「庭園もございます、案内いたしますね」
「わかりました」
庭園は池があり、鯉が泳いでいた。周辺には園路が巡り、つばきは何て落ち着く空間だろうかと感嘆の息を漏らしていた。
石灯篭や鹿威しもありつい立ち尽くしてしまう。
「あとでつばきさんのお部屋もご案内いたしますが、少しこちらでゆっくりなさってください」
「え、でも…―」
「あと、お着替えもした方がよろしいかと思いますので、お部屋の案内の際にそれも説明します」
そう言ってみこはどこかへ行ってしまう。

一人取り残されたつばきはボーっとしながら縁側に座った。
大きな柱に頭をこてんとつけ、眩しい日差しを浴びながらこれが夢なのではないかと思っていた。

うつらうつらとしていると、背後から気配がした。
みこかと思い、ゆっくり振り返るとそこには何故か京がいた。

「あっ…、も、申し訳ありません!」

すぐに立ち上がろうと膝を立てると、バランスを崩してしまった。
が、京がつばきの体を支えていたおかげで倒れずに済む。
つばきはすっぽりとスーツ姿の京の胸の中にいた。まるで、“あの日”のように。

「…あの、離していただけると…助かるのですが」
「今倒れそうになったお前を助けたというのに離してもらった方が助かるというのは傷つくのだが」
「違います。そのような意味ではなく…」

口籠りながらつばきは必死に胸の鼓動を抑えようとしていた。まずは色々と感謝を伝えねばならないのに、京の胸の中にいると何も考えられなくなっていた。


「今日は早めに帰宅してきた。後でまた家を出るかもしれないが」
「そう…ですか」
「つばきが逃げていないか心配だった」
「…」

(やっぱり逃げようとしていたことはバレバレだったのね…)

ようやくつばきを離すと、京はつばきに着替えるように言った。

「明日には他にも着るものを用意できるはずだ」
「いえ、いりません。だって私は…」

京が先に立ち上がった。つばきに手をさし出し、自分のそれを重ねた。
見上げるほどに高い身長の京はつばきの瞳を覗き込む。

「遠慮はいらない。あぁ、そうだ。先に言っておこう。今日の夜、寝室に来い」
「え…―」

つばきは瞬きを繰り返した後、わかりましたと静かに答えた。
(そうだった、私がこの人に買われたのは“夜伽”という役目のためだった。女中の仕事を手伝わせてもらえないのは“必要”がないからだわ)
買われた以上、つばきに拒否権はない。
もちろん男性と経験などない。通常は男を悦ばせる仕事だ。
それが自分につとまるのか不安になった。
それに…―。

「そんなに泣きそうな顔をするな。別に嫌がることはしない」

つばきははっとして自分の頬を両手で包んだ。
そして首を横に振った。

「嫌がってなどおりません。私は…買われた身です」
「ふぅん、そうか。分かった。それじゃあ、お前の部屋を案内しようか」
つばきは頷き、京に続くようにして足を進めた。