「いいだろう。でも無理はしないように」
「はい!ありがとうございます」
「体に痛みはないか?」
「…大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

京がまだ体を休めろというので、つばきはそれに従った。
先に寝室を出る京を見ながら、何て自分は幸せなのだろうと思った。

♢♢♢

昨夜は遅くまで京と体を合わせていたからか、京が部屋を出ていってから再度寝てしまっていたようだ。次に目を覚ました時は7時を過ぎていた。
寝過ごしてしまったと急いで顔を洗い着物に着替える。
みこから前掛けを貰いに行こうと一階に下りる。
が、そこで何か異変に気が付く。
廊下にいた女中たちはつばきを見るや否や、目を逸らし奥へ下がってしまった。

(何か…あったのかしら)

不安に駆られながら、とにかくみこのもとへと思い厨房に向かう。
しかし、廊下を歩いていると二人の女中が何か紙のようなものを見ながらコソコソと話しているのを見た。
その中の一人はなつきだった。

「あの…―」

声を掛ける。しかしその二人はつばきを見ると先ほどの女中たちと同じく速足で逃げるように去っていく。
まさか、と悪い想像が脳内を埋め尽くす。
つばきは踵を返し、玄関へ向かう。そこにはみこがいた。

「みこさんっ…」

みこは神妙な面持ちで先ほどの女中たちと同じように紙を手にしていた。
眉間に皺を寄せている様子からもただ事ではない何かがあったのだと想像がつく。
みこは「つばきさん、おはようございます」とつばきに気が付くと紙をさっと後ろへ隠す素振りを見せた。他の女中たちとは違い目を逸らすことはしなかった。

「あのっ…その紙は、いったい、」
「あなたには関係ありません。京様からうかがっておりますが、今日はお手伝いしてもらう仕事はありませんのでどうぞゆっくりしてください」
そう言ってさっと奥へ行くみこに泣きそうになった。

絶対に何かある。
そう思い、自室に戻ることなくつばきは大股で廊下を歩く。
あの紙を見たい、どうしても。
食堂へ行くと、一人の女中がいた。
その女中はつばきを見ると目を丸くして走って食堂を去る。
去り際、懐から紙が落ちた。
つばきはすぐにそれを拾う。
そしてそれを見た瞬間、崩れ落ちるようにしてしゃがみ込む。

―つばきの目は呪われた瞳
瞳が緋色に光る時、見つめられたものは死ぬ
既に数人が呪われた目のせいで死んでいる

「どう―して、」
この紙が屋敷のいたるところでばら撒かれていたのかもしれない。
だから女中たちはつばきを見るや否や逃げるようにして消えていったのかもしれない。