「それは出来ません。借金の件はしっかりとお支払いいたします。西園寺家にご迷惑をお掛けしないように」

清菜は呆れた、とでも言いたげに深く息を吐いた。
「でも一条様にご迷惑がかかるのでは?そのあたりはどうお考えで?」
「それは自分で考えます。清菜さんにはご迷惑はお掛けしません」

毅然とした態度でそう言うと目の前にあるお茶を一気に飲み干し、お金を置いて立ち上がる。
まさかつばきがここまで強い口調で言い返してくると思っていなかったのだろう、清菜は口をあんぐりとさせ、そのあとくしゃりと顔を歪める。
つばきはスタスタと足を進め、店を出た。

そのあと何もなかったかのように買い物をして屋敷に戻った。
これでいい。京に迷惑を掛けないのは大前提だが、一番は彼の命を救うことだ。

―あの未来を変えるために私は存在したのだから。

西園寺家に迷惑を掛けずに多大な借金を返すとなると、自ら働きに出なければならない。
学があるわけでもないつばきがそれを返済するとなると相当に大変なことは予想できるが、それでも清菜に屈することは選択肢としてなかった。

「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」

屋敷に戻り厨房に行くと既にみこが夕食の準備をしていた。


みこからおかえりなさいといわれると照れ臭いがとてもうれしく、そして胸が温かくなる。
ここが自分の帰る場所なのだと認識できるからだ。

「どうかしましたか?何かありました?」
「いえ、何もないです」
「そうですか。そろそろですね、西園寺家への訪問」

みこは野菜を水で洗いながら、つばきを一瞥した。

「はい、緊張はしますが京様がいるので大丈夫です」
「そうですね、何かあれば京様に相談するのですよ。そして、あなたは一人じゃない。ここにいる女中たちも皆、つばきさんの味方ですよ」
「ありがとうございます」
「強くなりましたね」

そう言ったみこに目頭が熱くなった。そうだ、一人じゃない。
つばきは自然に頬を緩ませ、前掛けをしてみこの手伝いをする。


♢♢♢

今日は朝から屋敷中が緊張感に包まれていた。
女中たちにも京が西園寺家に向かうということは耳に入っているようだ。
京がついに西園寺家につばきを妻にするという宣言をする、などの噂が広がっているようだ。
だがつばきが西園寺家からいないものとして扱われているとなるとスムーズに話が進むとは考えにくい。