♢♢♢

翔が屋敷を訪ねてきたのはそれからすぐのことだった。
事前の連絡もなくふらっと寄るのはいつものことらしいが、手土産を持参して訪ねてきたのは翔なりに気を遣ったのだろう。

「急にどうした。俺が休みだったからいいものの」
「休みじゃなくても別にいいよ。つばきちゃんに会いにきたし」
「…それ、どういう意味だ」

ちょうど客間にお茶を運ぶために襖をあけて翔の前にお茶を出した時だった。
そう言った翔につばきの頬が引き攣る。
そしてそれを聞いた京は一気に機嫌を悪くした。

「冗談だよ。ね?つばきちゃん」
「……はい」

この間は京に内緒で翔に会った。それはまだバレてはいないのだが、翔が間違えてそれを話してしまわないか心配だ。出来ればこの場を離れたくない。
「冗談だったらいいが…」
それでもまだ翔を信じていないようだ。目を眇め、腕組をする京は続けた。
「お前は縁談の話は来ていないのか」
「あぁ。来てるよ。誰でもいいわけじゃないけどある程度決まってるでしょ?まぁでもなかなかこう…しっくりくる子がいないんだよね」
「だからってつばきを狙ったりするなよ」
「しないよ」

クスクスと笑いだす翔の言葉がどこまでが冗談でどこまでが本気なのかわからない。

和やかなのか、そうでないのかはわからない雰囲気の中、感情の読めない翔が笑いながら続ける。

「京君は調子どう?」
「調子というのは?」

つばきが入れたお茶を一口飲む。どちらも所作が綺麗だ。育ちの良さが伺える。
それは短期間で身につくものではないだろう。
翔も京も座ってお茶を飲むだけなのに一本の軸があるようにまるでぶれない。
自分はどうだろうかと彼らを見ると気になってしまう。

「元気?」
「なんだ、唐突に。元気だろう」
「そっか。それならいいけど。京君は昔からこうと決めたら曲げないようなところがあるから絶対つばきちゃんと結婚するんだろうね」
「そうだ、絶対だ」

つばきの目の前でそんなことを言うものだから、つい自分の両手で頬を覆っていた。
「さっそく惚気てくるもんねぇ。それにしてもつばきちゃんは幸せ者だね。京君がこうも一人の女性に惚れるなんてびっくりだよ。小さな頃から一緒だったから」
「まぁ、そうだな」
流石に京も気恥ずかしいのか翔から目を逸らす。