ルードに言われ、ふとセレナの表情を見てみると、確かにルードの言うとおりセレナは殺気だった様子で辺りをしきりに気にしている。

「ふっふふ、腕のいい冒険者とは聞いちゃあいましたが、オタクも随分と鼻がいいもんですねぇルードさん。いつから気づいてたんです?」

「初めて王城に入った時だよ……お妃がいない王様に、王子を睨みつける子供を抱えた女。どう見たって修羅場の匂いだろ?」

ボレアスの質問にルードはそうつまらなそうに答えると、ボレアスはパチパチとルードに拍手を送る。

「ご明察……今あそこにいる王子様ってのはお妃様の忘れ形見なんですがね、いかんせん王様は魔王復活の阻止のために奔走していたせいで、王子様の後継者としての地盤を固めることをちょーっち後回しにしちまったんですな、これが」

あ、だめだ。 話が難しくてついていけなくなってきた。
聞き取れはするし記憶はできるが、完全に右から左に抜けていってしまう。

「それじゃあいっつも子供抱えておっかねえ顔してる女は差し詰め、王位後継を狙う第二王妃ってところか?」

「またまたご明察! 魔王復活に備えて王様がたくさん子供をこさえちまったもんでねぇ、王子が死ねば、時期摂政の座を狙える貴族がごまんといる。おかげで派閥争いが激化していってるわけですよ。もっとも、プロの殺し屋なんて雇って暗殺なんて企ててやがんのは第二王妃の派閥だけですけどねぇ」

「それだけ分かってるのに、とっ捕まえられねーのか?」

「まぁねぇ。証拠もある程度ありますし、確証もある。ですがね、あちらは性根が腐ってたとしても王妃様なんですよ。 迂闊に動けばこっちの首が飛びますし、決定的な証拠じゃなきゃ揉み消されちまいます。だからこそ情けない話、守りに徹することしかできないんですわ……新参者の俺たちの言葉と王妃……あの王様がどっちの言葉を信じるかなんて火を見るよりも明らかでしょう?」

「確かにな、獅子身中の虫とはよく言ったもんだ……いや、この場合、王子様が飛んで火に入る夏の虫って行ったところか?」

「えと、どういうことですかぁ?ルードさん?」

「その暗殺者がこの会場に紛れ込んでる可能性がある……そうだろ? ボレアスさんよ」

「おっしゃる通り、何を隠そう今回王子にお忍びでオークションへ向かうように唆したのは第二王妃だって話ですからね。困ったことに、王子様はオタクが言うように呑気なお人でねぇ。平和ボケって言うんですか? 子供だからってのもあるだろうが、そのことに全く微塵も気づいてねーのよね」

「なるほど……そりゃあのおっかないねーちゃんがあんなに殺気だつ訳だ……それで? そんな話をこのタイミングでするってことは……まさかとは思うが俺たちに何かさせるつもりじゃぁねえだろうな?」

「へっへへ、話が早くて助かりますよルーディバイスの旦那は。まぁ簡単な話です、一般席に王子様を座らせてちゃ何が起こるかわからねえですからね。背格好の似てるフリークに王子様と席を変わってもらいてーんですわ。先程のお話の通り、アレじゃ格好の的なんでね」

難しい話のため、僕はしばらくぼうっと聞いていただけであったが。

「え、ぼ、ボレアス。そ、それって、僕せ、セレナの隣に座るってこと?」

王子様と席を代わると言うことだけははっきりと聞き取れた。

「まぁ、そう言う事ですね。あんたさえ良ければですがね、フリーク」

ひゃっほう。

僕の心が最初に思いついたセリフはそんな感動のセリフであり、心臓がバクバクと長い階段を一気に走り終えた後のように早鐘を打つ。

多分これはきっと、ウキウキした気分というのが当てはまるだろう。
セレナとこんな劇場で二人きりなんて、まるで夢みたいで、僕は正直うかれていた。

「っざけんな‼︎」

だけど、ルードはそうではなかったらしく、ドンと机を叩くとボレアスの胸ぐらを掴む。

「あ゛っ」

びっくりして思わずワインを胸にこぼしてしまった。

「クソったれ。体よく相棒のこと追い出しておいて、まだこれ以上利用するつもりかよ。いくらなんでも虫が良すぎねえか?」

「ル、ルードさん〜まずいですよぉ……ここ、一応争いはご法度ですから、下手したらオークションも中止に……」

「うるせぇ‼︎」

「ひゃうぅ‼︎?」

ど、どうしよう……あんなに怒ってるルードにこのことがバレたらもっと怒られる。
そ、そうだ。胸の部分だから上着を羽織れば……。
ちょっと暑いけれど、これならなんとか隠せるかも。

「……手、離してくださいよ、ルーディバイスの旦那。こっちだって虫が良いのは重々承知だ。あんたが怒るのも最もでしょう。でも、俺はフリークにビジネスを持ちかけてるんです。どうするか決めるのはフリーク本人だ? ただの友達であるあんたが口を挟むのは筋違い……違いますかい?」

「っ、よくもまぁいけしゃあしゃあと……」

「でも間違いじゃない……でしょ?」

「ちっ、やっぱり俺はあんたたちのことが嫌いだよ……銀の風さんよ」

「嫌われちまうのには慣れてますよ、と……それで、どうするんですフリーク?」

怒りで震えながらも、ルードもボレアスの言葉に納得をしてしまったのだろう。

静かにボレアスとルードはこちらに視線を向け、答えを促してくる。

「え、あ、も、もちろん受けるさ。うん、絶対」

険悪なムードの二人には申し訳ないが。
内心浮き足立つような思いだった。

もちろん暗殺とか、危険とかいう言葉は聞こえていたが。

僕が心配だったのは、ついさっきワインをこぼして作ってしまったシャツのシミが上着でちゃんと隠せるかどうかだけだった。