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「あぁ、そうだ。近くの商店で買い物してきてくれないかしら」
「もちろんです」

みこに頼まれつばきは歩いて600メートルほどにある商店に向かっていた。
最近はようやく自由に外出が出来るようになったが、少し前までは一人での外出は禁止されていた。別にもうつばきの命を狙うものはいないのだが、京は心配性なようで一人での外出は禁止されていた。
直ぐ近くの店に野菜だけを購入してそのまま屋敷に向かって歩みを進めていると、前方から見覚えのある人が見える。

それは清菜だった。
瞬間的に足を止めてしまったのは“昔”を思い出していたからかもしれない。
彼女のことは今でも苦手で彼女を見ると途端、息苦しくなる。
足が止まってしまう。清菜もつばきに気が付いたようだ。綺麗に整えられたセミロングの髪が風に靡いて顔の半分を隠す。そのせいで彼女がどんな表情をしているのかよく見えない。

彼女は一人で外出のようだ。突風のような風は直ぐに穏やかになりその整った顔がこちらへ向くのがわかる。

清菜はつばきを見ると一瞬顔を顰めた。しかしすぐに顔を伏せつばきの脇を通り過ぎる。

「…清菜さん」

思わず名を呼んだつばきの声もきっと届いていないだろう。
屋敷に帰宅すると厨房にいるみこにそれを話した。


「あぁ、西園寺家のお嬢様のことですね。完全に結婚が決まった今、つばきさんは一条家に嫁ぐのです。本来であれば西園寺家と一条家につながりができるはずなのに向こうはつばきさんをいないものとして長い間虐げてきた。その噂が流れたせいで今西園寺家はどこの名家からも距離を置かれているとか。いい気味ではありませんか」
みこは魚を丁寧にそして素早くさばきながらそう言った。
「そ、そうだったのですね…」

清菜の顔が浮かぶ。

「ええ、何も気にする必要はありませんよ。あなたはもう西園寺家とは縁を切っているのですから。そして半年後には一条家長男の妻になる」
みこからそう言われると、しゃきっと自然に背筋が伸びる。
と、玄関先から「ごめん下さい」と声が聞こえる。

お客様だと思いつばきは小走りで玄関先へ向かう。
すると、そこにはロング髪を綺麗にハーフアップした上品な少女が立っていた。
仕立ての良い着物を着て少しだけ化粧をしているようだが、顔を見る限り彼女はまだ14歳か15歳くらいだろうか。

「お初にお目にかかります。藤野みのりと申します。京様に会いに来たのですが…」
と、スラスラと自己紹介をする少女は京に会いに来たという。
背後からみこがやってくるとつばきが挨拶をする前に「あら、みのり様ではありませんか」と言った。みこはどうやら彼女を知っているようだ。