早くその手を離してほしい。
自分に触れるその手をすぐに離してほしい。
決して嫌な感情はないのに、そう思ってしまう。
それは知らない自分を知ってしまう、開いてはいけない扉を開けてしまう、そのような感覚に近い。

「つばき、それは何だ」
「あ…―」

髪を掬っていた手が離れると、机の上に置かれた簪に目をやる。
(そうだ、私ったら…机の引き出しにしまっておくのを忘れてしまった。素直に正直に…今日あったことを話せばいい。話せば…いいのよね)
瞳をうろうろとさせ、京を見上げるつばきの表情は誰が見ても何かを隠しているように見える。

「これは…その、もらいました。雪ちゃんと日本橋方面で買い物をしまして…その際に、」

誰に?という質問はすぐにつばきに向けられた。
どう見てもつばきには買うことの出来ない高価な簪を今日会ったばかりの中院翔に貰ったとはいえなかった。だが、黙っているには不自然だ。

「ゆ、雪さんに…すみません」

つばきの心中を覗くように、顔を覗き込まれる。つい、自分の胸元を抑えていた。心音を隠すように、強く。