しかし雪も混乱しているのか、取り乱しているためそれに答えることはなかった。
「京様…っ、」
雪に連れられたのは京の部屋ではなく、広い屋敷であまり使われていない客用の宿泊部屋だった。
襖を開けるとそこには誰もいなかった。
「え…、京様は?」
簡素な和室には座卓、座布団などが置いてあるがやはり誰もいない。
雪ちゃん、と言って振り返る。

「……雪、ちゃん?」

先ほどまでの混乱した表情をした雪はいない。そこにいるのは、能面のような顔をした雪だった。雪は一歩、また一歩とゆっくりとつばきに近づく。
明らかにつばきの知る彼女ではない。

「雪ちゃん、京様は…」
「うん。ごめんね、嘘だよ」
「…う、そ?」

あの愛らしい表情をした雪とは別人だった。必死に状況を理解しようとするが、どうしても心がそれを拒む。

「…雪ちゃんなんだね、私を殺そうとしたのは」
「殺そうとした?ってどういうこと?どうして過去なの?まぁ今から殺すんだけどね」
「…どうして、」

この部屋はどちらかというと離れに近い位置に存在する。もしも今、叫んだとしても京に声が届くとは思えない。
雪は口角を上げると、一度膝を折り座布団に手を掛ける。そこには包丁が隠されていた。
「…ごめんね、つばきちゃんには…別に恨みなんかないんだけど」
雪はそれを手にすると、「仕方がないんだよ」と言った。


「仕方がない…?雪ちゃん、落ち着いて…」
「何も知らないくせにっ…私はこうするしかないの」

雪は友達だと思っていた。雪の無邪気で年齢よりも幼く感じる言動も、つばきのことを心配してくれる言動もすべて…嘘だったというのだろうか。
そうとは思えないが、見たことのないゾッとするほど美しくそして人形のように生気のない瞳もまた、雪であることには変わりない。

「つばきちゃんには申し訳ないんだけど死んでもらうしかない。それだけがずっと生きがいだったのだから」
「…生きがい?」

話の輪郭すら掴めずにいる。
しかしここであることに気が付いた。

(…未来は、確実に変わっている?)

未来は確実に変わっているのだ。つばきの見た二度の未来は京の部屋で行われていたと記憶している。なのに今日は来客用の部屋だ。
つまり、確実に未来は変わっている。とすれば…京が殺されることはなくなるかもしれない。

―私が死ぬのならば…京様の命は助かるかもしれない。

つばきは微笑を浮かべ、雪ちゃんと名を呼ぶ。雪は突然笑みを浮かべるつばきを凝視した。