自分が死ななければ…きっと雪は京を殺すだろう。
それだけは避けたい、絶対に…―。あの緋色の目で見た未来が決して起こらぬように、と。

「つばきっ…―」
それなのに。
「京様…」

大きな音を立て、襖を開けて入ってきたのは愛する人だった。
つばきは涙を溢していた。大粒の涙が着物を濡らしていく。
京は大きく胸を上下させ、走ってきたのだと思った。雪を視界に入れると「やっぱり雪だったのか」と言った。
「やっぱり?京様私がつばきちゃんを殺そうとしていることわかってたの?」

雪は包丁を手にしたまま、つばきと距離を縮める。
つばきはその場から動くことが出来ない。

「あぁ、みこにクスリを盛ったのはお前だな」
「あら、バレてました?みこさんは勘がいいから…裏で準備していることを知られると困ると思ったんです。この日のためにずっと体調を壊していてもらわないと。でもやっぱり勘がいいんですよね。つばきちゃんに料理を作らせることにしてから私は何も出来ませんでした」

つばきはようやくみこの言動の不自然さの理由を知った。

「雪、やめるんだ。早く包丁を離せ」
「嫌ですよ。何でここまで来て…それに、京様が馬鹿なんじゃないんですか?だって…一条家で自殺した女の妹を知らずに雇うなんて…」

雪はつばきの背後に回り、首筋に包丁を立てた。
京がすぐさま雪の元へ走るが、「動かないで!」という雪の怒号に京の足が止まる。


「雪、お前が恨むべき相手は俺だろう。つばきは離すんだ」
「…無理ですよ。あなたには大切な人を…愛する人を失う苦しみを味わってもらわないと」
「京様、大丈夫です。私は…―」

京は自分の命を救ってくれた恩人であり、そして誰よりも愛する人だ。
京が死ぬ未来を止めることが出来るのならば、それで十分だ。
雪の持っている包丁がつばきの首を少しずつ圧迫し、その部分から血が流れていく。
広がるように染み込むように痛むそこを意識しながら目を閉じた。
もう目を覚ますことはなく死ぬのだと覚悟した時、京が雪に向かって走り出す。
雪もまさか京が動くとは思わなかったのだろう、一瞬目を見張り静止する。
その隙をつくようにして雪の手首を掴んだ。

つばきはその衝撃にはじけ飛ばされるように尻もちをついていた。
所詮雪は女で、男である京に力では敵わない。

「やめてっ…!」

雪が叫ぶが、京は直ぐに雪から包丁を取り上げる。
雪はしゃがみ込み泣きじゃくっていた。
京はすぐさまつばきの元に駆け寄る。