でもねぇ、と環は軽く溜息を吐いて続けた。
環は洋装姿だった。京に似てスタイルも良くそして顔も整っている。それなのに放たれる雰囲気はまるで違う。前回会った時と同じ印象だ。

「こんな野良猫を拾ってくるなんてね」
「…っ…」

環はじりじりと距離を詰める。そのたびに一歩後ずさり何と返せばいいのか必死に考える。
その目はやはり冷たく、今にもかみ殺してくるような圧迫感を感じる。

「夜伽だったんだよね?一条家にとって君はマイナスでしかないってことわかってる?」
「分かって、おります」

ついに腰に木製のテーブルが当たる感覚があり、逃げられないと悟った。
しかし、ここで怯んでは相手の思う壺だ。
つばきは睨むように環を見上げる。

「そういう目、するんだ?へぇ、野良猫のくせに」
「何の用でしょうか。京様と会う予定ではなかったのですか」
「うん?そうだよ。ちょっとトイレ借りるねって言ってきたから早く戻らないと。でも今日は本当は君に会いに来たんだ」

環はそう言うと顔色を変えずにつばきの首筋に触れた。

一度触れられてしまえば、体は一切動かない。
いったい何を考えているのか不明なその目が好きではなかった。それなのに京に顔立ちが似ているから頭と心がついていかない。
環の手は真夏だというのに驚くほどに冷たい。

「何の用でしょうか」
低く、抑えるようにそう言うと環は笑みを消した。張り付いたような笑顔ではなく、能面のような顔を見せる。

「君、夜伽なんだよね?」
「今は違います」
「あぁ、そっか。妻になるって?はは、笑っちゃうなぁ」
環が固まるつばきに顔を近づける。
そして耳元で囁いた。

「身の程を知りなよ」

声も出せずにつばきは身を強張らせる。環の言うことは決して間違っていることではない。
華族の結婚に“勝手”や“自由恋愛”が認められるわけではないのだ。
「いやっ…」
環がつばきの首筋にかみつくようにキスをした。チクリと痛むそこに涙が出そうになった。
「夜伽だったのならこのくらい別に普通でしょ?どうせここに来る前だって体売ってたんじゃないの?」
「ち、違います…おやめくださいっ…、痛いっ…」
手首を掴まれ、テーブルの上に押し倒されたその時京の声がした。
ドンと大きな音がして怖くて閉じていた瞼をそっと開けると既に環の姿はなく、圧迫されていた手首も既に離されていた。