昼食を一条家で食べることになったのだが、宗一郎はみのりにぴったりくっついて離れない。みのりが非常に嫌がっている状態ではあったが、宗一郎は知らんぷりだ。
「お兄さま!離れてって言ってるじゃない!」
「兄を邪険に扱うな、それにこれはお前が京さんにやっていることと一緒ではないか」
「私はいいのっ!」
まるで漫才でも見ているようだと思いながらつばきは無言で昼食を食べ終えた。
皿洗いをしていると、みのりは庭園に行っているようで兄の宗一郎がつばきの元へ来た。

「どうかなさいましたか」
「いえいえ、みのりがご迷惑おかけしていると思いまして。そのお詫びに僕にも手伝わせてください」

つばきは蛇口から出る水しぶきが腕に遠慮なくかかっているその状態のまま停止した。
「ダメです!お手伝いなんて!これは私の仕事ですので」
「いいじゃないですか」
にっこり微笑む宗一郎につばきは「そう言われましても…」と眉尻を下げる。
伯爵家の長男である宗一郎に手伝わせることは出来ない。長男であるのだから直に藤野家を継ぐのだろう。
と、ここでみこが厨房にやってくる。

「どうかしたのですか」
「みこさん!あの、宗一郎様が皿洗いを手伝いたいというのですが…」
助けを求める目を向けるがみこはふっと笑って
「手伝ってもらったらよろしいのでは?」という。

 吃驚するつばきにみこは何かを考える素振りを見せる。そして宗一郎にいう。

「そうだ、京様にもお灸を据えるという意味でも宗一郎様につばきさんの“兄”になってもらうのはいかがでしょう」
「…みこさん?何を言っているのか全く理解できないのですが…」
「あら、我ながらいいことを思いついたと思ったのですが」
宗一郎も「なるほど」と数回頷いた。
「確かに僕は京さんと年も近い。ということはつばきさんよりも年上ってことだよね」
「はい、そうですが…」
「ここにいる間は僕を兄だと思って接していいよ」
「……はい」
宗一郎に押し切られる形で返事をしたが何を言っているのか最後まで分からなかった。
とにかく、宗一郎もしばらく屋敷にいるというのはつばきにとってみのりの件も含め二重に負担になりそうだと内心で溜息を溢す。

「じゃあ僕も手伝いますよ」
「…ありがとうございます」

台所は結構広い。宗一郎だけに任せるわけにはいかずつばきも一緒に洗うことにした。
その間、他愛のない会話を宗一郎とすることになるのだがやはり宗一郎は非常に話しやすく華族だというのに壁のようなものは一切感じない。