「でもお前は別に女中ではない。どうしてもつばきが働きたいというからやらせているだけで別に無理して女中たちの仕事をする必要はないのだが」
「それは…そうなのですが、」
「まぁ少しはお前を感じることが出来たから今は良しとする。今夜も俺の部屋に来るのだろう?」
「…もちろんでございます」
“今は”という言葉につい今夜のことを想像してしまい目を伏せた。
つばきからしばらくはずっと一緒にいたいといったのだが、もちろんそれにはあの緋色の目でみた未来を阻止するという目的があるのだがそれを知らない第三者や京はどう思うのだろうと今になって冷静になる。
「じゃあ楽しみにしている」
京がようやく厨房から出ていくのを見届け、深く息を吐いた。
まだ胸の鼓動は普段と比べずっと早い。
その日の夜はいつも以上に長い夜を過ごした。
汗ばむお互いの体を合わせながら長く続く快楽に意識を失っていた。
―数日後
つばきは迫りくる西園寺家への訪問に憂鬱になっていた。
ボーっとしている時間も増えたように思う。西園寺家への訪問は絶対に清菜がいるだろう。
彼女にはいい感情は全くない。あんなことを平然とできるのだから同じ人間だとも思えない。だが、彼女がつばきを良く思っていない理由ももちろんわかる。
西園寺家に泥を塗るようなことをした母親を良く思っていないのだ。そしてその子であるつばきへその感情が向くのもわからないでもない。
ご令嬢が田舎町の青年と逢瀬を楽しめばそれだけでゴシップのように噂になり面白おかしくそれが歪曲され町中に広がる。
そういうものなのだ、名家に産まれるということは。
「つばきちゃん、買い出しに行ってきてくれない?」
「分かった。ちょうど手が空いていたの」
「それは助かるよ~ありがとう」
雪から買い物に行くよう頼まれる。つばきは大き目の手提げ袋を手にして屋敷を出る。
屋敷を出てすぐだった。
見覚えのある姿を捉えた。その瞬間、つばきの足が止まる。
「お久しぶりです、つばきさん」
その顔を忘れることはない。
「…清菜、さん」
鮮やかな着物姿の彼女は軽く会釈をして微笑んだ。