「今戻りました~」

先に屋敷に入った雪の声が聞こえる。

中院翔とはその後すぐに別れ屋敷に戻った。
綺麗な簪を貰って嬉しさもあるが、こんな高価なものを使っていいものなのか悩む。
(まぁ、既に貰った簪を使っているのだけれど…)
こっそりと外出したことは誰にもバレていない、そう思っていたのに黄色地に鞠が散りばめられた着物に着替えてから厨房に向かう際、みこさんと廊下でばったりあう。

「少しは気分転換になりましたか?」
「っ…あ、えっと…!も、申し訳ございません」
どういうわけかみこにはバレていたようだ。
「別に構いませんよ、外出くらい」
「え?!どういうことですか?許可されているのでしょうか…」
「今朝、京様から外出の許可を頂いておりました。聞いていなかったのですか?」
はい、と答えると「あの人もそういうの人任せね」とため息混じりに息を吐く。
(でも…外出許可が出ているということは逃げる心配はないと思っているのかしら…)
疑問符が脳内で散りばめられる。

「大丈夫ですよ、好きに外出しても。ただし、夜はダメです。一人での外出は許可されておりません。それは女中たちも同じです」
「わかりました。あの、何か手伝いをしたいのですが。例えば…二階の掃除とか」
「…そうですね、それは京様から許可を取っていないので。今日はお部屋でゆっくりしてください。京様は早めに帰られると思いますよ」

みこにそう言われ、つばきは自分の部屋に戻ることにした。
京には自分から女中たちの仕事を手伝わせてもらえるように話そうと思った。


…―…


部屋に戻ってもやることがなく、鏡台の前で髪を整えていた。
貰った簪を見ながらこれを京の前で使用していいものか悩んでいた。
何もやましいことはないし、外出の許可が出ているということは別に隠すことは何一つないのだ。
今日も天気が良く眠気が襲ってきたつばきは窓際に置かれてある椅子に座りながらうつらうつらと眠気と闘っていた。
すると、襖越しに声が聞こえた。
夢と現実の狭間にいたつばきは、すぐに体を起こした。が、同時に襖が開く。
スーツ姿の京が立っていた。

「つばき、」
「あ…っ、申し訳ございません。少し眠気が…」
すぐに椅子から体を離して立ち上がった。

(どうしてかしら…ものすごく、緊張する。京様と目を合わせにくい。何故?)

心拍数も上昇し、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。
京がつばきの部屋に入ってくる。

「いいんだ。それより今日は外出したと聞いた」

髪を結う暇もなく長身の彼を見上げながら伏し目がちに頷いた。

「申し訳ございません。あの…雪ちゃん…雪さんと一緒に外出しました」
「それなら問題ない。許可してある。俺こそお前に伝えていなかった。申し訳ない」
「いえ、…あの、逃げるとは思わなかったのでしょうか」
「逃げる?」

ふっと軽く笑うと、つばきの下ろしてある髪を掬った。
艶麗に笑った京に更に胸が高鳴る。

「逃げたとしても捕まえるよ。絶対に」
「っ」
「どうした?顔が赤いようだが」
「日に、当たっていたからかもしれません」

適当な言い訳をして目を逸らした。