確かに母は父がこの世を去ってからというものの、体調を崩しがちになり外で働くことも出来なくなっていた。
借金があったといわれてすぐに否定は出来なかった。西園寺家も知らなかった借金があったとしても不思議ではない。元々母親は西園寺家から疎まれていた存在だ。父親が亡くなり真っ先に喜んだのは西園寺家だ。
あの男と駆け落ちなどしたからこうなったのだと母に向けた言葉はひどいものだった。

「それは…いくらくらいになるのでしょうか」
「まぁ普通のお仕事をして返済できる額ではありません。それが一条京様のお耳に入ったらどう思うでしょうか」
「……」

つばきは押し黙ったまま、太ももの上で拳を作る。
母が残した借金があるのであれば、つばきが返すのが筋だろう。京に迷惑をかけるわけにはいかない。
どうして彼女が今日ここまで来たのかだいたい理解できた。

借金のことは黙っておいてあげるから、一条家から離れろということだろう。
この事実を知れば、つばきが黙っても京から離れると思っているのだろう。それに数日後には西園寺家に京と二人で出向くことになる。それも清菜からすれば避けたいことだろう。


つばき自身はまだあの紙を屋敷内にばら撒いた人物が清菜だという証拠を見てはいないが京は既に彼女の仕業だった証拠も握っているようだ。

交換条件にすぐに京の元から去るように、というところだろうか。
以前のつばきならばここで身を引くことを選んだだろう。以前のように京の前から消えようと思うだろう。しかし今は違う。京の命に関わることなのだ。もしかしたら…血まみれになって死ぬかもしれない。いや、あの出血量であればそうとしか考えられない。

だからつばきは京のもとを去る決断は出来ないのだ、どうしても。
無言のつばきに清菜が苛立ちを見せ始める。
テーブルの上を指でトントンと叩き、音を出す。苛立っているのだとアピールしているように思った。
ちょうど店員がお茶を運んでくる。ありがとう、とにっこり笑う清菜だったがその指の動きを止めることはなかった。

「つばきさん?何を黙っているの?こちらの提案はわかるわよね?大丈夫よ、いい働き場所は見つけてあるわ。きっとみんな“可愛がって”くれるでしょう」


絶対に、京の元を離れるわけにはいかない。借金の件はどうにかして自分で返済する。だが彼女の提案は呑めない。京の未来を変えるのは自分しかいないのだから。
つばきは大きく首を横に振った。