「まぁあそこの家も色々あるんだよ。華族って特にしがらみも多いし家庭内でも殺伐としているからね。僕もよくわかるよ」
「そうなんですね…」

京へ恨みを持つ人物たちを教えてもらったが翔の主観ではあまり名前が出てこなかった。
翔が言うには家族同士や仕事関係ならば恨みはありそうだがそれ以外だと女性関係以外はわからないとのこと。
女性関係についてはあまり聞きたくはなかったが、“遊び相手”では沢山いたようだ。
だが、彼女らの名前までは知らないという。
知っているのは花梨くらいだと言っていた。花梨は家同士のこともあり、将来の結婚相手だと周囲は思っていたようだ。翔も同様だったという。

「今日はありがとうございました」
「いいえ、つばきちゃんと話せて楽しかったよ。せっかくだからお土産でも持たせてあげたいけど…京君に感付かれちゃうか」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です、京様は翔様の言う通り勘がいいので」
「そうだね、じゃあまた。あ、怪我したところちゃんと消毒するんだよ」
そう言って手を振る翔へ何度も頭を下げてこの日は帰宅した。


―帰宅後

帰宅してすぐに自分の部屋に行き、怪我をしたところを消毒した。
軽く擦りむいたようで赤黒い血が既にかたまりを作っていた。
怪我をしたといっても別に大した怪我ではない。このくらいの傷は“あの頃”に比べたら大したことはない。
水を濡らした布で軽く患部をふいて襦袢にも滲んでいた血も同様にして拭いてはみるが完全に綺麗になることはなかった。
仕方がないので洗濯をする際に良く洗ってみることにした。着物にまで血が移っていないことに安堵しながらつばきは少しの休憩を取った。

……―


京が就寝する時間までつばきは自分の部屋に籠り京と関わりのある人物の名前を書きだしていた。

「…まだ緋色の目で京様を見ることが出来ない…」

筆をおいてからもう一度深く息を吐きだした。
シンと静まり返る部屋でつばき自身の吐息だけが響く。
まだ京を緋色の目で見ることが出来ていない。その間にあの出来事が起こってしまう可能性もあるから焦燥感だけが募っていく。
つばきは京の寝室へ向かうために自室を後にした。


いつも通り、京の寝室の前に立ち声を掛けてから中に入る。
そしていつも通りに京がつばきを中に迎え入れる。

「待っていた。今日はいつもよりも遅いな」
「すみません、」

何かを見透かされているような気もしたが、だとしてもやらねばならぬことなのだ。

「いいんだ。それよりも今日は何をしていたんだ?俺も休みを取れたらつばきをどこかへ連れていってやれたのに」