「京様…」
「環、すぐにここから出ていけ。つばきに指一本触れることは許さない」
上半身を起こし、ふらつく足で立つとそこには頬を腫らした環が倒れ込んでいた。
京は今まで見たことのないほどに怒気を孕む目で環を見下ろしいう。

「お前が何と言おうがつばきは俺の妻にする。それが気に入らないというのならば絶縁したっていい。俺は自分の人生は自分で決める」
「…へぇ。そう、本当に兄さんは変わらないな。こんな野良猫のどこがいいんだよ」
「それをお前に伝えてもどうせわからないだろう。早く出ていけ」
「分かったよ」

立ち上がると京を一瞥して脇を通り去っていく。その後ろ姿を見ながら呆然としていた。

「つばき、大丈夫か」

直ぐにつばきに近づき慌てるようにそう言った京は心底つばきを心配してるのが伝わってくる。

「すまない、つばきに接触させないつもりだったのだが」
「いいえ、大丈夫です。私は何も怪我もしておりませんし」

そう言ったつばきだったが、自分の手が震えているのに気が付いた。
それを見た京がもう一度すまないといってつばきを抱きしめた。

「環は…元々俺のことをよく思っていない。一条家の次男として色々思うところがあるのだろう。期待はいつも俺に向けられていたという家庭環境も相俟って捻くれた性格の弟だ」
「ええ、わかっております。私を押し倒した時、つい“痛い”と声に出してしまったのですがその時環様は躊躇したのです。おそらく、酷いことをしようとは思っていなかったのだと思うのです」
「何を言っているんだ。お前に恐怖を与えた男のことを庇うな」
そう言うと京はつばきの首筋についた“跡”に目をやりそこを何度も撫でた。


―その晩

「お前はどう思う」
「…それは、環様のことでしょうか」

肯定の目を向けられ、つばきはソファの上で思っていることをすべて話すべきか逡巡する。
文机に音もたてずに筆をおくと、京は立ち上がりつばきの隣に腰を下ろした。
結局環は追い出されるような形で屋敷を去った。
首筋にはまだ跡が残っており、みこにどうしたら消えてくれるのかきいたが時間が経過するのを待つだけだといわれてしまった。早く消えてほしい。

「環様は…おそらく頭の良い方かと思います。確かに私は恨まれているかもしれませんがそこまでするかどうか…」
「それは俺も同じ意見だ。ただ、実の弟とはいえあいつが何を考えているのかまではわからない。今日だってつばきに乱暴しようとした」
「それは…確かにそうです。しかし、環様に迷いがあったのも感じました。だから彼が私を殺そうとするというのは考えにくいのですが」
「だが、だからと言ってあいつを容疑者の中から外すということは考えていない」
「はい、それが正しいと思います」

環以外に自分を恨むものは誰だろう。