目を開けることが困難だった。
それでも大きく手を腕を振って、古びてボロボロの着物を纏い、走った。
「おい、逃げたぞ」
誰かの声が聞こえた。
しかしつばきは走るしかないのだ。
(簡単に死ねる場所はどこ?そうだ、川が近くにあったはず)
はぁはぁと息を切らし、それでも必死に走った。背後から誰かが追ってくるのがわかる。
もっと早く、もっと…―。
つばきの目に橋が目に入った。赤い橋の欄干に手を掛けて、迷わずに飛び込もうとした、次の瞬間。
「何してる」
低い声が聞こえ、つばきの手首が誰かによって掴まれた。
瞬間的に振り返る。そこには仕立ての良いスーツを着た若い男性が立っている。つばきの手首を強く掴み、離そうとはしなかった。
久しぶりにしっかりと人を視界に捉えた。
黒く艶やかな髪から覗く鋭い眼光、長身の男はこのあたりでは明らかに浮いていた。
男はぐっとつばきを引き寄せた。
何が起こっているのか考える間もなかった。
後方から「待て」と数人の声が重なって近づく。身を震わせながら、懇願するように男を見た。
「お願いします、離してください」
「無理だ。若い女が身を投げようとしているところを見過ごせというのか」
男は見たこともないほどに美しい顔をしていた。
つばきは堪えていた涙をついに溢した。
「私はっ…呪われた瞳を持っております。緋色に光る時、それは誰をも殺すことが出来ます。あなたを殺すことも可能です。離してくださいっ…」
つばきは嘘をついた。
そのような力は本来ない。しかし、どうしようもなかった。
(早くここから飛び降りなければ…―。私は、もう生きたくない)
腕の力を弱めてくれるとそう確信していたのに、男は力を緩めなかった。
そして…―。
「殺せる?へぇ、そう。どうぞ、その目で俺を見たらいい。お前をこのまま見過ごすのなら、そっちの方がいい」
男は薄っすらと口元に笑みを浮かべるとそう言った。
つばきは言葉が出なかった。
「どう…して、」
この人は見ず知らずのそれも古びた着物を着た女を助けた。
見たところ、とても裕福な身なりをしている。
と。
後方から追ってきていた男たちがつばきたちの前で足を止めた。
息を整えながら、つばきが目元を塞がれていた布が既にないことを確認すると切羽詰まったように言葉を放つ。
「申し訳ございませんが、その女の目を塞いでください。その女の目は呪われております」
「あぁ、今言ったこと本当だったんだな。呪われた瞳ねぇ、面白い」
「っ…、あの!本当だと信じていただけるのでしたら、早くこちらの布でその娘の目をっ…早く!」
どうやらつばきが緋色の瞳で自分たちを呪い殺すと思っているようだ。
「事情は知らないが、この女が必要なのか?」
「ええ、そうです。その娘は来週には仕事をしてもらわなければなりません。ですから、早く…っ」
「仕事、ふぅん」
含みのある言い方に男は察したようだ。つばきがどこかへ売られるということを。
それが嫌で逃げ出したことは誰の目から見ても想像できた。
「なら、俺が買おう」
「…な、何を…」
「心配ない、金は幾らでも払おう。その代わり、こいつはもう俺のものだ。指一本触れることは許さない。どうする?どうせ呪われた瞳のせいで困ってるんだろ?」
男たちは顔を見合わせた。そして、こそこそと何かを話すと、数回頷いた。
しかし、つばきの意識はそこで途絶えた。
極度の緊張としばらく飲み食いをしていなかったことも相俟ってつばきは意識を失ってしまった。
しかしチャンスは一度だった。
暗くなるころに村の人は絶対につばきを見に来るだろう。
だとすれば今しかないのだ。
つばきは立ち上がり、小屋を出た。
久しぶりの日差しは刺激が強すぎたようで、目を開けることが困難だった。
それでも大きく手を腕を振って、古びてボロボロの着物を纏い、走った。
「おい、逃げたぞ」
誰かの声が聞こえた。
しかしつばきは走るしかないのだ。
(簡単に死ねる場所はどこ?そうだ、川が近くにあったはず)
はぁはぁと息を切らし、それでも必死に走った。背後から誰かが追ってくるのがわかる。
もっと早く、もっと…―。
つばきの目に橋が目に入った。赤い橋の欄干に手を掛けて、迷わずに飛び込もうとした、次の瞬間。
「何してる」
低い声が聞こえ、つばきの手首が誰かによって掴まれた。
瞬間的に振り返る。そこには仕立ての良いスーツを着た若い男性が立っている。つばきの手首を強く掴み、離そうとはしなかった。
久しぶりにしっかりと人を視界に捉えた。
黒く艶やかな髪から覗く鋭い眼光、長身の男はこのあたりでは明らかに浮いていた。
男はぐっとつばきを引き寄せた。
何が起こっているのか考える間もなかった。
後方から「待て」と数人の声が重なって近づく。身を震わせながら、懇願するように男を見た。
「お願いします、離してください」
「無理だ。若い女が身を投げようとしているところを見過ごせというのか」
男は見たこともないほどに美しい顔をしていた。
つばきは堪えていた涙をついに溢した。
「私はっ…呪われた瞳を持っております。緋色に光る時、それは誰をも殺すことが出来ます。あなたを殺すことも可能です。離してくださいっ…」
つばきは嘘をついた。
そのような力は本来ない。しかし、どうしようもなかった。
(早くここから飛び降りなければ…―。私は、もう生きたくない)
腕の力を弱めてくれるとそう確信していたのに、男は力を緩めなかった。
そして…―。
「殺せる?へぇ、そう。どうぞ、その目で俺を見たらいい。お前をこのまま見過ごすのなら、そっちの方がいい」
男は薄っすらと口元に笑みを浮かべるとそう言った。
つばきは言葉が出なかった。
「どう…して、」
この人は見ず知らずのそれも古びた着物を着た女を助けた。
見たところ、とても裕福な身なりをしている。
と。
後方から追ってきていた男たちがつばきたちの前で足を止めた。
息を整えながら、つばきが目元を塞がれていた布が既にないことを確認すると切羽詰まったように言葉を放つ。
「申し訳ございませんが、その女の目を塞いでください。その女の目は呪われております」
「あぁ、今言ったこと本当だったんだな。呪われた瞳ねぇ、面白い」
「っ…、あの!本当だと信じていただけるのでしたら、早くこちらの布でその娘の目をっ…早く!」
どうやらつばきが緋色の瞳で自分たちを呪い殺すと思っているようだ。
「事情は知らないが、この女が必要なのか?」
「ええ、そうです。その娘は来週には仕事をしてもらわなければなりません。ですから、早く…っ」
「仕事、ふぅん」
含みのある言い方に男は察したようだ。つばきがどこかへ売られるということを。
それが嫌で逃げ出したことは誰の目から見ても想像できた。
「なら、俺が買おう」
「…な、何を…」
「心配ない、金は幾らでも払おう。その代わり、こいつはもう俺のものだ。指一本触れることは許さない。どうする?どうせ呪われた瞳のせいで困ってるんだろ?」
男たちは顔を見合わせた。そして、こそこそと何かを話すと、数回頷いた。
しかし、つばきの意識はそこで途絶えた。
極度の緊張としばらく飲み食いをしていなかったことも相俟ってつばきは意識を失ってしまった。